第131話 ビキニアーマー
朝一からみんなに旅支度をさせる。
と言っても、2~3日で戻れる範囲だ。ホープを使えば1時間も掛からない距離だろう。
なので準備と言っても旅支度というよりは、精神を落ち着けるための時間だ。
何故ならみんなバルコニーから覗き見たビキニアーマー・ウォリアーの威圧感にのまれてしまったのだ、特に先輩と伊吹がとても不安そうだ。
その気持ちはよく分かる…… 俺も不安だ。
みんなの準備が整うのを待つ間、前日に準備を終えていたジークに女戦士の相手を任せる。
いくらなんでもあんな威圧感を垂れ流している女をギルドセンターの前に立たせておく訳にはいかない。文句を言われるのは何故か俺なんだから……
「取り敢えずカフェで時間を潰しててくれ」
「うむ、分かった。引き受けよう」
ジークはあっさり引き受けて部屋を出ていった。
さすがは不能不死者。俺なら確実に及び腰になるであろう相手でも物怖じせずに立ち向かっていく。
その後ろ姿は正に勇者だ! いや、賢者か……
ジークとネフィリム……
身長的にも案外お似合いかもしれないな…… ジークが不能でなければ祝福してやる所だ。
もしかしたら彼女がジークのジークを再び立ち上がらせてくれるかもしれない! ジークに彼女ができても俺は嫉妬したりしないぞ、結構マジで祝福する。俺はあの男の苦しみをこのギルドで唯一理解しているからな。
ただし俺の嫁に手を出したら100年生き埋めにするが……
「おにーちゃん、ホントに大丈夫なの? 何かスゴイ人だよ? 遠目に見ただけだけど、熊を指一本で殺せそうな感じだよ?」
一子相伝の暗殺拳でもマスターしてるような言い方だな……
「まぁ…… 彼女自身は嘘が付けるようなタイプじゃ無かったし、大丈夫だよ」
と、思いたい。
「何かあった時はおにーちゃんに期待してるからね? 私たちが逃げる時間を稼いで!」
つまり俺に生贄になれと? まぁいい、俺もジークを生贄にするつもりだし……
「神那、伊吹ちゃん、みんな準備終わったよ」
ついにこの時が来たか…… よし、行くか。
何か魔王に挑みに行く時を思い出す…… なんなんだこの緊張感は?
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カフェに行くと、意外な事にジークとネフィリムが笑顔で談笑していた。
いや、意外でも無いか。きっと筋肉の事を話しているに違いない。「腹筋を鍛えるにはクランチが最適」とかそんな感じの……
正直このまま二人だけの世界を維持して上げたい。カフェ全体を立ち入り禁止にして…… てか封印して。
実際二人の周りの席は不自然に空いている。普段は帰還希望者で溢れかえっているのにだ…… きっとネフィリムの筋肉が放つ威圧感をジークの筋肉が増幅・放射しているんだ。
マジでお似合いだよあの二人……
「む? 皆が来たようだな、それでは行くとするか」
「はい、それではジーク殿、話の続きはまた今度……」
「うむ、楽しみにしているぞ?」
…………
なに良い雰囲気作ってんだよ…… もうさ、ジークだけ連れてってくれね?
なんか二人の邪魔をしている気分だ。そんなの無粋だろ? その代りにジークも俺と嫁のお楽しみタイムを邪魔するな。これぞまさにwin-winの関係だ。
……などと願ってみるが叶う事は無かった。口に出してないんだから当然だな。
二人が先頭を歩き俺達は後からついて行く…… 時間は朝のラッシュ時だ、道も混み合っているが面白いように人の波が割れていく。
エグゾダスって気分だ、それと同時に一般市民に悪い気がする。後ろからついて行ってるだけなのに何故か肩身が狭い…… アイツ等威圧感出し過ぎだ!
魔王より威圧感出してどうするんだよ!
