第121話 エメス戦役・前編
---ブルマン 視点---
魔王歴2415年 空の月(5月) 場所は大空洞・エメス
1年前から始まった大空洞での騒乱の終わりが近づいていた……
当初、大空洞の支配者に名乗りを上げた者は10人以上……
ある者は逃げ…… ある者は諦め…… ある者は道半ばに倒れた。
今残っているのは二人……
かつて魔王の右腕と呼ばれていた男、白き頂『白嶺のキリマンジャロ』。
そして500年前、勇者と共に魔王に挑んだと言われる英雄の孫、この儂、青き峰『青峰のブルマン』だ。
1年前、ある日突然何の前触れも無く起こった大変革により、我々炭鉱族は長きに渡る魔王の支配から解放された。
正に寝耳に水の事態だった。
第8魔王 “侵略者” ウォーリアス・アンダー・ザ・ワールドは臣下に何も告げずに戦場へと赴き、命を落としたのだ……
しかし…… 圧政から解き放たれた我々は何も出来なかったのだ……
2400年も支配されてきた我々には自由というモノが未知の怪物に思えたのだ。
「誰かに導いて欲しい」…… 遺伝子にまで刻み込まれた奴隷の根性が、せっかく降って湧いた自由を拒絶したのだ……
我が種族ながら情けない…… だが炭鉱族の性質を責める事は出来ない。
何故ならば、未だに我々が滅亡の危機に立たされた魔王戦争の記憶が残っているのだ。
魔王ウォーリアス様が推し進めた戦争、あらゆる種族を敵に回し戦った…… そして負けた。
あの魔王戦争が再び起こるのではないか?
第8領域『大空洞』の最大の抑止力、魔王が失われた今、あの時と同じく全ての種族が敵に回るのではないか?
そうなっても不思議はない…… 我々炭鉱族は多くの他種族を殺して来たのだから……
我々はほとぼりが冷めるまで大空洞を閉ざす事に決めた、反対する者はいなかった……
大空洞を閉ざす直前に、ムックモックの妖精族達が逃げ込んできた。
つい先日まで敵だった相手ではあるが、今は大変革で同じく主を失った仲間だ。
本音では自分たちだけが世界から恨まれるのが怖かったのかも知れない……
故に炭鉱族と妖精族、互いの傷を舐め合って地の底で暮らしていこうと思った。
しかし、しばらくすると問題が起こった。
我々は結局の所、自分たちで何も決められないのだ。
大空洞に住む者は、誰一人として統治者の能力を持ち合わせていなかった。
本来なら誰かに尋ねるべきだった、トゥエルヴには民主主義なるモノが根付いていると聞く、それにトゥエルヴならば、100年前の戦争時に逃げ出した炭鉱族が多く住む。
同じ炭鉱族なら他種族よりは信じられる気がする…… 例え逃げ出した者たちであっても……
だが結局その選択肢は選ばれなかった…… 逃げ出した臆病者共に教えを乞うのが気に喰わないと言う意見が多かったからだ。
もちろんそれだけでは無い、みんな恐れていたのだ。
同胞である炭鉱族にまで迫害される可能性を……
結局、解決法は見つからず無為に時間だけが過ぎていったある日のコト…… 魔王ウォーリアス様の元・第一位使途『白嶺のキリマンジャロ』が新たな支配者に名乗りを上げたのだ。
第8魔王 “侵略者” ウォーリアス・アンダー・ザ・ワールド。
炭鉱族にとって最悪の魔王だったあの男の右腕だ。正直、信頼に値しない。
しかもウォーリアス様の後を継ぐと言う…… それは即ち“侵略者”の道を歩むという事。
間違っている! 只でさえ『魔王』という抑止力を失った我々が何も変わらずに同じことを繰り返したら、次こそ間違いなく滅ぼされる!
儂と同じ考えの者も多くいた、しかしそれと同時に、キリマンジャロに同調する者も多かった。
直ぐに我も我もと次々に手を上げるモノが現れた。
そうして大空洞は戦乱に巻き込まれていったのだ。
そして最後に、儂を擁立する者に担ぎ上げられ立ち上がる事になった……
それから…… 戦乱と言う言葉の割に大きな戦いは起こらなかった。
もちろん人は死んだ。
小競り合いでも人は死んだし、暗殺された者も居た。
次第に勢力は二つに収束していく…… キリマンジャロ派とブルマン派へ……
儂も何度か暗殺されそうになった、生き延びたのは運が良かったのだろう。
そして半年ほど前、とうとうその2派閥のみになった。
大空洞の支配者が住まう場所、魔王城・エメス……
そこを賭けて我々は睨み合った。
しかし戦力は拮抗、相手を打ち倒そうとすれば自分たちも危ない。
毎日決まった時間だけ小競り合いする日々が続いた…… 事態が動いたのは一週間前……
それまで沈黙を守っていた妖精族の一団がキリマンジャロ派に接触してきたのだ。
とうとうこの時が来てしまった…… そう思った。
向こうの戦力がこちらを確実に上回った瞬間、奴らは必ず仕掛けてくる!
