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エデン・ガーデン ~終わりのない願い~  作者: 七島さなり
間章 エヴィの時間

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竜の森にて

 そこは深い森の中だった。


 エデン・ガーデンの七分の四を占めるセントラル地帯の一角。竜達が住まう「竜の森」。


 灰色で小柄な少女の住処は「竜の森」の中枢にある樹齢数億年の大樹の根元だ。

少女の年齢は推定五歳ぐらい。戸惑いがちに揺れる薄い紺色の瞳が特徴的な少女だった。


 暖かい日差しが淡い灰色の髪に反射して、周りに光の粒子をばら撒く。まるで、少女自身が淡い光となって輝いているようだ。


「ねえ、おとうさん」


 幻想的な少女は木の根元に腰掛けながらすぐ近くで眠る老竜を呼んだ。


 老竜はしゃがれた声で


「どうした? エヴィ」


 と言う。


 少女、エヴィは少しだけ俯きがちになると、足をぶらぶらと揺らしながら少しだけ不満そうに呟いた。


「おとうさんには、おねがいごととかないの?」


 老竜はすぐには答えず、ゆっくりと頭を持ち上げるとエヴィの頬に軽く触れた。


「お前になら、わかるであろう? 我の願いは我の全ての子ども達が幸せであることだ。無論、その中にはお前も入っている」


 エヴィは父の顔を見つめて少しだけ困ったような顔をした。


「しあわせって、よくわからないの」


「お前が大きくなればわかるさ」


 優しい声音にエヴィの顔が少しだけ緩む。


「ほんとに?」


「あぁ。本当だよ」


「わかった。おとうさんはうそつかないものね」


 ようやく笑ったエヴィの顔を見て、老竜もまた口を微かに持ち上げて笑った。


 それから、エヴィは老竜に今日あった出来事を楽しそうに語った。おいしい木の実のなる場所を見つけたとか、大人しい魔獣に出会ったとか、少し近くで不思議な音がしたとか、そんなことをひどく楽しそうに話す。


 老竜はそれを同じく楽しそうに聞いていた。


 動けない彼にとって、エヴィの話が世界を知るための唯一の手段なのだ。


 痛み、傷つき続ける世界。愛しい我が子達が必死に守ろうとして逆に傷付けてしまっている世界を知るため、老竜はたどたどしく話す少女の声に耳を傾ける。


 そうして話していると、いつの間にか日が沈む時間になっていた。


 黄昏が淡く鋭い光とほのかな熱を薄暗く寒い森に届ける。


 こぼれる光を纏いながら、少女は少しだけ悲しそうな顔をした。


「おとうさん、あのね」


「言わずともわかっている」


 おいで、と言われるままエヴィは根元から降り、老竜の腹部に潜り込むように座った。


 老竜は体を丸めてエヴィを包み込む。


「さよならじゃ、ないよね?」


「あぁ。そうだ、エヴィ」


 不安げに震える少女に老竜は優しく声を掛け続ける。ずっと、日が沈み、彼女が少しの間眠ってしまうまで。


 やがて日が完全に沈んだ頃、世闇を纏って一人の女性が現れた。


 夜よりも黒い髪に全身を覆う黒いドレス。瞳は空のような澄んだ水色。口元には愉快そうな笑みをたたえている。


 その後ろには陰鬱そうな顔をした青年が立っていた。


「やあ、久しぶりだねえ、『竜の父』。僕のこと、忘れたわけじゃあないよね?」


 彼女は片手を挙げてふらふらと軽く揺らすと、老竜の前で腕を組んで立ち止まった。


「あぁ、随分と久方ぶりに思える。『母君』は変わらぬようで安心した」


 老竜、『竜の父』は静かな声音で言うと、頭を持ち上げて『母君』と呼んだ女性をじっと見る。


「うん、君も息災なようだね。良かった、良かった。ちなみに僕の後ろに居るこいつも元気だよ。なんか凄く陰鬱で萎びた雑草みたいな顔しているけど、君も知ってのとおり、これがこの男の標準(いつもどおり)なんだ。一緒にいるとこっちまで湿っぽいのが移りそうだよ。まあ、別に嫌いじゃないけど。今日は元気な姿を見せようと思って連れてきた。お互い積もる話もあるんじゃないかな? そうでもない? まあ、僕はどっちでも良いんだけど。でも、挨拶ぐらいはすべきなんじゃあないかな、ロエル?」


