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レヴオル・シオン  作者: 群青
第三部 「流転の章」
152/375

第147話 第9魔王 ~爪~


---ブレイド・A・K・アグエイアス 視点---


 神那たちが魔王ジャバウォックと遭遇する数分前―


「うっ……うぅっ……!」


 暗闇の中を一人の男が走っていた……


 ガッ! ズザザァァァーーー!!


 足がもつれ盛大に転ぶ。


「クソッ! 俺は偽物じゃ無い! 本物のハズだ!」


(しかし悪魔(カミナ)の言う通りだ、証拠もなければ実績もない。俺は勇者として何一つ成し遂げてはいない)


 暗闇の中一人落ち込んでいるのは49代目勇者、ブレイド・アッシュ・キース・アグエイアス その人だ。


「俺は何でこうなんだ…… どうしてこんなに弱いんだ!」


 彼の人生は失ってばかりの人生だった。

 しかしここ数年、正確にはあの悪魔(カミナ)に出会ってから不幸が加速した気がする。

 今はする事なす事、全てが裏目に出る気がする。

 まるで幸運を吸い取られているかのようだ……


(もしかして本当に吸い取られてないか? 運を吸い取る勇者の物語なんてのも昔聞いた気がする……

 差し詰めアイツは人を不幸のどん底に落とす悪魔か……)


「いや、アイツの所為にするのは間違ってる。魔王ウォーリアス戦も魔王ミューズ戦も、結果的にはアイツに助けられてる。

 俺はアイツに文句を言う資格すらない……」


 文句を言う資格はないが、それでもやはりあの男が嫌いだ!

 根拠はないが自分の不幸は全てあの男の所為だと思う!

 あの男に比べれば第二の勇者などどうでもいい!


 自分の中の血が告げる!

 魂が叫んでいる!

 アイツを倒せと!!


(アイツこそが俺の倒すべき相手! アイツに勝たない限り俺は何も成すことが出来ないだろう。

 しかし、如何にアイツが悪魔の化身でも、勇者の俺が一般冒険者を手に掛けるワケにはいかない。

 そもそも戦いを挑んでも軽くあしらわれるだけだ。今までソレで何度も煮え湯を飲まされてきた事か)


(アイツに勝つ方法…… やはり魔王を倒すしか無い!

 魔王を倒せば自分が真の勇者だと証明できる!

 あの偽勇者にも引導を渡せる! コレ以上の案は無い!)


 幸いアイツの世間的評価は低い。

 当然だ! 悪魔の化身なんだから!


 魔王を倒せれば、アイツを超えることは出来なくても並ぶことは出来る!


 正義の勇者と悪のギルマス……


 勝てる! 確実に勝てる!

 そうすればみんなの目も覚める! 世間の目も…… そして……


「ルカさんも気がつくハズだ!」


 ……ブレイドの思いついた名声の揚げ方では、民衆の見る目は変わっても、琉架の見る目は変わらないのだが……


「やはりこれしか無い!! 手始めに第10魔王を倒す!!」


 ……彼は相変わらず考えが足りない。ソコだけはなかなか成長できなかった。


 ギギギギギ……


「ん? 何だこの音は?」


 すぐ近くの闇の中から金属音がする。

 目を凝らすとそこには鎖で両手両足を繋がれている人影が見えた。


(だ……誰か囚われてるのか?

 ならば助けなければ! 小さなことからコツコツと、俺の座右の銘だ)


 そう思い、囚われている人影に近づくと……


 ゾクッ!!―――


「なっ!?」


 とてつもない圧力を感じ思わず距離を取る。


「ハァッ!! ハァッ!! ハァッ!! な……何だこの圧力はっ!?」


 呼吸をするのも億劫になるほどの圧力…… 以前にも似たような体験をしたことがある! まさか!