いずれこんな日が来る事は予感していた。
それが妖精族によってもたらされたのは予想外だった。
そして昨日、恐れていた衝突が起こってしまった。
我が方の被害はゴーレムが250体と…… 同胞が2000人死んだ……
相手方も多くの被害者をだしたハズだが、こちらよりは少なかっただろう。
もう降伏すべきかもしれない……
キリマンジャロのプランでは炭鉱族に未来は無いが、同胞同士で殺し合うなど……
しかし引く訳にはいかない! ここで引けば大空洞の炭鉱族は近い将来、確実に滅ぶ! それだけは避けねば!
たとえここで我々が全滅しようともキリマンジャロを止めなければ!
既に夜明けの時間だ…… また今日も同胞同士の殺し合いが始まる……
このままズルズルと続ける訳にはいかない、今すぐにでもキリマンジャロを討たねば!
しかし戦力で劣る我々にそんな事が出来るのだろうか?
もはや神に祈るしかない……
そして今日、唐突に大空洞の支配者が決まる事になる…… その事実を今はまだ誰も知ら無い……
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ゴーーーン! ゴーーーン! ゴーーーン!
魔王城・エメスより伸びる巨神街道…… その両脇にキリマンジャロ派とブルマン派が布陣し睨み合っている。
大空洞標準時で9時を知らせる鐘の音が響き渡る。
今日も殺し合いの時間が始まる。
ゴーレム兵と岩石魔法で壁を作りながら進む兵士が先陣を切る。
魔法使いと戦車隊が射撃準備をする。
そして今まさに戦端が開かれようとした瞬間! 両陣営のちょうど中心にこの世のものとは思えない巨大な剣が突き刺さった!
その剣は高さ100メートルを優に超える巨大な金属製だ!! こんなモノが一体何処から落ちてきた!?
剣の出現により、両軍は進軍を一時停止する。皆、何が起こったのか分からず狼狽えている。
「な……何が起こった!? これは一体……」
「幻じゃない…… 本物の剣だ…… バカな……」
「何という神聖な輝きを持つ剣だ…… どんな名工でもコレほどの神聖さを誇る剣は打てない……」
気が付くと、いつの間にかその巨大な剣の柄頭に人が立っている! 数は二人、炭鉱族にしては少々大きい、大きめのローブをまといフードで顔を隠している。
「静まれ! 愚か者共! せっかく魔王の支配から開放されたのに同胞同士で殺し合うとかアホの極みだ!」
子供の声? 開口一番、言いたい放題してくれる……
こちらも好きでこんな事をしている訳では無いのに……
「仲間同士で殺し合うくらい血の気が多いなら、その血を炭鉱族の為にもっと有効に使え!」
なんて無礼な子供…… しかし油断はできない、あの巨大な剣が魔法により造られたものなら、その魔力は計り知れない。
この戦局を一変させる力を秘めているのは間違いない。問題は……
「貴様一体何者だ! いや、そんな事はどうでもいい! 貴様はどちらの陣営につくつもりだ!」
キリマンジャロが先に動いた、そう、問題なのは彼らがどちらにつくのか……
しかしその答えは想像もしないものだった。
「はぁ? なんでお前らの下につかなきゃならないんだよ? こっちはお前らに道筋を示すために来たんだぞ?」
道筋を示す? 一体どういう事だ?
「鈍い奴らだな…… つまりお前らの支配者になってやるってコトだよ」
つまり、もうじき決着が付きそうだという時期にまさかの第三勢力の介入……と、いうわけだ。
遠くに見えるキリマンジャロが肩を震わせているのが分かる、あれは怒りに震えているんだ。
「それから妖精族! テメェ等はどうして余計な事ばかりするんだ! いい加減にしねーと俺が滅ぼすぞ!」
コレはチャンスだ。
コチラに勝ち目が無い状況に、混乱をもたらす第三勢力の介入。
さらに彼は言った「道筋を示す」と…… そしてキリマンジャロ派についた妖精族への言葉。
これで望みが出てきたように思える、正に救世主だ! もっともあの口調から、救世主と言うよりイタズラ者の印象を受ける。
「くっ…… くっくっくっ! 貴様等! いきなり出てきて何様のつもりだ!!
「支配者になってやる」だと? ふざけるな!!」
「はん! 現状の見えていない愚か者に支配者など務まらん! お前のプランでは世界中を敵に回して滅ぼされるのが関の山だ」
彼は言動こそ軽薄だが、現状を正確に理解している。
「お前、魔王ウォーリアスの元・第一位使途だったらしいな?
