第120話 大空洞・後編
目の前に広がるのは、赤茶色の濃淡のみで構成された広大な空間……
第8領域『大空洞』
空気は埃っぽさも無ければ淀みも感じられない、不思議な空間だ。
その空間の高さは最大で5000メートル程、あちこちに巨大な柱が立ち頭上の大陸を支えている。そこを伝って流れる水が茶色い川と茶色い湖を作り出している。
森の木々も、光の加減だろうか? 葉っぱは黒に近いこげ茶色をしている。
要するに全体的に茶色い世界なのだ。
「ふわぁ~~~…… すごい……ね」
琉架の感想はとてもシンプルだった。
しかし俺もその感想に同意する。初めてこの光景を見た人は同じ感想を漏らすだろう。
俺達が今いるのは大空洞の天井付近、巨大な山と天井が接している場所、その境目付近にある洞窟から出て来た所だ。
通路の脇を流れていた地下河川はいつの間にか消えていた、恐らく山の麓から湧水として再び湧き出ているのだろう。
天井の高さが5000メートルで、その広さが大陸に匹敵するなら、随分と平べったい空間らしい。
俺のイメージでは溶岩の川や海があるのかと思っていたが、そう言ったモノは無さそうだ。もちろん目に見える範囲に無いだけで、実際にはどこかにそういう絶景スポットがあるのかも知れない。
しかし俺が目を奪われたのは、この全体的に茶色い巨大空間そのものより、そこに見える街の文明度の高さだ。
自分たちの直ぐ真下の山に交走式のケーブルカーが走っている。
それだけでは無い、遠くには街と街を繋ぐ鉄道のような物まで見える。
神隠し被害者の多いガイアはシニス世界でもっともデクス世界の文化が色濃く反映されている、それには劣るモノの大空洞の文化レベルはトゥエルヴの田舎よりも遥かに高い。
2400年もの長きに渡って“侵略者”と呼ばれる魔王に支配されてたとは思えない……
それとも魔王ウォーリアスは自分の支配領域の発展に力を入れていたのだろうか?
いや、それは有り得ない。魔王ウォーリアスは100年前に炭鉱族を絶滅寸前にまで追い込んだ魔王戦争を引き起こしたんだからな。
炭鉱族は手先が器用な種族だと言われている、魔王に支配されながらも自力でこれだけの文明を作り上げたのだ……
とにかく情報を集めてみよう。
内戦が起こっているなら大空洞の支配者になろうとしているヤツ等がいるってことだ。当然そいつ等はある程度の数の炭鉱族をまとめ上げてるハズ、そいつ等に接触するのが一番手っ取り早い。
折角だから乗り物を使ってみよう。琉架を背負ったまま5000メートルクラスの山を下りるのは流石に無理だ。本当はこのまま背中に琉架の柔らかさを感じていたい所だがな。
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黄泉比良坂の麓にある『根の国』……
大空洞で二番目に栄えている街だそうだ。ちなみに一番目は魔王城の城下町だ。
大和に伝わる神話とやたらリンクしているのが気になる…… もしかしてココでは死者蘇生が出来たりするのだろうか? いや、それは無いな、死んだ者は決して戻る事は無い……ハズだ。
世界樹女王の葉っぱを使っても無理なハズだ。
死んだものを生き返らす事が出来るなら魔王戦争で炭鉱族が絶滅寸前まで追い込まれるはずが無いからな。
「っらっしゃい! お二人さんチョット見てかないかい? 安くするよ!」
「根の国産の工芸品、いかがスカー!」
「そこの背の高いお兄さん、遊んでかない?」
街は予想よりずっと活気があった。引きこもりならもっと暗い顔をしてると思ってた。
てか、小学生くらいの女の子に遊んでいけと声を掛けられた…… やめて欲しい、俺はロリコンじゃない。
琉架が心配そうな視線を向けている…… やはり俺の事をロリコンだと思っているのだろうか? 確かにそんな疑惑を持たれても仕方ない、ウィンリーが見た目幼女だからな。
理解ってる、どう見ても子供だがアレでも立派な炭鉱族の成人女性だというコトは…… この街はロリコン紳士 大歓喜の街だな。大人に成りきれない大人たちの夢の国! 正にネバーランドだ。
俺はロリコンじゃ無いから関係ないけど……
「わ、スゴイ、綺麗……」
「ほぅ」
露店に並ぶのは民芸品の数々、美しく色とりどりなガラス製品、金や銀などの細やかな細工が施された食器等、大粒の宝石が付けられたアクセサリー。
それら全てが非常に高いクオリティーを誇っている、炭鉱族特有の手先の器用さで生み出されたものだろう。
露天に並べて売るようなレベルじゃない、ガイアなら高級店が開けるレベルだ。
「後でおみやげでも買ってくか」
「うん、そうだね」
夕飯時には少々早いが、今の時間ならどこの店も空いているだろう。食事でもとりながら店員にでも話を聞いてみる事にする。
「いらっしゃーい!」
飯屋に入るとやたら声の大きいおばちゃんが出迎えてくれた。
背丈は人族の子供ほどだが、横方向に広がっている。炭鉱族は大人になると横方向へ背が伸びるのかな? その最終到達地点に居たのがブサイク大魔王として有名だった魔王ウォーリアスだ。
セルフコントロールが出来ていれば幅広にならずに済むみたいだが、このおばちゃんはダメだったのだろう。
「あっはっはっ! ナンだいアンタら? 随分とヒョロ長いね? そんなんじゃ他種族と大して変わらないじゃないかい! ちゃんと仕事やんないと立派な炭鉱族になれないよ?」
笑われた…… 炭鉱族は穴掘りで体を作るのか? 関係無い気がするんだが、まぁいい。
「おばちゃん、店の一番人気を二つ…… いや、一つでイイ」
「なんだい? 文無しかい? まったくしょうがないねぇ」
何となく嫌な予感がしたので、一人前を注文。
そして……
ドン! ドン!
