第一話.塩対応の幼馴染と、赤信号の向こう側
桜はもう半分ほど散っていて、歩道には薄桃色の絨毯ができていた。
「……遅い」
朝の校門前で、腕を組みながら俺を睨んでいるのは、幼馴染の白石凛だ。
腰まで伸びた黒髪、整った顔立ち。
男子からの人気は高いが、本人はそれを完全に無視している。
そして俺に対しては、とことん塩対応。
「おはよ、凛。今日も可愛いな」
「キモい」
即答。間髪入れず。
今日も通常運転だ。
「挨拶に対してその返しはどうなの?」
「別に。事実言っただけ」
つれない。とにかくつれない。
昔はよく笑っていたのに、中学に入ったあたりから急に距離を置くようになった。
原因は不明。
俺が何かやらかしたのかと何度も考えたけど、思い当たる節はない。
「早く行くよ。遅刻したらあんたのせいだから」
「はいはい」
並んで歩く帰り道――じゃなくて登校中の道。
俺たちは家が隣同士だ。物心ついた頃からずっと一緒。
それなのに、この距離感。
横にいるのに遠い。
信号待ち。
春風が吹き、凛の髪がふわりと揺れた。
「……なあ、凛」
「なに」
「俺、なんかした?」
少しだけ、本音を混ぜた問い。
凛は一瞬だけ視線を逸らした。
ほんの一瞬。でも、確かに揺れた。
「別に」
それだけ言って、信号が青に変わる。
俺たちは横断歩道へ踏み出した。
その瞬間だった。
――キキィィィッ!!
耳をつんざくようなブレーキ音。
横から、猛スピードの車。
「……っ!?」
赤信号を無視して突っ込んできた車が、俺たちに迫る。
凛が、動けずに固まっていた。
考えるより先に、体が動いた。
「凛!!」
俺は凛の肩を強く押し、歩道側へ突き飛ばす。
その瞬間――
視界が反転した。
強烈な衝撃。
アスファルトの冷たさ。
誰かの悲鳴。
遠くで凛の声が聞こえた気がした。
「……あんた、なにやってんのよ……!」
霞む視界の中、青空がやけにきれいだった。
ああ、これ。
やばいやつだな。
意識が、暗闇に沈んでいった。
次に目を開けたとき、白い天井が見えた。
「……ここ、どこ」
「病院」
すぐ横から声がした。
凛だった。
目が赤い。泣いた跡がある。
「生きてんのか、俺」
「当たり前でしょ。……バカ」
いつもの冷たい声。
でも、震えていた。
「凛、無事か?」
「……うん」
それを聞いて、ほっとした。
「ならよかった」
俺が笑うと、凛の表情が崩れた。
「なんで……」
ぽろり、と涙が落ちる。
「なんで、私かばうのよ……!」
「え?」
「死んだらどうするのよ……! 私、あんたに何も言えてないのに……!」
……何も?
凛は唇を噛みしめながら、俺の手を強く握った。
「ずっと……好きだったのに」
病室の空気が止まった。
「は?」
「小さい頃から。ずっと」
顔を真っ赤にして、でも目は逸らさない。
「でもあんた鈍いし、気づかないし、だから……素直になれなかった」
塩対応の理由。
それは、好きだから距離を取っていたという、
不器用すぎる感情だった。
「……俺も、好きだけど」
「え?」
「ずっと。凛のこと」
凛の瞳が大きく揺れる。
次の瞬間。
ぎゅっ、と抱きつかれた。
「もう、バカ……!」
病院なのに、とか。
包帯痛い、とか。
全部どうでもよかった。
凛は泣きながら、何度も俺の名前を呼んだ。
あの赤信号の向こうで。
俺たちの関係は、確実に変わった。
塩対応の幼馴染は――
今日から、やけに甘い。
俺の手を握ったまま、離そうとしないくらいに。




