第11話 第5魔王・前編
「…………………………ん?」
この幼女、今とんでもない事言わなかったか?
『第5魔王“風巫女”ウィンリー・ウィンリー・エアリアル』
魔王? 第5魔王? 魔王ってなんだっけ? たしか恐怖の象徴だっけ?
「余の事は好きに呼ぶといいぞ、あだ名でも可じゃ」
恐怖なんか欠片もねーじゃねーか!!
「え~っと、じゃあウィンリーちゃんって呼んでもイイ?」
「ウィンリー……ちゃん……えぇのぅ、それえぇのぅ!」
あの~琉架さん、今の話聞いてましたよね? なんで普通にスルーできるの?
俺がおかしいのか? 確かに少しテンパってる気がする。落ち着け俺、クールだ! クールになれ! 素数を数えるんだ!
「おぉ~何かテンション上がるのぅ! さあ願いを言うみい! 余は今テンションMAXじゃ!!」
………………ダメだ、頭が働かない。あの幼女を見ていたら完全に頭がショートしてしまった。
「……うん、それじゃ……ダメだったら断ってくれていいんだけど…………」
「なんじゃ? なんでも言うてみろ! 今の余は何でもできる気がする!」
「……と……友達になって下さい」
「友……達……?」
「ダメ……ですか?」
ウィンリーの顔がどんどん笑顔になっていく。おぉ~百点満点の笑顔だ!
「友達! 友達!! 私ルカと友達になる!!」
おいおい魔王様、一人称が変わってるぞ? もしかしてその尊大な喋り方ってキャラ作ってたの? それともただ単に素が出ただけか?
「あ……うん! 友達!! よろしくウィンリーちゃん!」
琉架も超笑顔だ。そうか初めての女の子の友達だもんな。とても微笑ましいのだが、何かが著しく間違っている気がする、何かって何? そんなの相手が魔王だからに決まっている! いいのか? 本来倒すべき存在の魔王と友達って……
考えても答えが出ない、まあいいか、すっげー嬉しそうだし。ただし、魔王と友達ってことはオリジン機関には知られない様にした方がいいな、色々面倒そうだし。
「クフフ、友達……初めての友達じゃ♪」
どうやら魔王様も友達が居られなかったご様子。それも当然か、なにせ魔の王だからな、友達なんて作れなかったのだろう。それなら筋金入りのボッチである俺と琉架にも魔王の素質が有りそうだな。
「の……のう、カミナよ……」
「ん?」
ウィンリーがモジモジしながら話しかけてくる。なんだ?
「お主とルカは友達なんじゃろ?」
「? あぁ、友達だ」
「じゃ……じゃあルカと友達の余は、お主とも……友達かの?」
なにこの魔王、超可愛いんですけど。おかしいな俺はロリコンじゃ無いはずだ。ツルペタには興奮しないぞ?
ウィンリーが顔を赤くして上目使いで見てくる。どうやら魔王様は欲張りらしい、初めての友達という喜びを倍にしたいようだ。ならば乗るしかないこのビッグウェーブに!!
「あぁ、もちろん俺とも友達だ! よろしくウィンリー!」
爽やかフェイスで歯を光らせてウィンリーと握手する。
やっちゃった……これで俺も魔王の友達だ。
だがどうしてだろう、たとえ相手が幼女魔王だとしても、友達が出来たことが純粋に嬉しい。俺って寂しい青春を送っているんだと痛感させられる。
その後、三人で輪になって手を繋ぎクルクル回りながらきゃっきゃっと騒いでいる。ナニコレ? 俺だけは作り笑顔だが。
目の前の幼女を見ていると、俺が思い描いていた魔王像がどんどん崩れていく。第3魔王は圧倒的な威圧感を放っていた、あれぞ正にラスボスって感じだ。しかしウィンリーはどうだ? 喋り方こそアレだが、まさに純真無垢だ。どことなく琉架に通じるモノがある。
「今日はイイ日じゃ! イイ出会いがあった! さぁカミナよ、願いを述べよ! どんな願いでも余は頑張るぞ!」
なんとも可愛らしいことを言う、しかしよくよく考えればコレはチャンスだ! 俺は魔王のことを調べようと思っていたのだ。こんな所で魔王本人のことを知る事ができるなど絶好の機会じゃないか。ならば……
「俺の願いはウィンリーの事を……いや魔王の事をもっとよく知りたい。どんな事が好きで、どんな事が嫌いで、どんな事を思うのか。俺はその全てが知りたい」
「ふぇ!? な……なにを、そんな……いきなり…………は……早すぎじゃないか?」
「そんなことは無い! 俺は魔王の事を知りたいとずっと思っていた。今日ここでウィンリーと出会えたのはまさに運命だ!」
「う……! ん……! 運命って……そんな……」
おや? 照れてる? 何か間違えたかな??
