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第三話.君との距離はゼロセンチ

退院の日。

病院の玄関を出た瞬間、春の風が頬を撫でた。

「久しぶりの外だ……」

「はしゃがないで」

隣には当然のように凛がいる。

当然のように、俺の腕を掴んで。

「いや、もう普通に歩けるって」

「ダメ。まだ本調子じゃないでしょ」

腕を組む、ではない。

がっちりホールド。

距離、ゼロ。

「凛さん、近いです」

「なに」

「学校でこれやる気?」

「やるけど」

即答だった。

嫌な予感しかしない。

数日後。

俺は久しぶりに教室のドアを開けた。

「おー、生還者!」

「マジで轢かれたって聞いたぞ!」

クラスメイトが騒ぐ。

その後ろから、凛がすっと前に出た。

「騒ぎすぎ。まだ本調子じゃないんだから」

しん、と一瞬静まる教室。

え、なにその彼女ポジション。

俺の席に座ると同時に、凛は隣の席をガタンと引き寄せた。

「今日からここ座るから」

「は?」

「文句ある?」

ないけど。

ないけどさ。

休み時間。

「トイレ行く」

立ち上がろうとすると、袖を掴まれる。

「どこ行くの」

「トイレだって」

「一人で?」

「当たり前だろ」

凛は真顔で言った。

「廊下までなら一緒に行く」

「過保護すぎない?」

「うるさい」

でも、耳が赤い。

昼休み。

机の上に弁当が二つ置かれた。

「え?」

「作った」

「凛が?」

「……悪い?」

いや、むしろ奇跡。

箸を割ると、凛がじっと見てくる。

「なに」

「ちゃんと食べるか確認してる」

一口食べる。

普通に、美味い。

「うまい」

その瞬間。

凛の顔が、ふわっと柔らいだ。

「そ」

たった一文字なのに、嬉しさが滲んでいる。

前はこんな顔、見せなかった。

放課後。

帰り道。

例の交差点に差しかかる。

信号は赤。

凛は、俺の手を握った。

今度は迷いなく。

「……怖い?」

聞くと、少しだけ沈黙。

「ちょっと」

正直な声。

俺は握り返す。

「大丈夫。今度は一緒に渡る」

信号が青に変わる。

二人同時に、足を踏み出す。

周りから見れば、ただの高校生カップル。

でも俺たちにとっては、特別な一歩。

渡りきった瞬間、凛がぽつりと言った。

「ねえ」

「ん?」

「好きって、もう一回言って」

「え?」

顔が真っ赤だ。

でも目は逸らさない。

「言ってくれないと、安心しない」

事故のせいか。

それとも、もともとか。

凛はもう、気持ちを隠さない。

俺は小さく息を吸う。

「好きだよ、凛」

数秒の沈黙。

そして。

「……私も」

前より、ちゃんとした声。

そのあと、凛は俺の腕にぎゅっとしがみついた。

「離れないから」

塩対応だった幼馴染は、

今や完全に甘々である。

でも。

その甘さの奥に、まだ少しだけ残る不安。

それを溶かしていくのが、これからの俺の役目なんだと思う。

春の空は、あの日よりも青かった。

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