第14話 獣人族 ― ビスト ―
「なんとなく見当が付くけど……なんでその依頼をここに持ってきた?」
「それは……このギルドが非合法活動をしていると聞いたから……」
やっぱり……こんなのばっかり来るようなら、イメージアップ作戦でもやらなきゃいけないぞ? 例えば琉架と先輩が水着で練り歩いたり……出来るわけない。余計如何わしいイメージが付く。
「うちが非合法活動していると言うのは、根も葉もない噂です。そういうことは専門の業者さんを探して頼んでください。どこの世界でも探せばいますから」
「アイツらじゃダメなんだ! このギルドを選んだのは他にも理由がある」
真剣な目でこちらを見てくる。この目をしている奴はある意味 期待を裏切らない。賭けてもイイ、絶対ロクな理由じゃない。
「このギルドは結成直後で、他ギルドと付き合いが無い。むしろ嫌われているほどだ」
ほらな……余計なひと言を追加するのはこの世界の常識なのか?
「それに……護衛依頼も嘘ではない……」
「それはそちらの獣人族の少女と関係があるのか?」
ガタッ!! 二人の顔に焦りが見えた。やはりそうか。俺の眼を甘く見るなよ? ここ数日ベストプレイスに足を運び、コーヒーをお代わりしまくりで数時間、獣耳メイドを観察し続けたのだ。その物腰で獣人族(女性限定)かどうかは判別できる。
「…………」
また沈黙か。
「話す気が無いならホントに帰ってくれ。明らかに犯罪依頼じゃねーか、そのリスクに見合うリターンが無けりゃ話にならない」
口調が悪くなる。犯罪依頼をしてくる奴らだ、この位の扱いで充分だろ? ただし報酬次第では俺も同じ位置に落ちる覚悟はある。
「リ……リターンは有る」
イラっとくる、まだ粘るか?
「うるさい! 小出しにするな! 話すか話さないかさっさと決めろ! 話さないならとっとと帰れ!」
「神那、落ち着いて」
琉架に窘められた、だっていつになっても本題に入らないんだもん……
「でも私も神那と同意見です。全てをお話しして頂けないなら、やはりこの依頼は受けられません」
「………………」
また黙る、お前らホントいい加減にしろよ?
「わかりました……すべてお話しします……」
そう言った少女がフードを脱ぐ、すると金髪のくせ毛から猫耳が飛び出した。獣人族特有の獣耳だ。
おっさんの方も兜を脱ぐ……猫耳が飛び出した。
何故同じものが出てきてこれ程印象が違うのだろうか? 例えるなら一つの宝箱から金貨と猫の死体が一緒に出てきた気分だ……有り難みが一気に減退する。
― 獣人族 ―
獣耳と尻尾を有する種族。獣人の中でもさらに犬族や猫族など細分化されるが総じて高い身体能力を有している。
頭の上に獣の耳を有しているが、顔の横に人間と同じ耳もついている。つまり耳が4つあるのだ、その為耳がとても良い種族でもある。
「私はオルフェイリア・ティリアス・グラン・レイガルド 獣衆王国第一王女です」
「ふ~ん……で?」
「へ~お姫様か~」
「だ……第一王女ぉー!?」
三者三様の反応、俺と琉架の反応が薄いのは、もっとギャップの大きい魔王様をつい最近見たせいだろう。
「お、お前ら何だその反応は!?」
おっさんの方が不満げに言う、俺と琉架の反応が淡白すぎたのが原因だろう。面倒くさい……街で芸能人見かけた時ぐらいはしゃげば良かったのか? 俺は平静を装うけど……
「そうですね、失礼致しました。コホン、私は『D.E.M.』の有栖川琉架と申します、以後お見知り置きを……」
琉架がスカートの端を摘んで恭しく礼をする。あれ? こっちの方がお姫様っぽいぞ? 流石は財閥令嬢、様になってる。頑張れオルフェイリア、負けてるぞ!
だいたい何でトゥエルヴに他国のお姫様が居るんだ? 空を漂う国じゃあるまいし、腹ペコで落ちてきた訳でもないだろ。
「実は現国王であるお父様が、第8魔王との戦争で深手を負いました」
第8魔王と? 流石は“侵略者”の二つ名を持つだけはある。そこら中にちょっかい出して、多方面で同時に戦争しているらしい。
たしか中央大陸の地下に広がる広大な空間、第8領域『大空洞』が支配領域だったはずだ。要するに自分の頭の上の中央大陸が欲しくてたまらないという訳だ。
土の下から突然攻めてくる侵略者。迷惑この上ない存在だ。そしていつ来るか分からない敵がいるのに国王が伏せってしまった、そしたら何が起こる? 跡目争いの話だろう? 個人的にその手の政治的な話は無駄に間延びして長くなるから好きじゃない。
俺が持つ獣人族の勝手なイメージは、二人で殴りあって勝ったほうが王様……な感じだ。そっちの路線がいいな。
「その直後……私は誘拐されました……」
オルフェイリアが悔しそうに顔を伏せる。まさか、酷い事されたのか? 薄い本みたいな?