芳ばしい匂いのするチャーハンに似た山盛りライスの皿が二つ並べられた。
「一つはサービスだ! 若いモンが遠慮するんじゃないよ! しっかり食べてもっと太れ!」
フラグ回避に失敗した……
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「うぷっ」
「神那、大丈夫?」
結局、八割は俺が喰う事になった…… こうなる予感がしていたからこそ、一人前を注文したのに…… おばちゃんの愛情が腹に溜まって重い……
そもそも人族の子供ほどの背丈しかない炭鉱族が食べるには量が多すぎる。そんな食生活をしているから炭鉱族はスタイルがアレなんだよ……うぷ……
「情けないねぇ、近頃の若いモンは。これっポッチで満腹になるとは……」
「おばちゃん…… この店は大食いチャレンジとかやってる?」
「おぉ!あるぞー! 制限時間内に食べ切れば賞金10000ブロンドだ。いつでもリベンジに来な!」
ふん、精々笑っているがイイ! いつかミラを連れてアンタに挑戦しに来てやる!
「それよりおばちゃん、大空洞が今どうなっているのか教えてくれないか?」
「あぁ?」
「俺達、見た目が人族と大して変わらないから、ずっと大空洞の外に居たんだ。だから中で何が起こってるのか詳しく知ら無いんだ」
「外に…… まぁ、確かにアンタ達なら人族に紛れる事もできそうだねぇ」
デクス世界でしたのと同じ方法で聞き込みをする。
あの時と違うのは、目の前にいる魔王がダメダメじゃ無いってトコロだ。
「大空洞の現状をどのくらい知ってる?」
「内戦をやってるかもしれない……って噂を聞いた。外には全然情報が洩れて来ないんだ」
「そうかい…… 例の大変革の後…… 私たち炭鉱族と逃げてきた妖精族はこの大空洞に閉じこもった。それからしばらく経っての事だ……
10人くらいだったかねぇ、次の大空洞の支配者を目指す者が各地で一斉に立ち上がったのさ」
そこら辺の話は知っている、引きこもりの理由は迫害を恐れて……だったな。
「最初は話し合いによって決めようとしていたんだが、直ぐに争いに変わった。
ある者は諦め…… ある者は同盟を組み…… ある者は虐殺紛いの事をした……
そうして戦果はどんどん広がっていき、大空洞の半分以上がその戦渦に巻き込まれた。
そしてとうとう支配者候補は二人に絞られた」
ほう、と、言うコトは、放っておいてもその内 戦乱は収まっていたのか。
しかしそうなると、旧魔王軍の戦力は結構削られてるのか?
「アンタらも炭鉱族なら名前くらいは聞いた事があると思うけど、魔王軍大将、元・第一位使途『白嶺のキリマンジャロ』と、500年前の英雄・エメマンの孫『青峰のブルマン』の二人さ」
なんだそのコーヒーの銘柄みたいな名前は…… それにしても元・第一位使途と英雄の孫ねぇ……
そう言えば炭鉱族も長命種なんだっけ? 500年前の英雄の孫がまだご存命だとは……
「白嶺のキリマンジャロはウォーリアス様の政策を引き継ぎ、他国と戦い地上を手に入れようと考えてるヒトさ。確かに第11領域は空き家同然だ、勝算もあるのだろう。
一方、青峰のブルマンは全ての罪をウォーリアス様に被ってもらって、自分たちは被害者の立場から他国との友好を探ろうとしているらしいね」
どっちもどっちだな…… まだ後者の方が他国に迷惑を掛けないだけマシか。被害者の立場ってのも間違いじゃ無いし……
「この二大派閥が最終決戦を始めて半年以上たつが、未だに小競り合いを続けている。戦力が拮抗しているから全力でぶつかり合うと双方共倒れするんだろう」
「つまりどちらが勝つか分からないと?」
「いや…… 時間が掛かれば掛かる程、白嶺のキリマンジャロが勝つ可能性が上がるね」
「それは何故?」
「決まっているだろ? 外に住んでたアンタ等には分からないかもしれないが、炭鉱族は多かれ少なかれ、日の光の溢れる地上の領土が欲しいのさ」
なるほど…… 種族の悲願でもあるのか。
ウォーリアスが種族の事を考えてたとは思えないが、アイツ自身が欲していたのかも知れないな…… 日の光の溢れる地上を……
まぁ、気持ちは分からなくもない。コイツ等は好きで引きこもっているワケじゃ無いからな。
「それで? その最終決戦ってのはドコでやってるんだ?」
「あぁ、なるほど。アンタ等もそれが目的だったワケか」
「ん?」
「戦見物だろ?」
戦見物…… まさか引きこもり共の娯楽になってるんじゃ無いだろうな?
