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レヴオル・シオン  作者: 群青
第三部 「流転の章」
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第115話 世界樹女王 ― ユグドラ=シル ―


 俺が最善手を考えていると、急におっちゃんが声を上げた。


「おぉ!? お嬢ちゃん、何だそれ? よく出来てるな?」


 ? 見るとアーリィ=フォレストはフードを外し、長い耳を露出させていた。おいおい、目立つの嫌いじゃないのか?


「と……特殊メイクですよ! それよりどうした? アーリィ=フォレスト?」

「カミナ君、この世界には魔物はいないんですよね?」

「あぁ、魔物はいないな」

「街路樹が警戒音を出してます。この音は何かが起こる前触れなんですよね」


 警戒音? 木々の声を聴けるという耳長族(エルフ)の種族特性か? 長い耳がピクピク動いてる。素晴しいギミックだ、こんなダメ魔王でも思わずペロペロしたくなる…… いや、それよりも今不吉な事言わなかったか?


「警戒音って具体的には?」

「主に自分の身に危険が迫っている時に発する音です。樹は自分では動けないですが、周りのモノに知らせる事で危険を回避してもらうんです」


 一種の共生と言うヤツだろうか? 周囲の生き物に助けてもらう為に、いち早く危険を知らせる。シニス世界ならともかくデクス世界で警戒音を鳴らしても、誰にも届かない気がするんだが?


「つまりそれは……」

「なにか危険が迫っているのではないでしょうか?」


 やっぱそうだよな? 事故や天変地異の可能性もあるが…… テリブルかな?

 ヤバイ……俺も暗い部屋が恋しくなってきた……


「お前等それは何のコスプレなんだ? そういう設定なのか?」


 おっとしまった! おっちゃんに暗黒臭いセリフを聞かれた。

 魔王の密談を聞かれてしまっては仕方ない、コイツ始末するか?


 まぁ、顔見知りでも何でもないしほっといてもイイんだけどね? 一応避難勧告だけはしておくか。


「おっちゃん、シェルターでも何でもいいから逃げた方が良いぞ?」

「HA!HA!HA! そいつはおっかないな、一体何が起こるんだ?」


 それは分からないが、アーリィ=フォレストがそんな意味の無い嘘をつくとは思えない。ましてや魔王様のお言葉だ、絶対何かある。



 ウゥゥゥ~~~~~!



 その直後、警報が鳴りだした。


「お……おい! まさか本当に?」

「いや、偶然ですよ」


 無駄だろうが一応誤魔化しておく。

 案の定無視された。おっちゃんが慌ててテレビをつけるとお天気カメラからの映像っぽいのが映し出される。

 この街の全景だろうか? 空には何かどっかで見た事のあるモノが浮かんでる…… またかよ……


「オイオイ、コイツはまさか…… αテリブルか!? とうとうこの街にもやってきやがったのか!?」


 前に第三魔導学院に現れたドライヤー型……じゃない、空母型の大型テリブルだ。

 しかもなんかバージョンアップしてる、二連ドライヤーだ。拡散波動砲とか打ちそうな感じだ。


「こりゃ大変なことになった! 早く避難しなければ、車に乗せてってやるからお前らも来い!」


 おっちゃん見た目通り人が良いな、有難い申し出だが俺達はこれ以上 人に見られる訳にはいかない。


「今は(腹一杯で)動けない、おっちゃんは先に逃げてくれ。ココは俺が食い止めるから!」

「馬鹿言うな! 子供を置いていけるか! 俺が担いでいってやる!」


 ちょっ!? 止め!? 今 腹を圧迫されるとマジで吐く! えぇい!仕方ない!


 チク!!


「ウッ!?」


 俺は自称少年探偵ばりに『睡眠針(スリーパー)』で華麗におっちゃんを眠らせる。

 悪いなおっちゃん、チョット寝ててくれ。


 おっちゃんはその場でヨタヨタとよろめいた後、数歩歩いた所で…… その巨大な体は前のめりに倒れていった。


 ドガシャァァァァァーーーン!!!! カラカラカラ~ ……パリン!


「…………」

「…………」


 何故こうなった?


 体重100kgオーバーのおっちゃんはテーブルを破壊し、見事に顔面から倒れていった。

 そんな馬鹿な! 睡眠針で眠らされた者は「フニャ」とか「ハラホロヒレハレ」とか言いながらフラフラした後、無事に座って口が見えなくなるんじゃ無いのか!? こんな大惨事が起こったら毎回救急車を呼ばれるぞ?


「え……と、カミナ君…… コレはあんまりじゃないでしょうか?」


 誤解だ! 俺は犯人じゃ無い…… いや、俺のせいだが、こんなつもりじゃなかったんだ!

