第137話 冬の嵐
我々の魔王城を探す旅はいきなり問題にぶち当たった。
大氷河の上を、魔王城を探して飛ぶことおよそ半日…… 目的地はあっさり見つかった。
正直、何ヵ月も掛かるんじゃないかと覚悟していたのに、それはもうあっけなく見つかった。
これほど簡単に見つかったのにはワケがある。
第一に敵の行軍が目印になってくれたからだ。
童話に出てくるパンくずみたいに、まるで魔王城まで導いてくれるかのようだった。
俺達はさしずめ小鳥ポジションだな。鉄機兵たちを道しるべにしてみたのだ。
もちろんパンくず達はEMPバーストの餌食になってもらった。
第二に魔王城が北方砦からかなり近い位置にあったからだ。
もしかしたらと思っていたが、想像以上に近い…… おかげで寒さに耐える捜索活動はあっという間にミッションコンプリートだ。
では何が問題なのか?
それは魔王城そのものにある。
まず何と言っても、魔王城が…… 歩いている事が最大の問題だ!
直径10km程のテーブルの上に、まるで未来都市みたいな城が乗っている。そしてそのテーブルを何十…… いや、何百という鉄の足が支えている。
その足をチマチマ動かして大きな谷の上を移動しているのだ…… なんだアレ? プロメテウスの動く城って感じか? 城と言うよりは都市って印象だが。
更にこの魔王城の周りには巨大な竜巻が発生している…… と、言うよりは魔王城が巨大な竜巻の中にあると表現した方が分かりやすいか。
吹雪を巻き込み舞い上がる真っ白な竜巻はテーブル全体を覆うように発生しており、未来都市の様な魔王城も中央部分は霞んでよく見えない。
その竜巻の中にはキラキラと光を反射するモノが混じっている…… 恐らくアレがウィンリーの話に出てきた鳥型の自動人形だ。
要するにあの竜巻は空から来る敵に対する対空防御というワケだ。たぶん1200年前に辛酸を舐めさせられたウィンリー対策だろう。
あの巨大な竜巻の所為で、周辺の気流が乱れている…… おかげでとっても気持ち悪い…… 吐きそうだ……
更に近づく毎に気温が低下している。あの竜巻の所為だ…… おかげでとっても寒い…… 関係無いけど吐きそうだ……
ホープを使って空から侵入するのはほぼ不可能だな。
だからと言って下からの侵入も難しいだろう。これだけの対空防御を敷いてるヤツが下側を見逃すとは思えない……
「神那…… これ…… どこかから乗り込める?」
「う~ん…… どうしようもないな、コレは」
魔王城がこのペースで歩き続ければ、恐らく1ヵ月後には北方砦に辿り着く。
そう、コイツは南下しているんだ。城ごと第9領域へ向かっている。
こんなのが来たら超大型鉄機兵の比じゃ無い。北方砦なんか文字通りゴミの様に踏みつぶされる。
先ほど、せめて足だけでも止めようとEMPバーストを使ってみたが、反応は無し。どうやら対策が取られているようだ。
だったら琉架の『星の御力』による重力負荷はどうだろう? あまり接近できないので外周部の一部のみに試してみたが、多少移動速度が落ちるだけで潰れなかった。
あの竜巻の上昇気流で自重を軽くしているのかも知れない…… 第8魔王対策まで取られていたワケだ……
あと可能性があるのは伊吹の『世界拡張』か……
しかし魔王対策と言うなら『限界突破』も考慮に入れてるハズ…… 試してみる価値はあるがダメな気がする。
これは詰んだな…… 手の施しようがない。
だからと言って諦める訳にもいかない、何か考えろ!
…………
ダメだ、吐き気がして考えが纏まらない……
一旦戻ってじっくり考えよう。
「かっ…神那!」
「んあ?」
頭を押さえていたトコロへ琉架の焦った声…… 何事かと思い外を見てみると……
鳥型の自動人形が竜巻から飛び出してきた! まるで弾丸の様に……
「うお!? ヤバイ!!」
俺は何を呆けてたんだ? 防御だけのハズ無いだろ? 迎撃システムだって有るに決まってる!
「第3階位級 雷撃魔術『建神御雷』タケミミカヅチ」
「第7階位級 雷撃魔術『雷撃』サンダーボルト チャージ10倍」
迫りくる自動人形を端から撃ち落としていく。
数は多いが何とか対処できる、てか揺れる! 気持ち悪い……
キュイイイイィィィィィン……
「な……なに? この音……?」
「コレは…… 充填音?」
あ…… そうだよ、超大型鉄機兵に荷電粒子砲モドキが装備されてるのに、魔王城にソレが無いハズが無い…… あぁ! 今日の俺は本当にどうかしている! しょーもない見落としだらけだ!
