第114話 一時帰郷
目を閉じている……
閉じた覚えはないが、いつの間にか閉じている……
俺は今までにもこんな経験を何度もしている気がする。
いや、実際に何度もしているのだろう。
そして目を開いた時、そこに移る景色はそれまでいた場所とは全くの別物になっている…… いつもの事だ。
さっきまでいたのはキング・クリムゾンの地下1階、ジャングルの真ん中に建つのに虫の音一つ聞こえない場所。周囲には人っ子一人いない…… 少なくとも普通の“ヒト”は近づく事も出来ない…… そんな場所だ。
しかし今は俺の頬には風が当たり髪の毛を揺らしているのを感じる…… 少し臭う…… デクス世界特有の文明の匂いだ。僅かに潮の香りもする。
下の方からは雑踏の音…… ヒトの声、車の音、そんなモノが聞こえてくる……
たとえ目で見なくても確信が持てる。間違いない…… ここは ―――
『うぉぉぉぉぉ! ココがデクス世界か! 巨大で統一性の無い建物が大量にあるぞ! すっごいのぉ!!』
「うぎゃぁぁぁ! ヒトが……ヒトがいる! 帰りたい!帰りたい!帰りたい!」
…………
今回の神隠しのモノローグはちょっとニヒルな感じのカッコつけで始めようと思ったんだが…… 台無しにされた。
外野がウルセー!
所詮キャラに合わなかったという事か…… イイんだけどね? どうせ自己満足だし……
目を開く…… そこに映るのは都会の街並み。間違いなくデクス世界だ。
どこかのビルの屋上みたいだ。周囲に人は居ない、誰にも見られなかったのは僥倖だな。
俺達は今から飛び降りますってぐらいビルの屋上の際に立っていた。なんとも危険な場所に転移したものだ。風が強かったら落ちてたかもしれない、一応上空にワープアウトする可能性も考えていたから慌てないが……
見下ろせばたくさんの人と車が行き交っている。金髪が妙に多い所を見ると大和じゃ無い? ここはどこだ?
「カ……カミナ君! 実験は大成功ですね! それでは帰りましょうか?」
早すぎる…… 家を出て10秒で帰りたがるんじゃない! コレだから引きこもりは……
「太陽が眩しい…… 身も心も焼かれている気がする…… 暗い部屋が恋しい!」
お前は吸血鬼か? きっと淀んだ血が浄化されてるんだ、良かったじゃないか。
「カミナ君、臭いよ! こんな空気吸ったら病気になる!」
だから俺が臭いみたいな言い方すんな! 空気が悪いのは同意するが、こんなのすぐ慣れる。
「ココに1秒居るだけで、寿命が1年縮んでいく気がする……」
大丈夫、基本的に魔王には寿命は無い。気のせいだ。
「大体今日は何? お祭りでもやってるの? 何であんなに大量の人が居るの?」
通りを歩いているヒトは50人にも満たない…… お前の知る祭りってのはどんだけ寂れてるんだ? 本場の祭りなら下の通りはヒトで埋め尽くされてるぞ?
「もう無理、もう一歩も動けそうにない……」
さっきから一歩も動いてねーだろ。
「きっと私はもうじき死ぬ……」
ほぅ? 死因は一体なんだ? 魔王討伐の参考になるかな?
「カミナ君…… 最後にお願いが…… 私…… 独身のまま死にたくない……です」
俺は今、激しく後悔している。
アーリィ=フォレストを連れて来た事にじゃ無い。鞭を捨てた事にだ。
あのバラ鞭、持ってくれば良かった…… 今こそアレで容赦なくぶっ叩きたい! このダメ魔王を!
取りあえず魔王アーリィ=フォレストの最後の願いは無視する。
とは言え、実験の事ばかり考えていて、成功した時に何をするか考えてなかった。
向こうを出たのが朝10時、しかし日は高い、もう午後って感じだ。1日24時間はどちらでも変わらない、ならばここは…… あ、朝10時は大森林の標準時刻か…… え~と……するとココは……
そうだ、こっちなら普通にGPSが使えるじゃないか。携帯は持ってるんだからそれで調べればいいんだ。
魔神器から端末を取り出し位置を確認してみる。
「ここは…… アルスメリア西海岸の街・フリストー…… 第二魔導学院の近くか……」
と、いっても300kmくらい離れているが……
ザックとノーラは第一魔導学院の生徒だった、ならばこの辺りで偶然鉢合わせになる事も無いだろう。
しかしどうするか?
取りあえず家に俺と伊吹の無事を知らせるか? 後、琉架の家族にも。先輩と伝説君達は…… 学院にでも知らせとけばいいか? いや、まてよ?