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ガイアから鉄道で西へ半日ほど行ったところに『遺跡都市』と呼ばれる小さな駅がある。
そこから少し山へ入ったところに古代文明の遺跡が存在するからだ。
この世界の遺跡は大抵2400年以上前に栄えた文明のものだ。超古代文明は更に昔…… 恐らく12000年前のものを指すのだろう。神代書回廊なんかはその超古代文明の遺産に含まれる。
ここ『遺跡都市』は一般的な古代文明に属する遺跡で2400年前後のモノだろう。
問題なのはなぜ我々が朽ち果てた遺跡観光に来ているのかだ。
かつては観光地としてそこそこ栄えていたらしいが、これもご時世だろう。戦争中だしな。
周囲に観光客は居ない、そもそも『遺跡都市』駅で降りる者が俺達の他に居ない。
今が戦争中なのを差し引いても、人っ子一人居ない、当然駅も無人駅だ。
何故ならこの『遺跡都市』…… 色々問題がある。
まずCランク相当の魔物が住み着いている。要するにダンジョン化しているのだ。
更に何故か邪教徒の聖地とか言う意味の分からん場所にされいるらしい。
夜な夜な悪魔崇拝のサバトが行われ、酒池肉林・狂喜乱舞の乱交パーティーみたいな事が行われているとか……いないとか……
混ざりたいとは思わない、何か薬物を使ってハイになってるらしい…… なるほど邪教だな。そもそも魔王に薬物が効くのか定かではない。
てか、たぶん効かない。
とにかく一般人が立ち寄るような場所じゃないのだ。
ましてや年頃の娘さんは決して近づいてはならない場所だ。
そんな場所に連れてこられてしまった……
確かネフィリムの主が待っているって話だったよな?
まさか邪教の教主とかじゃないだろうな? もし女神を奉りたいならまずサバトを止めろ。
てか、そんな奴らに祀られたら“女神”琉架の神格が落ちる…… うん、滅ぼしとくか?
いや、いっそのコト俺が教義を作り清く正しい教団運営を…… 待て待て、よく考えたら手紙の主が邪教の教主と決まった訳じゃない。
「ネフィリム、いい加減 教主の名前を明かしてくれないか?」
「教主? 一体何の話だ?」
誘導尋問に引っ掛からなかった。ということは、邪教の教主は無関係なのか?
しかしこんな曰く有り気なところで待ってる奴なんてろくな奴じゃない。
「この先には大型の魔物が住み着いている。だが安心して欲しい、魔物は私が全て相手をする。
皆さんはただついて来るだけでいい」
ネフィリムがそう宣言した場所は遺跡の入口だ。そこから古代の街に入るのだが…… 何もない…… 建物は全て崩れ、基礎は埋まり、僅かに残った壁の残骸が雑草の間から顔を覗かせているだけ……
放置されてだいぶ立っているせいもあるが、これでは客は呼べそうも無い……
こんな所に好き好んでやってくるのは邪教徒と魔物くらいのモノだ…… あとはビキニアーマー・ウォリアーに連れられた憐れな子羊とか。
まぁいい、今は黙ってついていくだけだ。
折角魔物を全部引き受けると言ってるんだ、お言葉に甘えよう。仮に危険が迫ってもその時は自分でなんとでも出来る。Cランクくらい相手にもならない。
もっともそっちの心配は要らないだろう。
ネフィリムが刃渡り1メートル程の剣を抜く。
剣というよりその形状はナタに近い、鍔もなく肉厚で非常に無骨な作りだ。
それだけにそのナタからも威圧感が発せられてる気がする。
如何にもパワーファイターといった感じのお似合いの武器だ。
これ以上に彼女にマッチしそうな武器と言ったら…… 丸太くらいかな?
とにかく彼女ならCランクの魔物など物の数ではない。
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「ドゥオラァァァァァアアア!!!!」
ズバズバズバズバズバーーーーー!!
ネフィリムの剣の一振りで5匹の魔物の上半分が吹っ飛んだ……
斬れてない…… 吹っ飛んだんだ。あの剣、切れ味ゼロか? それとも技が足りてないだけか?
