第113話 人体実験
「ついて来たいのか?」
「は……はい、お邪魔でなければ……」
旅は道連れ世は情け…… なんて言葉もある。しかし二つ返事でOKするワケにもいかない。
アーリィ=フォレストを連れて行った場合のメリットを考えてみる。
もし失敗して混沌の海を彷徨う事になった場合、アーリィ=フォレストがいてくれれば“探究者”の知識は役に立つだろう。その場で何がいけなかったのか? どうすればいいのか? その後の対策を検討できる。
一人では恐怖で冷静さを保てなくても、美少女が居れば俺は強くなれる!
更にアーリィ=フォレストを塔から出す為の訓練にもなる。1200年ぶりの外出が異世界ってのも記念になっていいかもな。
もう一つオマケにアーリィ=フォレストがデクス世界に行くことはメリットがある。実際に向こうの世界を目にすれば、より完璧なイメージが作りやすい。
つまり彼女自身の門を開きし者習得の契機になり得る。
要するにデメリットは存在しない。
むしろ心強い、やはりゲートに入るのは勇気がいるからな。
「そうだな…… アーリィ=フォレスト自身の為にもなるし、こちらとしても心強い。一緒に行くか」
「は…はい! 不束者でダメダメ魔王ですがよろしくお願いします!」
取りあえず実験は二日後、それまでは練習を繰り返し、ゲート突入の覚悟を決めておく。
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翌日の夜……
実験が成功していれば、10時間後にはデクス世界にいるだろう。
ここ二日ほどで門を開きし者関係で分かった事をまとめておく。
まず魔王の心臓から抽出した魔力の事を『純粋魔力』と言うらしい。一般的な人や動物、自然界に存在するあらゆる魔力より混じりけの無い高純度な魔力…… それが純粋魔力だ。ハッキリ言ってそのまんまだ。
コレこそが門を開きし者起動の燃料になる。
この純粋魔力は非常に強力な力を秘めている。普通の生き物を魔族に変質させるだけでは無い。
通常魔力と純粋魔力の関係は、ガソリンとニトロの関係に似ている。通常魔力に純粋魔力を混ぜて魔術を使うと威力が何十倍・何百倍にも膨れ上がる事が分かった。
恐らく限定的に『限界突破』を使う感じだろう。ただし体にかかる負担も何十倍・何百倍になるので、結局の所、この使い方は出来ないのだ。
しかしまだ可能性はある。魔力の完全制御が出来れば純粋魔力で純粋魔力の負担を相殺できる。
今の俺の技術を持ってしてもこの制御は不可能だが、可能性はある。ノーリスクで限界突破に匹敵、あるいは上回る程の力を出せるんだ、更にそこへ限界突破をプラスできれば…… 体への負担はとんでもない事になりそうだが、やってみる価値はありそうだ。
もし成功すれば、跳躍衣装で世界の端まで飛べるようになるだろう…… その利便性は計り知れない!
問題は俺が先の見えない努力が嫌いな事か…… まぁ適当に頑張りつつ裏技を探そう、そっちの方が性に合ってる。
話が逸れたが、俺の純粋魔力量でゲートを開けるのは1日3回が限度だ。
行って帰ってくるのは問題無い。
問題なのは転移先の座標を設定できない点だ。
最悪なのはいつかみたいに空の上に放り出されるケースだ。今回は琉架が居ないからな…… まぁ、風域魔術は目立つから時と場合によるが、万が一の時は跳躍衣装で運動エネルギーを無効化してもいい。
転移先座標の設定も方法があるハズだ。デクス世界からシニス世界への神隠しは100%第12領域に流れ着く。魔王リリスに盗まれた門を開きし者の記憶書にはその方法が記されていたのかも知れないな。
ワープアウトした先に魔王リリスが居たら記憶書を返してもらおう。
あ、そうか。アーリィ=フォレストがデクス世界に行きたいのはそれが目的か。
もちろんそんな都合よくはいかないだろう。ワープアウト先は例外無く屋外だからな、今までに屋内に現れたなんてケースは報告されてない。
つまりアレだ。美少女のお風呂に突撃♪ なんてハプニングは起こらない。露天風呂の女湯なら有り得るが、そんな所に突撃♪したら逮捕されかねない。コレはもはや運頼みだ。
『カミナ様』
「ん?」
いつの間にか妄想へシフトしていた俺の思考は突然の呼びかけで停止する。
声を掛けてきたのはドリュアスだ。
『この度のコト感謝しております。アーリィ様の無理なお願いを聞きいれて頂き』
別に感謝されるようなことは何もしていない。もし失敗しても一人で混沌の海を漂うより美少女と二人で漂う方が救いがあると思っただけだ。
だから感謝は必要ない、こちらも打算的である以上……
『アーリィ様が塔の外に出られるのは、実に1200年前の第一次魔王大戦以来の快挙!
しかも自らの意思で外に出る事を望まれました!