 ゴメンよ、人の良いおっちゃん。マジで……


 取りあえず俺が適当に持ってきたD.E.M. の財宝から一つ選んでそっと置いておく…… 慰謝料替わりってことで。コレで良し。


 さて、後はあのテリブルをどうするかだ……


 …………


 よし、逃げるか。今の俺はこの世界にいないハズの人間だ。αテリブル退治はダインスレイヴ(笑)に任せればいい。職務放棄だが仕方ない。

 って、アレ? 今ダインスレイヴは大和に集結してるんだっけ? どんなに急いでも駆けつけるのには10時間は掛かるな……

 おおぅ…… コレは参った、ダインスレイヴが大和にいるのは俺と琉架の尻拭いの為だ。

 それなのにこっちは無視して逃げるってワケにもいかないか…… しかし…… だったらどうする?

 あんな奴、第2階位級魔術一発で落とせる。だがコレは使えない。何故なら第2階位級魔術が使えるのは恐らく俺だけ…… この世界にいないハズの人間だ。使ったら一発でバレる。

 それは後々面倒な事になる。


 こうなったら連続ジャンプでアイツの体内に潜り込んで、内側から落とすか? 腹一杯であんまり動きたくないんだが…… 仕方ないか……


「あの……カミナ君、お困りでしたら私がなんとかしましょうか?」

「!?」


 なんて言った!? 今……まさか…… アーリィ=フォレストが言ったのか?

 引きこもりプロのアーリィ=フォレストが自ら働くと言ったのか!? バ……バカな!

 ここ1200年余り、自宅警備くらいしかしてこなかった筋金入りの引きこもりが…… こんな急激に変化するとは……! これが奇跡か!


「で……出来るのか? 前の時みたいにこの辺一帯を海に沈められると困るんだが?」

「うっ! だからアレは…! 色々な要素が絡み合い起こった不幸な事故であって、決して私一人ではあんなこと出来ません!」


 そうか、一抹の不安はあるものの、この申し出は有難い。

 こんな町中で核融合を使うわけにもいかないし、何よりアーリィ=フォレストの力を見てみたい。

 それにこの世界でなら他の魔王に見られる心配もない。唯一第12魔王だけはドコかで見ていそうだが。


「買っていただいた本のお礼です」


 こんな安物の百科事典でも恩を返そうというのか? なんて安上がり…… いや、義理堅いのか。

 この提案、有り難く受けさせて貰おう。



---



 最初にワープアウトしたビルの屋上へ移動した。

 見物人はいない。何故ならそれどころでは無いからだ。

 上空に留まるαテリブルの二つの口からは、小型種がどんどん吐き出されている。


 周辺では黒煙が上がり、時折り爆発音も聞こえてくる。

 下の通りにはすでに人影は無い、逃げ遅れた人達もシェルターに避難している頃だ。この辺りで逃げもせずに残っているのは俺とアーリィ=フォレストとあの人の良さそうなおっちゃんだけだろう…… もう一度心の中で謝っておこう、本当にゴメンナサイ!


「第6階位級 光輝魔術『偏光』ミラージュ」


 自分たちに光を歪める目くらましを施す。

 この世界ではどこかから望遠レンズで撮られている可能性もあるからな。念の為だ。


「それでは始めます、よろしいですか?」

「あぁ、お手並み拝見させてもらう」

「では……」


 アーリィ=フォレストが神杖をクルリと回し床を突く。


「地に蔓延(はびこ)り高みを目指せ、そして天を貫かん!……『世界樹女王(ユグドラ・シル)』!」


 言葉と同時に幻の樹が現れる。

 その樹はどんどん大きくなり、街を覆い尽くさんばかりに枝葉を広げていった。


 世界樹女王(ユグドラ・シル)…… 世界のどこかに生えている世界樹を召喚して使役できる能力…… デクス世界でも召喚できるのか……

 一体この樹はどこに生えているのだろうか? てっきりシニス世界のどこか…… 例えば禁断の地とかに生えてるのかと思ってたが、もしかしたら次元の狭間的な異次元空間、混沌の海に「世界樹の世界」みたいなのがあるのかも知れないな。そこから召喚しているのかもな。


「まずは街に降りた細かいのから処理しましょう。本屋さんや図書館が被害を受ける前に!」


 人命より知識優先か…… まぁ結果的には同じことだ。どうせ殆んど人は残ってないだろうし。


血吸い蛇(ヨルムンガンド)


 地面から大量の根が飛び出してくる。前に見た木製触手だ。道路が壊れていない所を見るとあれも幻なのだろうか?

 しかしテリブル達は根に囚われてる…… 実体があるのだ。

 なんだろう…… 質量を持った残像……的な何かか?


 ドクン!


 根が脈打つと、テリブル達のオーラが消える。命を吸われているんだ!