「そ……そこまで言うなら、余の全てを教えてやる……ただし、ふ……二人の事も余に教えてたも?」
「いいよウィンリーちゃん! ね、神那、いいよね?」
「あ~……あぁ、もちろん……」
あれぇ~? 何かニュアンスが微妙にズレてる?
しかし今更「あ、ゴメン、ウィンリーの事はいいから、他の魔王の事教えて?」なんて言えない。そんなこと言ったらウィンリーはおろか琉架にまで嫌われそうだ。仕方ない、この路線で他の魔王の事も少しずつ聞き出して行こう。
「じゃあ素朴な疑問から。ウィンリーはなんでこんな所……砂漠のど真ん中に腹ペコ状態で落ちてきたんだ?」
「うむ、それか……それはじゃな……う~実は今日の午後からリハーサルがあっての、それが毎日あるものだから……その……嫌になって逃げ出してきたのじゃ……ふ、普段はちゃんとやっておるぞ!?」
「リハーサル? リハーサルってなんの?」
琉架が疑問を口にする。俺も同じ気持ちだ、なんだよリハーサルって?
「うむ、コンサートじゃ」
は? 魔王の口から予想もしていなかった言葉が吐き出される。意味が分からない。
「こう見えても余は人気アイドルじゃからの」
その時、魔王の概念が崩れ去った。どうやら俺は間違っていたらしい、てか俺の耳からケムリ出てない? 脳みそが焼き切れそうだ……
「ウィンリーちゃん凄い! アイドルなの!?」
「うむ、民たちが望んでおるからの」
ウィンリーがドヤ顔で言う。こっちはそれ所ではない。
今まで積み上げてきた先入観は全て捨てよう。完全に未知なる者として新しい魔王像を構築するんだ。そうしないと今にも気絶しそうだ。
「なぁウィンリー、魔王ってのはみんなそんな感じなのか?」
「ん? そんなことないぞ、余の知る限りでもず~っと何もせずに眠りつづけている者も居れば、狂ってしまって目的もなく世界中を歩き回っている者もおる、かと思えば引き籠って魔法とは違うものの研究ばかりしている者も居れば、圧政を強いて支配している者だっておる」
なるほど、魔王も千差万別だな……色んなタイプが存在する。むしろウィンリーは特殊なケースらしい。
「ウィンリーちゃんは普段、空の上に住んでるの?」
「おぉ、よくぞ聞いてくれた。第5領域「大空域」の雲の城「スカイ・キングダム」こそが余の居城じゃ。そこに有翼族の民と暮らしておるのじゃ、ほれあそこに見えるじゃろ? 少々遠くへ行ってしまったがあの雲がスカイ・キングダムじゃ」
第5領域「大空域」ってのは、この世界の空すべての事だよな?
ウィンリーの視線の先には巨大な雲の塊が浮かんでいる。普通の雲より高い所にあるようだ。何でだろう、俺はここでボケをかまさなければいけない気がする。
「あれはまさか……龍の巣か!?」
「龍? 確かに何匹か飼っておるが、本来龍は地上に巣を作るモノじゃぞ?」
俺のボケに答えてくれた、てか飼ってるんだ……龍……
「それより、二人はどこに住んでおるんじゃ?」
「今は首都ガイアの宿暮らしだけど、私と神那はもともとデクス世界で暮らしてたんだ」
「なんと! 二人はトラベラーだったのか?」
有翼族は俺たちの格好(制服)を見ても奇抜だとは思わないらしい。うむ、妖精族より好感が持てるな。いい種族だ。
「うん、まだこっちに来て1ヵ月程しかたってないんだよ」
「そうか、こっちに家はないのか、二人が自由に空を飛べるのなら、余の城に二人の部屋を用意したものを……」
「あはは、じゃあいつか空を飛べるようになったら、遊びに行ってもイイ?」
「! おぉ待っておるぞ! いつでも来てくれ!」
確かに飛翔魔術は存在するが俺と琉架には相性が悪いんだよなアレ。膨大な魔力を消費する上、繊細な魔力コントロールが必要なんだ。アレを使いこなせる奴はほとんどいない。
「一つ気になったんだが、ウィンリーは他の魔王と知り合いなのか?」
「知ってはおるが1000年以上、会っておらんぞ」
え? ……1000年? そうだよ、俺としたことが完全に失念していた。有史以来、魔王が倒されたことって無いんだった。限りなく不老不死に近い存在。つまり最低でも2400年以上生きてるんだ……ロリババアじゃねーか! 幼女の外見に騙された! 魔王になった時点で成長が止まる。それは身体的成長だけでなく精神的成長も止まるらしい、ウィンリーは子供の頃に魔王になったから未だに子供の精神を宿している訳か……
「他の魔王は嫌な奴ばかりじゃ」
お子様魔王にとって他の魔王は嫌な大人ばかりらしい。分かるぞその気持ち、俺もかつて大人が嫌いな時期があった。ならばと質問してみる。
「第11魔王 レイド・ザ・グレムリン・フォースって知ってるか? 遊び半分で第12領域に攻め込んでくるヤツ。俺たちは近々ヤツを排除しようと思ってる」
「あのイタズラ者をか? ……排除してくれるのであれば嬉しいのじゃが……う~む」
「何か問題でも?」
「いや……二人は第8魔王を知っておるか?」
もちろん知っている。
『第8魔王“侵略者”ウォーリアス・アンダー・ザ・ワールド』
征服欲が高く常に他の魔王の領地へ侵略を続けている、炭鉱族出身の魔王。
炭鉱族を奴隷の様に扱い、手駒として戦争に駆り出す。100年前には炭鉱族を絶滅寸前にまで追い込んだ魔王戦争を引き起こした最悪の魔王。
「そやつがの第11領域ムックモックへの侵略準備を始めたらしいのじゃ」
なにその有力情報!
