第103話 第6魔王 ~劣化歌姫~
― リスリゾート ―
ノースポートから鉄道で一駅行った所にある、大型の複合リゾート施設の名前だ。
今はまだ早いが、きっと夏には最高のロケーションになること請け合いだ。そんなリゾート地へやって来た。
「懐かしいな……リスリゾート…… 昔ココで神那クンと琉架ちゃんと白ちゃんと私の四人で夏のリゾートを満喫したっけ……」
なぬ? 今なにか私の神経を逆撫でする様な言葉を聞いた気がする。
サクラ先輩に詳しく聞くと、私のアホなおにーちゃんは神隠しのおよそ2ヵ月後、このリゾート地でパーリーピーポーに変身していたらしい……
デクス世界で私が夜も眠れない程おにーちゃんの事を心配していたその時にだ!!
正確に言えばおにーちゃんがいない所為で夏休みの宿題を徹夜でやっていたんだけど…… おにーちゃん早く帰って来いと呪いの言葉を呟きながら……
そう! 私が苦しんでる裏であんにゃろうは青春を謳歌してやがったんだ!
おにーちゃん死ねばいいのに!
「見えてきたぞ、アレだ、要塞龍・ブロウレジオ」
「え?」
私がせっせと呪詛を紡いでいた隙に、どうやら目的地に到着していたらしい…… え~と…… 山がある…… 龍はドコですか?
「さすがにデカいな…… 世界第2位の巨大生物、要塞龍・ブロウレジオ」
イヤイヤ…… いくらなんでもあんな生物いる訳ないでしょ? マウント・フジよりデッカイよ?
ズズズ……
動いた…… マヂで生きてる…… あんなの人が手を出していい存在じゃない…… あぁ、そう言えば私たちの相手はコバンリュウとかいう小さいのだっけ? ちょっと安心。
「コバンリュウ達もずいぶん殺気立っているようだな」
「え?」
見れば山のように大きい龍の頭付近に小さいのがたくさん飛んでる、なんだ全然小さいじゃん!
「ギャォォォォオオ!!!!」
一匹が近くに落ちてきた、小さ……くない!? 10メートルくらいある!? デカいじゃん!
見た目は蛇に皮翼が付いた感じだ…… 大丈夫! 私は蛇には耐性がある! 近づかなければ大きさも気にならない……
…………!!?
前言撤回! アレは蛇じゃない! 口が……ヤツメウナギっぽい!! 超絶に気持ち悪い! 見てるだけで鳥肌が立つ! 10メートルのヤツメウナギなんて完全にクリーチャーだ!!
おにーちゃーん、ヘルプミー! 最愛の妹がピンチだぞー!!
「コバンリュウ…… 初めて見た……」
「思ったより小さいですね、これなら一人でも相手できそうです」
白ちゃんとミカヅキさんが信じられない言葉をこぼす…… え? この程度、この世界では常識なの?
ポン
私の肩にサクラ先輩が手を置く。
「伊吹ちゃん、あまり気にしない方が良いよ? あの二人も結構 規格外だから」
……と、いう事らしい。正直二人はそんなに強そうに見えないんだけど……
「そろそろ始めるか、リスリゾートに被害が出ても困るからな」
そうだった! 私も夏にはココでパーリーピーポーになりたい! 荒らさせるモノか!!
震えを堪えて超絶気持ち悪いコバンリュウに立ち向かう!
そんな訳で、さっそく戦闘開始だ。
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― 魔王城ローレライ ―
目の前で直径3メートル程の火球が燃え盛っている。
合成魔術『大爆縮』
外側に向かって熱と衝撃を放つ『大爆発』とは逆に、内側に向かって熱と衝撃を収束させる。
最大の利点は周囲に殆んど影響を及ぼすことが無い点、難点は常に爆縮を制御し続けなければならない所か……
しかし単体攻撃魔術としてはかなりの威力を誇る。
この爆縮の中では水系統の魔法を使っても意味が無い、圧倒的な熱量で水の分子結合が破壊され水素と酸素に分解される、つまり燃料になって余計に燃える。
これで燃え尽きてくれれば有り難いが世の中そんなに甘くない事も知っている。
だから言わなければならない…… あのセリフを……
「やったか?」
本当はこのまま燃え尽きて欲しい…… 姿が見えると、どうにも攻撃し辛い。
「ん?」
何かメロディーが聞こえる気がする…… やはりダメか?
