第116話 噂
第1領域・浮遊大陸『ギルディアス・エデン・フライビ』
俺達が帰り着いた場所だ。正直、ココにはあまり近づきたく無かった。
ウィンリーは気にしなくていいと言っていたが、わざわざ好き好んで最強の魔王に近づきたくは無い。
しかしこれは問題だ。転移先の座標を設定できないと、行ってはいけない場所に飛ばされる可能性がある。
世界の果てにある『禁断の地』、第4領域『ヘルムガルド』、第10領域『大氷河』、そして三つの浮遊大陸『ギルディアス・エデン・フライビ』『ラグナロク』『アリア』…… ダメな場所が多すぎる。
多分、世界の陸地表面積の半分ぐらいが立入禁止だ。
むしろギルディアス・エデン・フライビだったのは不幸中の幸いだったと言える。
とにかく寝た子を起こさないよう速やかに出ていくことにしよう。忍び足で……
『なかなか興味深い体験だったのぅ、主殿よ、次に行く時も我を連れて行けよ?』
「あ、アルテナずるい! 私も行きたいです! 今度は図書館に行ってみたい!」
引きこもりが外の世界に興味を持つのは非常に結構なことだが……
「アーリィ=フォレストは門を開きし者を習得すれば、一人でも行けるようになるだろ?」
「一人? 私が? 一人で外に出る? ………… 絶対に無理です!」
まぁ、直ぐにはムリか…… 焦る事は無い、千里の道も一歩からだ。
ドリュアスはショートカットしたくて仕方ないようだが、生憎とこの道は直線だ。抜け道も無ければ夜通し走ってくれる深夜バスも無い。
その後、ホープを呼び出し乗り込み、大森林へ向けて飛び立つ。眼下にはのどかな風景が広がっている……
「前から思ってたんだが、ギルディアス・エデン・フライビのにはどの種族が住んでるんだ? 龍人族って殆んど数がいないハズだろ?」
「ココに住むのは多種多様な種族ですよ。第12領域と同じような感じです」
「てコトは、人族も?」
「もちろんです。と、言うよりギルディアス・エデン・フライビに住み着いている種族で一番多いのは間違いなく人族ですね。次が妖精族でしょうか?」
なるほど…… 第12領域と同じか……
「山の奥には巨人族の集落もあるし、妖魔族の城なんかもあります。今は主の居ない城ですけど……」
「ん? 主の居ない城?」
「神代書回廊に記されてましたよ? 妖魔族の没落貴族・ヴァルトシュタイン家の城です。カミナ君達がやっつけた!」
「あぁ……! ココで泥に塗れた没落ライフをエンジョイしてたのか…… 余計な野心を出さなければ死なずに済んだモノを……」
「他にも少数ながら鬼族や有翼族、人魚族に耳長族、炭鉱族や獣人族も。
ただし機人族だけは住んでいないようです。神代書回廊にもそういった記述は無かったです」
「人魚族ってどこに住んでるの? 海無いじゃん」
「大きな湖がありますからそこに」
あぁ、なるほどね。
「この浮遊大陸に住んでいるヒトは、全て前大戦時に移住した者たちの子孫なんです。あ、有翼族だけは入れ替わってるかも知れないですが」
もしかしたらシニス世界の楽園村も、ココと同じようなモノなのかもな。空を飛べる有翼族だけが自由に出入りできる…… そう言えば妖精族の一部は空を飛べるはずだが…… まぁ妖精族は小型種族、言ってみれば鳥と虫くらい違う。ここまで来るだけの飛行能力は無いのかもな。
それにしても…… やはりココでも人族が一番多いのか…… やはり生物的に弱いせいか繁殖能力が高い。
性欲が強いとも言い換えられる。俺が言うんだから間違いない。
「ここギルディアス・エデン・フライビには幾つもの国が存在しており、結構自由気ままに暮らしてるんです。何せココは地上の戦争とは無縁ですからね。
危険があるとすれば…… 空の魔物とか…… 後はアリアの雨くらいですかね?」
それはかなり重大な危険ではなかろうか? もっともそれは上でも下でもどちらでも起こり得る事か。
「外界から切り離されて1200年、独自の文化ってのも築かれてるんです」
「そう言えばデクス世界にも似たような場所があったな、何とか高地って言ってそこのテーブルマウンテンには独自の生態系があるんだよな」
「それは…… 実に興味深いですね! 生態系が違うってことは何億年も隔絶されてるんですか?」
「多分な、その百科事典にも乗ってると思うぞ?」
「おぉ! 早く帰って読みたい!」
ここでは読まないんだ……
なんて思っていたら、アーリィ=フォレストはアッサリ寝てしまった。興奮が治まり疲れが出たのだろう。1200年ぶりのお出掛けだ…… 無理もない。
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キング・クリムゾンに辿り着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
外出時間はおよそ半日…… 帰って来るのに時間が掛かり過ぎた。
『お帰りなさいませ…… アーリィ様は寝て居られるのですか?』
「あぁ、無理に起こすのも可哀相だからな」
アーリィ=フォレストは俺の背中で寝息を立てている、僅かに…… 微かな…… 意識を集中させなければ見落としてしまいそうな膨らみが感じられる……気がする。
『カミナ様、申し訳ありませんがアーリィ様を客間へ運んでいただけますか?』
「あぁ…… ん? 客間?」
あの引きこもり部屋は関係者以外立ち入り禁止なのか。
まぁ、気持ちは分かる。俺もお楽しみ部屋は不可侵領域にしてたからな。
その内新たなお楽しみ部屋を作らなきゃな、それよりもいっそのコト近所にセカンドハウスを購入してそこに移すか? いや、管理できなくなるのは危険だ! あれほどの芸術品、盗まれたら困る!