「競売にかけられるすんでのところで、ダルストン……彼に助けられました」
なんだ、どうやら薄い本的展開は無かったらしい。商品価値が下がるとかそんな感じだ。
そしてわかってきた、祖国に帰るのに密入国しなければならない理由も。
「もうお分かりでしょう、私は馬鹿正直に正面から帰国するわけにはいかないんです。そんな事をすれば王都に辿り着く前に刺客にやられてしまうでしょう。そして次は助からない……」
「つまり王女誘拐犯の黒幕は、他の王位継承候補者ってことか……心当たりは?」
「一人だけです……我が叔父にして、王位継承順位第二位 ネテロ・バルザス・レイガルド」
獣衆王国は常時戦争状態だ。トゥエルヴのお祭り戦争など目ではない、そんな中リーダー不在は国の存亡に関わる危機だろう。
「ん~権力持ってそうだな……この依頼ってどこまでいけば達成になるの?」
「と、おっしゃいますと?」
「要するに……」
①、第9領域「レイガルド」に入った時点で終了。
②、獣衆王国に戻り、自らの無事を宣言する辺りまで。
③、自分が新国王として王座に就くまで。
「こんな所か、ニュアンス的には①だと思うけど、さっきの話だと②ぐらいは考えてそうだな」
「それは……」
「それは、お主たちの実力による!」
おっさんが割り込んできた、確かに我々『D.E.M.』には悪い噂が付いてるからな。
「お主たちが本当にAランクモンスターを討伐するだけの実力が有るなら、新国王として王座に就くまで護衛任務に付いて欲しい」
嫌だ! 面倒くさい! それ何ヶ月掛かるんだよ! こっちにも都合がある、さすがにそんなに付き合えないぞ? しかし……
「この依頼に成功すれば、お姫様は王位を取れるんだよな? その場合の報酬は?」
「む? 金なら幾らでも……」
「違う、金などいらん。さっき言ったろ? 『リスクに見合うリターン』それ位のメリットが無いと受けられない、政争に巻き込まれるってのはそれほど危険な事なんだよ」
「それは具体的にどんなモノなのだ?」
「そうだな……王女様が女王様になったら、俺たちそれぞれの願いを何でも一つ叶えてくれる……とか」
「そ……そんなもの、認められるわけないだろ!!」
そりゃそうだ。
「心配するな、別に無茶を言う訳じゃない。国を寄越せとか、死ねとか、俺の嫁になれとか……」
「……神那?」
しまった! 俺まで余計な一言を言ってしまった! つい先日それで大失敗したばかりだろ! 俺に学習能力は無いのかよ!?
「神那クン、サイテー」
「だからそういうことは言わないって話だろ!?」
俺が慌てるのが珍しいのだろう、先輩が茶化してくる。傍から見れば楽しいだろうが異性関係のトラブルはギルド崩壊の危機を招くんだぞ? 自重せねば……
「それはどういった事か仰らないのですか?」
自らの肩を抱き、疑惑の目で見てくる……たった一言でこの様だ、まさに口は災いの元だ。
「いま思いついた事だし、どこにも根回しして無いから言っても無駄になるかもしれないんだが……」
「根回し?」
「細かい説明は今は省くが、もし王様になったらトゥエルヴと同盟を結んで欲しい」
みんな目が点になる。そんなに荒唐無稽だったか? 琉架だけは俺の発言の意図に気付いた様子で頷いてる。
「え……は? ど……同盟? 第9領域と、第12領域で?」
「対魔王同盟だ。悪い話じゃないだろ? すぐにOK出せないだろうけど……どう?」
「どう……と言われても……何も決まってないのにOKは出せないです」
「だろうね、だから願い事一つ」
黙りこんで考えている、獣人族は頭を使うのが得意じゃないのか? とにかく長考が多い。
1分も経ったであろうか、顔を上げ俺の目を見る……
「わかりました。お約束は出来ませんが善処します」
なんの答えにもなっていないが、前向きな言葉がもらえた。今はコレで良しとしよう。
「契約成立だな。琉架と先輩も願い事考えといて」
「あ、私たちもお願いごとしていいんだ……」
「同盟……か……」
「ちょっとまて! お前ら肝心な事忘れてないか!?」
「はぁ? なに?」
「密航だよ! 密航!!」
いちいち声がでかい、自分たちが犯罪行為を依頼している自覚がないのか?
