第149話 第9魔王 ~事象破壊~
黒田先輩は右腕を押さえていた……
その隙間からは物凄い勢いでオーラが抜け出していた……
慌ててジャンプして駆けつける、『強制誘導』で吸い寄せるには少し遠い。
「うっ……ぐぐ……」
傷はかなり深い…… 右眼だけで見ると、光の粒子が傷から溢れ空中に消えていく……
しかし左の緋色眼で見ると、まるで動脈を切られたみたいに、ドクドクと鼓動に合わせて噴水のようにオーラが溢れ出してくる……
これはヤバイ……
直感だがこのまま放置すれば数十秒後には意識を失い、数分で死に至るだろう。
そして生命力を破壊するこの傷は、恐らく治癒不可能だろう……
可能性があるとすれば琉架の『両用時流』くらいなモノか……
もちろんコレにも条件がある、『両用時流』でも失われた生命を甦らせることは出来ないからだ。
つまり…… 黒田先輩を助ける方法は一つしか無い……
恨まれるかもしれないが死ぬよりはマシだろう……
はぁ…… 嫌な役どころだ……
「先輩…… その傷は毒のようなモノ…… 今すぐ対処しないと命に関わります」
「な……何の話だ?」
「許せよ?」
それだけ告げると血糸を素早く右腕の肘の少し下辺りに巻きつけ一気に引く!
シュバン!! ……ゴト
「は?」
黒田先輩の右腕を切り落とした。
「ぐ…… ぐあああああぁぁぁぁぁああぁ!!!!」
止血を施しながら緋色眼で観察してみる。
どうやら狙い通りオーラの流出は止まったらしい。
『事象破壊』で付けられた傷はオーラ流出用の特別な蛇口のようなものだ。その蛇口以外からはオーラは流れ出ない。
だから蛇口そのものを外してやればオーラの流出も止められるワケだ。
切り落とされた蛇口付きの腕はというと、流れ出るオーラは微弱になり、今にも枯れ果てそうだ。
この腕を魔術で接合することは出来ないかもしれないな。
腕自体の生命が終わっていては……
或いは幻の蘇生魔法でもあれば話は別だが……
言っちゃあ何だが、黒大根如きの為に、第一種禁忌魔法に指定されている蘇生魔法を探す気にも、使う気にもなれない。
そもそも今のこの世に存在しているかどうかもわからない。
「ぐおぉぉぉぉぉぉおおぉ!!!!」
ちょっと五月蝿いな…… モルヒネでも投与しておくか?
それよりも眠らせたほうが手っ取り早いか。
プスッ
「おおお……うっ!」
後で誰かに治癒魔法を掛けてもらおう。
さすがに失われた腕を生やすのは無理だろうが……
「グルルルゥゥゥゥゥウ……」
「さて…… どうしたものか……」
片腕を斬り飛ばされて尚、逃げることの無い魔王…… やはり野生動物の様にはいかないな。
本当は放っておいて逃げたいんだが、こんな危険生物を放置して嫁達が危険に晒されたら困る。
殺るしか……ないか。
「白はソイツの止血と応急処置を頼む」
「ん……」
魔力微細制御棒を構え正面から魔王ジャバウォックと向き合う。
「待て、キリシマ・カミナ」
「ん?」
ジャバウォックから目を離さずに耳だけ傾ける。
この声は『槍王』シュタイナー。
「折角やる気になってる所を悪いんだが、譲ってはくれないか?」
「…………」
彼は勘違いしている、俺は決してやる気になったワケじゃない。
溜まった宿題にそろそろ手を付けないといけない時期が来たから重い腰を上げたに過ぎない。
だから譲ってくれと言われれば喜んで譲るし、代わりに魔王を倒してくれるなら喜んでお願いする。
しかし……
「敵討ち…… ですか?」
「…………」
「敵討ちをやめろなんていう気はありません。
ただし接近戦でそれを成そうと言うなら止めさせてもらいます。
これ以上犠牲者は出したくないから……」
槍は剣や斧なんかと比べればリーチが長い中距離戦武器に分類されるかもしれないが、その差はやはり微々たるもの。
せめて鞭くらいのリーチがなければ推奨できない。
「勘違いするな、別に仇を討つつもりなど無い。弟子たちには死ぬ覚悟をさせておいた。
その上で相手の実力と自分の実力を測り、生き延びるよう命じただけだ。
生き延びれなかったのはアイツ等が未熟だっただけ、それを相手のせいには出来ない」
「…………」
「俺はただ槍王流が魔王に負けたことが気に入らないだけだ。
それだけは譲ることが出来ない」
何か色々言ってるが、本心ではないことは俺にも理解る。
もし黒田先輩がさっきの攻撃で死んでたら、敵討ちはしないけど、魔王は俺の手で倒したかもしれない……
「分かりました…… ただし危険と判断したら割り込みますよ?」
「あぁ、その場合は好きにしろ」
槍王は穂先を下げ前傾姿勢を取りジャバウォックに向かい構える。
ジャバウォックも自分に向けられた殺気を感じ取り、槍王に警戒を向ける……
「ふっ!!」
槍王は槍を自分の目の前の床に突き立て、力技で抉り出す!
