第129話 異世界間ゲート解放
6月某日
帰還作戦まで後一週間のこの日、ガイアのステーションでどっかで見覚えのある白衣集団を見かけた。
オリジン機関の異世界支部、通称「原初機関」の連中だ。アナグラから出てきたのか……
以前は秘密機関気取りで絶対に表に出てこなかったのに、大変革以降はゲート調査や魔器技術提供など色々なことに協力しているらしい。
今回あの引きこもり集団が穴から出てきた理由はやはりゲートだろう。
あとシャーリー先輩に説教されたのが効いたのか……
大量の観測機材を運んでいる所を見ると帰還目的じゃなく調査目的らしい……
つまり、今の原初機関は殆どもぬけの殻状態…… 数人のお留守番がいる程度だろう……
チャンスだ!
五大魔王同盟の中には一人だけ卑怯大好き、鬼畜魔王がいることを人々はまだ知らない!
この好機に原初機関を強襲して……!
ミラの魔導器を再調整してしまおう。
あ、愚か成り勇者よも直したかったんだ、ついでに直してこよう。てか、この名前変えようかな? 男殺しに負けた勇者とか縁起が悪いし。
翌日……
さっそくミラを連れて原初機関へ赴く。
監視エリア外から緋色眼で中を覗くと、たった5人しか人が居ない…… 本当にみんな出払っている。好都合だ。
「ミラ、ここから中の奴らを操ることってできるか?」
「そうですね…… 魔力耐性の低い人達ならイケルと思います」
魔力耐性…… 要するに人族のコトだな。さすが最下位種族、我が種族ながら情けない。
「ただし命令は直接言葉で伝えなければならないので、ここからでは指示できませんが?」
「構わない、侵入者を無視してくれればそれで十分だ」
「それでは…… コホン、失礼します」
ミラは手を胸の前で組んでお祈りのポーズを取る。
「神曲歌姫 『小夜曲』」
ミラの紡ぎだす旋律にしばし酔いしれる……
相変わらず素晴らしい、脳が蕩けるみたいだ……
「……ナ様、カミナ様?」
「は!?」
いかん! 危うく操られる所だった。
魔王ミューズの『歌姫人魚』より強力だ。単純に歌い手に対する好感度の差かもしれないが。
「この後どうしましょう? 中の人たちは命令待ちの待機状態で止まってますが……」
「そうだな…… まず跳躍衣装で侵入して…… 中の連中には侵入者の記憶が残らないようにしてもらえばいい、あとログも消すよう命じてくれればいい」
「ログ?」
「そう命じれば勝手に向こうで判断してくれるよ」
「はぁ……」
跳躍衣装で痕跡を残さず侵入。
監視カメラを止めて居残りの研究員を一か所に集める、映像記録や物資の在庫が食い違うのはアイツら自身に言い訳を考えて貰おう。
単純な記憶の書き換えでは無く、命令で記憶を操作すると色々な手間が省ける。
神曲歌姫…… 便利な能力だ。
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「ミラの能力値って170000もあるんだな…… 思ってたよりずっと高かった」
「そ……そんなにあったんですね、ビックリです」
俺より本人の方が驚いていたが……
「よし、コレで再調整は終わりだ」
「あ、ありがとうございます」
今回、再調整したのは『対師団殲滅用補助魔導器』と『無限円環』。それと魔力弾が自動で敵を追尾してくれるハンドガンタイプの魔器『猟犬銃』だ。
ミラと制眼皇道銃の相性は悪い。
具体的には自分でターゲットを設定するのが苦手らしい。その為遠距離攻撃用の魔器はIFF機能付きの物しか使えない。
これも種族の違いか…… 育った環境の違いか……
まぁ、『対師団殲滅用補助魔導器』が使えれば大軍相手でも問題無いからな。
まして今は魔王だ。使う機会があるかどうかは分からないが、せっかく持ってるんだから準備だけはしておいても損は無いだろう。
今回は琉架の『対師団殲滅用補助魔導器』を借りてきて、同様のシステムにアップデートしておいた。これで超長距離砲撃モードも使えるハズだ。
「これで要塞龍上陸みたいな事件が起こっても大丈夫ですね」
「ま、その場に居ればな」
アイツ等操られて無くても偶に陸に上がってくるらしいしな、滅多に無いだろうけど。
むしろ対魔王の雑魚散らし用だな。
超長射程の大火力が二人もいれば一気に魔王軍を滅ぼせるかもな。
そうだ、せっかくここまで来たんだからコイツ等が隠匿してるかもしれない魔王の情報も調べよう。主にアリア墜落と第10魔王について……
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結局アリアのコトは何も分からなかった。
最近 急に出てきた噂だけだし仕方が無いか……
第10魔王の情報も無かった、大変革以降、1年以上も調べていたはずなのに…… まぁ、原初機関がどれだけ頑張っても神代書回廊を超える事は出来ないだろう。
そこまで期待して無かったし……
ただしカラクリと鉄機兵の分解・解析データが出てきた。コレは使えそうだな、貰っておこう。
それと……
未確定情報の中に魔王の継承の事が書かれていた。
新・第8魔王 “女神” と、新・第11魔王 “禁域王” の記述だ。当然 俺と琉架の名前は無かった、ここは狙い通りだ。
新・第6魔王の情報はまだ記されていないが、これも時間の問題だろう。
とうとう世界に知られることになるな、覚悟の上ではあったが今後はより一層の注意が必要になる。
とは言え、人類に敵対する意思が無いことは大空洞で見せてきた。さらに五大魔王同盟の事も仄めかしてきた。コレでいきなり人類から敵視される事は無いと思う。
…………
何か虚しいな…… 本当は感謝されてもいいような事をして来たのに……
人類に仇名す魔王を倒して、穏健派の魔王になって、神隠し被害者の為にゲートまで用意してるのに……
平和賞を貰ってもおかしくないくらいの功績だ。
要らないけど……
ご褒美に俺にだけ一夫多妻制を認めろ!