「だがちょっと遅かったね、もう小競り合いは見れないだろうよ」
「なに?」
「さっき言ったろ? 時間が掛かれば掛かる程、白嶺のキリマンジャロが勝つ可能性が上がるって。
今まで沈黙を守っていた妖精族の一団が、キリマンジャロの陣営に合流しちまったらしい」
妖精族…… アイツ等ホントにもう!
「本当の最終決戦が始まる。近づかない方が身のためだよ、色んな意味で……」
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根の国から鉄道で東へ丸一日……
礫砂漠のような小さな石で埋め尽くされた荒野を走っていたかと思えば、木々が鬱蒼と茂るジャングルのような場所もある、千年渓谷レベルの大きな谷の底にはオレンジ色の溶岩の河が流れ、海のような広さの浅い湖を渡った。
徒歩で旅をしたら数ヶ月は掛かりそうだな……
そうして辿り着いた場所こそが、先代・第8魔王の居城、魔王城『エメス』だ。またしてもブサイク魔王に相応しく無い、美しい響きの名前だ。
ただし美しいのは響きだけ、その城は遠目に見ると人の形に見えた。玉座に偉そうに踏ん反り返る男のようだ。
表面はゴツゴツの岩で覆われ、見た目はボロボロ。
魔王城・エメス…… 名前から察するに、あの城は遥か昔に作られたゴーレムの一種なのかもしれない……
立ち上がれば体長200~300メートルはありそうだ、もっともここ数百年は動いた形跡がない。そもそもあんな巨大なゴーレムが動いたら大惨事だ。振動で大空洞の天井が崩れかねない。
城の前にはまるで玉座へ続くかの様な大通りがある、その脇に立つ建物はさしずめ王に使える臣下か。
そんな大通りは街の外までずっと真っ直ぐ伸びている、一体何処まで続いているのか? なんとなくどこかで見た気がするがどこだったか? いや、問題なのはその街の外だ。
すでに戦闘は終了している…… 双方の軍は各々の陣地へ戻どる最中だった。
大空洞は日が暮れないから時間が判りづらいが、もう午後七時を回っている……
ずっと明るいならそのまま戦い続けるのかとも思っていたが、半年以上小競り合いを続けているらしいからな、一日の戦闘時間に制限が設けられていたのかもしれない。もちろん暗黙の了解だろう……
俺達は少し離れた小高い山の上からその光景を見ている…… 周りには同様にその様子を見物している多くの炭鉱族と妖精族がいた。大空洞の未来を決める一戦だからな。
みんな顔色が悪い、きっと今までは大した犠牲も出ない小競り合いだけだったからだろう…… しかし今、目の前に広がる光景は地獄と呼ぶに相応しい。
戦場には数百の崩れ落ちたゴーレムと…… 数千のヒトの死体が転がっている…… 原型を留めていないものも多い、どうやら双方とも死体を回収する余裕すら無いようだ。
魔王討伐軍がやられていた光景を思い出す……
「確か…… 右側の陣営が『白嶺のキリマンジャロ』。左側の陣営が『青峰のブルマン』だったか……」
遠目で見ると兵力はほぼ互角、僅かにキリマンジャロの方が多いかな? だが誤差の範囲内だ。
よく見ると戦車のようなモノが見える、馬が引く古代の戦車じゃ無く、大砲をぶっ放す現代の戦車に似ている、ただし装甲は前面にしかつけられてないが。
列車と同じく蒸気機関だろう。
確かにあんなモノがある戦場で総力戦なんかやったら、双方に多くの死者が出るだろう。彼らは憎しみで戦っている訳じゃ無い、極力犠牲を出さずに戦争を終結させたいのが両陣営の共通認識なんだ。
しかし……
「なんて愚かなんだ…… 自分たちの置かれている状況が分かって無い……」
迫害を恐れて引きこもっていても事態は好転しない、そのうえ内輪揉めした挙句、導き出された結論が先代魔王の政策を引き継ぐ! とか言ったら世界中を敵に回すことになるぞ?
「明日、介入しよう。このバカ戦争を終わらせて、大空洞に新魔王の威光を知らしめる」