ボゴッ!!
そして槍を回転させ、まるで野球やゴルフのスイングの様に、浮き上がった瓦礫をジャバウォック目掛けて連続で打ち出した!
ガガガガガガッ!!
右腕を失ったジャバウォックは左腕の爪だけで、飛来する瓦礫を片っ端から破壊し消し去る!
ブシュ! ブシュ!
「お?」
ジャバウォックの身体に傷が刻み込まれ、血が吹き出している……
何だ? 瓦礫以外にも何かを飛ばしてる?
「槍王流…… 鬼衝突き」
魔道具か魔法の類かと思ったが…… アレは技か。
魔力で突きの勢いを伸ばす…… いや、固めて飛ばしているのか……?
そう言えば師匠も魔力で剣の間合いを広げてたっけ…… 遠距離攻撃手段持ってたのか…… 考えてみれば人族最強クラスの『槍王』だ。持ってて当然だったな…… 偉そうに語っちゃったよ、恥ずかし!
「グルルルゥゥゥゥゥウ……」
しかしその遠距離攻撃は次第に対応されていく……
「ちっ! 予想以上に順応が速いな……」
瓦礫に織り交ぜて突きを飛ばしているのは流石だが、魔王には元々魔力を直接見る事が出来る緋色眼が備わっている。
如何に相手が狂っていても、眼で見えるモノをいつまでも食らい続けてはくれないだろう。
そして遠距離攻撃に慣れ始めたジャバウォックは少しずつ距離を詰めだした。近接攻撃手段しかないのなら当然だ。
コレは…… 割って入るべきか?
「ふん!」
今まで遠距離攻撃に徹していた槍王が飛び出した。
まさかの近接戦闘を自分から挑んだのだ! これにはさすがに驚いた。
「ガァッ!!」
槍王は相手の右半身に回り込むように動き、少しずつではあるが確実に傷を与えていく。
自分の攻撃がギリギリ届く距離を保ち、決して敵の間合いに入らない様に……
実に見事な攻撃だ、相手が遠距離攻撃に慣れたらすぐさま近距離攻撃に切り替える。『槍王』の二つ名は伊達じゃ無い。
「グルルルゥゥゥゥゥウ……」
しかし次第にジャバウォックも、槍王の攻撃を先読みしはじめる。
そうすれば当然距離を取り、遠距離攻撃に切り替える。
そんな攻撃を繰り返し行い、少しずつジャバウォックに傷を与えていく…… だがいつまでも続けることは出来ない。
次第に順応の速度は速くなる。
如何に狂った魔王とはいえ…… いや、野生動物の様な魔王だからこそ、異常に“勘”が鋭い。
殆んど攻撃が当たらなくなってきた……
そして……
パキィィィン!!
「チッ!!」
ジャバウォックの爪が槍王の槍を捕えた!
槍は砕かれ槍王は丸腰になる!
「ウオオオォォォーーーン!!!!」
ジャバウォックは再び狼のような雄たけびを上げ、槍王に止めを刺さんと腕を振り上げた!
「槍王流奥義…… 顔面貫!!」
槍王が素手で突きを放った!
その突きは鬼衝突き同様、魔力により構成された不可視の槍!
その一撃は魔王ジャバウォックの顔面を捉えた!
これを狙ってたのか、まさか『槍王』が自分の槍を囮に使うとは思わなかった……
敢て2パターンの攻撃に慣れさせ、相手が反撃に出た所にカウンターを叩き込む。
しかも至近距離から顔面に向けて……
「ちぃっ!!」
「ん?」
槍王が慌ててジャバウォックから距離を取った。
跳ね上げられたジャバウォックの口には…… 不可視の槍が咥えられていた。
「まさか…… 歯で止めたのか?」
いや、もしかしたらカウンターを警戒していたのかも知れない…… で無ければ、あの至近距離からの攻撃に対処できるハズがない。
あいつホントに狂ってるのか?
「流石は魔王と言ったトコロか…… 普通ならコレで殺せたんだがな」
だろうな、魔王以外なら確実に殺せる攻撃だった。
多分俺でもヤバイ攻撃だ。跳躍衣装を使えば対処は出来るが、咄嗟にソレが出来たかはまた別問題だ。
「キリシマ・カミナ、後は頼む、俺は奥の手が尽きた」
「はぁ!?」
いきなり丸投げされた!
余りにも唐突だったからマジでビビったぞ?
この人本気で敵討ちする気は無く、技を試してみたいだけだったのか?
「…………」
ギリッ!
