第10話 遭遇
人面毒蝗討伐翌日……
ギルドセンター本部
「ギルド『D.E.M.』は本日よりギルドランクCに昇格しました。おめでとうございます。それに伴い『D.E.M.』にはギルドセンター本部内に事務所を構える権利が与えられます。それと私リルリット・ロックウッドがギルド『D.E.M.』の専属オペレーターにとなりました。これからはギルド・クエストに関する疑問等なんでも私にご質問下さい」
耳長族の専属オペレーターさん来た!! 妖精族でなくて安心した。しかしたかだかCランクになっただけで随分と至れり尽くせりな好待遇、もしかしてCランク以上って数が少ないのか? 折角なので専属オペレーターさんに質問してみる。
「あぁ、D.E.M.のメンバーは皆さんこちらに来て間もないトラベラーでしたね、それではご存じないでしょうが、Cランクギルドは現在128団体、D.E.M.はCランク128位ですね」
「128……結構いるんだ?」
「とんでもありませんよ、規模の差はあれど現在ギルド総数は25689団体、活動実績の有るギルドだけでも18000以上もあるんです。普通はどんなに効率よくランクアップしていっても1~2年は掛かるところです、それを結成5日目でCランクに昇格するとか前代未聞ですよ」
そうか、あの無理やりランクアップ作戦は成功率が相当低いらしい。これは良くない前例を作ってしまったかもしれない。ギルド結成直後の新人が真似してAランクモンスターに挑んだら全滅するぞ。
D.E.M.は別格と思わせないといけないかもな……
「そうだリルリットさん、魔王のことを詳しく調べるにはどうすればいいですか?」
「魔王を……調べる?」
「えぇ、いずれ戦うことになる相手にもかかわらず、俺は魔王という存在のことを殆ど知らない。この際だから徹底的に調べ尽くしたいんです」
「そうですね……魔王のことを完全に調べられる可能性があるとすれば古代エルフの廃都に存在するらしい『神代書回廊』位でしょうね……」
「古代エルフの廃都……リルリットさんは場所をご存知なんですか?」
「まさか、たとえ耳長族の長老でも『大森林』のドコか以上の事は知りませんよ。もし、知っている存在が居るとすれば……」
「何千年も生きる魔王のみ……か」
魔王の事が知りたければ魔王に聞きに行くって真理だけど、本末転倒だよな?
「じゃあこの街で一番詳しく調べる方法は?」
「それは中央大図書館の禁書庫でしょうね」
「禁書……そこって俺たちでも入れるんですか?」
「禁書庫の立ち入り許可はいくつか条件があって、行政代表者会の許可が必要だったり、大図書館への大口寄付を要求されたり、これらはお金かコネがあればそれ程難しくない条件なんですけど、一つだけ、ギルドランクSが必要……って条件があるんです」
「じゃあSランクになるためには?」
「他大陸に渡り、Sクラスモンスターを討伐したり、実績を上げる必要があります……ただ……」
「まだ何かあるんですか?」
「えっと……渡航許可はAランク以上のギルドにしか出ません。つまり、まずはAランクを目指しましょう」
やってられるか!
遠回りにも程がある! そりゃいずれはSランクも必要になるだろうけど、それまでモチベーションが維持できない!
