第138話 機人族 ― イクスロイド ―
---有栖川琉架 視点---
私は何故あんな事を言ってしまったのだろう……
『え? 神那も一緒に入ろうよ?』
あの時はただ、この猛吹雪の中、神那に外で見張りなんてさせられないと思って出た言葉だった……
でも違った…… 本当にそれだけなら『一緒に入ろう』にはならない。
普段の自分からは想像もつかない大胆な発言、何故こんな言葉が出たか心当たりがある。
談話室に置き去りになっていたサクラ先輩の雑誌だ……
あの雑誌こそが今のこの状況を作り出した元凶! 私と神那が混浴するに至った最大の原因だった。
雑誌にはずいぶん赤裸々な事がたくさん書かれていた…… あれって18歳未満が読んでも良いモノなのだろうか? とにかく、その雑誌の記事の一つに何故か目が留まった。
そこには「草食系、ヘタレ男子にはコレ!」という特集記事だった……
何故この記事に目が留まったのかよく分からない、神那はベジタリアンでも無ければヘタレでも無い!
神那は誰よりも慎重なだけだ。
ただ女の子からのアプローチの実践方法の中に「帰ろうとする男の子を引きとめる」……的な例題が乗っていたのだ。
それが何となく頭の片隅に残っていた。
そしてこうなった…… 混浴だ…… 人生初だ…… 小さい頃にはお父様やお爺様と入浴した事もあるかも知れないが、私にはその記憶は無い。
お風呂は大体お姉様たちが面倒を見てくれてたからなぁ……
そんな私が男の子と二人っきりでお風呂に入ってる…… 何でこうなったんだろう? やはりあんな本、見るべきでは無かった…… 内容も低俗だったし…… でも熟読しちゃった……
チャポン……
いくらなんでも軽率だった。私たちはタオルすら持っていない。
魔神器は物資運搬に使った為、四つとも置いて来てしまったのだ…… だって偵察に行くだけだと思ってたんだモン!
上がる時どうしよう…… うぅ…… 厚着してきたからインナーを一枚犠牲にするしかないか…… お風呂に入る前より薄着になったら湯冷めしそうだな……
魔王って風邪ひかないのかな?
神那と二人、肩を並べて温泉に浸かる……
「…………」
「…………」
会話が無い……
緊張して何も話せない…… それどころか神那の方を見る事すら出来ない。
なんでこんな状況になってるんだろう? でもコレはチャンスかもしれない。
最近取り残されてる感があった気がする私には、神那との信頼関係を一気に深める好機だ。せっかく死ぬほど恥ずかしい思いをしてるんだから、せめてこのチャンスを生かさなければ!
そうじゃないと精神力の無駄遣いって気がする……
あの雑誌にも書かれていた「男の子が草食系なら女の子がリードしてあげるべし! 目指せ肉食系女子!」と……
草食とか肉食とか意味不明だし、そもそもあの雑誌自体ちょっと古かった気がする、確かに女の子からリードするのはアリかもしれないけど……
神那はああ見えて繊細だから、自分からは積極的に動かないんじゃないだろうか?
白ちゃんを見てるとそう思う……
神那と手を繋いだり、神那の膝に座ったり、神那にナデナデしてもらったり…… そういうのを自分から要求している姿をよく見かける…… 白ちゃんはきっと肉食系だよね? 狐族だし。
「あ…… あのね、神那……」
「え? あ、ど……どうした琉架?」
「神那は……えっと、私の……」
「私の?」
「あのぉ…… だ……第10魔王ってどうしても倒さなきゃいけないの?」
話題を変えてしまった……
私は肝心な事を忘れていた、自分が極度の臆病者だという事を……
そんな臆病者にリードなど出来るはずが無い!
「琉架は第10魔王討伐に反対なのか?」
「うんん、そうじゃないの、何とかしなきゃいけない相手ってことは分かってるの……
ただ…… ホープが撃ち落とされたって聞いて不安になっちゃった」
ただこの言葉は嘘じゃ無い。
私には自分から告白する勇気なんかないけど……
「神那に…… あまり危険なことしてほしくない……です」
「あ~~~……」
常に神那の無事を祈っている事くらいは知っておいて欲しい……
「神那にもしもの事があったら…… わ……私は…… い……生きていけない……です」
…………
今…… 告白並みに恥ずかしいコト言ったよね?