「なんだそんな事か。どうとでもなるだろ」
「…………は?」
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港町ノースポート
ここから第11領域 唯一の人族の街、城塞都市ラドンへ渡る事が出来る。
第11領域は中央大陸南西部に位置し、中央大陸東部の第9領域と大山脈を隔てて隣接している。
「船旅か」
「ね! ね! 神那! 私、船乗るの初めて!」
琉架がはしゃいでる、俺も初めてだ。クールキャラはこんな時も騒いじゃいけないんだ。静かにテンション上げて行こう。
「おい! これは何のつもりだ?」
ここは港町ノースポートの路地裏、おっさんと姫様が体育座りで小さな台車に座っている。まあ今からスタンバる必要はないけど面白いから放置する。
「今、先輩が俺たちのチケットを買いに行ってる。なんと個室だぞ、結構高いんだから感謝しろよ」
「それが一体何の関係があるんだ?」
「お前らを密航させるための個室だよ、いいから少し待ってろ」
そういって見つからないよう布を掛ける。
「そうじゃなくって、どうやって国境のチェックを……てオイ!」
何かまだブツブツ言ってるが無視する。
「お~い、チケット買えたよ。やっぱり個室は高いから人気無いんだね、余ってたよ」
「よし、じゃあ乗り込むか」
「お……おい待て!? 置いて行くつもりか!?」
「俺たちは密航するわけにはいかないから、正規の手続きをして乗り込むんだ。信じて待ってろ。次にその布が取り払われた時は船の中だ」
「………………」
「ダ……ダルストン……?」
「と……とにかく、信じましょう……」
次に布が取り払われた時、自分たちは衛兵に囲まれているかもしれない。もはや祈る事しかできない。
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「へ~結構広い部屋だね……ベッドが三つあるだけの殺風景なワンルームだけど……」
「まぁ部屋にトイレが付いているだけマシでしょ」
これはマジでよかった。二日間も我慢させる訳にもいかないし、ペットボトルも用意していない。
「それで、これからどうするの? お姫様たち置いてきちゃったけど……」
「そうだった、ここで先輩にはマジックをご覧に入れましょう」
「へ? 何? 急に……」
ついたてを使って目隠しを作り、先輩に気づかれないよう琉架に目配せする。
琉架が小さく頷くと大きく息を吸い込み呼吸を止める。ギフトを使うときの癖らしい。
『時由時在』
世界が静寂に包まれた。さっきまで騒がしかったウミネコの鳴き声も、心地よい波の音も全て止まる。
「ぷはぁ!」
静寂の世界に琉架の声だけが響いた。
「みんな止まってる……この能力キライだな、押し潰されそうな程の孤独が襲ってくるから……」
神那のほっぺたをつついてみる、反応は無い。
「ふふ……今どんな事をしても絶対にバレない、世界を支配できる力……か」
頭を振って意識を切り替える。
「さて、お姫様たちを迎えに行かなきゃ」
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「オープン!」
勢いよく布が取り払われ、ついたてが倒れる。するとそこにはオルフェイリアとダルストンが体育座りしていた。
「え? な……なに?」
「はぁ!? な、何が起こった!?」
二人は何が起こったのか分からず狼狽える。
「うるさいぞ密航者、騒いでるとホントに見つかるぞ!」
「神那クン凄い! 魔導師改めマジシャンだね」
意味一緒ですよ先輩。あと俺じゃなくて琉架です。
「第11領域の城塞都市ラドンまで二日、そこから古来街道まで出て一気に第9領域を目指す。そっちの地図が無いからおっさんが描きだしてくれ」
「うむ、引き受けよう」
「細かい打ち合わせは夜になってからするか、それまでは自由行動。ただし分かってるとは思うが、密航者の二人は部屋から出るの禁止だから」
オルフェイリアは不満げな顔をしていたが、さすがに弁えているのだろう、文句は無かった。俺はせっかく余暇が二日も出来たのだから、この世界で買った本でも読んで優雅に過ごそう。
なんて思っていたが、出港後30分で船酔いにやられダウン。本を開く暇も無かった。船なんて初めて乗るから分からなかったが、俺は相当船に弱いらしい。
「し……死ぬ……」
「だらしないわね、あなたそんなんで本当に護衛が務まるの?」
この苦しみを知らない奴が勝手を言う……しかし、言い返す余裕もない。
琉架が超優しい、膝枕をしてくれて、ずっと付きっきりで介抱してくれた。頭を撫で撫でしてくれるオプション付きだ、まさに地獄に仏とはこの事だ。
とにかくこの地獄の航海を膝枕の感触で乗り切るんだ、間違っても琉架に吐かないようグッと堪える。トイレが間に合わない時は、おっさんに向かって発射しよう、後々笑い話になればいい。
「神那、どうしても我慢できそうになかったら言ってね。時間巻き戻すから」
琉架が小声で言ってくる。確かに『両用時流』なら一時的でも復活できる。しかし琉架は人に両用時流を使用することを良く思っていない。記憶や思い出が一緒に消えてしまうのが嫌なのだろう、俺だって嫌だ! せっかくの琉架の太ももの感触、この記憶!消してなるものか!!
