第三話.君との距離はゼロセンチ
退院の日。
病院の玄関を出た瞬間、春の風が頬を撫でた。
「久しぶりの外だ……」
「はしゃがないで」
隣には当然のように凛がいる。
当然のように、俺の腕を掴んで。
「いや、もう普通に歩けるって」
「ダメ。まだ本調子じゃないでしょ」
腕を組む、ではない。
がっちりホールド。
距離、ゼロ。
「凛さん、近いです」
「なに」
「学校でこれやる気?」
「やるけど」
即答だった。
嫌な予感しかしない。
◇
数日後。
俺は久しぶりに教室のドアを開けた。
「おー、生還者!」
「マジで轢かれたって聞いたぞ!」
クラスメイトが騒ぐ。
その後ろから、凛がすっと前に出た。
「騒ぎすぎ。まだ本調子じゃないんだから」
しん、と一瞬静まる教室。
え、なにその彼女ポジション。
俺の席に座ると同時に、凛は隣の席をガタンと引き寄せた。
「今日からここ座るから」
「は?」
「文句ある?」
ないけど。
ないけどさ。
休み時間。
「トイレ行く」
立ち上がろうとすると、袖を掴まれる。
「どこ行くの」
「トイレだって」
「一人で?」
「当たり前だろ」
凛は真顔で言った。
「廊下までなら一緒に行く」
「過保護すぎない?」
「うるさい」
でも、耳が赤い。
昼休み。
机の上に弁当が二つ置かれた。
「え?」
「作った」
「凛が?」
「……悪い?」
いや、むしろ奇跡。
箸を割ると、凛がじっと見てくる。
「なに」
「ちゃんと食べるか確認してる」
一口食べる。
普通に、美味い。
「うまい」
その瞬間。
凛の顔が、ふわっと柔らいだ。
「そ」
たった一文字なのに、嬉しさが滲んでいる。
前はこんな顔、見せなかった。
放課後。
帰り道。
例の交差点に差しかかる。
信号は赤。
凛は、俺の手を握った。
今度は迷いなく。
「……怖い?」
聞くと、少しだけ沈黙。
「ちょっと」
正直な声。
俺は握り返す。
「大丈夫。今度は一緒に渡る」
信号が青に変わる。
二人同時に、足を踏み出す。
周りから見れば、ただの高校生カップル。
でも俺たちにとっては、特別な一歩。
渡りきった瞬間、凛がぽつりと言った。
「ねえ」
「ん?」
「好きって、もう一回言って」
「え?」
顔が真っ赤だ。
でも目は逸らさない。
「言ってくれないと、安心しない」
事故のせいか。
それとも、もともとか。
凛はもう、気持ちを隠さない。
俺は小さく息を吸う。
「好きだよ、凛」
数秒の沈黙。
そして。
「……私も」
前より、ちゃんとした声。
そのあと、凛は俺の腕にぎゅっとしがみついた。
「離れないから」
塩対応だった幼馴染は、
今や完全に甘々である。
でも。
その甘さの奥に、まだ少しだけ残る不安。
それを溶かしていくのが、これからの俺の役目なんだと思う。
春の空は、あの日よりも青かった。