……~♪ ……♪~
「この旋律は…… 追走曲?」
「追走曲?」
「歌姫人魚 『追走曲』…… 癒しの歌です」
まさかあの爆縮の火球の中で自己再生を行なっているのか? いや…… 重要なのはそこじゃない。
何故あの中から音が漏れてくるのかだ。
コレは予想だが、恐らく超振動で炎と衝撃を相殺しているのだろう、もちろんそれだけで完璧に防御できるとは思えない。だから『追走曲』で傷を癒しているんだ。
しかし爆縮はその名の通り内側に向かって収束する、それを無視して外側に音が漏れ出すとは考えられない。
音とは波……つまり振動だ。この波を媒介するものが無ければ音は伝わらない。
俺は空気や水が歌姫人魚の媒質になっているのだと思っていたが、現状それはあり得ない!
こんな事なら事前にミラの劣化歌姫をもっと詳しく調べておくんだった! やはり魔王と戦うには入念な調査が必要だ!
ブオッ!!
「うぉ!?」
「きゃっ!?」
火球が突然消えた。
そして火球のあった場所には魔王ミューズが立ち尽くしている。見た感じダメージは受けていない様だ…… マジかよ……
「何をしたの?」
「は?」
「何故、私の歌は君に届かなかった? 何をしたの?」
「ふぅ…… それが俺の能力だからだ、『能力無効化』…… 一定の条件で相手の能力を無効化できるんだ」
「へぇ…… 厄介な能力を持ってるのね…… さすがは魔王殺しを成し遂げただけはあるわ……」
…………
もちろん大嘘だ。
敵がこちらの能力が分からないから教えろと言って来たとしても、それをバカ正直に教えて上げるほど俺は善人でもないし、バカでもない。
この状況で自ら種明かしをして敗れ去っていった愚か者を俺はたくさん見てきた…… 主にマンガで。
ちなみに種明かしすると、この能力無効化の正体はミラの『劣化歌姫』だ。
『歌姫人魚』で発生した音波の逆位相の波を『劣化歌姫』で作り出し、アルテナの能力で威力を増幅して密かに発する。それにより音波同士を打ち消し合って無効化しているのだ。
タイミングは俺の緋色眼で計り、念話でミラに指示を出している。
所謂ノイズキャンセリングの技術だ。
これをバラしたら怒るだろうな…… 嘘ついた事より、歌姫の歌を雑音扱いした事に……
しかし咄嗟の事だったとはいえ『能力無効化』とは…… 我ながら捻りもクソも無いシンプルな能力名にしてしまった…… ま、いいか。どうせ一回限りの使い捨てだ。
しかしこの嘘の効果は絶大だ。『歌姫人魚』は反則級の汎用性を誇っている、歌の種類だけ色々な効果がある能力だ、一つ一つ対応していたのではキリが無い。
相手に「無効化されるから使えない」と思わせるのが本当の『能力無効化』というワケだ。
「一定の条件で相手の能力を無効化できる…… 少なくとも私自身に効果のある歌は無効化できないみたいね?」
全ての能力を無効化できるとは言わない、これも重要な事だ。ミラの能力はあくまでも『劣化歌姫』、『歌姫人魚』とはスペックが違う。全てを無効化できるとは限らないからな。
相手に嘘を信じ込ませるには、「無効化できないモノもある」という真実も混ぜ込んでおかないといけない。
「マリーナ、剣舞剣を持ってきなさい」
「ん?」
「え? マ……マリーナ?」
玉座の奥から一人の少女が歩み出てきた……
人魚族だけあって、なかなかの美少女…… しかしそれ所では無い、彼女は全身傷だらけで、両手を縛られ、その手には刃渡り30cm程の装飾の施された湾曲ナイフ・ジャンビーヤが握られていた……
そして一番重要なのは彼女が…… 全裸だという事だ!!
