第一章・二話
「で、どこらへんが駄目ななのよ? ガッツリのろけ話聞かされてる気分なんですけど」
美奈子の通う大学の学食で、友人の五十嵐和美は少し不満を口にする。しかし、その矛先は無残に曲がっていて、強く当たる気になれない。
なのでとりあえず、もう一度同じ質問を繰り返してみる。
「で、どこらへんが駄目のなの? 」
そもそも落ち込んでいる美奈子に、和美が声をかけたことが事の発端で、恋多き初心な女性美奈子がまた、春の訪れを勘違いしているのではないだろうかと心配になり声をかけたしだいである。
しかし、口から出るのは男のいい点ばかり、恋は盲目とは、このことを言うのかと、少し飽きれていたところ、ようやく美奈子の口が開いた。
「ゲイなの……」
「あちゃー……」
意外と大きな壁にぶち当たった様子で、和美も言葉を失った。
「ナニナニ? 今ゲイって聞こえたんだけど」
意気揚々と現れたのは二人の友達の藤坂潤、世に言う腐女子という人種で、美大なんだからエロゴリ紳士のヌードモデルが来ないかと、少しの矛盾を孕ませながら日々を送っている。
趣旨を全く理解していない潤に、美奈子が順を追って説明すると、次第に潤の顔に真剣さが出てくる。
が、口から出てきたのは叱責の声だった。
「ばっかじゃないの」
疑問符も、威圧するほどの声量もなく、ただつぶやくように罵倒され、ふたりは困惑していた。
「なんて言うか、時代錯誤の夢見る乙女ポジでも狙ってるの? それ」
「結論から言え」
和美が強めに食いつくと、潤は笑顔をつくりつつ額に汗をかき、両手をブンブン振り回して拒絶を表す。
「だから、そいつはゲイじゃなくてただの腐男子だって」
当然のように二人はきょとん顔で、今だに結論を行った事に気付いているのかすらはなはだ疑問である。
もとはと言うと、材木店に通うようになり、当然二人は日ごとに会話を交わしていく。自分の趣味や休日の過ごし方、あの友達がどうで、この友達がああだとか、エトセトラ。
そうして少しずつ交流を増やしていくにつれ、人生経験すら少ない美奈子は次第に魅かれて行ったのだが、相手はそんなこと露ともしらなかった。
そして、趣味の話で盛り上がっている時、少し二人の壁が薄らいだのだろう真から思わぬ言葉を聞いたのだ。
「いやぁ、それにしても平成STEP!! の吉永君ってカワイイよなぁ」
平成STEP!! とは、アイドルグループを多く排出する大物プロデューサージョニーが抱える今一押しのユニットで、メンバーの全員が平成生まれ、中には中学生も含まれている。
真が語った吉永君とは、ドラマにも出演したり、平成STEP!! 結成前から人気の高いアイドルで、まだ高校一年生だったと、美奈子は頭の中で思い返していた。
それよりも気になったのが、カワイイと言う言葉だった。それがどうも引っかかってしまったのだが、どう質問していいかもわからなかった。
「そんで、好きすぎるから前友達からポスター貰っちゃてさ、見る? 超カワイイよ」
「いいです」
その時たぶん、美奈子は自覚していないが、ここぞとばかりに冷めた声で対応していただろうと思う。
「いい、平等がうたわれてようと、同性愛者はそれなりの対応とリアクションを他からうける、いわば他人にオープンになれるやつはそうそういないものよ」
「つまり、趣味のいっかんであり、恋愛対象でないから口にしただけと? 」
「そう。だから、美奈子は気にしちゃ駄目よ」
だからと言って、はいそうですかと簡単に解決できる話では無かった。疑いが晴れても、美奈子の心の中にしこりは残る。
お昼が終わりそうな頃、三人で話しているところを同じゼミの男の子に声をかけられた。飲み会のお誘いだ。
美奈子が恋多き人間と友達から思われているのは、同じゼミの錦山宗田に一目ぼれをしたところから始まる。つまりは、一目ぼれ体質なのだ。
告白するにいたらないまでも、脳内は確実メルヘン使用である美奈子を、ほかは面白がって見ている。応援はしない。本人のためにならないからと、人生の先輩達、和美や潤は否定もしないでゆっくりと見守っている。
かくいう錦山よいう青年は、今どきの草食系男子に分類されるでもなく、肉食系のチャラ男にも分類されない。とりあえずあたりさわりのないいい人なのが問題で、美奈子は優しくされるたびに勘違いを起こす。
三人ともが参加の意を伝えると、美奈子が口を開こうとした。言わんとすることは予想がつくので、和美と潤はそれを一言で押さえつける。
「違う」