愛しき人よ
君のためならなんだってするさ、愛してる。君を離したくないよ
そう言ったら、少し控えめに笑った君が忘れられない。背中に絡みついた腕から伝わる体温に我に帰る
背中の温かさは決してはっきりとしていなくて、ぼんやりとじんわりとしていた。今、抱きしめている君もそうなんだろうか
君を感じているのは、2人の体温を共有してるのは僕だけなんだろうか。こうして交わした口付けも、僕が君を感じているように、君も僕を感じているのか?
確かに存在はここにあるのに、どうして君を感じているのに。どうして、どうして
君の不敵な笑みが、あの時の笑みが忘れられない。なぜ今更こんなにも鮮明に浮かんでくるんだろうかもう時間だわ、と君が言った。強く抱きしめているはずなのに紐を解くように君の腕が離れていく
離したくなくて、離れたくなくて、手を伸ばす。だけど、君の腕が掴めない。掴もうとして伸ばした手は何度も空を切り、掴んだ。
君がくるりと後ろを向いた。僕から遠くなっていく、ゆっくりと僕から離れる。一歩踏み出せば、届く距離なのに足が出ない。待てと言えば良いのに声が出ない
少し距離を置いてから君が止まって、振り返って僕を見る愛しているわ、君がそう言った。不思議な感覚がした。確かに僕だって君が好き、愛してると言われて嬉しさと愛しさで胸がいっぱいになっている
それでも僕は何も出来なかった。言えなかった
愛してると答えればいいのに、出来ない。
いつか君にあげた指輪が見える。あの時からずっと同じ輝きを放っているのに僕は目が離せなかった
さよなら、と小さく君が言った。どうしてなんだ、たった一言が胸に来る。君はまた後ろを向いて歩き出す。僕はただそれを黙って眺めていることしか出来なかった