そんな事を知らせれば当然オリジン機関にも伝わる。
今回は実験がメインの一時帰郷だ。オリジン機関に出頭する気は無い。そもそもどうやって戻ったのか説明できない。
無事を知らせる事が出来そうなのは、口止めが可能なウチの家族くらいか…… 琉架の家族にも知らせてあげたい所だが、アレだけ大きい家だと人の口に戸は立てられないだろう。
親にだけメールしておくか、俺はともかく伊吹の事は心配してるだろうし。秘密は絶対漏らさないよう念を押して。
「さて、せっかく来たんだから飯でも食ってくか?」
「はいぃ!? ほ…本気ですか!? あんな魑魅魍魎が溢れかえっているような下に降りる気ですか!?
よく見て下さい!! 人がゴミの様ですですよ!!」
おいコラ! 言うに事欠いてコイツは……
「あんなごみ溜めの様な所へ行ったら死にます!! 死んでしまいます!!」
ごみ溜めってのはお前の引きこもり部屋みたいな場所の事を言うんだよ。
お前こそごみ溜めの主じゃねーか。
しかし…… アーリィ=フォレストの引きこもり治療は荒療治が必要だな。
ハァ…… 仕方ない……
「あれぇ? もしかして俺に逆らうのか?」
「はうっ!? も……申し訳ございません! この命尽きるまで何処までもお供いたします!」
ちょろい…… コイツの引きこもり治療、すげー簡単だった。
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平日の昼間、ランチタイムを過ぎているので歩いている人はそれほど多くない。
にも拘らずアーリィ=フォレストは……
「ひぃぃぃぃ! カミナ君待って! 歩くの速っ!」
俺のシャツを掴み、へっぴり腰でついてくる…… 人とすれ違う度に今のような声を上げる。
ハッキリ言って目立って困る。ただでさえ装飾過剰な杖を持ち、アニメキャラみたいなターコイズグリーンの髪をしているんだ。
みんな物珍しそうに見ていく…… きっとコスプレだと思われてるだろう。さっさと店に入った方が良さそうだ。
「アルスメリアの西海岸といったら……やっぱり魚介かな? アーリィ=フォレストはシーフードでイイか?」
「は…はい、私シーフードは結構…… あ、いえ、水だけでも構いません!」
「それだと俺が困る、シーフードでイイな?」
「……はい、ありがとうございます……」
ドリュアスの言った通りだな…… この子はちゃんとリードしなきゃいけない…… 実に面倒臭い。
「あ! あの……カミナ君! あのお店は!」
「ん?」
アーリィ=フォレストの視線の先には書店があった。もしかして……
「本屋だよ、何かお土産でも買ってくか?」
「い…良いんですか!? ぜ…是非!!」
飯と違ってずいぶん喰いつくな…… そう言えばこの子“探究者”って呼ばれてるんだよな。
昔アルテナも言ってたっけ? その知識欲は留まる所を知らん。 ……って。
「何か欲しい本とかあるのか?」
「そ……そうですね、出来ればこの世界の事がよく分かるような本があれば!」
だったら百科事典でも買ってやるか…… しかし……
財布を覗いて見る…… そんなに持ち合わせが無い。
買い物は現金以外だと足がつくからな…… 一巻本の簡易百科事典にしておくか。本当はタブレットでも買ってデータを入れた方が色々お得なんだが、金が無いので無理だ。
むしろ簡易百科事典の方が良いかも知れないな。もう一度こっちの世界に来たいと思えば門を開きし者習得の鍵になる。
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書店で買い物をした後、近所の飯屋に入る。
監視カメラとかついて無さそうな小さな店だ、いかにも店主が一人で切り盛りしてるって感じだ、他に客がいないのもイイ。
「いらっしゃい」
人の良さそうなおっちゃんが読んでいた新聞を畳んで出迎えてくれる。
でかい…… アルスメリア人はデカいんだ、ジーク程ではないが2メートル近くある。
「この店の一番人気ってナニ?」
「そりゃ名物のシーフードトマトソースパスタだ」
やはりシーフードか、アーリィ=フォレストを見るとコクコクと頷いている。
「じゃあ、それ2人前で」
「ハイヨ~」
俺達はテーブル席で向かい合わせで座って待つ。
「~♪ ……~♪」
アーリィ=フォレストはご満悦だ。
今にもミュージカルでも始まりそうなくらい浮かれている。
安い百科事典一冊でこの喜びようだ…… 安い女…… お手軽な女…… ちょろい女…… いや、純粋と言っておこう。そう、アーリィ=フォレストは良くも悪くも純粋だ。
新しい知識が得られるというだけで、この喜びようだ。
インテリっぽさは相変わらずないが、“探究者”の二つ名は伊達じゃ無いようだ。
相変わらず俺の影に隠れていたが、オドオドした態度は多少緩和された。リハビリにはまだまだ時間が掛かりそうだが、せめて平常時にこれくらいの態度でいられる様になってもらわなければ……
しばらくそんなアーリィ=フォレストを眺めながら待っていると……
「おまたせ~、名物シーフードトマトソースパスタだ」
大皿に大量に盛り付けられたパスタがやって来た…… 4人前はありそうだ……
忘れてた…… アルスメリアは肥満率30%越えのデブパラダイスだった。この人の良さそうなおっちゃんも余裕で100kgオーバーの巨漢だ、背が高いからあまり太っては見えないが……
これは1人前で十分だったな。まぁ何とか食いきれるだろうけど、アーリィ=フォレストはどれくらい食べるんだろうか?
