第141話 神聖域
北方砦から南西へ、ホープで2時間程……
中央大陸を三つの領域に分断する中央大山脈が交わる所、神聖域と呼ばれる場所に来た。
そこは標高10,000メートルにもなる世界の屋根、ホープの普段の飛行高度の倍近い高さ…… 浮遊大陸ですらここは避けて通る…… そんな場所だ。
更にこの山には古代龍と呼ばれる、その名の通り古代から生き残っている龍の群れが住んでいる。
この龍がまた厄介で、人よりも知能が高いときている。上位種族以外で唯一古代魔術を使えると言われている。
推測だがこの龍こそが龍人族のご先祖様なのではないだろうか?
もちろん何の根拠も無い、文字通り神族のみぞ知るといったトコロだ……
そんなチートドラゴンが住んでる為、この周辺には他のドラゴンすら近づかない、空の立ち入り禁止区域だ。
ただし徒歩で登る者は襲わないと言われているらしい…… つまり世界最高峰を登頂できる者は神聖域に至れるのだ。
いや無理! いくら魔王でも10,000メートル級の山に登るとか無理に決まってる!
体力的な問題じゃない、精神的に無理だ!
だって面倒臭そうだから……
しかし我々はそんな事に頭を悩ませる必要は無いのだ。
この古代龍どもは、ホープには攻撃を加えて来ないのだ。
コレも恐らくホープが…… と言うより、要塞龍が古代龍と同じ種族から創られたからだろう。
今我々が乗っている要塞龍・天空種と……
『グルルルルゥゥゥゥゥゥ』
窓の外からこちらをメッチャ睨んでる古代龍の見た目が非常に似ているからな。
「か……神那ぁ~」
「大丈夫だよ………………多分」
今ホープは、体長100メートルを越えるほどの龍の群れに囲まれている……
きっと暴走族の集団に囲まれるのってこんな気持ちなんだろう。
正直生きた心地がしない……! だれか迷惑行為を禁止しろよ!
「うぅ…… あんまり歓迎されて無いのかな?」
ホープはともかくソレに乗る我々は歓迎されて無いっぽい。
これは俺達が人型種族だからだろうか? それとも魔王が3人も混ざってるからだろうか?
この状況で、神聖域に入る為にスカイダイブしろと言われたら、いくらなんでも断るぞ。
もちろん倒せない相手では無い…… が、さっきからどんどん数が増えて、すでにホープを取り囲む群れは100匹を越えている。
こんなに相手してられるか!!
人以上の知能を持っていようとも、所詮はトカゲの亜種! もし襲い掛かってこようものなら魔王の力を存分に見せつけてやるぞ! 主に琉架とミラが……
俺の魔王の力は逃げる事くらいにしか使えそうにないんで……
「ぅおい! ジーク先生! まだ神聖域には着かないのか?」
「なんだ先生って? 少し待て、すぐそこに見えている」
そう言ってジークが指差す先には一際高い山が聳え立っていた。
その形はピラミッド型、自然の造形物にはとても見えない。しかし人工的に作り出せるサイズじゃ無い。
「中央大山脈の霊峰セントラルだ。あの山こそが神聖域だ」
「え? 山そのものなの?」
ホープから降りた瞬間、みんな酸欠で倒れるんじゃないか?
酸素ボンベ持ってくれば良かった…… 魔術で代用が効くか?
そうこうしている内に霊峰セントラルはグングン近づいてくる…… あの…… そろそろ減速を……
「おい! 突っ込む気か!」
「少々アクロバティックになるだろうが大丈夫だ、まぁしっかり掴まってろ」
事も無げに言うんじゃねーよ、要塞龍にはシートベルトは付いてないんだ。
「突入するぞ」
やたら冷静な声でジークが告げると、ホープは山に向かって加速、岩壁にぶつかる直前に急上昇を行う!
これはヤバイ、何もしなければ確実に外に放り出される。部屋中に血糸を張り巡らせ全員の体を固定する。
そうしている間にもホープはそのままほぼ垂直に上昇し、数千メートルは登ったかといった所でようやく減速し止まった。
ホープはその直後に体をくるりと回転させると、今度は真っ逆さまに高速落下を始めた。
そんなことをすれば当然……
「きゃぁぁぁぁーーーー!!」
「……ひぅっ!!」
「ぅおおお!! スッゴーイ!!」
絶叫と、一部からは歓喜の声が上がる。
正面にはピラミッド山の頂点が見える、このままあそこに突っ込む気だ…… つまりあそこが入口か。
もしこの侵入方法が間違ってたら、要塞龍の串刺しの出来上がりだな……
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墜落はしなかった……
山頂に激突の瞬間、ホープは何事も無かったかのように岩をすり抜け、地中を飛んでいた……
いや、この表現は正確では無い、気付いた時には色とりどりの花に溢れる草原の上を飛んでいたのだ。
第12領域の楽園村の様な盆地に似ている。
見上げれば雲一つない濃い青空、薄っすらとピラミッド山の幻が浮かんでる。
霊峰セントラルとはスカイキングダムの様な極薄の結界、或いは目暗ましだったのか……
恐らく前者だろう、気流も安定し気温も高く空気も濃い。
おい!ジーク! テメェ知ってたなら先に言えよ! お前は秘密主義すぎる! まぁ俺に言えたセリフでは無いのだが…… 見ろ! 女の子たちが震えながら俺にしがみ付いている!