結局、ギルマスがグロッキー状態では打ち合わせなんか出来るはずもない。それどころか女性陣に譲る予定だったのに琉架の分のベッドまで占領してしまった。本当にゴメンナサイ女神様。
翌日、相変わらず地獄の航海が続く、蜘蛛の糸は何処に? 夏の夜、部屋に迷い込んできた虫は外に逃がしてやったぞ、触りたくないから……それじゃ助けたことにならないのか? 一体何時まで耐え続ければいいのか……あぁ、あと丸一日か……人生最大級の絶望が襲ってきた。
「うぅ、琉架さんや……いつも済まないねぇ……」
「あはは、何ソレ? 神那お婆ちゃんみたいになってるよ」
琉架の笑顔に少し癒やされた。どうやら気を紛らわせる事が重要らしい。
潮風に当たれば気分も良くなるかもしれないと、琉架に介助されながら甲板に出る。確かに風が気持ち良い。よく見ると舟の舳先に見知った人物がいる、サクラサクラ先輩だ何やってんだ?
「…………」
船首に立ち両手を広げて風を感じている。ドコかで見たことがあるぞ? そうだ何かの映画の有名なワンシーンだ、空を飛んでいるみたいとか言ってたかな? あれはカップルでやるものだろ、独りでやっている姿はかなり滑稽だ。
「?……!!」
あ、こっちに気付いた。顔が見る間に赤くなる、やはり恥ずかしいことをしている認識はあったようだ、この舟に乗っているトラベラーは俺達だけだ、どうせ誰にも分からないと気を抜いていたな。
「あ~コホン、神那クン具合はどうですか?」
先輩が何もなかった顔をして話しかけてくる。俺としては自分の身体の具合より、先輩の今の心の具合を知りたい。なぜあんな恥ずかしい行為をしたのか?
「えぇ……おもしろ映像を見れたおかげで気が紛れました。先輩ありがとうございます」
「れ…礼を言わないで!!」
サクラサクラ先輩は逃げ出した。体調が万全だったら回りこんで、さらにからかい倒していた所だ、運が良かったな。
「ほら神那、向こうの日陰にベンチがあるから」
ベンチで横になる、もちろん琉架の膝枕だ。船酔いさえ無ければ完璧なシチュエーションだ、周りの連中にはカップルがイチャついているように見えるだろう、俺の顔が青いから絡まれないで済んでいるが……しかし風が気持ち良な……少し眠くなってきた……
---
「? 寝ちゃった?」
神那が静かな寝息を立てている。眠っている時は気分が悪くならないらしい、ほっとした。
二人で旅を初めてから、今まで知らなかった神那の新しい一面に幾つも気付くことができた。しかしここまで弱っている神那を見たのは初めてだった。普段は無表情で強がっているのに、隠すこともできずに、ただ弱っている姿に衝撃を受けた。
「神那の落ち込んでる姿は見たくないけど、弱っている姿は……見てて不思議な気持ちになる」
可哀相……早く良くなってほしい……心配……
そんな気持ちと……
「不謹慎だけど……何か可愛い」
神那の頭を撫でる、そういえば何時ぞやは私が恥ずかしがっていたのに頭を撫でまくられたのを思い出した。いい機会なのであの時の仕返しに撫でまくっておこう。
ナデ…… ナデ…… ナデ…… ナデ…… ナデ…… ナデ……
「相手が恥ずかしがってくれないと全く意味が無い……今度、人前で良く出来ましたって撫でてみよう。うん、どんな顔するか少し楽しみ」
目指すは第9領域、オルフェイリア王女が即位すれば、どこかで神那を褒める機会がきっとある。うん。楽しみ。
まずは城塞都市ラドンだ。