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結論から言うと…… アーリィ=フォレストは見た目通りの小食だった。たぶん0.5人前くらいしか食べてない。残りはすべて俺が喰うハメになった。
別に後悔はしていない、美味かったからな。ただししばらくは動けそうにないが……
たまたま見つけた店だったがココは当たりだったな。いつか機会があったらミラを連れて来よう。彼女ならこれくらい1人でペロッとイケるだろう。
「カミナ君、大丈夫ですか?」
「あぁ…… しばらく食休みが必要だがな……」
「はっはっはっ、若いのにだらしないな」
店主がサービスのコーヒーを持ってきてくれた。
いやいや、俺達はどう見てもそんなに喰う感じじゃ無いだろ? 少しは配慮してくれ……
「店主、この店は大食いチャレンジとかやってるのか?」
「おぉ!あるぞ! 制限時間内に食べ切れば賞金10000ENだ。いつでも挑戦してこい! 未だにクリアしたヤツはいないがな!」
ふん、精々笑っているがイイ! ウチのギルドにはブラックホールの異名を持つフードファイターがいるんだからな!
「それより坊主と嬢ちゃんはここら辺の人間じゃないだろ? このあとパーティーにでも行くのか?」
パーティー? あぁ、アーリィ=フォレストの格好をコスプレだと思ってるのか。まぁいい、好都合だ。
「彼女はこう見えても高名な研究者なんですよ、若く見られますが年齢も24(×100)歳なんです」
「へぇ~そうなのかい? ティーンエイジャーにしか見えないな、羨ましい話だ」
「ぁ……ぁぅ……」
良かったなアーリィ=フォレスト、2400歳越えてるのにティーンに見えるってさ。
「そんな訳で俺達、昨日までずっと研究室に籠っててここ1ヵ月間に起こった事件を知ら無いんですが、何か重大なニュースとかありませんでしたか? 例えば…… テリブル関係とか?」
「おぉ、そうなのか? 1ヵ月…… ならば南極の事件は知ら無いのか。アレが起きたのは3週間ぐらい前だからな」
「南極の事件?」
「あぁ、南極で何かが起こったらしい。衛星も観測基地も、全て使えなくなったんだ。未だに何が起こったのか分かっていない」
3週間前…… もしかして魔王ミューズを倒した日か? 言ってみれば『第二の大変革』みたいなモノだからな……
まさか魔王リリスの仕業か?
門を開きし者の能力を持つアイツなら、魔王が討たれた事を知っていても不思議はない。
「それから大変だったんだ。監視システムが使えなくなった途端αテリブルが大量に湧き出して世界中の大都市を襲ったんだ」
げ! マジかよ、ザックとノーラにまた文句言われるぞ。何で肝心な時に居ないんだ!って……
「昨日も大和が襲われたからな、まだしばらくは続くかもしれないな」
「なっ!? 大和が!? それでどうなったんだ!?」
「ん? 坊主、大和人か? 大丈夫、心配はいらんぞ。
直前に隣国の華大国に現れたαテリブル退治に『ダインスレイヴ』とかいう奴等が集結してたらしい。
今朝のニュースで倒したってやってたからな。水際で食い止められたみたいだ、軍には多少被害が出たみたいだが、一般人は多分大丈夫だろう」
多分……か。そうだな、水際で止められたなら被害は無いか。良かった……
「しかし大和もツイて無いよな? あの国には世界に9人しかいないS級魔術師が2人も居たらしいのに、肝心な時に神隠しに遭って行方不明だったそうだ」
ハハッ…… ホント肝心な時に役に立たなくてゴメンナサイ。
しかしそうか…… こっちも大変なことになってたのか…… 早く帰ってくるべきか?
いや、αテリブルなんかすぐに落ち着くだろう、俺と琉架が急いで帰ってきた所で、どうせまたオリジン機関に数ヶ月拘束されるに決まってる。
だったらαよりβ対策を充実させたほうが良い。つまりトラベラーの帰還だな。
高ランクギルドのメンバーの中には神隠し被害者も多い、そういった戦闘経験豊富な者が帰ればβテリブルの被害は一気に減らせるだろう。
無職の帰還者でもすぐに定職に就ける…… 良いこと尽くめだ。
このプランの問題点はやはり一つ…… シニス世界の戦争、第二次魔王大戦だ。
あっちを終息させなければゲートを開放できない。
しかし第10魔王を倒す必要は無い。アイツを以前の引きこもりに戻してやればいいんだ。
何か上手い方法は無いモノだろうか?




