第124話 帰還作戦
「門を開きし者」
ヴヴゥゥゥン
実験がてらゲートを発生させる。
正四面体の部屋の中心に真っ黒な球体が現れた。
あれ? 何であんな所に出る? 前と同じく自分の手前に発生させたつもりだったのに……?
「うぉぉおおお!? 何じゃこりゃー!?」
部屋の中心付近で寝そべってくつろいでいた先輩が飲み込まれそうになるも、慌てて飛び退き事無きを得た。
そんな所で寝てるのが悪い。
もっとも寝そべって無ければ、そのままゲートに飲み込まれて消えていただろう。
先輩は黒い球体と俺の顔を交互に見て犯人を特定した。
「霧島神那! 貴様の仕業だな!? とうとう私を亡き者にしようと動き出したか!!」
何でわざわざ先輩ごときを亡き者にしなければならないんだ? 貴重なギャグ要員なのに。
「誤解です。手前に発生させようとしたら、何かに引っ張られるようにそっちへ行ってしまっただけです」
「何かするなら一声かけてよ! 超ビックリした」
いや…… アンタ最初っから話し聞いて無かったじゃん……
「ちなみにソレに飲み込まれても死にませんよ? それが二つの世界を繋ぐ『ゲート』です」
「え? こ……これがゲート? 私が夢にまで見た……? 言われてみればドコかで見た気がするわ……」
「そうです。それに入れば数秒後にはデクス世界です」
先輩に限らず…… 神隠しに遭い、突然シニス世界に飛ばされた人たちや、暗黒の病を患った人たちが渇望してやまない異世界転移ゲートだ。
「神那クン…… これ見た目、もうちょっとどうにかならない? これに飛び込むのは勇気がいるよ?」
それは俺も思った…… 見た目が悪い。でもどうしようもない。
「まぁ、目を瞑って飛び込んで下さい。さすがにそこまで面倒見きれないですから」
「う~ん…… 多少見た目が悪くても、これで帰れるなら…… しかし……」
先輩がゲートを睨みながら唸ってる…… 衝動的に飛びこまないか心配だ。
別に自殺する訳じゃ無いんだから止めはしないが、運が悪いとワープアウトした先で死ぬかもしれない。
俺が試した時は、ビルの屋上の際に立ってたからな…… 足を踏み外したりしたら終わりだ。せっかく帰ったのに……
ゲートに入る時は、まず精神を落ち着けて、冷静な状態で入る事を義務付けよう。
それでも死ぬ奴は死ぬだろうが……
「先輩、どうしても帰りたいなら入ってもイイですよ? ご家族も心配してるでしょうから」
「いや…… 止めとく。他の人達が入って安全が確認されたら使わせてもらうよ」
俺とアーリィ=フォレストは既に使ってるんだが…… 信用ねーな。
そもそもどうやって安全を確認するつもりなんだ? こちら側からではちゃんと向こうに帰れたか確認する術は無い。
「あの時見たのと…… 同じ」
「ん?」
白が繋いでいた手に力を込めた。
「あの時…… この城の前…… 魔王ウォーリアスを倒した直後……
おに~ちゃんとルカが飲み込まれた球体と…… 同じ……」
そうか…… あの時、俺達は突然暗闇に包まれたが、外側にはあの黒い球体が発生していたのか。
「おに~ちゃん……」
「大丈夫だよ」
不安そうな顔で見上げる白の頭を撫でて安心させてやる。
「ん」
白は目の前に移動し、俺に背中を預けると両腕で抱きしめる様、無言で要求してきた。
可愛い…… 思わず養子縁組したくなるくらい可愛い!
いや! 白は将来俺の嫁にするんだ! 娘で収まる器じゃ無い!
「コレがゲートか…… 使用料取れば大金持ちになれそうだね?」
ツンツン……
伊吹は恐る恐るゲートをつついている…… 肝が据わってるな。
そしてなかなかの強欲っぷりだ、さすが俺の妹。
「伊吹、気を付けろよ? 恐らく事象の地平を越えた瞬間、転移する」
「事象の地平? なんかどっかで聞いた気がするんだけど……?」
本来はブラックホールを説明する時に使われる言葉だな。
俺はこちら側から観測可能な境界線の意味で使ってる。
要するに全身が球体に入った瞬間か、中心に存在すると思われる特異点に触れた瞬間に転移が始まる。
もちろんただの仮説だ。検証するほど試してない……
ドリュアスに頼んでおいた映像記録を見る限り、手足が入った程度では転移しない。
……ハズだ。
今日は検証実験はしない。何故なら俺は今、白とイチャイチャしてるからだ!
