表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

同窓会で昔好きだった子が騒いでいるのです。

作者: 大橋 秀人

あいつと離れて座って正解だった。


そういえば、よく考えれば昔からそんなところがあった。


周りの目ばかり気にして、ええ格好しぃで、調子がよくて…。


長テーブルの先には、紅潮した顔で声を張り上げる大輔がいる。


「これからみんなで廻し呑みな!」


大輔は命令口調でそういうと、自ら持っていたビールのピッチャーを煽る。


どこからか、一気コールが湧き上がり、あいつは体を揺らしそれに応えようとする。


が、いくらなんでもピッチャーを空けられる訳がなく、次第に中身の減る気配がなくなってくる。


周りも大輔の性格を理解しているから、面白がって無理に調子を上げ、手拍子を続ける。


そんな痛々しい光景を見るに見られず、私はコップに注がれた生温いビールを苦々しく啜った。






※※※






「人生、ノリだよ、ノリ」


ピッチャープレートの上に胡坐をかいたあいつは、照れたようにそう言った。


中学生最後の登板を終えた大輔は、打ち上げの食事会に行く前の少しの時間、皆が家に帰っている時、一人で校庭へ戻っていた。


握っていたボールを思い切り投げつけたが、それは綺麗な音を立ててグローブに吸い込まれてしまう。


しばらく愛おしそうに握ったボールを眺め、あいつはその感触を確かめていた。


一日二試合、延長も含めると17イニングを一人で投げ切ってなお、投げたくてたまらないような表情をする大輔に、かける言葉が見つからなかった。


「もっとグイグイ行っておけばよかったんだよな」


そう言ってこちらに満面の笑みを浮かべてくる。


投げ返そうとされたボールは敢え無く手からこぼれ、マウンドをころころと転がっていった。


その行く先を寂しそうな目で追う大輔に、私は氷嚢を渡した。


マウンドから埃っぽい、芳ばしい匂いが私の鼻をかすめる。


サンキュー


そういってあいつはマウンドの上に大の字になる。


「まだまだいく気になればいけたんだよな」


眩しそうな顔でそう呟く。


私は隣に突っ立って、寝転ぶ大輔の表情を見ているしかなかった。


「今日、もう少し踏ん張ってりゃ、また来週に続いてたのにな」


あーまぶしい。


あいつはそう言って夕暮れ時だというのに、自分の顔にベースボールキャップをかぶせる。


「そしたらまだ、やめずに済んだのになー」


人っ子一人いない校庭で、私は表情の窺い知れない大輔の肩にそっと手を置いたのだった。






※※※






進退窮まった大輔は、あろうことか口に含んだビールを噴き出した。


会場は面白がってみている人たちの歓声と、ついていけない人の冷ややかな視線で埋め尽くされた。


真っ赤な顔で倒れこむあいつの顔を、私は覗き込もうとしなかった。


「あいつ、昔からあんなだったっけ?」


隣に座る加奈子の問いに、私は黙って肯き、そして大輔をにらんだ。


どうしてあんなやつのことなんか。


私は乱暴に大根サラダを口に放り込み、ムシャムシャ咀嚼しながら悔しい心持になっていく。


「小中ってあいつ、野球部のエースだったじゃん。結構かっこよくて、女子に人気あったよね」


自分がその中の一人だったなどとは言い出せず、あいつの愚行を遠巻きに見ていることしかできなかった。


「ねえ、大ちゃん」


加奈子がトイレから戻ってきたあいつを呼び止めた。


「さっきはごめん。でも、普段はオレ、大人しいから」


などとあいつは軽口を返す。


私は加奈子の背中に隠れて可愛くなくなった大輔の顔を盗み見る。


それなりの時間が流れ、良くも悪くも少しは大人になったようだ。


「そろそろオヒラキなんだってさ。あ、オレ、加奈ちゃんとあんまり話してないや」


そういって大輔は加奈子の隣に腰掛けた。


地元にいるの?


大学生?


彼氏いるの?