「ホープ!! 避けろ!!」
バシュゥゥゥーーーン!!!!
いつの間にか弱まっていた竜巻を突き破ってビームが放たれた!
その一撃はホープの左の翼を消し飛ばした。
「うぉあ!?」
「きゃぁぁぁぁ!!」
ヤバイ!! 墜落する!! てか錐もみ状態で落ちるな! 吐く!
流石にスカイダイブには慣れても、飛行機墜落は経験がない!
ホープはそのまま谷底へ落ちていった……
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「ぅん…… ん?」
「琉架、大丈夫か?」
「神那…… 大丈夫って? 何が起こったんだっけ?」
「だ……大丈夫か!? 頭打ってないか? どこか怪我は無いか?
あの野郎!! 琉架に怪我を負わせたな!! 後のことなどもう知らん!! 核融合で城ごと吹き飛ばして大氷河を融解させてやる!! 禁域王の怒りに触れし者め! 細胞の一かけらすら残らないと思え!!」
「わーーー! だ…大丈夫だから! 怪我してないから! ちょっとボ~っとしてただけ、だから落ち着いて! 仮に怪我しててもすぐに直せるんだから、ね?」
そういう問題じゃないんだが…… 琉架が止めてというなら止めよう。命拾いしたな第10魔王よ。
いや、近々殺すんだけどさ。
冷静に考えると全てを吹き飛ばすのはこっちにとっても都合が悪い。人口精霊のデータは多分ココにしかないからな。
「それで…… 結局ナニが起こったの? 何かが光ったと思ったら急に……」
「荷電粒子砲モドキがホープの左の翼を消し飛ばしたんだ。そしてそのまま谷底へ墜落」
まさか荷電粒子砲が竜巻を突き破って飛び出してくるとは…… いや、アレはきっと別物だ。荷電粒子砲に似た何かだ。
「え…… そ…それじゃホープは?」
周囲を見渡してみるが巨大生物の死骸はない、と言うより墜落跡がない。あるのは俺と琉架が突っ込んだ雪の穴だけだ。
「アイツは…… 墜落直前に消えた」
「き……消えた?」
おかげで俺達は雪の吹き溜まりに突っ込むことになった。危うく死ぬ所だった。
まさか突然消えるとは思ってなかったから対処が遅れてしまった…… あの野郎、俺の女神を雪まみれにしやがって!
「それじゃホープは…… し……死んじゃった……の?」
「いや、それは大丈夫だ」
谷底から外を見上げる。
地形と吹雪のせいでハッキリ見えないが、薄っすらと幻の塔が見えている。
「幻の……塔?」
「あの塔が見えている間はホープが死ぬことはない。多分あの塔に戻ってるんだろう、なにせ白骨死体だったアイツがアッという間に復活したんだからな…… 今頃ピンピンしてるよ。
むしろなんで俺達を連れてかなかったのか、おかげで雪まみれだよ」
「それじゃぁ……」
「呼べば普通に飛んで来るはずだ」
「ホッ…… そっかぁ……良かったぁ」
あくまで推測だから証拠は無いんだけど、まぁ、多分無事だろう。
「もっとも今はまだ呼べないけどな」
「え?」
岩陰から南側を除くと、そこには……
ズズズズズズズ……
第10魔王城がまだ直ぐそこにいる。
「もう少し離れないと呼び出した途端に撃ち落とされる」
「そうだね、少し待とっか」
雪に突っ込んで頭が冷えたおかげで吐き気も消えた。
少し冷静になって考えよう。どうしても潜入手段が無いようなら核融合で吹っ飛ばすのも視野に入れて。
「うっ…… さ……寒いね?」ブルル
「そ……そうだな」
多分魔王はどんなに寒くても凍死はしないだろうし、風邪にもかからないだろう。
それでも寒いモノは寒い。
うまい具合にドコかそこらに温泉でも湧いてないかな? そうすれば今度こそヌード・ウォッチングするのに…… 知ってるよ、世の中そんなに甘くないって事は……
「ま……魔術使っていいかな? せめて空圧を……」
「いや、魔王城が近すぎる、この状況で鉄機兵の大軍とか落とされたら面倒だ」
下手に魔力を使ったら感知されるだろう。
鉄機兵の大軍だけならまだマシだ。更に特攻野郎プロメテウス本人が出てきたら困る。
温泉なんて贅沢は言わないからせめて吹雪をしのげる洞窟でもないか?