おのれ魔王め!! DTにとって一番恐ろしい攻撃を繰り出してきた!
何という事だ! 思わず視線が吸い寄せられる! そんな事をしている場合じゃないのに!
アルテナのチャンネルは強く念じた言葉を相手に伝えるらしい…… ミラに俺の思考が筒抜けになってない事を祈るしかない!
「マリーナ!! マリーナ!!」
「待て! 落ち着けミラ! 彼女は…… 使途だ」
今にも駆け出しそうなミラを押し留める。
「ん? あぁ…… そういえばアンタ、このコと仲良かったんだったっけ?」
「お……お母様…… マリーナに何をしたんですか!? なんで……そんなに……」
「あぁ、この傷? 別に意味は無いわよ、ただイライラしてた時にたまたま目に留まっただけで、ストレス発散に使っただけよ。こんな風にネ♪」
ミューズがジャンビーヤを乱暴に奪い取ると……
ドスッ!!
その剣でマリーナの胸を貫いた!
「なっ!?」
「ッッ!!??」
「……ッ!!…… カフッ!!」
剣を引き抜くとマリーナは大量の血を吐きその場に倒れた。
「い……や…… いやぁぁぁーーー!!!! マリーナ!! マリーナァ!!!!」
今にも発狂しそうなミラを強引に抱き締め押さえつける。
「お前…… 何してんだよ!」
「言ったでしょ? ストレス発散だって、あ~スッキリした♪
使途にしておけば簡単には死ななくなるでしょ? でも…… コレはもうダメかな?」
そう言ってミューズは瀕死のマリーナを蹴とばした。そのまま数メートル転がり動かなくなった。まだ乾ききっていない床に血が広がっていく。
高位の使途なら死に掛けでも元気に動き回っていたが、これは……
「ぁ……あぁ…… マ……マリー……ナ……」
これ以上ない精神攻撃をしてきやがった…… コイツ……!!
「さぁ…… 続きを始めましょうか?」
そう言って魔王ミューズはナイフを構える。しかし何故にジャンビーヤ?
「カ……カミナ様……」
「ミラ! 大丈夫……か?」
「ハァハァ…… だ……大丈夫です…… やりましょう!」
「ミラ…… 分かった」
今は何も言うまい…… 正直、掛ける言葉が見つからない。
「歌姫人魚 『円舞曲』」
「円舞曲だと?」
「アレはソードダンスの旋律です。あ……あの剣舞剣『男殺し』による近接戦闘用の……」
「なに?」
次の瞬間には魔王ミューズはこちらに向かって飛び出していた。
咄嗟にミラを庇いながら魔神器から愚か成り勇者よを取り出し迎え撃つ!
ギィン!!
腕力で強引に攻撃を跳ね返す、しかしミューズはその場でクルリと廻り、まさに舞い踊るかの如く続けざまに剣撃を放ってくる。
予想以上に鋭い! 完全に見誤った!
ミラが完全後衛型の魔術師だから、その母親も同じだろうと勝手に思い込んでいた。まさか近接格闘のスキルがあったとは!
しかも……
ピキッ!!
愚か成り勇者よが欠けた! あの剣舞剣『男殺し』に超振動が込められてるんだ!
このままじゃいずれ打ち負ける、やっぱり愚か成り勇者よって名前がいけなかったのか?
「第7階位級 火炎魔術『炎弾』ファイア・ブリッド!!」
苦し紛れに『地下壕潰し(バンカー・バスター)』経由の爆炎を放つ。しかし……
ズバァ!!
炎を切り裂かれた! これは手に負えないぞ!
「アハッ♪ ようやく焦った顔を見せてくれたね? それが見たかった♪」
くそっ! コイツ本当に俺に似ていやがる! すごく嫌なんですけど!