「レイドの奴がお祭り戦争を始めおったじゃろ? どうも手薄になったムックモックを狙っておるようじゃ。タイミングを間違うと二人がそれに巻き込まれる恐れがある、余はそれが心配じゃ」
「確かに……だがうまくタイミングを計れば、漁夫の利を得られるかもしれない。ありがとうウィンリー! すごく役に立つ情報だ!」
「そ……そうか? 役に立てたかの? それならよかった。じゃが二人ともいくらギフトユーザーだとしても油断は禁物じゃぞ?」
え……?
「あれ? ウィンリーちゃんなんで私達がギフトユーザーってわかったの? まだ教えて無かったよね?」
「うむ、これが『魔王の緋色眼』の特性なんじゃ『相手のオーラが観える』。まあ、目安にしかならんがの」
「魔王は全員その緋色の眼を持ってるのか?」
「うむ、右眼が赤いのは3人だけで残りはみんな左眼が赤いらしい、余はレアな方じゃ。もっともオーラが観えるという特性に違いは無いがの」
オーラの観える緋色眼、初めて聞いた。魔王にそんな共通の外見的特徴があったとは、しかしこれで見た目に騙されなくて済むぞ、たとえ相手がお子様でもヨボヨボの老人でも……眼さえ見えていればだけど……
「二人はこちらの世界に来て直ぐのわりには、魔王の事とか随分詳しいみたいじゃのぉ」
あ、気付いちゃったか……ふむ……どうしたものか……
「あのね、私と神那は特別なんだ……」
お? 喋っちゃうのか? ……ここは琉架に任せるか。
「私たちは特別に強力なギフトを持っているから、オリジン機関っていう所で教育を受けたの。その目的は……人族に有害な魔王の排除だったの」
「魔王の……排除……?」
「ゴメンね? 気を悪くしちゃった?」
「余もその『おりじん機関』とやらの排除対象なのか?」
琉架が思い切り首を振る。
「最優先目標は第11魔王、あと危険視されてるのは第3、第8、第9魔王。要注意なのが第6魔王って言われていたの」
「ふむ、厄介な奴らばかりじゃの」
「ホントはね、ウィンリーちゃんにはこの事、黙っておいた方がいいかなって思ってたの。せっかく友達になれたのに嫌な思いさせちゃうかなって……」
「…………」
「もしかしたら嫌われちゃうかもしれないけども……でも、友達だからこそ本当の事を話さなきゃいけないって思ったの……」
そういえば琉架は自分のギフトの本当の能力『時由時在』の事を俺に隠していたことに罪悪感を持ってたな……この子はちょっと真っ直ぐすぎる。だけど……
「ふむ……ルカは誠実じゃのう……」
琉架がいつぞやのエルリアみたいな判決を待つ被告人みたいな顔をしている、怯えているのがよく分かる。
「……余はそんなルカが大好きじゃぞ」
琉架が涙を浮かべながら笑顔になる。そしてウィンリーを思い切り抱きしめた。相変わらず琉架の涙腺はユルユルだな。すぐ泣く。
「そ…それで……カミナは……カミナはどうなのじゃ?」
ウィンリーが不安そうな表情で聞いてくる。こっちも被告人みたいな顔をしている。君たち心配しすぎだ。
「もちろん琉架と同じ思いだ。たださっきの話の補足をさせてもらうと、実はオリジン機関でもウィンリーの情報は殆ど無かったんだ、正直に言うと、名前くらいしか伝わらなかったんだ」
「な……なんじゃと!? 余はそんなに知名度が低いのか?」
ウィンリーが本気でへこんでる、そんなにショックな事なのか?
