第104話 第6魔王 ~歌姫人魚~
目の前が真っ暗になった……
体の自由が利かない…… 一体何が起こっている?
「なるほど…… たとえ『限界突破』状態でも魔王の精神を支配する事は出来ないんだ」
この声は魔王ミューズ・ミュースのモノだ。
あれ? もしかして俺、今操られているのか?
次第に視界が開けてくる…… 目の前には薄い紫色の髪の毛の美女が立っている……
こいつ魔王ミューズだよな? 何だこの気持ちは? 淫乱糞ビッチは俺の好みのタイプと対極の位置にいるハズなのに、今のミューズからは一切嫌悪感を感じない…… それどころか……
バカな…… このド外道魔王に惹かれている? 今までコイツがしてきた所業を知っていて、なお、惹かれている…… コレが第6魔王“歌姫”ミューズ・ミュースの魅了なのか?
落ち着け俺! コイツで卒業したいとか思うな! コイツ敵だぞ? それもド外道だ! 淫乱糞ビッチだから土下座して頼まなくても、そのうち俺のDT貰ってくれ…… だから落ち着け! 何の為に大切に取っておいたと思ってるんだ! いつか第6魔王に捧げる為だろ! ………… ダメだ…… 思考が狂ってる……
「フフッ 油断してたのかな? 『限界突破』はギフトの働きをも高めるって……」
そうか…… 魔王だから精神攻撃の類は効かないと決め付けてた……
決して無効化している訳じゃ無い、耐性を上回る攻撃は有効だったんだ。俺みたいにDT拗らせた奴には抜群の効果がある。
コレは完全に俺の失策だ。
「精神を支配する事は出来ないけど、身体と精神のリンクを切る…… いや、乗っ取る事は出来るみたいね。
ありがとう、いい勉強になったわ。つまり私は他の魔王を殺せるって事よね」
そういう事になる…… マズイぞ……
「とはいえ、乗っ取っていられる時間は『限界突破』の間のみ…… ゆっくり遊んでいる時間は無いか……」
ホッとしたようなガッカリしたような…… 俺は今日ココでDTを卒業する事は出来ないみたいだ。
いや、それどころじゃ無いだろ? 人生の卒業式が間近に迫っているぞ! 何とかしなければココで殺される…… しかし体は動いてくれない…… 本当にヤバイぞ!
「だったらショーを見せてもらいましょうか?」
ショーだと?
思い出されるのは操られた勇者が仕出かした惨劇…… おい! まさか! 冗談じゃ無いぞ!
「セイレーンを殺しなさい。制限時間いっぱい使って嬲殺しにするのよ」
このド外道! 分かっていた事とはいえ、コイツには母親の情がカケラほども無い!
「そうだ! 犯してもいいわよ、どっちも初めてみたいだし、ちょっと面白そう♪」
………………
思ってない!! どうせ死ぬならとか思ってないからな!! こんな卒業式は望んでない!
「どう? セイレーン、アンタも人魚族なら惚れた男と結ばれて、惚れた男のために死ねる…… それなら本望でしょ?」
「ぁ…… あぅ……」
いや、死ぬのがどうして本望になる。そこからが本番だろ! せっかく結ばれたならイチャイチャさせろよ? したくないの? 人魚族のライフスタイルにイチャラブは有り得ないのか……
「正直、魔王同士の子供がどうなるのか興味はあるけど、妊娠・出産は二度と経験したくないからね。
あ、でもセイレーンを使途にして生ませるのはアリかも……」
どのみち俺はここで死ぬのか…… でもミラだけでも生き残るなら…… いや、駄目だ! さっきのマリーナを見ただろ! 散々拷問を受けた挙句、その日の気分で殺されるんだ!
今ここで何とかしなければ!
「まぁいいわ、その実験は他の魔王でも出来るだろうしね? 時間も無いしさっさと始めなさい」
クソッ!! 体が勝手に!?
「カ……カミナ様……」
ミラ! 今すぐ逃げろ! くそっ! チャンネルが切れてる、俺はヤツの『限界突破』が切れるまで何とか生き延びれば逆転できる!
だから逃げてくれ!!
「カミナ様…… 私は……」
俺の手はミラの襟首を掴んだ所で止まる。
「あら? まだ抵抗できるんだ、往生際の悪い…… いえ…… 流石は魔王と言ったトコロかしら……?」
ぐ、ぎ、ぎ、止まれ俺! せめてこのシチュエーションは自分の意思でやりたいんだ!
プチ!
ミラのシャツのボタンが飛んだ…… 俺の精神より理性の方が先に決壊しそうだ。
「抵抗……出来る? 魔王の精神は支配できない…… だったら……」
ミラがブツブツと何かを呟いてる、襟首掴んどいてなんだけど、早く逃げてくれ! そろそろ限界だ!
そんなミラが意を決した様に顔を上げる…… その顔は頬を染め目が潤んでいる…… 理性の方が先に限界を迎えそうだ!
「カミナ様…… その…… お許し下さい!」
ミラは俺の頬に手を添えると、そのまま顔を近付けてきた…… え?