雪質が上質のパウダースノーでカマクラ作りに向かない。
「うぅ…… ちょっとだけくっ付かせて」ピト
………… 琉架がくっ付いてきた、二人で寒さに震えるのも悪くないと思えてきた。
なるほど…… 冬には冬の良さがあったんだ。また一歩大人に近付いた気がする。
「あ、ねぇ神那、あそこの岩の隙間から湯気が出てるよ? 温泉かな?」
なにぃ? そんなご都合的な…… いや、気温が水温より低いだけじゃないか?
しかし寒さに震えるのは悪くないが、吹雪に吹かれるのは御免被りたい。もし洞窟になってるなら有難い、行ってみるか……
岩の隙間からは結構な勢いで湯気が出ている…… しかし吹雪で散らされよく見なければ分からない、よく見つけたな。
つーかホントに温泉なんじゃないか?
「ほらぁ、この湯気温かいヨ!」
岩の隙間を覗くと中は古代の遺跡のようになっていた、そして中央のくぼみには温泉が湧き出している…… テルマエって感じだ。何でこんな所に?
「遺跡……かな?」
「そうだな…… この意匠は2400年以上前の旧世界のものだろう」
明らかに誰かの手で保存されてる…… まるで普段から頑張ってる俺に神様が用意してくれたボーナスタイムのように思える。有難う神様!
更に今日はクソ筋肉がいない! 俺は枷から解き放たれた! ここは何食わぬ顔で外へ出て覗きポイントを大急ぎで確保しよう。
「俺は外を見張ってるから琉架はゆっくり温まってくれ、ゆ~~~っくりでイイから!」
「え? 神那も一緒に入ろうよ?」
な…ん……だと……!?
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チャポン……
洞窟の天井部分から落ちてきた雫が乳白色の湯に落ちて波紋を作る……
外は猛烈な風が吹き荒れて轟々と音を立てている……
それとは対照的にこの空間はとても静かだ。
「…………」
「…………」
会話が無いからな。
一度沈黙が訪れると、会話を再開するのが難しい…… 何かやたら緊張する。やはりお互い全裸だからだろうか?
俺と琉架は仲良く肩を並べて温泉に浸かっている…… お湯の温度は低めだが、琉架の耳は真っ赤になってる。今になって恥ずかしがってるようだ…… 可愛い……
ちなみに俺は琉架の生着替えを拝んでいない、拝めなかったのだ。
気付いた時には琉架がお湯に飛び込んだ後だった…… これはアレだ、催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ!『時由時在』の時間停止だ。
究極の覗き対策だ!
なぜ俺には止まった時間を認識する能力が無いのだろう? 時間停止の世界で動ける能力なんて贅沢は言わん! ただ見えるだけで良いのに! それがあれば俺は目の前で服を脱いだであろう琉架を観察できたのに!
残念でならない! 思わず神を呪いたくなるほどに!
緋色眼にその機能が付いていれば! 残りの寿命の半分を差し出すからその機能付けてくれないかな?
せっかく冷えた頭も再びオーバーヒートしそうだよ、当然だろ? だって隣に全裸の琉架が居るんだぞ?
世界の半分を天秤にかけても構わない程、見てみたい光景がそこにあるんだ!
以前、琉架の裸を見てから二年もの月日が流れている…… 俺達は成長期だ、琉架もとても成長している。直接見なくても俺はそれを体感している。
未だ脳裏に焼き付いているあの日から、一体どれほどの成長を遂げているのだろうか…… 見てみたい……
まだ近くに第10魔王もいる…… よくよく考えればこんな所で温泉に浸かってる場合じゃないんだが、正直全てがどうでもイイ!
今俺の鈍色の脳細胞は全力で「キャ~!カミ那さんのエッチ~!」って感じのイベントを起こす方法を必死に導き出そうとしている!
導き出そうとしてるんだけど、全く浮かばない……
そんな軽い感じになればいいけど、もし琉架に泣かれたりしたら俺は自分で自分を殺さなきゃいけなくなる……
何か! 何か無いか! 二人の距離を一気に縮める様な素敵イベントは!
それでいて琉架のじーさんやお姉様達が怒らない様なイベント……
…………
琉架と混浴してる時点で既に逆鱗に触れてる気がする……
やはりダメだ、じーさんの方は最初から敵だったからどうしようもないが、お姉様達を敵に回すワケにはいかない。あの二人はいずれ味方になってくれるかもしれない…… その為にも不誠実な行動は取れない!
でもちょっとくらいなら……
「あ…… あのね、神那……」
「え? あ、ど……どうした琉架?」
「神那は……えっと、私の……」
「私の?」
「あのぉ…… だ……第10魔王ってどうしても倒さなきゃいけないの?」
あれ? 「私の」はどこ行ったの?