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― 満月 ―
とうとうこの日がやって来た、暗躍好きの美人魔王の所為で異世界に飛ばされた人たちの生きる希望、デクス世界へのゲートが繋がる日だ。
こんな不確かな情報に、どれだけの人が集まるのかと思っていたが、予想外の大盛況。
アニメの円盤みたいに初動からスゴイ数字が出たらしい。
そしてアニメの円盤と違うのは、この勢いが収まる気配が無い所か……
少なくとも帰還希望者が帰りきるまでは続くだろう。
そう言えば神隠し被害者で未だに生きているのって何人くらいいるんだろう?
今回の帰還は1000名。
魔王霧島神那の与り知ら無い所で人数制限が設けられていた。
9割が帰還希望者で1割が移住希望者だそうだ。
10時間も開いているんだ、もっと帰れるだろ? と、思うが、色んな意味で初めての試みだ。
多くの人がゲートを潜ればその分多くの魔力を消費して、時間より早くゲートが消える可能性だってある。
とにかく今は手探り状態だ。
しかしこちら側からあちら側を観測できない以上、いくら慎重に事を進めても何の意味も無い気がするんですが……
まぁいい、帰還希望者の管理はギルドセンターに丸投げしたんだ。
彼らのやりたい様にやればいい。
かなり無責任な気もするが、こっちはゲートを開くだけだ。
後の事には一切関与しない。帰還も移住も自己責任でやってくれ。
そんなワケで、我々は今、クレムリンの裏手から少し行った森の中にいる。
1年ちょっと前、魔王討伐作戦の時に突入時間まで待機していたあの場所だ。
そんな懐かしの場所で、D.E.M. のメンバー全員が待機している。当時と違うのはメンバーに伊吹が加わった事だけ、やってることはあの時と全く一緒だ。
「あの時の先輩のテンパりっぷりは面白かったですよね? 味方部隊の音が聞こえただけで「敵を殺せぇ!!」ですもんね? 当時はちょっと引いたけど」
「うっ! い……いつまでもつまらないコト覚えてないでよ! あの頃の私は若かったわ……
あれから1年…… もう二度とあんな醜態を晒す事は無いわ、色々な事を経験して私は大きく成長したのよ!」
ドコが大きく成長したんだよ? あの頃と全く変わらずペッタンコのままじゃないか……
「なに? 神那クン、もしかして私の胸が全く成長していないとか考えてない?」
相変わらず妙な所だけ鋭い人だ。
「それでおに~ちゃん…… いつまでココに…… 居るの?」
白はあの日と同じく、俺の膝の上に座っている。
「もう少し待機だな。なるべく人に見られる可能性を減らしたいから」
なぜ我々が森の中で待機しているのか…… それはクレムリンに多くの人が集まっているからだ。
帰還・移住希望者1000人だけでなく、転移の間に強引に入り込もうとする者、そういう奴らを止める為の警備、真偽を見極めようとする見学者多数に、新聞・報道等のマスコミ関係者が超多数。
そんな多くの人たちでごった返しているのだ。
「城の外から連続ジャンプで転移の間に入るつもりだが、それでも極力人目を避けたい。
だから時間ギリギリの方が良いんだ。時間が近付けば自然と転移の間に人の目が向くから」
「ん…… そっか……」
それだけ聞くと、白は安心した様に俺に寄りかかってきた……
どうやら「いつ出発するのか」より「いつまで俺に甘えていられるか」を知りたかったらしい…… 実に可愛らしい。
俺も時間の許す限り白を愛でて過ごそう。
そんなワケで、今しばらく全員待機だ。
ここで疑問に思うのは、何故、ギルドメンバーが全員で来ているのか……
ぶっちゃけ、ちょっと行って、ゲートを開いて、ほったらかしにして、帰ってくるだけの簡単な仕事だ。
世界最強のギルドメンバー全員が参加するような仕事じゃ無い。
ここからは俺の推理だが……
俺の嫁達はきっと心配だったのだろう。
何かの事故に巻き込まれて、俺だけがデクス世界に飛ばされて帰ってこない事を。
嫁達の愛をヒシヒシと感じる。
除外メンバーの理由は何だろう?