 真っ暗な坑道で、天井から延びる長い鎖で吊るされている人物は、力無く項垂れグッタリしているにも拘らず、云い様のない凄味がある。


「まさか……いや、間違いない! 魔王……だ!」


(まさかいきなり魔王に出会えるとは、これが僥倖ってやつだな! しかし……)


 何故こんな所に魔王が繋がれているのか? しかも見た目がどう見ても獣人族(ビスト)だ。


「第10魔王という奴は…… 想像とは随分違うんだな……」


 勇者は目の前に居るのが 第9魔王 “破壊獣” ジャバウォックだと気付いていない。


「しかし、理由は分からないが繋がれているなら好都合だ! 運が悪かったな第10魔王! 俺はもう正々堂々は止めたんだ! 人が見ていない場所ではな!!」


 よく見れば鎖は手首の枷に繋がっているが、それとは別に手には金属製の手袋のようなモノがはめられている。手袋は指先だけ穴が開き、長い爪が顔を覗かせている…… この手袋では指を曲げる事すら出来そうにない…… 一体何の意味があるのか?


 先ほどから魔王に反応は無い、チャンスだ!

 ブレイブ・ブレイドを抜き、天に掲げる!


「光輝魔法『光神剣(プラズマ・ソード)』!!!!」


 勇者の剣が太陽を圧縮したように輝いた!


「勇者最強の一撃!! 一撃必殺の究極奥義をくれてやる!!

 歴代勇者たちの研鑽と! 怒り、悲しみ、無念、そして希望が込められた魔王殺しの一撃を!!!!」


 勇者が魔王ジャバウォックに向けて跳びかかる!!

 ここ数年で貯めこんだ鬱憤を推進剤代わりにし、希望にあふれる未来を目指し、勇者最強の一撃を魔王に叩き込む!!


「封魔剣技・終の一撃!!!! 超光輝分断剣(プラズマ・ブレイザー)!!!!」


 魔王の左肩から右脇腹へ抜ける袈裟切りの剣閃! その中間にある心臓を斬り、一撃で魔王を死に至らしめる為の剣!!

 このまま相手が動かなければ決まっていただろう……


「!!?」


 それまで全く動かなかった魔王ジャバウォックは、急に顔を上げると超高速で放たれた剣筋を読み、身体を捻り強引に腕に繋がれた鎖を剣の軌道上へ引っ張り込んだ!


 ジュィン!!!!


 鎖を溶断する奇妙な音がする。体を寸断する音は聞こえなかった……

 上手く誘われたのか!? だが!! まだだ!!


 大きく空振りした一撃に制動を加えることなく、そのまま体を一回転させ今度は左わき腹から斬り上げる!!


「…………」


 ヴゥン……


 ジャバウォックの左の指先に光が灯る…… 光る爪が伸びたように見える……



 パキィィィン!!!!



 何かが砕ける様な高音が鳴り響くと、今まで眩い光を放っていた勇者の剣は光を失った。


「は?」


 何が起こったのか分からない……

 剣はまたしても空を斬り、勢いに負けてたたらを踏む。


 数歩距離を取った所で振り返ってみると、ジャバウォックは光の爪で未だに自分を拘束している右腕と両足の鎖を軽く撫でていた。


 パキィィィン!


 先ほどと同じ音が響き、ジャバウォックの身体を拘束していた鎖は粉々に砕け散っていた。

 そして最後に自分の手にハメられていた金属製の穴あき手袋を破壊すると……


「ウオオオォォォーーーン!!」


 まるで歓喜するかの如く、高らかに咆えたのだ。


「ぐぅっ!?」


 その声はまるで衝撃波のように広がり勇者を吹き飛ばそうとする。


「いったい何が起こった!?」


 魔王のクセに光の剣を無効化したのか? コレが奴のギフトなのか!?

 よく観察しろ! 俺は何時も観察を疎かにして失敗するんだから!


 暗闇の中、見えるか見えないかの距離まで離れる。完全に目視できなくなると観察の意味が無いからな。

 しかし魔王はコチラに一切見向きもしなくなった…… ナメられてる?

 その目は正面を見据えている。自分じゃない誰かを見ている…… 目の前の勇者を無視してだ……


 落ち着け…… COOLになれ! まだアイツのことは何も理解ってないんだから!