それより琉架は第10魔王討伐に乗り気じゃないのか?
「琉架は第10魔王討伐に反対なのか?」
「ううん、そうじゃないの、何とかしなきゃいけない相手ってことは分かってるの……
ただ…… ホープが撃ち落とされたって聞いて不安になっちゃった」
あぁ…… 確かにあんなのの直撃を喰らったらいくら魔王でも死ぬかもしれんな。
「神那に…… あまり危険なことしてほしくない……です」
「あ~~~……」
確かに俺は魔王と戦う度に絶体絶命の危機に陥るな…… 3回戦って3回ともだからなぁ……
「神那にもしもの事があったら…… わ……私は…… い……生きていけない……です」
…………
今まで以上に注意しなきゃいけないな、俺はもう死ぬことすら許されない。琉架の為にも絶対に死ねない。
「琉架…………」
「か……神那…………///」
「…………」ジ~~~~~
二人、沈黙を守ったままただ見つめ合う…… これ、もしかしてイケるんじゃね? アタックチャンスってヤツじゃねぇか?
よくよく考えれば最高のシチュエーションだ、外は猛吹雪…… 助けは無い…… そして二人は裸で見つめ合っている……
今ヤらずにいつヤるんだ? 俺の今後の人生の中で今以上のシチュエーションが再びめぐってくる可能性は限りなくゼロに近い! ならば迷わず行けよ! 行けばわかるさ!
明日の事は明日の俺に任せて一時の感情に流されてみるのも一興!
ゴメンナサイお姉様達、俺……自分の欲望に勝てそうにない…… そのかわり、琉架は俺が幸せにして見せます!
「る……か……」
「か…か……みな///」
「…………」ジ~~~~~
数秒見つめ合った後、琉架が目を閉じた!
これはOKって事だよな!? なにぶん経験が無いモノですから確信が持てませんが…… この雰囲気…… イケる!!
琉架の頬に手を添える…… すると……
ビクッ!
琉架が大きく震えた。
よく見れば琉架の身体は小さく震えている…… 別に寒い訳じゃ無い、むしろ琉架の頬はとても熱い……
「…………」ジ~~~~~
…………
気のせいだろうか?
さっきから第三者の視線を感じる気がする……
いやいや、ここは大氷河、人が住めるような場所じゃ無い。ましてこのタイミングで人が来るなど、もはや呪いだ!
「…………」ジ~~~~~
気になる……
人に見せつけてやるのもバカップルっぽくて悪くないかもしれないが、初めてのカーニバルくらいマンツーマンでヤらせて欲しい。
大体人の風呂を覗くとか人間の屑じゃないか! 殺されたって文句は言えない、俺は覗いたことが無いからセーフだ。
「…………」ジ~~~~~
確認だけしてみよう。
もし人が居たら目を潰し、鼓膜を破り、舌を引き抜こう。
男だったらぶっ殺死刑で……
チラッ……
「あ」
女の子と目が合った……
顔を手で覆っていたが、指の隙間から見える目とバッチリ視線が絡み合った……
「あ、どうぞアタシの事は気にせず続けて下さい、そこらに転がってる大きめの岩と同じです」
「なっ!? なんだお前……!?」
「え? きゃっ! な…なに!?」
俺と琉架はいつもの癖で闖入者から距離を取ろうと立ち上がった…… 立ち上がってしまった……
「あ……」
「え……?///」
「わぁ~お♪」
琉架の裸体が目の前にある…… 素晴しい…… まさに美の女神だ……
水滴になりたいと思ったのは初めてだ、あの谷の間を滑り落ちたり、あの山の頂に立ちたい。
そんな女神様は口を半開きにしたまま言葉を発さずモゴモゴ動かしている。そしてその視線は何故か下の方を向いている……
何故もクソも無いな、琉架は一糸纏わぬ姿…… 俺は生まれたままの姿…… つまり二人とも全裸だ。
お互いの裸をガッツリ見てしまった……
「きっ…きゃぁぁ…… あぁぁ~~~…… ぁぅ」フラ
「おわ! 琉架!」
琉架が力を失ったように倒れた、気絶しちゃった…… よほどショックだったと見える。
トラウマにならなければいいが…… 結構マジで。
バッシャァァァン!!
倒れる琉架を何とか庇うように抱き留めた。
図らずも裸で抱き合う構図になった…… こんなギャグ漫画の様な展開は望んでなかったのに……
「はっ…初めてみました……! ありがとうございます!」
見ず知らずの少女に礼を言われた、お前さえいなければ…… クソッ!
こうして俺は生まれたままの姿を二人の少女にガン見された……
どうしてこうなった? 神様のバカ……