第一章・三話
朝、美奈子と真は作業場に集まると作戦会議をするようになった。自分に想像力が無いことから、何か売れるいいアイディアはないかと美奈子に聞いたり、逆に美奈子から客観的な意見を求められたりと、持ちつ持たれつの関係である。
そして今日、二人で決めた期限の日、二人は互いの作品を持ち寄って、お披露目会である。
「中々……いや、だいぶ凄いんじゃないか」
「そうですね……、卒業制作とかこれでいいですよね」
二人は互いの作品を見ながら、恐る恐る言葉を紡ぐ、自分からすれば間違いなく最高傑作であると同時に、相手もそれを認めてくれてる気がするのだ。
美奈子の作品は、白っぽい板と黒っぽい板で描いた織姫と彦星。
白に織姫を、黒に彦星を掘り、ふたつを並べれば二人は会えて、ふたつを重ねれば会えないという物語を内胞した作品である。
真は、新しく店の看板商品になるようなものを探していて、機能美は大手メーカーに勝てないことは重々承知、勝てる見込みと言えば、木本来のぬくもりや、しなやかさ。そこから連想させられるな面的な癒しである。
それを最大限に生かすために、椅子をつなげられる使用にした。近くにある金物屋さんに頼んで椅子の下部に金具を設置。誰でも簡単につなげられて、背には抽象画をあしらった模様を施し、つなげても楽しめる作品にしてみた。
更に、夫婦椅子としてだけでなく、赤ちゃんが生まれたように、さらに真中に挟むと違う絵になるように施してみた。
「あ、すいません。今日合コンなんで」
「いいなぁ~大学生いいなぁ~」
ダダをこねて俺も行きたいアピールをするが、さすがに困るので無視を決め込む。
真もやはり大人であり、美奈子が行ってきますと言えば行ってらっしゃいと返した。
美奈子はどうもあういう場所が苦手であった。刹那的なその全貌が目まぐるしいのもあったが、どこか無粋である気もした。
他の友達は順調にお相手を探してる様子だが、美奈子はそうもいかず酒を飲んでごまかす。
どうにか帰れないかなと美奈子が算段していると、錦山が大声で場を制した。
「ゴメン。俺課題で忙しいから、これで帰ります」
そこら中からヤジが飛び、ブーイングの嵐だが、冗談とわかっている。困り顔で人の波をかきわける。
「あ、私もそろそろ帰ります」
ここぞとばかりに美奈子も手を上げ、別れを告げる。今度は錦山と違って、感違いな歓声も上がる。少し申し訳ないと思った。
「それ、今度学校主催の個展で出す作品? 」
「そうそう、現代版和洋折衷阿修羅像」
本来はブラフマーが居るはずのヴィシュヌ神の蓮の上をモチーフとした、ドーリヤ式の台座の上に、荒野のガンマン顔負けな重装備をした阿修羅像。
「きょとん顔してるけど、美奈子ちゃんが前学際で作った、日本版ラオコーンも中々の破たんぶりだったよ」
美奈子が作ったのは、ラオコーンをモチーフとしつつ、ラオコーンを建速須佐之男命、海蛇を八俣遠呂智、そしてラオコーンの二人の息子が伊邪那岐命と伊邪那美命。
完璧なまでの設定を無視した作りであるが、多神教ということもあり、熱狂的な信者もおらず、あまり問題にはならなかった。
「それにしても、わざわざ雨叢雲剣を警備員に持たせたのは正解だったな」
そんな取り留めのない話をしていて、美奈子は気がついた。
錦山の作業をさっきから見ているものの、笑顔が見られない。真剣な表情はどこもおかしくないのだが、疑問符を持ってしまう。
「ねぇ」
「ん? 」
「錦山君って恋したことある? 」
「そりゃ、何度かは……」
「それってどんな気分? 」
「ん~、モヤモヤして、胸はバクバク、苦しくてどうにかしたくてもどかしくて、でも……」
「でも? 」
「すっげー楽しいし、幸せなんだよ」
「じゃぁ今は? 」
「今? いや、ただがむしゃらに……必死に作業してる感じかな? 」
一呼吸置いて、自分の中で整理をする。
「そっか、私行くとこ出来たから」
錦山が声をかける前に駆け出していた。意図がつかめない会話だったが、錦山は少し後悔もしていた。
そして同時に、彼女の忘れものに気づき、中身をちらっと確認してみる。
「板? あー、作品か……」
良心はとがめるものの、戻ってこないことを確認すると、カバーを外して作品を見る。
「恋ねぇ……駄目だ、勝てないなアイツには」
さっきまで必死に、がむしゃらに取りかかっていた作業を再開するものの、気持ちは全く違うものになっていた。
笑みを浮かべて、少しでも近づけるようにと、槌を振る。
星が奇麗な夜だった。ほんのりと湿った風が気持ちい夜だった。
美奈子は少し浮かれながら足を急がせ、まだ起きてるかなと、真の材木店を目指す。
灯りはまだついていて、外から覗くと最初に会った時のように、大きな板の上で図面とにらめっこしていた。
「あれ? 忘れ物? 」
美奈子は自分で自分を解決できた。たぶんきっと、恋に恋をしていたと。
だからって自分がピエロってわけじゃない。はっきりとした意思のもと、自分と言う人間は恋してる人間が好きであると結論もつけた。
「まだ作業してるかなって、なんか手伝いますか? 」
だから、恋多き男性のもとにもう少しだけ一緒に、もっと一緒にいたかった。
終わりが来ても、終わらせないように、美奈子は祈りにも似た自分をただ、このしがない材木店に捧げる思いだけだった。
━━━一章完━━━