初めて知った…… 私はやればできる子だったんだ。
「琉架…………」
「か……神那…………///」
神那と至近距離で見つめ合う…… これはマズイよ、ショート寸前だ。
「る……か……」
「か…か……みな///」
もう無理だ、ここは神那に任せよう。やっぱり私がリードするなんて無理に決まってる!
数秒見つめ合った後、そっと目を閉じた……
もう怖くて目を開けてられない…… どうか拒絶されませんように!
頬に手を添えられた…… 神那に……触られた……///
ビクッ!
も……もしかして、キ……キキ…キ……キスされるのかな?
もう限界だ…… 今すぐ意識を手放しちゃった方が楽になれるが、今私は全裸だ、踏ん張らないと!
「あ」
?
今何か聞こえた? 小さな声が…… 私の声……じゃないよね?
「あ、どうぞアタシの事は気にせず続けて下さい、そこらに転がってる大きめの岩と同じです」
この場に居る筈の無い第三者の声が聞こえた! しまった、すぐそばに第10魔王が居るのに、神那にしか意識を向けてなかった!
「なっ!? なんだお前……!?」
「え? きゃっ! な…なに!?」
声のした方を見ると、そこには一人の女の子がいた。
奇妙なブーツを履いているが、年は私たちとさほど変わらない少女が私たちをじっくり見ている!
認識外から敵が現れたら、観察よりも先に距離を取る事を師匠から教わった…… だから真っ先にしたことは距離を取ろうと立ち上がる事だった……
一番最悪な選択肢を選んでしまった……
「あ……」
「え……?///」
「わぁ~お♪」
フリーズしてしまった……
神那に裸を見られるのは二回目だが、以前とは決定的に違う点がある……
私もまた神那の裸を見ている…… と言うより、私には無いモノを見ている…… なにアレ? ちょっとエイリアンっぽい…… 知識では知っているのだけど、何か「ピギャー」って叫びだしそうなモノが付いている。
何か言葉を出そうと口を動かすが、まともな言葉を紡ぎだす事が出来ない……
「きっ…きゃぁぁ…… あぁぁ~~~…… ぁぅ」フラ
「おわ! 琉架!」
私の意識はそこで落ちた……
もうお嫁に行けない……
---霧島神那 視点---
今俺は窮地に立たされてる……
琉架が気絶してしまったのだ…… 一糸まとわぬ姿で…… 見物人がいる以上 迂闊な事は出来ないし、このまま放っておくワケにもいかない。
せめて服を着せねばならないのだが、俺に無事やり遂げる事が出来るだろうか? 血圧が上がり過ぎて俺まで気絶したら我がパーティーは全滅だ。
だからと言って見ず知らずの少女に任せる訳にもいかん! てか、こいつ誰だ?
とにかく俺の中の紳士を総動員して、野獣の抑え込みにかかる。
気絶してる琉架に襲い掛かるとか出来るか! 俺は琉架に嫌われたくないんだよ!
魔王城も多少遠ざかったが、まだ大っぴらに魔術を使うのは危険な距離だ。なのでギフトで出来るだけの事をしてみよう。もちろんギフトだから100%感知されないってワケじゃないから注意は必要だけど。
俺のギフトは『血液変数』と『跳躍衣装』…… コレで何ができる?
血を使ってタオルを作ることは可能だ、悪く無いアイデアだ、大量出血すれば血圧も下がるし。でも気持ち悪いよな? 血で作ったタオルとか…… なので却下だ。
試しに強制転送で琉架の身体についた水を跳ばしてみた。
すると意外な事に成功した。体に思いっ切り接触していた水なのにだ。もっと『跳躍衣装』についてよく研究しておくんだった。
これは強制転送で相手をいきなり裸にすることも、強制誘導でパンツだけを奪うことも出来るんじゃないだろうか? 夢が広がるな!
その後、見知らぬ少女…… 名をリュドミラと言うそうだが、彼女の助けを借りて琉架を着替えさせることに成功。その間俺はずっとパンツ一丁だったが……まぁ、それはどうでもいい。
俺の心は波一つ無い静かな湖面の様な冷静さを保っていたからな。
もちろん俺の息子は気を抜けば直ぐにでもブレイクダンスを始めそうなくらいテンションが高かったが、それを強靭な精神力で抑え込んでいたのだ!
…………
正確には流れ落ちる鼻血を血液変数で精神安定剤に変え、ずっと服用していたからだ。
俺は血液操作能力者! この位の芸当お手の物だ!