ウォーリアスの死と共にその力を失っているハズだが、それでも元使途だ。分からないのか?」
「なに!?」
「俺たちは五大魔王同盟から来た! こちらにおわすお方こそ、恐れ多くも新たな魔王様!
新・第8魔王 “女神” 名前は匿名希望だ!」
…………
静寂が辺りを包む…… 今何と言った? 五大魔王同盟? 新・第8魔王? 匿名希望?
巨大な剣の上に立っている女性と思しき人物は、軽薄な救世主の肩をペチペチ叩いている…… とても魔王に見えない……
「がっはっはっはっ!! まさか魔王の名を語る者が現れるとは、思いもしなかったぞ!」
周囲から笑いが起こる、当然だ。あの者たちからは魔王の威厳が一切感じられないのだから……
「あれ? 信じないの? まぁそれも当然かな? 魔王の右腕とか言われてた癖に魔王の力が継承される事すら知ら無かったんだからな。
要するにウォーリアスから大して信頼されて無かったんだろ?
実際ウォーリアスは一人で魔王討伐戦の戦場に現れた、実力も信頼も無い奴を連れて行っても邪魔になるだけだからな」
キリマンジャロの笑いが止まった。
あの男は魔王の第一位使途という立場に誇りを持っていたからな。
「小僧…… 貴様は言ってはならん事を言ったぞ!」
「小僧……か、あのブサイク魔王は部下の教育すらまともにしてなかったのか…… それとも、するだけ無駄だと思ったのかな?」
「きっ…貴様ぁぁぁああ!!」
何故そんなに煽る? キリマンジャロに何か恨みでもあるのか?
「小僧!! 覚悟は出来てるんだろうな!!」
「だから小僧じゃねーよ、さっきも言ったろ? “五大魔王同盟”から来たって……」
なに? ま……まさか……
「俺が新・第11魔王 “禁域王” だ。名前はこっちも匿名希望で」
今度は笑いは起こらなかった、全員が呆然としている。
しかしそんな中、妖精族の一団だけは反応が違っていた。
彼らの顔には恐怖が浮かんでいたのだ。
第11魔王 “影鬼” レイド・ザ・グレムリン・フォース
儂もその姿を直接見た事は無い、だがその噂は何度も耳にした。『イタズラ者の魔王』と言われていた。
彼はそのイタズラ者の魔王に通じるモノがある。
もちろん彼は別人だ。
魔王レイドの死体は確認されていない…… が、第11魔王の使途はキリマンジャロ同様、あの日を境にその力を失っている。
「もういい…… 魔王の名を語る愚か者に付き合っている暇は無い。殺せ!」
キリマンジャロは自らの兵に指示を出した。殺せ……と。
それと同時にこちらは全軍に後退を指示する。
せっかくキリマンジャロ派があの未知数の敵と戦おうというのだ、こちらは漁夫の利を得る為に引く。
戦いの結末がどうなるかは分からないが、巻き込まれては元も子もない。
しかし、そんな目論見は外れる事になる。
後退できなかったのだ…… と言うより、誰もその場を動く事が出来なかった。
「え~と…… 『星の御力』重力5倍」
大地に突き立てられた巨大な剣を中心に、過重力フィールドが展開された。
「ぐおおぉぉお…… バ……バカな! この力はウォーリアス様の……!! あり得ない!!」
この力は紛れも無く魔王ウォーリアス様のモノ! 彼らの話が真実である証拠だ。
「な……何をしている! 早く奴らを殺せ!!」
キリマンジャロが兵に激を飛ばし、戦車隊が砲撃を始める。
しかし、過重力の影響で100メートルの高さに居る二人に砲撃は届かない。
角度が有り過ぎるのも原因だろう、砲弾はこちらの陣地にすら届かなかった。
「くそっ! 魔法隊! 重力の影響を受けにくい魔法で攻撃しろ!!」
難しい事を言う…… 土属性魔法ではおそらく届かない、だが炭鉱族は風属性と雷属性が使えない…… この条件で攻撃できる魔法使いは極僅かだ。
「敵を貫け! 炎の矢!!」
「炎帝より賜りし槍よ! その力を持って敵を焼き滅ぼせ! 火炎槍!!」
炎系統の魔法が飛ぶ、その数100以上。
しかし……
パキィィィィン!!
それらの魔法は空中で唐突に消え失せた。
「なっ!?」
何をしたのかは分からない、しかしアレだけの数の魔法攻撃を意にも返さず無力化して見せたのだ……
そんな事が出来る人間が果たして存在するのだろうか?
いまだに信じられないが、それでも確信した。
いや…… 確信せざるを得なかった……
彼らこそが大空洞の新しい支配者なのだと……