「それとこれはウワサなんですけど……この街のどこかに非公式組織があって魔王に関する情報をあらゆる手段を使って集めている……そんな集団がいるって……」
そっちルートがあったか……少し情報が偏りそうだが、まあいい。
「仕方ない、今日はAランクモンスターを狩りに行こう」
「え? また? もう?」
正直、Aランク・デカハゲイナゴも大したこと無かったからな。イケるイケる。
「ねぇ神那、Cランクギルドは本当にAランクモンスター討伐に行っていいの? 本当にいいの?」
あ…あれ? 琉架さんもしかして怒ってらっしゃる? 確かに昨日はだまし討ちみたいな真似をしてしまったし……あの計画は立案・実行、全てサクラサクラ先輩が行ったもので俺も一応被害者なんだけど……それは通用しないか……
「えっと琉架さん、昨日のこと怒ってる? その……ゴメン」
「別に昨日の事は怒ってないよ。結果論だけど私たちが行かなかったら他のギルドの人達、全滅してたかもしれないでしょ? それを防げただけでも行った価値があったと思う」
さすが琉架、心まで美しい。それに比べて俺と先輩の薄汚れ方ときたら……
「大丈夫ですよ、ただしCランクは誓約書が必要ですけど」
「誓約書?」
「あぁ、要するに、『死んでも誰も恨みませんよ』って書かされるんだろ?」
「そ…そういうことはハッキリ言わないでください!」
さっそくAランクモンスターの討伐依頼を探してもらう。リルリットさんは何か言いたげな目をしているが無視する、何が言いたいのかは予想がつくし。
「今、出ているAランクモンスター討伐依頼は一件だけです。ゴルビス円砂漠に生息する『百足龍』討伐。討伐成功時は逆鱗を収集してきてください」
「逆鱗って一枚だけ逆向きに付いてる鱗の事だったっけ?」
「そうそう、龍がでかかったら探すの大変そうだな、潰さない様に仕留めないといけないし」
「あっ……あの!」
「ん?」
「はい?」
「まさか……お二人で行くつもりなんですか?」
本日、サクラサクラ先輩はお休み。昨日のデカハゲイナゴの目玉をくり抜いた時からずっと気分が悪いらしい。確かに顔が青かった気がする、俺でも吐きそうになったからなぁ。
「いやぁ、あんなグロッキー状態の先輩を引っ張って行くのはさすがに可哀相でしょ?」
「いえ、そういうことじゃなくてですね? ただでさえたった3人しかいないギルドなんですから、もっと準備を入念に……」
「そっか砂漠だしな、暑さ対策は冷却系の魔術でどうにでもなるが日除けは必要かな? 日焼け止めがあればいいんだが……」
「あ、わたし日傘欲しいな」
「そうだ、琉架は肌白いしな、焼けたりしたら大変だ入念な準備をしよう!」
「………………」
(この人たち本当に大丈夫なんだろうか? 人面毒蝗を倒したなんて信じられない)
「あのね神那、私自身はいくら日焼けしたって平気なんだよ? 後でいくらでも……ね?」
「いや駄目だ、ヒドイ日焼けは火傷の様になるんだぞ、琉架の白い肌は俺が守る!」
「あ…あはは……」
「………………」
(本当にただの子供にしか見えない……)
---
「と、言う訳で俺たちはゴルビス円砂漠に百足龍討伐に行ってきます」
「うぅ……す…すまないねぇ、あたしゃが不甲斐ないばっかりに……うっ!」
「あぁ、佐倉センパイ。小芝居はいいから休んでて下さい」
「うぅ……琉架ちゃんって結構言う子なんだね……」
「?」
「先輩、これは琉架の素です」
「…………そうなのか…いや、うん……そういう子なんだね……」
先輩にギルドセンターでの事と今後の方針について説明する。いちいち老婆風の小芝居を入れてくる。顔色は悪いけどもう元気なんじゃないのか?
「そっかAランクを目指す……か、確かにAランクモンスターを討伐できれば昇格できそうだよね」
「ハゲイナゴじゃ役不足なんですか?」
「普通なら人面毒蝗の討伐で一気にAランクになれるけど、私たちは実績ゼロだったでしょ?」
「つまり何かの偶然だと思われたと?」
失礼な連中だな、無傷で圧倒して見せたのに。しかしギフトユーザーだと隠しておく以上仕方ないか。
「それでも連続でAランクモンスター討伐すれば認められるよ。ま、大丈夫だとは思うけど気を付けて行ってね?」
「はい、先輩も養生してください」
「はい、行ってきます」
---
首都の西へ鉄道で3時間程行ったところに直径30km程度の小さな砂漠がある。ゴルビス円砂漠の名に相応しく真円の形をしているその砂漠に百足龍が生息している。
「第5階位級 氷雪魔術『氷冷』アイシクル × 第5階位級 付与魔術『拡散』ディフューザー」
「合成魔術『冷却空間』ゼロフィールド」
冷却魔術で自分たちの周囲を包む。おぉ! 快適だ、夏はこれに限る。砂漠だと有難さ倍増だ!
