ドラコと賢者とパンケーキ
「セティ、プリン」
「あ? プリン? んなもんねえよ」
何言ってんのこいつというような目で、セティは足元にしがみ付くドラコを見た。彼が今朝ドラコに確認した時は、パンケーキで良いと言っていたくせに今更プリンとか言われても困るのだが。なぜこの変てこな生き物は急にプリンだなんて言い出したのだろうか。
「プリン! きのうセティいった!」
「あ? 昨日? あ、ああ。おう。そういや言ったかもしんねえな」
やっべ。普通に忘れてたわ。
セティは心の中でそう呟いた。昨日ドラコをお使いに出すのに、そういえばそんな事を言って釣ったような気がしないでもない。彼はすっかり忘れていたが、ドラコだって今の今まで忘れていたのだからお相子だろう。どうせなら明日まで忘れていればいいものを、どうしてこの瞬間に思い出すのか。これは厄介なことになったとセティは溜息を洩らした。
「プリン」
ドラコはセティの背中に張り付き、ぐうぐうと竜が威嚇する時に出す声で唸った。とは言っても所詮はドラコが出すものなので、セティは威嚇されても一切恐怖を抱かなかった。何せ猫が上機嫌で喉を鳴らすそれにそっくりなのだから。あれ、何かちょっと和むわあ。くらいなものである。
「悪い。忘れてたわ。パンケーキで我慢してくんない?」
なぜドラコはもっと早く言ってくれなかったのだろうか。すでにセティはパンケーキの生地を仕込み終え、さあそろそろ焼こうかという状態だ。今更おやつの変更は難しく、もうこれは何が何でもパンケーキで納得してもらうしかない。
「いや」
ぐうぐうぐるる。ドラコは激しく喉を鳴らし不機嫌だと訴えた。このままでは確実にドラコが拗ねて面倒くさいことになる。いじいじ、いじいじといつまでも床に寝そべって駄々をこね続けるのだから性質が悪い。こうなっては拗ねた原因を解決できるまで、ドラコは梃子でも動きやしない。無理やりにでも起こそうものなら床に爪を立ててしがみ付き、それでもと持ち上げようものならば床板が剥がれてしまうのだ。
「そこを何とか頼むよドラコ。プリン明日にしねえ?」
「いーやー」
「忘れてた俺が悪かったよ。でもよ、今日のパンケーキすげえんだぜ? 超ふわふわなの。俺、頑張っちゃったんだって。薄めだけど超ふわふわで、それ六枚重ねにしてな。そんでクリームがっつりトッピングして、果物ごろごろ乗せちゃって。チョコレートも付けちゃおうかなあ、なんて考えてたのになあ」
その言葉にドラコがぴくっと反応した。よし、こうなればあと一息だ。
「ああ、残念だなあ。せっかく今日の生地は最高の出来だったのによ。明日もう一回作っても、こんなにふわふわになんないかもしんねえ。しかたねえよなドラコ。明日はペシャンコのパンケーキで我慢しくれな?」
ぴこぴことドラコの羽が忙しなく動き出した。うう、ううと唸る声も聞こえる。先程の唸り声とは違い、これは彼が悩んでいる時の声だ。
セティは上手くいったと笑みを浮かべた。こうなればもう彼の勝利が決まったようなものだ。
「プリン今から作るけどよ。焼けても熱々だから、冷えるまで待っててくれな。多分夕飯前には冷えるんじゃねえかな。でもそうなったらもう、おやつの時間じゃねえし。どっちにしろおやつは明日までお預けかもなあ。悪いなドラコ、お前どうする?」
熱々のプリンを瞬時に冷やすことは、賢者のセティにとって造作もないことだ。けれど今はこのパンケーキ種を消費したいが為にあえて嘘をついた。
「パンケーキ」
間抜けなドラコは、もうパンケーキに夢中でそれに気付きやしなかった。頭の中はパンケーキ、パンケーキ、パンケーキだ。
「え、パンケーキで良いの? 今からプリン作るよ?」
いやいや遠慮しなくてもいいんだぜ?
セティはそういった態度でドラコに問いかけた。その少し馬鹿にするようなわざとらしい態度も、今のドラコには最早どうでもいいものだった。とにかくおやつを食べることが最優先だ。
「やー。パンケーキ」
「あ、そう? じゃあ今から焼くな」
勝った。セティは上機嫌で鼻歌を歌いながら、熱したフライパンに生地を流した。じゅわっという音と共に次第に甘い匂いが周囲に立ち上った。ドラコはその匂いに待ちきれず、まだかまだかと羽をぴこぴこと動かした。セティはそれに堪らないとばかりに笑みを漏らしたのだった。