…………
でかした! ジーク! 禁域王が褒めて遣わすぞ!
「あ……あれ? 落ちなかった?」
「…………?」
「花畑?」
「わぁ…… 綺麗……です」
なるほど、神聖域の名に相応しい美しい光景だ……
しかしそんな美しい花園の中にポツポツと墓石っぽいモノが見えるのは気のせいだろうか?
きっと気のせいだ。
…………
でも着陸は念の為、少し離れた場所にしてもらおう。
お花を踏みつぶさないためにね。
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結論。
どこまで行っても墓だらけだった……
何だよココ、共同墓地か?
神聖域は相当広い、霊峰セントラルの内側に存在するこの盆地は、楽園村とは比べ物にならないほど広い。
多分、一辺100km以上ある。
全域に亘って……ってワケじゃないが、どこに行っても墓がある。中には結構立派なモノまで……
世界最高峰の山に墓なんか作って、一体誰が墓参りに来るんだよ。
そもそも誰が作ったんだよ、もしかして龍人族か?
さっきまで美しい花畑に目を奪われていた女の子たちも若干引き気味だ。特に琉架と白が…… 確かにこれだけ墓が多いとちょっと出そうだよな? 昼間に来てよかった。
「ジーク、お前知ってたのか?」
「まぁな…… しかし詳細までは分からん。ただ歴代勇者の墓はここに作られると聞いた事がある」
「なに?」
じゃあココのどこかにミラの父親である先代勇者の墓もあるのか? 数が多すぎて探す気にもなれん。
取りあえず心の中でお参りしておこう。
貴方の娘さんは僕が必ず幸せにして見せます! 安心してください!
それと悪い知らせですが娘さん、魔王になっちゃいました。だからと言って化けて出ないでくださいね?
ふと見ると、ミラも手を組んでお参りしてた…… ふざけるのは止めておこう。
しばらく飛んでると広い岩場が見えた。あそこなら墓も無さそうなのでホープを着陸させる。
足元は悪いがソコは我慢しよう。なんでココだけ足場が悪いんだろうな?
「ふむ、昔の仲間がいればここを掘ってもらったんだが……」
「昔の仲間? 何の話だ?」
「伝説ではココに建っていたそうだ、『中央大神殿』は……」
中央大神殿…… 確か魔王伝説の壁画が描かれていた場所か、そうか、ココにあったんだ。
以前なら是が非でも掘り起こしたい所だが、魔王になった今ではあまり見たくないな…… 嫌な未来とか描かれてそうで…… 例えば第3魔王と戦ったりとか……
よし、忘れよう。
「おにーちゃん、要塞龍ってドコに居るの? 相当大きいハズだよね、それらしきモノは見当たらないんですが?」
「俺もさっきから探してるんだが見当たらないんだよな、もしかして白骨化して地面に埋まってるのかな?」
ここまで来てみたのはイイんだが、どうしたモノか…… 取りあえず……
「龍人族を探すか、ここにいるハズだからな」
「探すって…… ここで? 滅茶苦茶広いよ? 空から探した方が良かったんじゃない?」
空から見える場所にいるとも限らないからな、とは言え確かにこんな所で人探ししてたらどれだけ時間が掛かるか……
「探す必要は無いぞ」
「!?」
突然話し掛けられる。
振り向くと、ホープの頭の上にいつの間にか子供がいる。
俺の嫌いな性格の悪そうな顔をしたガキだ……
「アンタが…… アルヴァか?」
「ほぅ、余の名を知っておるか……
余は要塞龍 第二管理者。龍人族・第3龍ティアマトのアルヴァ・ドラグニアである」
要塞龍 第二管理者…… どうやら当たりらしい。
「しかしこんな所に魔王自らがやって来るとはな、しかも三人、全員新魔王だ。
もしかしてヴァレリアに聞いてきたのか?」
ずいぶんと察しが良い、話が早くて有難いんだが、どうにも性格悪そうなトコロが引っ掛かる。
「ヴァレリア・ドラグニアから、第10魔王と戦うならアンタが力を貸してくれると言われ来た」
「ヴァレリアの奴め勝手な事を…… まぁいい、具体的には何を求めておるのだ?」
「魔王城・オルターに入る為に要塞龍を借りたい」
「オルターか…… 確かに稼働中のあの城に立ち入るにはガーランドが必要だろう…… ふむ」
それだけ言うと口を閉ざし、こちらの様子を窺っている。
また心でも読んでるのだろうか? 伊吹に龍人族の事を教えておくべきだったか、変なこと考えて無ければ良いんだが……
「良かろう、お主たちにガーランドの使用許可を与えよう。ついて来るがいい」
アルヴァはそれだけ言うとホープの頭から飛び降り、俺達を先導する様に歩き始めた。
え? そんなアッサリと? お使いイベントとか要らないの? スゲェ有り難いけど……
「なんだ? 何か聞きたいって顔してるな?」
「あ~…… 以前、同じことを考えた勇者が居たはずだけど、そいつは条件を満たせなかったと聞いた。
俺達は問題無いのか?」
「あぁ、そのことか…… それは余が個人的に勇者が嫌いだっただけの事、お主たちも勇者とは因縁があるようだが、今は関係ないからな」
確かにミラの父親は勇者だがミラ自身は勇者じゃないからな、それどころか今は魔王だし……
しかし個人的に勇者が嫌いって…… やはり性格に難アリだったか。ま、気持ちはよく分かるけど。
魔王嫌いの龍人族じゃ無くて良かった。
しかしそうなると一つ疑問が……
勇者が嫌いな奴が何故勇者の墓がある場所で暮らしてる? まさか勇者の墓にションベンでも引っ掛けてるワケじゃないだろうな? さすがに罰当たりだぞ?