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そして今、俺は琉架を背負いながらリュドミラに連れられて洞窟の奥へと進んでいる。
こんな通路が有ったコトに全く気付かなかった。
琉架との混浴に意識の100%をつぎ込んだ所為だ…… その所為で闖入者に気付けなかった。コイツさえいなければ、きっと今頃俺は琉架と…… くそぅ!
しかし困ったな…… 琉架が意識を取り戻せば気まずい空気になってしまうのだろうか?
琉架の裸を見たのは2回目だ、しかし前回とは決定的に違う事がある。
琉架の裸を見た…… これはご褒美だ。
琉架に裸を見られた…… あれ? これもご褒美じゃね?
俺ばかり得をして、琉架は損してばかり…… あまりにも不憫だ。
ならば俺に出来る事は琉架の願いを100%叶えるだけだ。
もし目の前から消えてと言われたら、素直に旅に出よう…… この大氷河をマッピングして歩くのも良いかも知れないな…… 何百年かかる事やら……
もし死ねと言われたら、素直に自殺しよう…… 言われた時点でショック死してるかもしれないが……
もし息子を切り落とせと言われたら、素直に手術しよう…… ジークに賢者ネットワークを紹介してもらうか…… いや、ニューハーフ魔王になるか……
例え琉架が何を望もうとも、俺は全力でソレに答えなければならない。俺はそれだけのモノを貰ってしまったのだから。
「いやぁ、ホントにスミマセンでした。もっと離れた場所から隠れて覗くべきでしたね」
「覗くんじゃねーよ、他人の入浴を覗くとかクズの極みだ」
自分の事を棚に上げてリュドミラを責める。俺は覗きをした事すら無いんだからこれくらい言う権利がある。未遂は未遂だ。やったかやって無いかで言えば、俺はやって無い。無実だ。
「いや…… だって…… 貴方だってもし目の前であんな光景が繰り広げられてたら…… 見ますよね?」
「少なくともあそこまで接近して邪魔するような真似はしない」
そりゃ見るさ、でも遠くから隠れて観察するに決まってんだろ! 僅か3メートルの位置まで接近する馬鹿がどこに居るんだ!
「そんなに殺気飛ばさないで下さい、アタシだって反省してるんです。あんなに接近しなければ続きが見れたのに……って」
結局覗くんかい! まぁ、覗くだろうな……
カシャン カシャン
覗き少女リュドミラが歩くたびに金属音がする。
パッと見、彼女は金属製のブーツを履いているように見える、だがコレは一種の義足だ。
彼女は幻の種族、機人族なのだ。
初めて見た…… 見た目は人族と殆んど変わらないが、その能力値は魔王である俺と殆んど変わらないだろう。
彼女はこれ程の魔力量を生まれながらに保有していたのだろう、その魔力が溢れ出し肉体の…… 両足の生成を阻害したんだ。
あの義足の下には肉体は無く、魔力で作られた仮想体があるのか……
俺達は今、機人族の集落に向かっている。
彼女は運がイイ、男だったら確実に殺しているトコロだ。女だから賠償請求で済んだのだ。
もっとも金を請求しているワケじゃ無い、こちらが望むのは情報だ。
しかしその情報も、こんな覗き小娘じゃ期待できない。そこで集落に住んでいる彼女の祖父に肩代わりしてもらう為に向かっているのだ。
「しかし機人族の集落ってのは全て地下にあるモノなのか?」
「そうですよ、外は大氷河ですからね、いくら半分機械仕掛けでも生物がまともに生きられる環境じゃないです」
いや…… 全身機械だとしても、外の環境は厳しいだろ。
「もっともこの集落にはアタシとおじーちゃんしか居ないですけど」
「なに?」
「他の住民はみんな逃げだしてしまいました、魔王城・オルターが接近してきたからです」
「魔王城・オルター……か、なんでお前とじーちゃんは逃げなかったんだ?」
「おじーちゃんは齢でまともに動けないんです、本当はアタシにも逃げる様に言ってたんですが、地下にある村だしたぶん大丈夫だろうと思っておじーちゃんの世話の為に残ったんです」
意外にもじーちゃん思いの良い子らしい…… チッ! お前も素直に逃げてればよかったモノを!
「ウチのおじーちゃんは物知りだから、貴方の知りたい事を教えてくれる筈です。ですので賠償請求はご勘弁ください」
お前の犯した過ちは、本来この程度の事で償えるレベルじゃ無いんだぞ?
もしこれで、俺の知りたい情報を得られなかったらどうしてくれよう……