どちらにしても気合入り過ぎだ……
俺達の行く手を阻むように現れた魔物たち……
古魔樹 ×2
黒耀蟲 ×1
妖怪茸 ×1
装甲熊 ×1
全部Cランクだ…… 完全にオーバーキルだ。
後方に控えていた魔物たちが怯えているのが分かる、それも当然だろう。こんな凶戦士みたいな女が自分たちの生息域に突然現れたんだ。
「はぁぁぁああああーーーーー!!!!」
ネフィリムは容赦ない…… 明らかに戦意を失っている相手でも1匹たりとも逃がさずに殺していく。
それはもう血も涙も無い感じで端から順番に血祭りに上げていってる。
中には明らかに幼生体も混ざっているがお構いなしだ。
デクス世界出身者の感覚では、あの見た目段ボールっぽい装甲の小熊くらいは見逃してあげたくなる。
しかしそれは間違いだ。
魔物は全て殲滅する、それがシニス世界の常識だ。
下手に手心を加え見逃した魔物はより強力になって人を襲う。親を殺された恨みか戦い方を学んだのかは分からないが、そうなれば次は自分や仲間、その家族が犠牲になるかも知れない……
余程の理由でもない限り見逃してはいけないんだ。
まぁ俺は元々自分に向かってくる敵に容赦はしない主義だ。
例えば正義感を振りかざして街中で剣を抜くようなバカには特に……
唯一例外があるとすれば、可愛い女の子モンスターとかかな? 未だに出会ったことは無いけれど…… その場合も逃がしたりせず、自分の使途にするかもしれない。
そんな事を考えている内に、周囲に居た魔物たちは残らず駆逐されていた。
ネフィリムは傷一つ負っていない。さすが鋼鉄製。彼女にとってビキニアーマーは水着と同じ感覚なのだろう、その最大の防御は鍛え抜かれた鋼の筋肉というワケだ。
どうりで街で中々見かけないワケだよ、この条件を満たせるビキニアーマー・ウォリアーは世界中探しても5人と居まい。
「待たせて済まなかった、さあ、進もう」
ネフィリムは傷一つ負っていないが、紫とか緑とか体液という名の返り血を浴びまくっていた…… 取りあえず拭いてくれ、キモいから……
一息ついて身だしなみを整える。
そんな時だった…… 木の上にいて魔物虐殺の難を逃れていた1匹の黒耀蟲がネフィリム目掛けて落下してきた。体長は1メートル程もあり、所々にガラスのような鋭い殻を持つ黒耀蟲が頭を直撃したらかなりヤバイ、ネフィリムなら死なないと思うが脳みそが溢れるかもしれないな。それでも死なない気がするのは何故か……?
「むう!? 危ない!!」
「え?」
ドゴォォォォン!!
ジークの剛拳炸裂! 体重200kgはくだらない黒耀蟲はジークの放った正拳突きをまともに喰らい、遥か彼方へ吹っ飛んでいった……
そして体勢を崩したネフィリムをジークが支え見つめ合っている…… 色々ツッコミたい。
いい歳こいてナニ思春期フィールド展開してるんだよ? お前が思春期だったの500年も前の話だろ? 何でこんな茶番を特等席で見なきゃなんないんだよ…… マジで帰りてぇ……
しかし俺は紳士だ。こんな干からびたラブロマンスでも文句を言わずに見守ろう。
これでジークとネフィリムが結ばれれば結婚してギルドを出て行くかもしれない。
ソレはソレでアリだ。
せいぜい頑張ってくれ、俺は邪魔する気は無いから。
「怪我は無いか? ネフィリムよ」
「あ……ありがとう、ジーク……様」
お、親密度が上がったぞ? きっとドラゴン狩りに誘えば二人だけで出掛けられるレベルだ。
頑張れジーク、出来るだけ俺らの見てない所で。
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そんな不快指数MAXのラブロマンスを強制視聴させられていたら、すっかり日が暮れてしまった。
いったいドコまで行くのだろうか?
こんな所で野宿するくらいならホープで帰らせてもらうからな。ジークだけ残していくから後は脳内だけ若い二人、好き勝手やってくれ。
「ネフィリムよ、まだ時間がかかるのか? これ以上暗くなる前に野営の準備をした方がいいが」
「申し訳ございません、ジーク様。
しかし野営の準備は必要ありません。もうまもなく到着いたしますので!」
「そうか、ならばいい。それとネフィリムよ、俺の事は呼び捨てでいいぞ?」
「は……はい…… ジーク……」
…………
ペッ!!
ってやりてぇー! 超唾棄してぇー!
俺はいつの間にこんなに心の狭い男になったんだろう?
しかし熟年カップルが中学生みたいな初々しさを醸し出してると虫酸が走る!
もう早く行こうぜ、これ以上見てると討伐したくなってくるから!
