親子水入らず
事件の後、半ば追いやられるようにして商店街を後にしたエヴィ・F・エンドレスは、袋を抱えたまま図書館に来ていた。
図書館の姿は九百年前と変わらず、思わず郷愁の念にかられる。
思わず立ち尽くしてその姿を仰ぎ見ていると、扉がゆっくりと音を立てて開いた。
「おかえり。そんなところにいつまでも立っていると風邪をひくよ」
開かれた扉から真っ黒な青年が顔を出す。
「……ただいま」
それにエヴィは笑顔で答えた。
中に入ると、青年、ロエル・Voiは扉に鍵を掛けた。
その音にエヴィは振り返る。
「もともと来る人なんてほとんどいないし、早めに閉めたってどうということもないさ」
ロエルは言い訳するように言ってから肩を竦めて見せた。
「そういうもの?」
「そういうものだよ。なにせ僕は商売でやっているわけじゃないからね」
そして案内されるままに二階の居住区の一画、主に食事や三人で集まる時に使っていた部屋に行く。
部屋の中はどこか陰湿な雰囲気が満ちていて、エヴィは思わず顔をしかめた。
「そんな顔をしないでくれよ」
それにロエルは渋い顔をする。
「ごめんなさい」
咄嗟にそう呟くと
「良いよ」
と首を横に振った。
狭い部屋には四人掛けの四角いテーブルが置かれ、向かい合うように二脚ずつ椅子が置かれていた。もちろん、キッチンもしっかりとある。
「さて、積もる話はいっぱいあるけど、僕の話はまた今度にしようか」
椅子を一つ引いて、そこに座るように促しながら、ロエルは打って変わって爽やかな笑顔を浮かべる。
「今日はエヴィの話を聞かせて欲しいな」
そしてエヴィの前に向かい合うように腰掛けると、
「王子から聞いたよ。何か、僕に聞きたいことがあるんだろう?」
と言った。
その見透かしたような言葉にエヴィは少し唸る。
「どうせもう知ってるくせに」
唇を尖らせて拗ねたように呟く。
「大体はね。詳しくは知らないよ。せいぜい、エヴィが僕に用があるということと、王子に何かを頼まれて僕に助言をしてくれるように言いに来たということぐらいしかわからない」
「それだけわかってれば十分なの」
エヴィは余計頬を膨らませた。
しかし、やがて諦めたようにぽつりぽつりとティエルから聞いた今日の出来事を話し始める。
今日の、盗賊達が起こした事件について。
「要するに、王子は盗賊達の様子が気になってるわけだ」
エヴィが話し終わると、ロエルはふうんと顎に手を当てた。
「そうなの?」
それにエヴィは首を傾げる。
「うん。本人は気付いてないだろうけどね。その二人の様子に違和感を感じたんじゃないかな。
正直、その話を僕にしている暇があるなら早く巫女様に言うべきだと思うよ。彼女なら、もしかしたら――」
ロエルはそこまで言うと口を閉じた。そして、悪戯っ子のような笑みを浮かべて
「……僕が言えるのはここまで。これ以上は自分で考えてもらわないとね」
と言った。
「巫女様ってケーイさんのこと?」
首を傾げて尋ねてもロエルはただ口を噤んでエヴィを見つめるだけ。
「……わかったの」
決して意地悪をしているわけではない。それがわかっているエヴィはすごすごと引き下がった。
「さて、じゃあ一個目は終わりだね。残るはもう一個だ」
するとさっきまでの口を堅く噤んでいた様子から一変して饒舌に語り出す。
ロエルはテーブルに肘をついて頬杖をすると、エヴィが大事そうに抱える袋を指差した。
「エヴィの本題は、そっちだろう?」
その顔は宝物を前にした子どものように華やいでいるが、何処か大人の落ち着きも感じさせる難しい表情を浮かべている。
エヴィはぎくりと体を震わせると、伺うようにロエルを見た。
ロエルは何も言わず、ただただエヴィを見返す。
そこから奇妙な我慢大会が始まった。先に話し出した方が負け。そんなルールを決めたわけでもないのに、二人とも頑なに口を閉じたまま開かない。いかに相手を早く喋らせるか。お互いに焦らすようにじっと見つめ合う。
重くはない沈黙が二人を包んだ。
やがて
「武器を」
エヴィががっくりと項垂れて小さな声で呟いた。
「武器を、作ってほしいの。普通の」
大事に抱えていた袋を机に置き、解く。そこには剣を作るためのいくつかの材料があった。
それを見てロエルは目を鋭く細める。
「普通の武器、ね」
少し声を潜めてロエルは言った。
「……無理なら断ってくれて良いの」
それを拒絶ととったのか、エヴィは沈んだ声で答える。
「無理じゃないよ。というか、そのお願いを聞けるのは僕ぐらいだろう」
そんなエヴィを慰めるように、ロエルは材料の内の一つを手に取った。それを手でこつこつと叩く。
「理由は?」
「え?」
突然の問いかけに素っ頓狂な声を出た。
「武器を作る理由」
それにロエルは静かな声音で同じことを繰り返す。
それにエヴィは少し言い淀んだ。しかし、意を決して口を開く。
「……ティエルに、ティエルに渡したいなって」
「どうして?」
するとロエルはさらに踏み込んできた。
「わからない、けど、そうしてあげたいなって」
エヴィは泣きそうな顔でそう答える。
「自分でそう思った?」
こくん。静かに頷く。
それにロエルは薄く、口の端をわずかに持ち上げるだけの笑みを浮かべて
「なら、俺は断るわけにはいかない」
と陰気に言った。
「千年ぶり、いや、人に持たせる武器を作るという意味ではもっと昔……」
そして独り言をぶつぶつと呟きながら、袋の中のものを一つ一つ手に取っていく。
「どうして……?」
それを見たエヴィは不思議そうに首を傾げた。
断られると思っていたのに、ロエルはあっさりと受け入れてくれた。それが信じられなかった。
「エヴィが初めて俺に“願った”から。それ以外に理由はない」
それを助長するようにロエルは続ける。言葉少ななロエルはそれでも精一杯に言葉紡ぐ。
「お前が何かを“願う”なら、俺はそれを断らない。お前がそれを望むなら、俺はなんだってしよう」
思いもよらない言葉に、思わず息が詰まった。
同時に自分が何かを人に“お願い”することが初めてだったということに思いが至る。
「っ……。あり、がとう」
震える声で絞り出す。
すると
「いや」
とロエルは重い口で呟いて。
そして何かを切り替えるようにぽんっと手を打った。
「さて、そろそろ暗くなってくる頃だ。帰る前に彼女に会って行ってほしいな。隣の部屋にいるから」
エヴィは手を打つと同時に別人のような笑顔を浮かべたロエルの顔をまじまじと見つめた後、
「わかったの」
と少しくすぐったそうに微笑んだ。