『カミナ様?』
おっとイカン、またしても妄想に花を咲かせてしまった。いつまでもちっぱい魔王を背負っていると別の妄想をしてしまいそうになる。
「あぁ、悪い、案内してくれ」
ちなみにアーリィ=フォレストは丸一日起きて来なかった……
疲れもあったし、無理矢理生活リズムを変えさせた影響かな? てか、体力無さすぎだろあの子……
『カミナ様、アーリィ様は何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?』
「いや、むしろこっちが助けてもらったよ。いろいろ事情があって向こうでは目立つ事は出来なかったんだ」
『目立つ?』
「アーリィ=フォレストの世界樹女王を見たんだが、凄いなアレ。流石は第7魔王、強い!」
『アーリィ様の世界樹女王を見たんですか? いえ、アーリィ様が見せたんですか?』
「ん? あぁ」
『そうですか……』
なんだ?
『アーリィ様も以前仰っておりましたが、本来魔王同士は互いの力を奪い合う関係にあります。にも拘らず自らのギフトを見せるという事は絶対の信頼が無ければあり得ません』
ウィンリーは最初っから普通に見せてくれたから忘れてたけど、そう言えば魔王同士の信頼関係はあり得ないって言ってたな。
いや、それは魔王に限った話じゃ無い。
自らの力を他人に見せるのは相当のリスクを伴う。つまり……
『アーリィ様はカミナ様の事を本当に信頼されているのですね…… 計画通りに……』ニヤリ
今この精霊、凄く悪い顔したぞ…… まるで記憶を取り戻した新世界の神みたいな……
俺も気を付けよう、如何に魔王でも心臓麻痺はヤバイ気がするし……
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翌日、アーリィ=フォレストが起きてくるのを待つ間、ドリュアスにクラン・クランのメタボ対策を教えてもらう。
「そう言えばさ、アーリィ=フォレストって耳長族の里に影響力とか持ってるのかな?」
『? 何故そのような事をお聞きになるのです?』
「いや、先代第6魔王は世界中に迷惑かけてたけど、特に耳長族を目の敵にしてただろ?
でも今の新しい第6魔王は耳長族と人魚族が険悪になるのを望んでないんだ」
『なるほど…… つまり今までの事は水に流して、人魚族と友好的に付き合っていくよう頭ごなしに命令したいワケですね?』
「何か言い方に悪意を感じるんだが……
実際問題、人魚族達は今回の戦争には一切参加して無かった。
先代第6魔王の独断で行われた戦いだ、耳長族達の憎悪の対象はあくまで魔王ミューズ・ミュースだ」
『確かに…… そうかもしれませんね……』
「今はチャンスなんだ、今の内に友好関係を構築しないと、この後何十年…… 下手をしたら何百年と険悪ムードが続く。それは双方にとって望ましくない状態だ」
『一理ありますね…… 確かに種族間がギクシャクしても得になる事はありませんからね。分かりました』
おぉ、やったぞ! お許しが貰えた、では早速アーリィ=フォレストに…… あれ?
よくよく考えたら、引きこもりの魔王様に如何ほどの影響力があるのだろう?
本人も言っていた、「キング・クリムゾンさえ無事なら、他がどうなろうと割とどうでもイイ」と……
こんなセリフを事も無げに言ってのける魔王にどれ程の影響力があるのだろうか?
『カミナ様が懸念されている事も分かります。確かにアーリィ様に耳長族への影響力はございません』
やっぱり…… じゃあどうしよう? ミラが直接エルフの隠れ里に赴いて、友好を頼むしかないか?
『わたくしがアーリィ様に変わり、耳長族に命じて来ましょう』
「え?」
命じる? この精霊さん、そんなに大物だったのか?