あいつのあからさまな質問に加奈子は逆に笑ったが、私はちっとも面白くなかった。


「大ちゃんはどうして中学までで野球、やめちゃったの」


不意にでた加奈子の質問に、私の方が戦いた。


「だって、当時、野球よりサッカーの方が流行ってたじゃん」


ふざけた大輔の回答に私の頭は沸騰した。


「そんなことよりさ…」


私はあいつをにらみつけながら、心の中で大きく叫んだ。


なんでこんなやつ、好きだったんだろ。





※※※






野球特待の推薦枠を大輔が蹴ったという話は、当時、私の学年の間では大きな話題となっていた。


「野球はもう飽きたんだ」


「これからはサッカーだよ、君たち」


「要するに、新たな可能性を追い求めたいってことなのさ」


自分の机を囲むギャラリーに、あいつはいつもの軽口を返した。


中学での三年間、朝から晩まで白球を追いかけていた大輔に、まともに進学できる学力などあるはずもない。


折角のチャンスを棒に振ったという声が大半だった。


「お前もあいつらと同じこと言う?」


部室で荷物の整理をしていた大輔は、マネージャーだった私にそう訊いた。


薄々、事情に気付いていた私は、何も言わずに部屋の掃除を続けた。


最後の試合以来、私が見る限り、あいつは一度もボールを手にしていなかった。


慎重にボールを避けていたように思う。


だから、私は敢えて、あいつにボールを渡してみた。


「投げろって?」


私は肯き、部室の壁に書かれたいやらしい落書きを指差す。


部活前、部員が遊びでよくやっている的当てゲームを私は知っていた。


「いやらしいねぇ」


ニヤニヤしながら狙いを定める大輔が、的当ての部内記録を持っていることも、私は知っていた。


普段なら百発百中であることも。


しかしあいつが投げた球は、的をはずれ、隣にあった壁掛け時計を打ち落とした。


大輔は、顔を顰めながら、命中っと苦々しく言った。


「もう使いものにならないみたい」


そして、笑って肘を指差す。


ボールが当たったロッカーが空寒い音を上げる。


最後の試合の後、投げ返せなかったあいつの姿が、私の脳裏に鮮明に蘇える。


大輔はまだいけたなどと言ったが、この野球バカは限界を超えても投げ続けていたのにちがいない。


そしてその代償として、肘の故障を招いたのだ。


だから、推薦枠も辞退した。


それなら全ての辻褄が合う。


私はなんだか悔しくて、凹んで転がる壁掛け時計を乱暴に蹴り上げずにはいられなかった。


大きな音がないと、自分の泣き声を聞かれてしまうと思った。






※※※






あいつはきっと二次会に行く。


そして、そこでもはしゃぎまくる。


お調子者は今も昔も変わっていない。


昔は坊主頭で可愛かったのに。


今は今風を気取ってボサボサ頭だ。


気に食わない。


あいつの動向を気にしている自分が嫌で、私はお酒を飲み続けた。


「二次会、どうする?」


加奈子が聞いてくる。


私は冷めたまま、首を横に振る。


あいつに会うのは、今度は何年後になるだろう。


考えてしまう自分に腹が立って、別れも告げずに会場をあとにした。






※※※






高校を別にして、新しい生活に馴染むのに精一杯で、次第にあいつのことを考える機会も減った。


私の淡い想いなど、それまでのものだと思っていた。


「大輔のやつ、ついに学校、退学になったみたいだぞ」


それでも、風の噂であいつの名前が出てくると、私の心は俄かにざわついた。


噂の真偽を確かめる術もなく、気を揉むばかりの日々。


あいつならこうする、あいつならそんなことにはならないというデタラメなイメージで自分を納得されるしかなかった。


あいつは根はまじめだから、チャラチャラしているようでもきちんと学校生活を送っているに違いない。


万が一、辞めていたとしても、悪いことをして退学になったのではなく、また夢中になれる何かを見つけ、それに向かって歩き始めたのだ、きっと。


だが、調子の良いアイツだ。


悪い連中にノセられたということも考えられる…。


いつしか私は、母親になったような心持であいつの身を案じている。


駅を挟んで正反対にある図書館まで足を運んだのは、試験勉強をするという口実に隠れて、もしかしたら近くに住むあいつに会えるかもしれないという淡い期待があったからなのかもしれない。