 女性は聞いてもいないことを長々と話したあと、後ろを振り返って、ほら、と青年を呼んだ。


 女性と同じ真っ黒な青年は大人しく女性の隣までやってくると、やはり陰鬱な顔のまま


「お久しぶりです、父上……」


 と暗く沈んだ声で言った。


「あぁ。お前も、元気そうで安心した」


 短いやり取り。二匹の会話がそれ以上続くことはなかった。


 それをしばらく黙って見ていた女性は、呆れたように大きく溜息を吐いた。


「暗いねえ。もっとなにかあるだろうに」


「エイン」


 しかし青年の咎める様な声に「はいはい」と応じて、すぐに態度を改める。


「……今日はお願いがあってきたんだ。聞いてくれるよね?」


 それが確認ではないということを竜の父はよくわかっていた。


「覚悟ならとうの昔に出来ている。元々、そのつもりであったのだから」


 丸めていた体を伸ばす。中から灰色の少女、エヴィが出てきた。


 もう覚悟は決めたとでも言いたげな顔で、前に佇む女性、エイン・F・オリジンを見つめている。


「やあ、エヴィ」


「こんばんは」


 ふっと笑みを零すエイン。エヴィも笑顔で応じた。


 名残惜しそうな顔で竜の父の元を離れ、エヴィはエインの前まで歩いてくる。


 エインはしゃがむとエヴィの顔を覗き込んだ。


「良いのかい? ここの生活が好きなんだろう?」


「うん。でも、それじゃだめだからむかえにきてくれたんでしょ?」


 のんびりと、でもしっかりとした言葉に『全ての母』は誇らしそうな、満足げな顔をする。


「君はいつだってしっかりしているなあ」


「ほめているの?」


「うん」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 照れたように微笑むエヴィの頭をエインはそっと撫でた。くすぐったそうな顔が余計に愛らしい。


「お願い、聞いてくれるかな?」


 優しく問い掛ける。


 エヴィは「うん」と深く頷いた。


「じゃあ、行こうか」


 エインはゆっくりと立ち上がるとエヴィの手を取った。


「連れて行くよ」


 最後の確認なのか、竜の父に言う。


「あぁ。その子を頼む……」


 彼はまるで懇願するような声で小さく、それでも力強く言い、深く頭を下げた。


「うん。わかっているよ」


 それに強く頷く。


 竜の父に背を向け、エインは世闇の中を歩き始めた


「またね、おとうさん」


「あぁ、また会おう」


 エヴィはエインに引っ張られるように数歩、前に歩き出しながら竜の父に向かって大きく手を振った。その姿が見えなくなるまで、笑顔で。


 そして、竜の父の姿が完全に見えなくなると、エヴィは少しだけ泣きそうな顔で前を向いた。


「泣きたいのかい?」


 優しく手を握りながら、エインも悲しそうな顔でエヴィを見た。


「ううん。なかない」


 少女は気丈に振舞う。


「エインはやさしい。わたしはそれをしってるから。だから、だいじょうぶ」


 力強い声でエヴィが言うと、エインは一瞬きょとんとした顔をしてから、くすぐったそうに笑った。


「エヴィ、君に名前を挙げよう」


 楽しそうな声にエヴィは顔を上げた。


「君は今日からエヴィ・F・エンドレスと名乗るんだ。良い名前だろう?」


 エインが誇らしげな顔で言う。それにエヴィは首を傾げて


「よくわからないの」


 と返した。

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