私はこの歴史的大事件の現場に立ち会えた事に、感動で打ち震えております!』
もの凄く大袈裟だった。
快挙とか…… 大事件とか…… 打ち震えとか……
きっとドリュアスにとってはアーリィ=フォレストのお出掛けは、魔王大戦終結よりも遥かに大きなニュースだったのだろう。
『私としては、このままアーリィ様をカミナ様のハーレムへ連れていって貰いたいです。
その場合でも、キング・クリムゾンの管理は私が責任を持って行いますので』
だから早いって、1200年物の熟成引きこもりをいきなり太陽の下へ連れてったら、一気に酸化が進みそうだ。
「少しずつ慣らそう、まずは第一歩だ。一歩目からいきなりゴールを目指すと、絶対途中で逃げ出してアノ部屋へ舞い戻る事になる。
そうなったら次の外出はきっと1000年後だ」
『お……恐ろしい事を言わないで下さい……! し……しかしそうですね、焦りは禁物ですね……』
そうさ、950年も目の濁った引きこもりの面倒を見て来たんだ。数年だ! あと数年頑張ればきっと事態は好転する! ……かも知れない……
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翌日、朝10時……
引きこもりプロのアーリィ=フォレストは普段ならオネムの時間だが今日はオメメパッチリだ。
本日の実験に備えて昨夜は早く寝る様に厳命しておいた。
もちろん生活リズムが狂いまくってるアーリィ=フォレストが夜眠れるはずが無い。なので一昨日は完全徹夜したらしい。
俺もたまにするが、アレはちょっとでも暇な時間が出来ると寝落ちするんだよな…… しかし流石はプロ! 完全徹夜も慣れたモノで強引に生活リズムを修正してきた。
あまり見習いたくは無いがそのプロ根性には脱帽だ。
「お…ぉお……おひゃようございます!! 本日は宜しくお願い致します!!
もし私が何か迷惑を掛けるようなことがあったら、コレで容赦なくぶって下さい!!」
バラ鞭を手渡された…… よくSM嬢とかが持っているイメージがあるアレだ……
取りあえず力いっぱい投げ捨てておく!
「あぁ!! なっ…なんでっ!?」
こんなジャングルの真ん中でどうやって仕入れたのか…… さすがに通販もここまでは来れないだろ? 謎だ。
本日のアーリィ=フォレストの装備はいつもの研究者ルックにいつもの首輪、念の為、耳長族特有の横に長い耳を隠す為のフードを被ってもらっている…… それと今捨てた鞭の他に大きな杖を持っている。
「それは?」
「はい! デクス世界には魔物がいないと聞いていますが、念の為! あくまでも念の為 用意した私用の装備です! 神器『神杖ケリュケイオン』です」
神器『神杖ケリュケイオン』…… カドゥケウスとかアスクレピオスなんて呼ばれる事もある伝説の杖……
俺でも知ってる有名な杖だ…… 主に電脳世界で知った知識だが。
俺の「魔力微細制御棒」やミラの「聖女の涙」は一応杖に分類されるが、見た目は指揮者が使う指揮棒と変わらない。
しかしアーリィ=フォレストが手にしている杖は、それはもう立派な杖だ。ヘビが二匹らせん状に絡みつき、先端には翼の飾りが付けられてる。如何にも神話の世界から拝借してきましたって感じだ、バランスはともかくその立派過ぎる装飾は利便性を損ねる気がするが、無駄とは言わないでおこう……
神器には多かれ少なかれそういった側面がある。『神代偽典』も『天照』も『芭蕉扇』も派手だったり、見た目が美しいといった共通点がある。
それらは時に利便性を損なう場合があるが、それを補って余りある威力を誇っている。それが神器だ。
ちなみに人工的に作られた魔神器は全くの別物だ。
アーリィ=フォレストは念の為を連呼していたが、転移した先に窃盗犯が居たらぶっ殺す気満々の装備だ。
ハッキリ言って魔王リリスを見つけられる可能性は限りなくゼロに近い。ジークの不能が自然に治るくらいあり得ない。
正直に言えば、魔王リリスの所在については見当が付いているが、それは教えない方が良さそうだ。
教えたら本気で特攻かけそうだし、また大陸でも沈められたら困るからな。
今回の実験に参加する被験者は俺とアーリィ=フォレストとアルテナ。以上の2人+αだ。
最初はアルテナを置いて行き、もし戻らなかった時の伝言役にしようとしたが、こちらに戻った時、どこにワープアウトするか分からない以上、ホープを呼び出すリモコン役としてどうしても必要だった。
「それじゃ始めるぞ」
純粋魔力を抽出しゲートを創りだす。まだほんの数回しかやったことの無い作業だがコツさえ掴めばさして難しくない。
それでも疲れる事に変わりは無いが……
ヴヴゥゥゥン
例の音が地下に響き渡り、異世界へのゲートが開放される。
その真っ黒な球体を見てアーリィ=フォレストが尻込みする。
「あ……あのカミナ君…… ご迷惑でなければ私と手を繋いでもらってイイですか?