『普段からわたくしはアーリィ様の名で、耳長族達に指示を与えておりましたから』
おぉう! なんてこった! 魔王様の名を騙るとは命知らずにも程があるぞ? それって詐欺じゃ無いのか?
『こんな所に引きこもっていても、外界との繋がりを完全に切る事は出来ないのです。
主に通販で商品を注文した時とか……』
謎が解けた…… やはりあの鞭は通販で買ったモノだったのか……
情報は神代書回廊から、食べ物なんかは自給自足できても、衣服や小物、ペットボトルなんかは自作できまい。
だからこの優秀な精霊さんは魔王様の名を語って、少しばかりの外界との接点を作っておいたのか……
実に優秀な精霊だ、一家に一台欲しいくらいだ。
「オファヨゥゴジャマ~ス」
アーリィ=フォレストが謎の言葉と共に現れた。恐らくオハヨウゴザイマスだろう。
時刻は午後10時…… 遅すぎるよ。
しかもダボT一枚という俺好みの格好をしている…… 初めてあった時より遥かにだらし無い格好だ。
今度は彼女にジャージをプレゼントしよう。引きこもりのユニフォームだからな。
「ドリュア~ス、私たちがいにゃい間ににゃにかあったぁ?」
にゃ…… にゃですって奥さん、何故かアーリィ=フォレストの株が上がった気がする。
『そうですね…… キング・クリムゾンに関することは特にありませんが、第12領域の極一部に妙な噂が流れています』
「みょ~なウワサ?」
『はい…… 第3領域・浮遊大陸アリア消滅……と』
は? 何だって? 俺は難聴系主人公ではないが、本気で聞き取れなかった。
アーリィ=フォレストも一瞬で目が覚めた様子で聞き返した。
「アリア消滅? 真偽は?」
『不明です。しかしここ数週間の情報を洗い直してみると、ある日を境にアリアの目撃情報が無くなっていました』
「………… ある日って?」
『今からおよそ3週間前、第6魔王ミューズ・ミュースが討たれた日です』
バカな…… そんな運命じみた事が実際に起こるというのか?
ヒトに仇名す魔王の中で一番厄介なあの人が居なくなってくれるなら、これほど有難い話は無い。祝日にしたって良いくらいの朗報だ。しかし……
『今はまだ第12領域の片田舎での噂話に過ぎませんが、いずれ首都ガイアにも伝わるハズです。そうすれば一気に世界に広がっていく事でしょう』
「なぁ、ドリュアス。その片田舎ってのはドコなんだ?」
『第12領域の東に浮かぶ二つの島国があります。その東側の国『クラウニア王国』です』
クラウニア王国…… トゥエルヴ4王国の一つか、要するに第12領域の東の果ての果てだ。
確か海産物が安くて美味く、特にロブスターが名物の国だ…… ってミラが言ってた。
「アリアが落ちるなんてコト…… あり得るのでしょうか?」
アーリィ=フォレストが独り言のように呟く…… 俺も全くの同意見だ、これはあくまでも片田舎での噂に過ぎない。自分の目で見なければ信じられない。
しかし火の無い所に煙は立たぬ…という諺もある。仮にこの噂が真実だとして、一体何が起こったのだ? 俺が戦ったのは第6魔王であって、第3魔王では無い。
最凶の魔王とまで呼ばれるアイツが簡単に死ぬとは思えない。
もし、誰かに魔王マリア=ルージュ・ブラッドレッドが殺されたのだとしたら、その魔王の力を受け継いだ者がいるハズだ。
魔王の力を唯一完全に消滅させる事が出来る勇者は、海の底で俺にフルボッコにされていたんだからな。
「この手の「良い噂」はどんどん尾ひれが付き真実とはかけ離れていった内容になっていく傾向があります。
エクリプスの神撃みたいに……」
なるほど…… もっともな話だ。もしこのままアリアが現れなければ真相は闇の中だな。証拠でも見つかれば話は別だが……
「帰ったら調べてみるか、あまり期待は出来ないが」
「あ…… お帰りになられるのですね?」
そんな捨てられた子犬みたいな目をするな。なんか俺が悪いコトしてるみたいじゃないか。
「あ~~~…… 今度は神術教えてもらいに来るから…… イイか?」
「は…はい! いつでもお越しください! お待ちしております!」
う~ん…… この分だと本当に俺のハーレム入りしそうな勢いだな…… 別に異存はないが…… ま、いいか。その時はその時だ。取りあえず今は五大魔王同盟ってコトで。
気が付いたらいつの間にか全魔王の過半数近くの同盟になってたんだな……
あ、そうだ。帰る前にひとつだけ……
「さっき話しに出た「エクリプスの神撃」、アレやったの琉架だぞ」
「へ?」
探究者の知識を一つ満たしてやる事が出来た。