「おい! 誰か居るぞ!」

「あれは…… 獣人族(ビスト)か? 討伐部隊の獣人族(ビスト)はさっきの白い子だけだろ?」

「と言うことは…… 敵か? それとも捕虜か? さっきの遠吠えも?」


(この声は……槍王の弟子たちか? 魔王は勇者を無視して槍王の弟子に気を取られてる? クソッ! どいつもこいつも!)


 人が来た以上、手を拱いている場合じゃない。敵を観察しようとして魔王討伐の手柄を持って行かれたらバカみたいだ。

 魔王は勇者以外でも倒せる…… さらにすぐ近くには魔王殺しのキリシマ・カミナがいる!

 モタモタしていてアイツに手柄を奪われたら、もう立ち直れない!


 しかし魔王には勇者最強剣『光神剣(プラズマ・ソード)』が効かなかった……

 あまり使いたくなかったのだが、試してみる価値はあるか……


「『幻想剣(イマジン・ソード)』!!!!」


 大声で魔王の注意をコチラに向ける、すると……


「こ……この声、勇者か?」

「げっ!? まだこんな所に居たのか?」

「クソッ! 邪魔だな!」


 落ち着け…… 超COOLになれ! 少なくとも彼らは敵じゃない!

 頭では解っているのだが、思わず敵意をそちらに向けたくなる!


 しかしジャバウォックはそれでもコチラを見止めず槍王騎士団に向かっていった。


 その瞬間、元々丈夫じゃないブレイドの堪忍袋の尾は切れた。


「舐めるな魔王!! 喰らえぇぇぇ!!!! 『封魔剣技・改!! 幻想光速剣』!!!!」


 音速剣のスピードと、幻想剣(イマジン・ソード)の形態変化スピードを合わせ、音速を遥かに上回る攻撃を繰り出す。

 ただし当然だが光速には達していない。それでも目にも留まらぬ速度で迫る剣をこの暗闇で見きるのはほぼ不可能だ。


(捉えた!!!!)


 幻想剣(イマジン・ソード)がジャバウォックの胴体を真っ二つに切り裂いた!

 実体は無傷だが、今の一撃でジャバウォックの精神を寸断した!


 しかし……


「来るぞ!! 構えろ!!」

「速い!! 全員距離を取れ!!」

「相手は素手だ!! 槍王流の間合いで戦え!!」


「え?」


(な……なんで効かない? 確実に奴の胴を薙いでやったのに? アイツの精神は体を真っ二つにされた苦痛を味わったハズなのに?

 なぜ動ける? なぜ平然としていられる?)


「俺がアイツの一撃を止める!! その隙に二人が攻撃しろ!!」

「分かった!!」

「まかせろ!!」


 中央のアレックスが槍を構え、敵の一撃に備える。

 フランクとロイは左右に別れ力を貯める。


 ジャバウォックは相手の狙いなど気にする素振りも見せず、アレックスに突っ込んでいく。


「……!?」


 ブレイドはその様子に言い知れない不安を感じた…… ジャバウォックの爪が光っているのだ……


 あの爪は勇者最強のプラズマを掻き消し、アイツ自身を捉えていた鎖を粉々に砕いた。

 何が起こったのかは未だに分からないが、あの爪には何か尋常ならざる力がある。


「受けるな!! 避けろぉーーー!!!!」


 気付いたら叫んでいた、根拠はないがアレは危険だ! 勇者としての直感が叫ばせた。

 しかし遅かった……


 アレックスの槍に魔王の爪が触れた瞬間……!


 パキィィィン!!


 例の音と共に槍はガラス細工の様に砕かれ…… その爪はアレックスを貫いていた!


「……ッ……!?」


 胸を貫かれたアレックスに出血は無く、身体に直接ひび割れの様なものが入り、そこから光の粒子のようなモノが空中に拡散していった。


「な……に……が?」

「うっ…うおおおぉぉぉーーー!!!! アレックスーーー!!!!」

「うわあああぁぁぁ!!!!」


 アレックスの胸を貫き動きを止めたジャバウォックに、フランクとロイが襲い掛かる!