琉架に白い日傘を持たせたかったが、この強烈な日差しを防げそうにないので諦める。二人して安物のローブを頭から被る。野暮ったいな。
「百足龍って……ムカデなの? 龍なの?」
琉架がそんな疑問をぶつけてくる。資料を見た限りでは足が沢山ある龍なのだろう。しかし……
「正確には分からん。とにかく目撃例の少ない魔物で、最後に姿が確認されたのは50年以上前らしい」
「それって……もう絶滅してるんじゃないの?」
「いや、足跡なんかの痕跡は今でも頻繁に目撃されてる。そして襲われた者は二度と帰ってこない。砂漠の外まで獲物を求めて這い出してくるらしい」
「そっか~、それで討伐依頼が出てるんだ。頑張らなくっちゃね」
高い砂山に上り、琉架が『事象予約』を発動させて視界に映る範囲を確認、発見できなければまた歩くを続ける。
日が暮れてきた、見つかる気配がない。やはり発見は困難を極めるようだ。
それと気になるのが他の魔物をまったく見かけない事だ、砂漠なのだからてっきりサソリ型の魔物やトカゲ・ヘビ型の魔物なんかもたくさんいると思っていたが実際には一匹もいない。もしかしたら百足龍がこの砂漠の生物を残らず捕食してしまったのかもしれない。だから近年になって砂漠周辺での被害が出はじめたのかも……
日が暮れた。
結局発見できなかった。さすがに砂漠で野宿は危険と判断、少し離れた小高い丘の上にテントを張る。
「砂漠って歩きにくいね~、足がクタクタになっちゃったよ……」
琉架は俺に気を使っているのだろう、ギフトで疲労をリセットしなかった。たぶん俺が使用を進めても断るだろう、俺には気を遣わなくてもいいのだがこういう所は妙に頑固だからな……
「ねぇ神那、私たち帰れるのかな?」
琉架が急に弱気な発言をしてきた。疲労が溜まっているのだろう。
「俺たちだけなら帰還はそんなに難しくないだろうな」
「うん……でもそれじゃ……」
「わかってる。正直、魔王討伐軍も犠牲者ゼロには出来ないだろう。何しろ世界中の殆どの人は魔王を直接見たことも無いんだから、予測することも難しい」
「だから神那は魔王を調べようと思ったの?」
「あぁ、『彼を知り己を知れば百戦殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し』だ」
「? なんだっけそれ?」
「大昔の偉人の言葉だ、とにかく魔王という存在をよく知らないうちに戦いを挑む訳にはいかない」
いい機会なので言っておく。
「琉架、大切なことだから言っておくが、もし魔王と戦って勝ち目がないと判断したら、俺は逃げる」
「!」
「もちろん先輩や他の仲間がいたら逃げるように促すし、撤退のサポートだってする。しかし従わない奴は放っておくつもりだ」
「そ……それは……」
「その時は琉架も俺の指示に従ってほしい」
「…………」
琉架がうつむく、話すタイミングを間違えたか? それでも……
「脱出できれば、その教訓を生かして次は勝てるかもしれない。命を捨てて戦うことは愚か者のすることだ。まず生き残ることを第一に考えてほしい」
「…………」
「なにより俺は琉架を見捨てて逃げることは出来ない、琉架が死ぬ時は俺も一緒だ」
「神那……」
ちょっとズルかったかな? でもこれは俺の嘘偽りのない気持ちだ。
「…………わかった、私は神那のこと信頼してる。だから神那の指示に従うよ」
ほ~、安堵の息が漏れる、やはり先に行っておいてよかった。
「ありがとう琉架。もちろん今の話は最悪のケースで、そこまで深刻な事態にはならない可能性だって高いんだ。なにせ俺と琉架が討伐軍にはいるんだからな」
「うん……そうだね」
本当に討伐軍が役に立つかはこれから見極めなければならない課題だが……
今日はもう休もう、琉架も今の話を頭のなかで整理する時間が必要だろうから……
---
翌日、朝から捜索するも発見できず。これは予想以上に大変だ……
そんな時……ソレが現れた。最初に気付いたのは琉架だった。
「?」
「ん? どうした琉架? 見つけたか?」
しかし琉架の視線は上を向いている。
「ねぇ神那、アレなんだろ?」
「アレ?」
視線を琉架の見ているモノへ向ける。何だアレ? 白い塊が真っ青な空から落ちてくる。
「なん…だ? 羽根の塊?」
「んん~~~?」
目を凝らすと羽根の塊は布を纏っている様にも見える、ピンクの……何かに、肌色もチラチラ見える………ってアレ、人じゃねーか!?
俺が気付いた時には、琉架は既に走りだしていた。しまった!! 出遅れた!! 身体強化した琉架はとにかく速い、一体チャージ何倍掛けてるんだ?
近づくにつれハッキリと確認できる様になる、走りながら見上げるとピンク色は髪の毛だ。女の子みたいだ。
コレはアレか!? 俺がかつて何度も妄想した伝説のシチュエーション「空から美少女が降ってきた」か!? 本当にその現場に遭遇できるとはまさに僥倖、しかし琉架何故そんなに速い、くそぅ!