「はぁ?」
唇に何か触れてる…… やわらか~い何かが…… いや、うん、分かってる…… 理解できないだけで……
ミラにキスされてる…… アレだ、ファーストチューだ。
いやいや、俺のファーストチューは遥か昔にミャー子に捧げている。
その後思いっ切り引っ掻かれたが…… まったく、野獣のような娘だった……
………… あれ? 思考がクリアになった? どうでもいいことが頭に浮かぶほどの余裕がある?
「はふぅ……/// そ…そ…その…… ご…ごめんなさい……///」
ミラは顔を離すと真っ赤になってうつむいてる…… ヤッベ~超可愛い!! このままミラを抱き上げて、どこかの個室に駆け込みたい衝動に駆られる…… やっちまおうか?
その時になってようやく気付いた。
あ…… 体の自由が戻ってる…… 魔王ミューズの精神支配から解放されてる!
「カ……カミナ様……///」
「ミラ……」
ミラが体を張って俺を淫乱糞ビッチの呪縛から解き放ってくれたのか……
これは謎の嫁パワーか!! …… いや、違うな…… これは……
「ありがとうミラ、助かったよ」
「あ…… は……はい!///」
「はぁっ!? な……何で!? どうして!?」
魔王ミューズは混乱し慌てふためいている…… 恐らく未だかつて『歌姫人魚』の呪縛から逃れたヤツがいなかったんだ……
さっきまで、魔王ミューズは絶世の美女だと思っていたが…… なんだ……よく見ればアイツBBAじゃん。カケラほども魅力を感じないぞ?
俺は一体何を血迷ってたんだ? これだからDTは……
「何を……したの? 何を!? どうして!? どうやって!?」
今まで圧倒的有利な立場にあった魔王ミューズが揺らいでいる、確実に流れが変わった。
ここが勝負所だ! 一気に流れを手繰り寄せる!
「まだ気付かないのか? 愚かだな、魔王ミューズ・ミュースよ……
俺をお前の呪縛から解き放ってくれた力は…… 『愛』だ!!」
「……………… はへ? あ……愛? 何言ってるの…… キミ?」
『強情者の面の皮』全開!!
一瞬でも気を抜いたら、顔から火が吹き出しそうなくらい恥ずかしい! 禁域王が愛を語るとは世も末だな……
「お前は愛を知らない! 愛とは魔王の力を打ち破れるほど強いモノなのだ!」
「な……何を言ってるの? 愛? そんなモノが……」
ちなみに俺が魔王ミューズの呪縛から逃れたのは、色々な要因が考えられるが一言で纏めると……『煩悩』だ。残念ながら愛の力では無い。
ミラの唇の感触が俺の煩悩を爆発させ、淫乱糞ビッチの魅力を上回ったんだ。
考えても見ろ、唇一つとってもお前がミラに敵う要素は何処にも無い。ミラの唇はコラーゲンタップリのプルンプルンだ。今まで誰にもその身を許したことの無い穢れ無き神聖さを誇っている。
それに比べてお前の唇…… 何かヨレヨレじゃね? 今まで何千回、何万回と使い倒してきた年季を醸し出してる。良く言えばヴィンテージ! 悪く言えばユーズドだ!
ヤツは知らない…… DTと美少女のファーストキスが作用すると、奇跡が起こると言う事を!
「お前を倒すための準備が全て整った。もう勝ち目は無い、念のため聞くが降伏する気はないか?」
「ハッ!! 笑わせるな!! 何が愛だ!! そんなのただのラッキーだろ!!」
「そうでもないぞ、自分で『歌姫人魚』を喰らってようやく理解った。お前の歌の弱点が……」
「弱点……? ハン!! そんなものあるハズ……」
「見せてやるよ……本当の『能力無効化』を!」
「そんな世迷い言に…… 付き合うわけ無いでしょ!!」
魔王ミューズが大きく息を吸い込んだ、来る!
「ミラ!」
「は…はい!」
「歌姫人魚 『小夜曲』」
「ノイズキャンセリング!!」
ビリビリビリ!!
城全体が細かく振動している。二人の歌がぶつかり合っているんだ。
「ノイズキャンセリング? 私の歌がノイズ? ……欠陥品の分際でいい度胸ね?」
「ッ……!!」
やはり押し負ける…… 元々のスペックが違ううえに、今は『限界突破』状態だ。
アルテナの振動波増幅能力を使っても抑えきれない。
しかし20秒、時間を稼いでくれれば十分だ。
母娘歌合戦の隙に、こっちでは自身の魔力を放出し、収束させる事なくどんどん広げる。本来は有り得ない魔力の使い方を、魔力微細制御棒で強引に制御する。
そして周囲に広がっている魔力がある一定の密度に達した瞬間、爆発的に広がり周囲を包み込んだ。成功だ!