「あの…… 質問してもよろしいですか?」
ミラが遠慮がちに声を掛ける。
「随分と礼儀正しい魔王だな、何だ? 何でも聞くがよい」
「ありがとうございます。それでは…… 勇者のお墓がココにあるというのは本当ですか?」
「うむ、確かにココには歴代勇者47人の墓がある。しかしあるのは勇者の墓だけでは無い、この神聖域には神の祝福を受けた者たち全ての墓がある」
なるほど、だから墓だらけなのに神聖域って呼ばれてるのか……
いずれあのバカ勇者の墓もココに並ぶのか…… あれ? 歴代勇者47人の墓? もしかして先々代の勇者ってまだ生きてるのか?
勇者って長生きできるのか…… てっきり短命だと思ってた。
「ここの墓ってどうなってるんだ? まさか一つ一つ移設した訳じゃ無いよな?」
「そのまさかだ、ここにある墓は全て本物だ。下界に残されているモノこそコピーであり偽物。
すべて精霊が移してくれたモノなのだ」
何の為にそんな事を…… 結構シャレにならない数だぞ? そんな事を何千年も前からやってるのか…… どいつもこいつも精霊をこき使い過ぎじゃないのか? 軽く同情する……
「父は…… 先代勇者は埋葬される事無く打ち捨てられた筈です。そういった方々はどうなるのですか?」
「神の祝福を受けていようとも、事故に遭い人知れず死んだ者や野垂れ死んだものも多くいる。
精霊はそう言った者たちの魂も残らず集めてきてくれる。ここの何処かに供養されているだろう」
「そう……ですか、ありがとうございます」
良かったなミラ、ちゃんと供養されてるってさ。
勇者嫌いの龍人族が墓守をしている所に一抹の不安を感じるが……
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「さて、この辺だったか?」
アルヴァは数分歩いた花畑の真ん中で足を止めた。
巨大な要塞龍はどこにも見当たらない。
「え~と?」
「要塞龍・ガーランドは数年おきに喰う、寝る、散歩するのサイクルを繰り返しておる。
今は自分の巣で寝て居る所だ。それを叩き起こして巣から引きずり出す」
その言い方だとこっちが少々悪いコトしている気分になる…… まぁ、喰う寝る散歩しかしてない奴なら少しくらい働かせてもイイか。
「※※※※※※※※※※※※※※※」
アルヴァが何か唱えてる…… 古代魔術だ。
「さあ目覚めよガーランド!」
その言葉と共に周囲の空気が前方の空間に収束するように集まり出す。その空気の流れに乗って大量の花びらが巻き上げられ幻想的な光景が眼前に繰り広げられる。
そしてその花びらの塊の中に小さな龍の影が見えた…… 小型犬くらいのサイズだ…… そこからどんどん膨らんでいく…… おい、ちょっと待て!
ズシィィィン!!!!
僅か数秒で数万倍に膨れ上がった巨大な龍が大地を揺るがした。
踏みつぶされるかと思った…… 幾つか墓を壊したんじゃないか?
要塞龍・ガーランド……
体長10km越え、魔王城・オルターよりデカい。
見た目はサイ……と言うより、トリケラトプスに近いかな? 立派な角と強固な前面装甲を有している、今まで見た要塞龍の中で一番要塞龍の名前が相応しい外見だ。
「コイツがガーランドだ。好きに使うがいい。
正直に言うと余は勇者が嫌いだが、第10魔王はもっと嫌いだ。お主たちがプロメテウスを殺す事を期待しているぞ」
第10魔王 プログラム・プロメテウス……
なぜお前は全方位から嫌われてるのだろうな? 引きこもりっぷりはアーリィ=フォレストと大して変わらないと思うんだが……
とにかくこれでようやく魔王城・オルターへの道が開けた。