先に落下予想地点に着いた琉架が両手を広げて風域魔術を使用する。
「第7階位級 風域魔術『空圧』コンプレス チャージ2倍」
空圧魔術で圧縮された空気が、見えないクッションになる。落下速度が一気に緩やかになり琉架の腕に「フワリ」と舞い降りた。
あぁ~その役目やりたかった、俺が出遅れたばっかりに……
「神那! 空から女の子が!」
琉架が何処かで聞いた様なセリフを言う。きっと気のせいだ、こんなシチュエーションは今始めて出会ったのだから。
その様子を眺めながら激しく後悔。やはり自分の腕で受け止めたかった!
しかたない、隣に立って「二人で助けました」って顔をしておくか。大丈夫、コレで好感度パラメーターは上がるはずだ。
頭の中で今後の方針を固めたら、そこでようやく「空から降ってきた美少女」を覗く。
「神那ぁ、天使様……いや天使ちゃんだよ♪」
琉架の腕に抱えられた人物は背中に一対の翼を有している……
「こいつは……有翼族だ」
― 有翼族 ―
その名の通り背中に翼をもつ種族、見た目は天使そのもの。高い魔術資質を持ち、一説には天使と人間の間に生まれた者達の子孫と言われている。
天使ってホントに居たのか?
琉架のテンションが上がる。それと反比例するように俺のテンションが下がっていく。「空から降ってきた美少女」は年の頃にして7~8歳ぐらいだろうか…美幼女だった。
いや、確かにカワイイ。美少女と言っても決して間違っていない。
だが…幼女だ……
俺の中の何かが凄い勢いで萎んでいく。俺が夢見ていたシチュエーションは所詮こんなもの、夢は夢だったのだ。期待が大きかった分、やる気が一気に削がれた。
「え~と神那、この子どうしよう?」
その辺に捨てておけ……と言いたいところをグッと我慢、さすがに可哀想なので近くのオアシスまで連れて行き休ませることにする。
琉架にかわって俺が背負う、昔妹をおんぶした時の事を思い出した。なんか懐かしいな…少しだけ不貞腐れていた心が癒やされた気がする。
ここゴルビス円砂漠の中心に一つだけあるオアシスの周りは小規模ながら森があり、泉の周りには芝生が生えている。この周囲は涼しい風がふき魔術無しでも過ごしやすい。
そんなオアシスの側の木陰に幼女を寝かせる。俺がうちわで仰いで琉架が膝枕している、背中の翼が邪魔なので横寝スタイルだ。有翼族は普段どんな眠り方をしているのだろう? 少し興味が湧いた。
「うぅ……う~ん」
「あ! 気が付いた?」
ぐぅぅぅ~~~~~……盛大に腹の音が鳴る。
こいつ……テンプレだ……
「は……はら、腹が減って動けん……」
「お腹空いたの? ちょっとまっててね」
膝枕バトンタッチ。琉架が手際よく食事の用意をする。幼女は腹を抑えたまま唸っている。
しばらくするとイイ匂いがしてくる。作り置きのスープに米を入れて柔らかく煮ている。リゾットというよりおじやって感じか、幼女の腹の音がさらにデカくなる、うるさいぞ!
「おまたせ~、簡単な物しか作れなかったけど、どうぞ召し上がれ」
一口食べさせてもらったら幼女の眼が開かれた。後は器をひったくって食べる、終わったら鍋を奪ってまた食べる、こいつ本当にお約束通りの行動パターンだ。もしかしたらコイツ有翼族のお姫様かもしれないな。テンプレだから。
あれ? 今気付いたが、コイツ左右の眼の色が違う? 左が青なのに右が緋色?
途中、喉を詰まらせて琉架が慌てて水を渡す。もはやマニュアル通り動いていますと言われても疑問にも思わないくらいのテンプレだ。
そして……
「ぷはぁ~~~、満腹じゃ~~~!!」
幼女だからか? 随分小さな胃袋だな。
「二人とも感謝するぞ! お主等が居らねば余は飢え死にしていたじゃろう! 命の恩人じゃ!」
小さいのにとにかく声がデカい、それに随分と尊大なしゃべり方をする。これは本当にお姫様かもしれないぞ?
「さあ願いを言うがよい、どんな願いでも余が叶えてやろう! えぇっと……其等は……」
「私は有栖川琉架。こっちが友達の霧島神那」
「うむ、ルカとカミナか、覚えたぞ。では願いを言うてみ、どんなのでもよいぞ!」
「えっと……その前にあなたの名前、教えて貰ってもイイ?」
「お? おぉスマンスマン。余としたことが自分の名乗りを忘れておったわ!」
「余の名はウィンリーじゃ!」
「ウィンリー?」
「うむ。『第5魔王“風巫女”ウィンリー・ウィンリー・エアリアル』じゃ!」
「…………………………え?」
「…………………………ん?」