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俺が胃から登ってくるムカムカに耐えていると、どこからか太鼓の音が聞こえてきた。
「これは?」
「今日もサバトが行われているのでしょう、無視して進みましょう。どうせこちらには気付きませんから」
見るとソコには木組みの小屋が幾つも建ち、小さな村のようになっていた。
その中央で山羊が生け贄に捧げられてる…… 嫌なもの見ちゃった…… 胃のムカつきが増した。
誰かシジミかウコン持ってない? この症状に効くかは分からないが。
「この遺跡って悪魔と何か関係があるのか?」
「そういった話は聞いた事がありませんが、ココがかつて魔人の砦であったことが関係してるのかもしれませんね」
魔人の砦? ココが? つまり機人族の事だよな? 機械的なモノがなくて気付かなかった。
いや待て、ネフィリムは何故「魔人」という言葉を使った? コレは2400年以上前、終末戦争の頃の名称だ。普通の奴が知っているハズがない……
知っている奴がいるとしたら上位種族か魔王……
まさかな……
ネフィリムは使途じゃ無い、それは間違いない。
しかしただの人間とも思えない…… 男の趣味が人間離れしてるって意味じゃ無くて。
「着きました。ココです」
逃げ出そうかと思った矢先に目的地に着いてしまったらしい。
目の前には正方形のレンガ造りの建物がある。しかし入り口は愚か窓すら無い…… 建物の上には大きな樹が乗っかり、その根が建物全体を覆い締め付けているように見える。
「この中に……居るのか? 入り口は見当たらないが?」
「正確にはこの建物自体が入り口と言えるでしょうか…… 少々お待ちください」
ネフィリムが何か唱えている…… 女戦士のクセに魔法が使えるのか? いや、別にいいんだけど……
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」
呪文を聞き取る事が出来ない、何語だコレ?
ミラも白も、ジークですら困惑顔をしている。
聞き取る事すらできない呪文…… まさか古代魔術か?
スーーー
建物の煉瓦の一部が音も無く消えた……
遺跡の封印を解く事が出来る魔法…… やはり古代魔術か、ならばネフィリムは上位種族の関係者? いや、今本人が古代魔術を使用した。
人族出身者に古代魔術が使えるハズ無いと魔王ミューズも言っていた。ならばこの女は……
「どうぞお進み下さい」
ネフィリムに促され建物に足を踏み入れる。
中は直ぐに下り階段になっており、1メートル程地面より低い床の中央には巨大な魔法陣が光を放っていた。
「こ……これは……」
この文様のパターンは…… 魔宮で見たモノに近い、つまり転移魔方陣だ。
魔人の遺跡に存在した転移魔方陣…… まさか大氷河まで飛ばされる訳じゃ無いだろうな?
「それではついて来てください」
ネフィリムはそれだけ告げるとあっさり転移魔方陣に乗り消えた…… お前が先に行ってどうするんだよ。
「い……行っちゃったね?」
「そうだな…… 帰ろうか?」
「おい、ここまで来てそれは無いだろ? さっさと行くぞ」
そりゃお前は行きたいだろうけど、俺は行きたくないんだよ。これっポッチも!
とは言え、ここで逃げても次はもっと面倒臭い迎えが来るであろう事は想像に難しくない……
次は男が来るかも知れない…… ビキニアーマーの女でも嬉しくなかったのに、ブーメランパンツの男でも寄こされたら目も当てられない。
行くしかないか…… ハァ……
覚悟を決めて魔法陣に乗る。
移動は一瞬だが、体を縦に引き伸ばされるような感じ…… 神隠しとはまた違った感覚だ。
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カッ!!
眩しっ!?
眼が暗闇になれていた所に突然 強烈な日光に照らされた。
眼が慣れてくると…… 俺達の前にはネフィリムの姿がある。
そしてその背後には…… 高さ50メートルはある巨大な門があった。
てかこの門、1年くらい前に見た気がする……
「ふわぁ~~~でっかい門だね……」
「…………」
「こ……これは……」
みんなが門を見上げている隙に俺は背後の景色を見る。どこに飛んだか確認するためだ。
そこに広がるのは真っ青な空と絨毯の様に敷き詰められた雲海だった…… つまり空の上だ。
「ふ……浮遊大陸……? おい、ネフィリム。手紙の差出人ってまさか……」
「そうです。我が主はここ浮遊大陸・ラグナロクの支配者。
第2魔王 “神殺し” グリム・グラム=スルト様です」