「おまえなんでこんなとこにいるんだよ」


だから、ヘラヘラしたあいつの顔を本当に見つけたとき、私はどんな顔をしていいのかわからなかった。






※※※






住み慣れた町でも行きなれない道に入り込むと、新鮮な風景に出会うことができる。


夜風が涼しく頬を撫で、高揚した感情を徐々に落ち着かせてくれた。


たまには歩くのも悪くない。


「おまえ、なんでこんなところにいるんだよ」


そう思っていた矢先に声をかけられ、


「なんだ、機嫌よさそうじゃん」


などと言われたものだから、酔いが一気に醒めてしまった。


その場を一刻も早く立ち去ろうと私は歩幅を広げた。


しかし、どういうわけか大輔は私の横をぴったりとついて離れない。


できる限り大股で歩いても、あいつはゆったりとついてきてしまう。


憤り、にらむと、


「オレも帰り、こっちなんだもん」


などと悪びれずに言ってくる。


仕方なく歩を緩める。


私の脳裏に、高校時代の嫌な思い出が蘇ってくる。






※※※






図書館に併設されたグラウンドのベンチ座ると、大輔は珍しく遠い目をして、ボールを追いかける子供たちを見ていた。


サッカーボールが転がってきて、あいつは勢い任せに蹴り上げたが、見当違いの方向へ飛んでいってしまった。


「やっぱり、巧くいかないな」


ヘラヘラとあいつが言う。


野球なら一度のミスを心底悔しがって、皆の倍、練習していたのに。


野球をやっていたあいつを好きだったんじゃない。


好きなことに一生懸命なあいつが好きだったんだ。


私はその時、そう気付いた。


「なんか、面白いことないかな」


弱々しく、口から零れる一言が、癪にさわる。


私の周りの、目標のないつまらない奴らと変わらないあいつが嫌だった。


自分と変わらないあいつが嫌だった。


「オレ、学校、辞めちった」


大輔は視線を落とし、すねるようにそう言った。


何も言わないでいると、こちらの顔色を伺ってくる。


黙っていると、ため息をつき、あいつはまたグラウンドの中央付近に何を見るでもない視線を送る。


おもしろいこと、ないかなー。


二言目にくるその言葉の力なさに私の神経は逆立ち、勢いのまま立ち上がった。


どうしてこんなやつ。


「おい」


呼び止める声に立ち止まらず、私は歩き出した。


振り返りはしなかった。


もう、顔すら見たくなかった。


力なく呼び止める声を振りほどいて、私は夕暮れのグラウンドをヅカヅカと横切ったのだった。






※※※






あれから十年の月日が流れた。


お互いを何も知らない月日が一緒に過ごした時間を越えた。


同級生。


昔、好きだった子。


月日が私たちの関係を簡潔にしたのかもしれないし、はじめからそれだけの関係性だったのかもしれない。


十年前に別れたグラウンドは十年前と何も変わっていないようだ。


「大ちゃん!」


街灯の薄明かりの下で、グローブが鳴る小気味いい音が聞こえる。


「お前ら、まだやってたのかよ」


あいつは小学生くらいの子供二人に笑いかける。


「違うよ、帰ってくるの待ってたんだよ」


キャッチボールを続けながら少年は言う。


「その人、彼女?」


「なわけないじゃん」


ケラケラと大輔たちは笑いあう。


「グラウンドの先に灯りが見えるだろ」


あいつが頬を寄せるから、私はドギマギしてうなずいた。


「おれ、今、あそこで働いてるんだよね、で、こいつらはアソコの住人ってわけ」


少年たちは私によそよそしくお辞儀して、キャッチボールを再開した。


灯りの下に、かろうじて『こどもの里』と書かれてある看板を見つける。


「実はオレ、一時期あそこにお世話になってたことがあってさ。高校辞めてプラプラしてる時、ちょうどかつての先生に声をかけられて、それから雑用なんかしながら一緒に住まわせてもらってるんだよね」


大輔は少年たちに、ボールを怖がるなだの、相手の胸目掛けて投げろだの、チャチャを入れながら話す。


「オレ、今、すげえ充実しているんだよ」


思わず振り向くと、あいつの表情は確かに充実したものに変わっていた。


ビールを煽ったバカな青年は、酔いも見せず、精悍な顔つきで少年たちを見守っていた。


「高校辞めたとき、お前、オレに会いにきてくれたとき、あっただろ」


会いにいったのではない、と否定する前に、あの日のことを覚えていたことに驚いて、私は息を呑んだ。


「あの時のオレは確かにまいってて、何に対してもひねくれた捉え方しかできなかった」


あいつの話し方が十年前となんにも変わっていなかったから、私は暗闇の中、部活上がりの僅かな時間に喋ったあの時と同じ気持ちに還っていた。


「野球を取り上げられて、何をしようにも、何からはじめていいのかもわからなかった」


グラウンドのベンチで気の抜けたように言った、なんか面白いことないかな、は、本当に何かを探していたが、何をどう探して良いかわからない心の叫びだったのかもしれない。


「でも、オレ、勉強はだめだけど、やりたいこと、見つかったんだよ」


ボールを一心に追いかける少年たちに微笑みながら大輔は言う。


「今は雑用しかできないけど、いつか、腐ってた俺を呼び止めてくれた先生みたいになりたいんだ」


照れくさそうに笑う顔が、私には中学の時の彼を思い起こさせた。


そういえば大輔は、小さな頃から子供には圧倒的に人気があった。


一生懸命で、真摯で、面倒見のいいところが小さな子にはよく映るのだろう。


「姉ちゃん、今度、遊びにおいでよ」


少年のそんな言葉に、素直に頷ける自分がいた。


「なんだ、お前もいい顔で笑えるじゃん」


頭をくしゃくしゃにされ、私は憤ったが、やっぱり笑った。


大輔も私も、理由もなく、笑った。




迷わない人間はいない。


いっぱい迷って、迷いとおして歩いて、振り返るとそこが自分の道になっている。


道が出来るにつれ、少しずつ自分が進むべき道が見えてくる。


進むべき道を見つけた大輔が、マウンド上で打者と向かい合う少し小さな、でもとても勇敢で頼もしい私の好きだった彼の姿と重なった。

読んでいただき、ありがとうございました。


一言でも感想いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] う~ん! 大橋さんらしい秀作です。 想い出を絡めながら、自分の気持ちの変化を描いていくストーリーの作り方は一級品ですね! ボク個人的には真ん中高めのストライクといったところでしょうか。 …
[一言] 心に残る作品ですね。 タイトルからみると、もっとくだけた感じかと思ったら違ってました。 それぞれの歩む道は違っても、力いっぱい進むことをお互い祈ってるのは、とてもいい気持ちになります。 …
2010/09/08 14:28 退会済み
管理
[良い点] 読んだ後、爽やかな気持ちになれました! みずみずしいです! [気になる点] 特に無しです。 [一言] 大ちゃんのファンになりました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