チッ! これは覚悟を決めないといけないな……
「『円舞・剣の舞』……ほらほらぁ! そのナイフいつまで持つかな? 何か手を打たないと後数秒で詰みだよ?」
ソードダンスから絶え間なく打ちこまれる剣撃、左手で魔術を放ち牽制するも殆んど意味をなさない。
そして……
バキィィィン!!
愚か成り勇者よが根元から断ち切られる! くそっ! 勇者が男殺しにやられた!
「はい、チェックメイト♪」
魔王ミューズがトドメの突きを俺の心臓目掛けて打ち込んできた。
ブシュッ!!
「カ……カミナ様ぁ!!」
「ッ……!!」
「……何?」
男殺しが貫いたのは俺の左の手の平だった。
アイツが最後に狙ってくるのは、魔王の力が宿る場所、心臓だと言う事は分かっていた。
「いっ……つぅ! だが……捕えた!」
ミューズの右手と男殺しに掛かった血を一気に過熱する。
ジュゥゥゥゥゥーーー!!
「!? 熱ッ!! 何コレ!?」
魔王ミューズは突然の熱に男殺しから手を離し距離を取る。その隙に魔神器から魔力微細制御棒を取り出す。
「第2階位級 金属魔術『神剣・天叢雲剣』シンケン・アメノムラクモ」
俺達の周りに長さ1メートル程の剣が出現する。その数、実に100本!
「な…… なに……これ?」
その光景に今度はミューズの方が顔色を変える…… あぁ、その顔が見たかったんだよ。
「穿て!!」
神剣・天叢雲剣が全方位から魔王ミューズに襲い掛かる!
「こんなモノ!!」
ミューズは全身に超振動を纏い迫りくる神剣を叩き落としていく、先ほどのソードダンスと違ってその様は、実に無様なモノだった。
なるほど剣が無ければ『剣の舞』は踊れない…… 未だに左手に刺さったままだった男殺しを抜き取り自分の後ろに捨てる。
「ふん…… 無様だな……」
「こ……のぉ!! 歌姫人魚 『輪舞曲』」
ミューズは結界の展開を試みる…… しかし。
「無駄だ」
……ィィィイイイン……
『能力無効化』により、結界を開くことは出来ない。
「何で!! こんな……!! 事に!! ハッ!?」
ズドドドドドドドドドドド!!!!
大量の神剣が魔王ミューズを貫いた……
美女の串刺しの完成だ…… 本当はこんなモノ見たくは無かったんだが…… コイツに容赦は不要だとよぉく分かったからな。
「カ……カミナ様?」
「まだだミラ、まだ終わってない!」
次の瞬間、魔力が膨れ上がるのを感じる! 謁見の間に台風にも似た魔力の嵐が吹き荒れる!
気持ち悪い…… この魔力酔いに似た症状は魔王レイド戦でも体験した。
『限界突破』だ。
魔力の嵐の中心部、大量の剣が突き刺さりウニのようなオブジェに成り下がっていた者が立ち上がった。どうやら心臓だけはガードしていたらしい……
しかしようやく使ってくれたか、こちらが切り札を使う前に何とか条件を整える事が出来た。
敵の身体を貫いていた神剣は砂のように崩れ落ち、魔王ミューズ・ミュースが再び現れた。
その髪は薄い紫色に変わっている…… ショッキングピンクに変わると思ってたがハズレたか……
「フフ…… アハッ…… アハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
うぉっ!? 魔王ミューズが急に笑い出した!? 脳の良くない部分に剣が刺さって超速再生しきれなかったのか?
「やってくれたわね? 何が『能力無効化』よ、セイレーンが私の歌を妨害してただけだったんでしょ?」
ヤバイ! バレた!? あの天叢雲剣の中で観察してたというのか!?
「そして…… 今の私の歌は妨害できない……」
魔王ミューズがニヤリと凶悪な笑みを浮かべた!
まずいぞ! 止めを刺さなければ!!
「遅い…… 歌姫人魚 『小夜曲』」
!?
な……なんだ? 脳に直接響く様なこの旋律…… ヤバイ…… 体の自由が……!!