「そうじゃなくって、オリジン機関の情報はシニス世界からの帰還者によってもたらされたから、人族、もっと言えば人型種族にとって敵じゃないウィンリーの事は調べられて無かったんだよ」
「そ……それが知名度が低いということじゃないか?」
あ、またしても気付いちゃった。言いくるめ失敗。
「悪い事じゃないさ、下手に偏った情報がもたらされてたら、俺たちはきっと友達になれなかった」
「むぉ!! そ…それは困る!! ルカとカミナは余の大切な友達じゃ! 友達になれないなんて嫌じゃ!」
本気で慌てる魔王様。この子は表情がコロコロ変わって見てて飽きないな。
「あぁ、俺もウィンリーと友達になれて本当に良かった。今日出会えた運命に感謝だな」
またしてもイケメン風の爽やかフェイスでニカッと笑う。もちろん歯を光らせるのも忘れずに。
するとウィンリーの顔が真っ赤になる。チョロいな、いやここは純真無垢と言っておこう。
「そ……そうじゃ、運命じゃ! 余とルカとカミナは運命で結ばれておるのじゃ!」
何か妙な言い回しだったが、良しとしよう。より信頼が深まった気がするし。
「と……とにかく、魔王と戦うというのであれば知っておいた方がいい事が一つある」
お? 何か攻略情報をくれるのかな?
「魔王と戦う時は『限界突破』に気を付けるのじゃ」
限界突破? 何とも暗黒臭い単語が飛び出したぞ、ワクワクするね。
「簡単に言えば変身するんじゃ、と言っても髪の色が変わるくらいしか見た目の変化は無いがの。ハゲた魔王はおらんから恐らく全員共通じゃろう」
「見た目が変わる以外の変化は?」
「まぁ、身体能力の上昇と魔力総量の大幅アップ。ギフトの強化と言った所かの、ギフト能力自体は変わらんが、ようするに強さのレベルが一個上がるんじゃ」
シンプルだが結構ヤバい情報だった。たしかにRPGでもラスボスが変身するのはお約束だからな。
「つまり変身前の戦いで、既に限界だと思ったなら直ぐに逃げるんじゃ。二人に死なれたら……余は嫌じゃ」
「大丈夫だよ、偶然だけど昨日の夜、琉架とその話をしたんだ。危ないと思ったら俺の指示で必ず逃げ出すって、今日この話を聞けて良かった、危うく俺も判断ミスをする所だったよ」
いやマジで、ホントに助かった。
「ちなみにその『限界突破』は一回だけか? 二度三度と変身したりしない……よな?」
「うむ、一回だけじゃ。魔王特性じゃからの、全員共通じゃ」
ほ……助かった……結構絶望的な情報も多かったが、それだけに先に知れて良かった。
「うぅ……すまんのぅ……」
「え? なんでウィンリーちゃんが謝るの?」
「本当は二人を手伝ってあげたいんじゃ。余はレイドやウォーリアスの事が嫌いじゃから余計にの、しかしそれは出来んのじゃ……」
「出来ない? 何かルールでもあるのか? 魔王協定的なモノとか?」
「そうではない、ただこれでも余は民を統べる王なのじゃ、むやみに他魔王と事を構えると民たちを戦争に巻き込んでしまうんじゃ」
おぉ、見た目も中身も子供の魔王様なのに随分と立派な事を言う。俺はこの子の事を見くびり過ぎていたかもしれん。
「ウィンリーちゃんが謝る必要なんて全く無いよ! むしろ私たちのせいで悩ませちゃったこと悪いと思ってるんだから」
「あぁ、ウィンリーには感謝してるんだ、だからそんな申し訳なさそうな顔をしないでくれ。その笑顔を曇らせてしまった事の方が俺たちには堪えるんだ」
歯の浮きそうなセリフを言う、が、割と本気でそう思っている。今回得られた情報はマジで役に立つ。まさか百足龍倒しにきてこんな情報が得られるとは、これこそ正に僥倖ってやつだ。
「今回得られた情報は、出来るだけ広めないようにするよ。特に魔王しか知りえないような情報は俺と琉架だけの胸に収めておく」
「よ…よいのか? それで……?」
「いいんだよ、ウィンリーちゃんが私たちの事を大事に思ってくれる様に、私たちもウィンリーちゃんの事が大事なんだから」
ウィンリーが泣きながら照れてる。やっぱりこの子と琉架は似ているな。
ボッチ経験者である俺なんかは数少ない友達を大事にしないとな。という訳で決意を新たに、心に誓う。
ウィンリーが嫌いな第11魔王、レイド・ザ・グレムリン・フォースはぶっ殺す方向で行くことを!