跳躍衣装のテレポートを体験してみたいとか、そんな所か。
今回は初回だから全員参加したが、コレが2回3回と回を追うごとに参加人数が減っていくのかと思うと寂しく感じるな……
俺は魔法が使えないからホープを呼べる人の付添が絶対に必要だ。
その内……「じゃんけんで負けた人が付き合う」とか言い出したらショックだ。
最終的にはアルテナを渡されて「いってらっしゃい」されるかもしれない…… 大ショックだ。
やはりゲートの自動制御は必要だ!
そんな未来が来る前に是が非でも手を打ちたいです!
「カミナよ、そろそろ出発した方がいい時間だぞ?」
「ん? あぁ、そうだな。よし、行くか」
ジークは何でついてきたんだろうな? 普段は全く協調性無い癖に。初回だからか?
……
どうしよう、コイツが毎回律儀についてきたら…… いつの日かコイツと二人で行くことになったら…… アルテナと二人の方が遥かにマシだ!
やはりゲート自動制御は必須だ!
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クレムリンの裏手に到着する。
表の方の賑わいがここまで届いている。
クレムリンの広場は魔王討伐作戦時、多くの死傷者を出した場所だ。
そんな場所に数千人が集まっている。近い将来あそこに街でも出来るんじゃないか?
かつて俺達が侵入するために開けた穴は塞がれている。魔物が勝手に入り込むのを防ぐためだな。
わざわざもう一回穴を開ける必要もない。魔王レイドは嫌いだったが、城に罪はない。
この場所から連続ジャンプで転移の間に跳ぶことにする。
「それじゃ全員「接触」してくれ」
「りょーかい」
「ん」
「失礼致します」
「は……はい」
アッという間に俺の周りに花が咲く…… コレも俺の人徳のなせる技だな。さすが禁域王!
念のため全員に目眩ましをかけて、魔王城地下、転移の間へ跳んだ。
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「おぉぉ! コレが瞬間移動! 目の前の景色が一瞬の内に何度も変わった!」
「先輩、あんまり大声出さないで下さい。扉の前には既に人が集まってるハズですから」
「やっぱりいいなぁ……ギフト、ねぇ神那クン、自殺の予定とかない? もし死にたくなったら事前に教えてね?」
生憎と、今の俺は満ち足りている。可愛い嫁達に囲まれてバラ色の未来を目指して邁進している所だ。死ぬ気など微塵も無い。むしろ死にそうになったら全力で抵抗する。
先輩のアホな願望に付き合ってるヒマはない。転移の間の扉が開放されるまで後15分、ちゃっちゃとやって帰るか。
「部屋の中央部分から離れてくれ。
門を開きし者、展開」
ヴヴゥゥゥン
制御を切り離しても問題なく展開されている…… ふぅ…… 大丈夫そうだ。
「…………」
「先輩、やっぱり帰りたいですか? 今なら後発の奴らも近い場所にワープアウトしてくると思いますけど……」
「そんなんじゃないよ、一番最初に跳んだら目立つでしょ。それに例のテリブルの目の前に跳んだりしたら、一人で戦わなくちゃいけない。それはチョット怖いからヤダ」
やっぱり大きく成長してないじゃん、まぁコレでこそ先輩って感じだな。
まぁ今回は、帰還の為の用意を何もしてない。今ゲートを潜るのは危険だからな。
先輩がどうしても帰りたいなら個別にゲートを開いてあげよう。
俺と先輩の仲だ、500ENでイイよ。
撤収する前に、携帯を録画状態で設置する。壁の内側ギリギリの位置にアスポートで跳ばし、カメラの穴を開けておく。魔法陣を削らない位置に注意して……
コレで準備完了だ。
後は旅立つ者たちに幸運が有らん事を……