それがダメなら首輪にリードを付けるのでも構いません! いや! むしろ……!」
手を繋ぐのは俺も最初から想定していた。テレポートの法則でもある「身体的接触による巻き込み転移」、要するに繋がっていれば同じ場所に飛ばされる。
神隠し歴3回の俺の考えでは……
1回目と3回目は接触していなかったが琉架とその他大勢は近いトコロへ飛ばされた。
2回目の神隠しでは俺たちは手を繋いでいた。結果同じ場所でワープアウトした。
1回目と3回目は魔王リリスが座標設定をしていた為、2回目は手を繋いでいたおかげ…… だと思う。
もしかしたら同時に飛ばされれば手を繋いでなくても同じ場所に飛ばされるかも知れないが、手を繋いでいれば確実に同じ場所へ飛ばされるだろう。
そもそも向こうの世界で魔王様を迷子状態で放り出したらトンデモナイ事になる!
不安に駆られ世界樹女王(ユグドラ=シル)を暴走させたりしたら……
変態紳士に保護という名目で連れ去られたりしたら……
デクス世界でまで魔王大戦が始まってしまう。
「ん……」
俺は無言でアーリィ=フォレストと手を繋いだ。すると……
「はぅっ! ぁぅ…… はわわ……!」
はわわって言ったぞ? リアルでそんな事言う奴がいるとは…… 世界は不思議で満ちている。
言ったのがブスだったら許さんが、アーリィ=フォレストは可愛いからな…… 実年齢2400歳越えだけど、そこには目を瞑ろう。可愛ければ許される! カワイイは正義だ!
ちなみにリードで繋がるのは論外だ。
無生物であるリードでは転移の際ゲートに入る時間差で切れる可能性がある。そうなればデクス世界版・魔王大戦勃発の可能性が高まるからな。
『それではカミナ様、アーリィ様を末永くよろしくお願い致します』
だからいちいち誘導しようとするな。
「ドリュアスの方こそ頼むぞ?」
『心得ております。皆様がゲートに入り、ゲートが自然消滅するまでこの場の映像を記録し続けます』
何かの役に立つかは分からないがコレは実験だ。デートじゃ無い! 映像記録が残せるなら残しておきたい。
ついでに緋色眼も開いておく、あくまでも念の為だが。
「準備はいいか?」
「すぅぅぅぅぅぅぅ………… はぁぁぁぁぁぁぁ!」
アーリィ=フォレストは返事はせずに大きな深呼吸をしている。
「は……はい! 行きましょう! 何処へでも! 何処までも!」
ガチガチだ…… スゴイ緊張している。こっちにまで感染しそうなので程々にして欲しい。
『デクス世界…… 魔科学世界がどんなトコロなのか楽しみじゃのぅ!』
片やアルテナはリラックスしまくりだ。
まぁ、アルテナは普段から何百年も眠りについていたし、自動で魔宮の奥に帰る機能まで備えてる。
もっとも異世界から帰って来れるのかは謎だが。
「それじゃ……行くぞ」
一歩踏み出し、ゲートに触れてみる。
真っ黒な球体であるゲートは確かに目の前に存在しているが感触は無い、そのままもう一歩踏み出すと、何の抵抗も無く腕は球体の中へ消えていく。
ゲートの感触は無いが、ゲートの中にある自分の腕の感覚は残っている。
一体いつ転移するのか? 全身が入った瞬間だろうか? だとすると複数人の接触転移には人数制限があるぞ?
この大きさの球体に一度に入れる人数は精々5~6人だ…… よし! 嫁達を連れて行く時は俺に抱きついてもらおう!
そんな事を考えてるうちに、また一歩歩を進める。
そろそろ頭を中へ入れないといけない…… 一瞬躊躇してしまう、やはり勇気がいる。
とは言え、ビビりまくっているアーリィ=フォレストの手前、そんな態度を見せる訳にはいかない。
外側から緋色眼で球体を観察しても、オーラも魔力も一切見えない…… えぇい ままよ!
ゲートに顔面を突っ込む。
「っ!?」
内側はまるで嵐の様だった。オーラと魔力、そして外の景色のようなモノがグニャグニャに映し出されていた。それは左眼の緋色眼だけに映された。
気持ち悪! 酔いそうになる…… この景色は……デクス世界のモノか? もしかしてこの景色からワープアウト先を選べるのか?
…………
無理だ! 景色自体がグニャグニャで何処だか分からない上に、凄まじい速さで目まぐるしく移り変わっている! 海は無さそうだが…… 陸地ならどこでもイイや! これ以上は気持ち悪くて見てられない!
そんな時、唐突に何も見えなくなった。あ、来る。
俺達の存在はシニス世界から消え去っていた……