その代りに緋色眼で魔力濃度を見てみる。
「…………」
ゲート制御の魔力を切っても、ゲートが消える事は無かった。
球体が周囲の魔力をブラックホールの様に吸い込んでいるのが分かる。
多少ノイズが混じり安定性を欠くが、周囲の魔力を吸収し、直接エネルギーにして自立している。この分なら半日くらいは持ちそうだ。
しばらくその場に留まり、ゲートを観察してみる。
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結論から言うと、周囲の魔力濃度が一定値を下回った時点でゲートは自然に消えた。
それに要する時間はおよそ10時間。
また、この部屋に同程度の魔力溜まりができるのに掛かる時間は2週間前後といったトコロか……
思ったよりは速いな…… それだけこの部屋が魔力を集める事に特化した作りだという事だ。
そして10時間発生し続けるなら、準備さえしておけば数千人は移動できる。
まぁ、見た目が悪いし、初っ端は二の足を踏む奴も多いだろうが、これで帰還作戦の目処が立った。
問題なのは2週間おきにここまでやって来て、手動でゲートを開かなければいけないことか……
そんな面倒な事、永遠にやるのヤダぞ!
何か方法はあるハズだ、魔王レイドがゲートの維持を真面目にやってたとは思えないからな。
半年以内にはその方法を見つけて見せる。ハッキリ言って面倒臭いから。
取りあえず、嘘レポートをでっち上げてガイアのギルドセンターへ提出しよう。
「満月の日に10時間だけゲートを発生させる魔法陣を発見!」とか適当に……
そう! 2週間に1回は面倒臭いから1ヵ月に1回にする。
ついでにルールと注意事項も作ろう。
ルール①
帰還・移住希望者はギルドセンターに届け出る。
それらの管理は全てガイア政府のギルドセンターが一括して行う。
密航者が山程押しかけると困るからな…… どっかの魔王とか使徒とかを向こうへ行かせるワケにはいかない。
ルール②
ゲート開放は満月の日、朝10時から。
転移の間に魔力溜まりが作られる関係で、その時間以外の転移の間への立ち入りは一切禁止。
コレは俺がゲートを開く所を目撃されない為のルールだ。見られると困ったことになるので絶対遵守してもらう。俺自身は跳躍衣装で忍び込む予定だ。
ルール③
デクス世界へ行くと、二度とこちらに帰って来れない可能性が高い。
身辺整理は絶対にすること。借金がある人は向こうへ行くことは出来ない。
説明するまでもない絶対条件だ。借金取りから逃れるために異世界へ行くとかアホ過ぎる。
ルール④
転移先座標はランダムなため、不測の事態に備えた準備は全て自分でする。
必要最低限のガイドラインは設定するが、自力で用意できない者は転移の間へ入れない。
③と同じ、金を用意できないような奴は向こうへ行くなってことだ。デクス世界はフロンティアじゃないからな。
ルール⑤
現在デクス世界では『攻撃性異形変異生物群・テリブル』という、魔物の親戚のようなモノが出現します。強さは種類によってマチマチでシニス世界の魔物換算でA~Dランクといった所。
向こうにも危険があるというコトを充分に理解しておきましょう。
神隠し被害者の中にはこの事を知らない人も多い。テリブルによる被害は世界的に見てもさほど多くないが、ゼロでもない。
帰ったらなにか不幸に巻き込まれる可能性もあるので『覚悟』はしておいた方が良い。
ルール⑥
外来動植物の持ち込み禁止。
他の人型種族を外来生物とか言わないだろうが、一応ルールに付け加えておく。
もっとも天然トラベラーの魔物なんかも極稀に現れるから、意味は無いかも知れないが、念の為な。
大型生物なら簡単には増えないだろうし、駆除も簡単だが、小型の生物が繁殖を始めると手に負えなくなる事も有り得る。
大まかなルールはこんな所か。
ガイア政府は更に事細かく条件を追加するだろうが、ソッチはソッチで勝手にすればいい。
貴重な納税者が出ていくんだ、色々うるさく言うのも予想できる。
次の満月まで3週間弱…… 一体どれだけの人間が集まる事やら……
「あの…… カミナ様、質問があります」
「うん? どうしたミラ?」
「その…… 移住というのは人族だけの話なのですか? 私のような人魚族やミカヅキ様の鬼族、白様の獣人族といった他種族は移住できるのでしょうか?」
「いずれは出来る様になるだろう。ただしその為には帰還者が大量に帰ってしばらく経ってから…… になるだろうな」
「? え~と?」
「シニス世界とデクス世界は意思疎通できないから、いきなり移住者を大量に送りつける訳にはいかないんだ。向こうには受け皿が無いから」
「は……はぁ……?」
よく分からないって顔をしている…… 説明が難しいな。
「つまり、移民受け入れ準備ができて無い所へ、次々と移民を送ったら迷惑だろ?