 世界樹は街に降りたテリブル達の生命を一匹残さず吸い尽くしている。凄まじい……


 街に降りた奴らを根絶やしにした根は、今まさに降下している奴等にも狙いを定め、次々と襲っていく。

 血吸い蛇(ヨルムンガンド)とはよく言ったモノだ…… その光景はまさに捕食だ。


「う~ん…… 元を絶たないとキリが無さそうですね? あの上のおっきいのを処理しますか」

「あんな上空まで根は届くのか?」

「もちろんです」


 αテリブルはかなり高い位置にいる、ここからの直線距離は5000メートル以上ありそうだが…… 届くのか。

 射程範囲もかなり広いようだ。


「でもアイツは別の攻撃で処理しましょう。余剰エネルギーもかなりありますし、アレが落ちたら大変ですから」


 余剰エネルギー? 吸い取った生命の事だろうか?



生命回帰(ヘル)


 世界樹から無数の小さな緑色の光が浮かび上がった。

 アーリィ=フォレストが神杖を上空のαテリブルへ向けると、それに従うように空を飛んで行く。

 右眼で見ると小さな光だが、左眼で見るとよく分かる…… アレは生命力そのもの、オーラの塊だ。


 光はαテリブルに触れると消え去った…… 見た目に変化は見られない。

 だが、オーラがトンデモナイことになっている。

 何と言うか…… オーラが溢れかえっている? てか、アレってパワーアップしてるんじゃないか?


「なぁ…… アレって活性化してないか?」

「カミナ君 流石です! 緋色眼(ヴァーミリオン)を使いこなしていますね!」


 やはり間違ってなかった…… え~と…… ホントに拡散波動砲とか撃ちそうだぞ? どうすんだよ?


「アレは過剰回復促進です」


 過剰回復促進…… それはつまり……


 エネルギーを過剰摂取したαテリブルは二回りほど大きくなった所で止まる。すると……


 ボロ……


 端の方から崩れ出した。

 過剰回復促進…… つまり強制的に細胞分裂を引き起こしたのか。

 細胞が分裂できる回数には限界がある。確かヘイフリック限界とか言ったか? つまり限界まで分裂した細胞に待っているのは『死』である。

 要するに今アイツに起こっている現象は老衰であり、寿命を迎えて死に至ろうとしているのだ…… 見た感じ「作られた生命体」っぽいアイツはテロメアも短そうだし…… 何となく。


 そう言えば生命魔術 唯一の攻撃魔術に同様の効果があったハズだ。生命属性自体が苦手だから俺にはまともに使えないが、恐らくそれとは比較にならないほどの威力があるだろう。


「ああやって仕留めると肥料になるんです。そうすれば世界樹が残さず食べてくれるんです」


 もはや肥料扱いか……


 僅か数分でαテリブルは塵も残さず消え去っていた。そして世界樹も同様に、何事も無かったかのように静かに消えていった。


「うん! 街にも被害は出てないし、私、良い仕事した!」


 俺は魔王アーリィ=フォレストを少々見くびっていた。

 まるで生と死を操るかのようなギフト…… 恐らく魔王や要塞龍の様に明確な寿命が無い生物だけが弱点なんだろう、拠点防衛ではほぼ無敵だ。

 紛れもないダメ魔王だが、この子は間違いなく強い。少しは尊敬の念を持って接するべきかな?


「これだけ働けば後100年はドリュアスにお小言いわれないで済む!ってくらい働いた!」


 …………


 ドリュアスに少しだけ同情した。



---



 その後、俺達は逃げる様にデクス世界を後にした……

 場所が場所だけにあっという間にマスコミが集まって来たからだ。


 アーリィ=フォレストとアルテナからブーイングされた。まだろくに観光もしていない、もっと色々な場所、デクス世界の文明に触れられるトコロに行きたいと…… こっちに来て10秒で帰りたいを連呼していたクセに…… まぁ、良い傾向だと思っておこう。

 今は興奮状態でテンションが上がっているが、引きこもり歴1200年の魔王をいきなり長時間外に出したらどんな副作用があるコトか……


 いずれゲートが安全に使える様になれば、こちらへの移住者や亡命者なんかもでるだろう。何せシニス世界は戦争中だ、戦火や迫害を逃れる為に絶対に出てくる。

 デクス世界でも異種族が普通になれば俺も安心して嫁を連れて来れるというモノだ。まぁそんなのは何年も先の話だろうが……


 とにかく今回はタイミングが悪い、金は無いは、αテリブルは出てくるは、マスコミ各社のヘリの大軍がやって来るは……

 条件が整ったら改めてゆっくりデクス世界を案内してやろう。






 余談だが……


 このしばらく後、アルスメリア西海岸の街・フリストーに新たな宗教が誕生した。

 その名も『神樹教』。

 突如現れた神樹が街を救い人々を助けたのだ。


 『セレスティアの神樹』と呼ばれこの先も永遠に崇められ、信仰されていくことだろう……


 その奇跡を起こした神の御使いが、怠け者の魔王とも知らずに……


 どちらの世界でも人間ってヤツは直ぐにこうだ。エクリプスの神撃だったり…… セレスティアの神樹だったり……

 真実を知ら無いってのは幸せな事だな。つくづくそう思う。




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