「止せ!! 近づくな!!」


 ブレイドは必死に声を張り上げ止めるが、止まるハズも無い。


 ジャバウォックはアレックスの身体から腕を引き抜くと、両腕の爪を光らせ、腕を伸ばしたままその場で回転する。

 自らに向けて突きつけられる槍を振り払うように……

 すると……


 パキパキィィィン!!!!


 またしても槍はあっさり砕かれた……

 そのまま回転の勢いを止めずに、フランクとロイの腕を光の爪で引っ掻いた。


「うぐっ!?」

「っつぅ!!」


 二人は何とかジャバウォックから距離を取る、しかし……


「な…… 何だコレは!?」

「い……意識が……」


 二人の引っ掻かれた腕からは、アレックス同様光の粒子が拡散していった。

 そしてそのまま倒れ、動かなくなった……


「何なんだ……一体…… 何をしたんだ、魔王!!!!」


 そう声を張り上げると、ジャバウォックはようやくこちらに顔を向けた。

 槍王の弟子たちの身体から放たれる光の粒子を背後に、こちらを睨みつけてくる……

 薄暗い坑道の中、色違いのオッドアイの眼光が光っている、勇者はその眼光を浴びて自分が震えている事に気付いた。


(コイツは魔王ウォーリアスや魔王ミューズとは根本的に違う…… 意思の疎通が図れそうにない、何も考えずただ目の前の敵を倒すだけの存在だ……)


「ウオオオォォォーーーン!!!!」


 ジャバウォックは狼のような雄たけびを上げると、ゆっくりとこちらに歩き始めた。


(だ…駄目だ!! コイツに近づいたら確実に殺られる!!)


「うわぁぁぁ!!!! 『封魔剣技・改!! 幻想音速剣・乱舞』!!!!」


 とにかく相手の足を止める為に幻想剣(イマジン・ソード)を滅茶苦茶に放つ! しかし……


「なっ!!??」


 ジャバウォックは体中を幻想剣(イマジン・ソード)で斬られているにも拘らず、その歩みを止める事は無かった。


(あ…有り得ない!! 本来なら精神はコマ切れ状態のハズ!! 何故立っていられる!?)


 パキィィィン!!!!


 更に有り得ない事に、実体を持たない幻の剣、幻想剣(イマジン・ソード)がジャバウォックの爪により砕かれたのだ!


「バ……バカな……」

「グルルルゥゥゥゥゥウ……」


 後数歩で間合いに入るという位置で、ジャバウォックは唐突に歩みを止めた。

 そして背後を振り向くと、勇者を無視してそちらに歩き始めた。


「?……?……」


 ジャラ――


 手足の枷に残された鎖が擦れ音が鳴る。

 ジャバウォックの視線の先に人影が現れた。


「んん?」


 男の声が聞こえた…… すごく聞き覚えのある声だ……


「お……おに~ちゃん…… アレって……」

「ッ……!! う…嘘だろ……!!?」


 キリシマ・カミナの声だ…… とうとう来てしまった…… どうすれば魔王を倒せるかまだ考えが纏まってないのに!

 ソレよりも何故コイツは勇者より一般冒険者に気を取られるんだ!

 それともただ単純に人が多い方に反応しているだけなのか? いや、そうだ! そうに違いない!


「アレは魔王だけど…… ちょっと予想外だ……」

「はぁ? ま…魔王なんだろ!?」


「アレは第9魔王だ! 第9魔王 “破壊獣” ジャバウォックだ!!」


 え? 今なんて……?

 第9魔王? 第10魔王じゃないの? だってここは第10魔王城だろ? それじゃ何か? 今この城には二人の魔王が居るってことか!?


 それはつまり、大変革(レヴオル・シオン)と同じ……


 バカな…… あ……悪夢の再来じゃないか。




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