相手に「移民を送っていいか?」って聞くことも出来ないんだから」
「あぁ……はい、それは分かります」
「要するに移民の受け皿は、今からデクス世界に帰るトラベラー達が作る事になるんだ。てか、そいつらにしか作れない」
「な……なるほど……」
「もちろん向こうで受け入れ準備が整ったからといって、それをこっちの人間が知るコトは出来ない」
「は……はぁ……」
う~ん…… 俺って説明下手だな…… まぁいい、突っ走ろう。
「だから他種族の移民が開始されるのはしばらく経ってからだ。ただしそんな遠い未来の話ではないと思う」
「え~と、それは何故?」
「人族以外の持つ技能・技術が貴重だからだ。
300年ほど前…… かつて最初の『生還者』と呼ばれた男、グレイ・レイフォードはシニス世界から持ち帰った古式魔法・情報・技術を使い巨万の富を得たと云われている。
つまりデクス世界の一部の人間にとっては、神隠し被害者の帰還より、色んな移民がたくさん来てくれる方が嬉しいハズだ。
要するに他種族の移民は言い方は悪いが「金の卵を産む鶏」みたいなモノなんだよ」
「金の卵を産む鶏…… ですか」
帰還者や人族の移民の中に、そう言ったモノを使ってのし上がろうという野心を持った奴がいれば、直ぐに移民が始まるだろう。
それこそ早ければ2~3ヵ月で……
好都合だ。
早ければ2~3ヵ月…… 移民の数にもよるが、向こうの世界でも他種族が普通に外を歩いているかもしれない。そうすれば非公式ルートを使って嫁達を向こうの世界に連れて行ける!
文化が違うからホテルとかに泊めさせる訳にはいかないよな?
だったら俺の部屋に泊まればいいさ! ちょっと狭いけど、なぁに、くっついて寝れば問題無い!
ふっ…… ふはっ! フハハハハハハハハ!
ついに来るんだ! 俺の時代が!!
その時こそ『絶対天国計画』発動の時!
俺の栄光への道がようやく始まるのだ!!
「フハハハハハハハハ!」
「どっ…… どうしましたか!? カミナ様!?」
おっとイカン、思わず悪の皇帝っぽい笑いが飛び出してしまった。
「コホン、何でもない。
取りあえず移民のコトは気にしなくても大丈夫だ。いずれ向こうの世界でも堂々と歩き回れるようになる。そうなったらみんなでちょっと行ってみればいい」
「そ……そうですよね? 私たちは離れ離れになるコトは無いんですよね?」
そう! 留守番はジーク辺りに押し付けて、みんな一緒に行けばイイ!
未来は明るいぞ! フハハハハハハハハ!
ぶっちゃけ、そんなの待つ必要なんて無いんだよな。
ミラは足さえ濡らさなければ人族と見分けがつかない。
ミカヅキは水色の髪こそ向こうで見かけないが、帽子をかぶれば角は隠せる。
白の獣耳も帽子で隠せるが、モッフモフのシッポだけは隠し辛いな…… もうすぐ夏だ、小麦色・白の季節だ。厚着で隠すこともできない……
まぁ、擬態魔法で全部解決するんだけど……
とにかくひとまず様子を見よう。
ゲートの自動制御法なんかも知りたい、最悪、デクス世界まで魔王リリスに聞きに行かなきゃならないが……
このニュースも世界中を駆け巡るコトになるだろう。
特に神隠し被害者にとっては待ち望んでいた朗報だ。
大変革後に、ゲートが使えないと知った時、彼らはどれほど落ち込んだ事だろうか……
きっと第6魔王の死…… 浮遊大陸・アリア墜落…… 炭鉱族の参戦…… 一部の人にとってはそれらの事件を上回る程のビックニュースになるだろう。