いや、違うな…… 悔しそうにしてるのは、槍王流が通じなかった事だけじゃ無い。
自分の手で弟子たちの仇を取れなかったからだ……
……きっとな。
「ウオオオォォォーーーン!!!!」
さて……
敵のテンションMAX状態でバトンを投げつけられてしまったが、俺は堅実に遠距離から攻めるか。
最初はチクチクやって削るつもりだったが、黒田先輩と槍王のおかげでだいぶ傷を負わせた。
大火力で一気に押し潰そう。
「第2階位級 雷撃魔術『神剣・雷霆絶刃』シンケン・ライテイゼツジン」
魔王ミューズ戦と同じ作戦だが、コイツの能力にはコレが一番有効だ!
今回は長さを50cm程度に抑え、200本の神剣を用意する。
「さあ……踊れ!!」
200本もの神剣が縦横無尽に空中を駆け敵に襲い掛かる!
「ガアアアァァァ!!!!」
ジャバウォックは左手の爪で神剣を一つ一つ破壊していく…… いや、それだけじゃ無い。
両足の爪にも光を灯している…… 足の爪にも事象破壊を発生させる事が出来るのか。
パキパキパキパキパキィィィン!!!!
舞い踊るように全ての神剣を破壊していく、さすが素の身体能力が高い獣人族、魔王ミューズとはワケが違う!
大したモノだ…… しかし甘い!
バシュッ!! バリバリバリバリ!!!!
右腕を失っている以上、どうしたって右半身に隙が出来る。
大半の神剣は撃ち落とされたが、それはあくまでも目暗まし。
本命はラスト10本!
「グガアアァァァ!!!!」
一本の神剣がジャバウォックの右脇腹に小さな切り傷を与えた。
傷自体は大したことないが、そこから浴びせられる雷撃により、ジャバウォックの運動性能は著しく低下する。
「穿て」
ドスドスドスドス!!
残りの神剣が全身を刺し貫く! 心臓だけはガードされてしまったが……
バチバチバチバチッ!!!!
ジャバウォックは目も眩むほどの閃光に身を焼かれた。
身体からは煙が立ち上り、周囲には肉の焦げる匂いが漂った……
「ガッ!! ガハッ!!」
魔王ジャバウォックは倒れ伏した……
一本一本が雷に匹敵する雷霆絶刃をアレだけ喰らったんだ、如何に魔王でもタダでは済むまい。
「おにぃ……ちゃん」
「白、まだ危ないから後ろに……」
そう、対魔王戦はここからが本番だ。
「ガアアアァァァ!!!!」
凄まじい量の魔力とオーラが放たれる!
『限界突破』だ。
「グルルルゥゥゥゥゥウ……」
全身に負っていた火傷や切り傷・刺し傷が限界突破特典の超速再生で癒されていく。
フラリと立ち上がった時には右腕以外は無傷の状態に戻っている…… コレがあるから魔王戦は厄介だ。
ジャバウォックは今まで全身真っ黒の黒狼状態だったのに、今は全ての体毛が真っ白になっている…… 白のパクリだ…… 何か妙にムカつく!
そこでふと気付く、失われた右腕の位置に腕が見える……
腕が生えた訳では無い、魔力と言うより生命力……つまりオーラが腕の形をしているのだ。
「オーラによる……仮想体?」
仮想体と言えば機人族の特徴だが、魔王にもこんな事が出来たのか…… 知らなかった。
擬態とかに比べると、随分安定性に欠けているようだ。
見た感じは光の腕だ、鬼族が使う『気』に似ている。そして実体を伴っていないという事は自由に形を変えられるという事では無いだろうか?
「白、かなりまずい状態かも知れない、アイツから距離を取るんだ!」
「おに~ちゃん…… あ、あのっ……!」
次の瞬間、ジャバウォックの仮想体の右腕の先端が光り出した。
その状態でも事象破壊が使えるのか!?
驚愕しているヒマも無く、その腕をこちらに向けて伸ばしてきた! それもかなりの高速で!
「ヤベっ!!」
「っ!?」
パキィィィン!!
白を連れて跳躍衣装で逃げるが…… 何かオカシイ。
目標地点まで跳べてない…… もしかして今の音は?
自分たちが今さっきまでいた場所にはヒビが入っている…… 空中にだ!
理屈はよく分からないが、どうやら跳躍衣装の瞬間移動が妨害されたらしい。
ヤバイ…… コイツの能力は本当にヤバいぞ!
「おに~ちゃん……待って、違うの…… あの人は……!」
「違う? 一体何の話だ?」
ジャバウォックが伸びた状態の腕をこちらに向かって振るってきた!
「チッ!!」
「……っ!!」
その時、白が突然、俺をかばう様に前に出た! いつかの兄妹愛劇場の様に!
ピタ!
「!?」
ジャバウォックの腕は白の目の前で止まった……
なんだ? フェミニストか? それともまさか……白に惚れたのか? ロリコンは死ね!!
「あの人は…… 死にたがってる……」
「は?」
「自分を殺せる人を…… 2400年も待ってたんだ……よ?」
…………
は?