「あ、やべ、ココって海の底だった。ミラ! アルテナをしまうんだ!」
「え? は…はい!」
『なんじゃ突然…… わぷっ!?』
慌ててここに来る前にパクった空気貝を取り出し開く、アッという間に粘度の高い泡に体が包まれた。
その直後…… 魔王城ローレライの上部を覆っていた巨大な空気の塊は拘束を解かれたように海上へと登って行ってしまった。
水が津波のように押し寄せると思ったが、巨大な泡がそのまま上って行くだけだったな。おかげで水流に揉まれないで済んだ。
危なかった…… いくらこの泡が丈夫でも、さすがに堪えられないだろう。少々無謀だったかもしれないな。
「コレがなんだって言うの? 魔術を解除してアンタが不利になっただけじゃない!」
「さて…… それはどうかな? 試してみろよ?」
魔王ミューズは一瞬考えた後に……
「………… いいわ、せいぜい後悔するといい!
朽ち果て滅びなさい! 歌姫人魚 『鎮魂歌』!!」
相手に劣化をもたらす滅びの歌……
効果範囲を絞って使わなければ城ごと崩壊しかねない危険な能力だが…… しかしその歌声が響くことはなかった……
「え? な……何で? どうして…… 今度はどんな小細工をした!?」
もちろん今回はミラのノイズキャンセリングじゃない。
そうだな…… さっきは大嘘ついたけど今回はちゃんと教えてやろう。
「歌姫人魚の媒質は水でも空気でもなかった。その正体は『エーテル』だったんだ」
「エーテル?」
「シニス世界の言葉で言うと『マナ』と呼ばれるモノになるな」
エーテル/マナ
五番目の元素。世界中に満ち溢れていて、遥か昔から存在が語られてきたが、色も形も重さも持たないためその存在が証明されたのは近年になってのこと。
一種の万能元素で魔術を科学的に解明するためには必須なモノだ。名目上、第五元素と呼ばれているが本来は『ゼロ・エレメント』と呼ばれるのが相応しいと言われている。
個人的にはコレこそが魔王因子の本質ではないかと思っている。
「エーテル/マナは物理的要因に影響を受けることが少なく、世界中の全ての空間に満ち溢れているものだ。そんなものを媒質にしているから水にも空気にも影響されずに歌を響かせる事ができたんだ。
つまりこの空間内のマナを取り除いてやれば歌姫人魚は使えなくなる」
ちなみに同系統の能力であるミラの劣化歌姫も使用不能になってる。
「マナを取り除く? そ……そんな事できるハズが無い!」
「古代魔術『反魔術領域』だ」
「古代……魔術? ウソだ!! 人族出身者に古代魔術が使えるハズが……」
「お前が操ってガイアを攻撃させてた巨人族がいただろ? その一人が使っている所を直に見たんだ。反魔法は元々俺の十八番だからな、魔力コントロールだけで上手いこと再現できた。
つまり俺が『反魔術領域』を使えたのはお前のお蔭だ」
もっともこの『反魔術領域』のお蔭で、俺の属性変化魔法の効果も切れている。これ以上の戦闘継続は不可能だ。念の為、パクっといて良かった空気貝。
「はぁーーー…… 確かに私にはココでの戦闘能力は残ってないみたいだけど、それはキミも同じでしょ?
『反魔術領域』内では魔術は使えない。そしてキミはその泡から出ることも出来ない」
「そうだな…… それでどうする? 魔王のプライドとかかなぐり捨てて逃げ出すか?」
「魔王のプライド? そんなモノがなんの役に立つのよ! 『反魔術領域』で歌姫人魚は封じられても、洗脳を解くことは出来ないでしょ? さっきの巨人族の話から察するに……」
確かに、それで洗脳が解けるなら生き埋めにする必要は無かった。
「覚えてなさい! キミを殺す方法なんて幾らでもあるんだから!」
「いや、無理だよ」
「なに?」
「さっき言ったハズだ「お前を倒すための準備が全て整った」って」
この場を離れようとしていた魔王ミューズの動きが止まる。まるで床に縫い付けられているかの如く。
「なっ!? こ…これは!?」
「『血糸・影縫い』……今のお前では切れない糸で拘束させてもらった。お前みたいな外道を逃がすワケ無いだろ」
「こ……こんな細い糸で魔王である私が……!!」
魚ってのは細い糸に弱いモノなんだよ。
「その糸は切れないよ、俺のギフトで作ったモノだ。『血液変数』……自分の血液を別の物質に変換する能力だ」
アイツに貫かれた左の手の平に小さな爆弾を作り出す。
「そしてこれが俺の切り札、跳躍衣装『強制転送』」
小さな爆弾は音も無く消え去った。
「ちょ……ちょっとまって……! まさか!!」
魔王ミューズの体内に僅かに空いているスペースに爆弾を放り込んでやる。
ズドォオン!!!!
「がばぁっ!!??」
魔王ミューズが大量の血を吐いた。あのサイズの爆弾では体に穴を開ける事は出来なかったが、内臓に致命的なダメージを与えられたハズだ。
一度『限界突破』を使えばインターバルにはかなりの時間を要する。つまりもう超速再生は使えない。
そしてこの場所ではしばらく回復魔術はもちろん、歌姫人魚 『追走曲』も使えない。
終わったな……