第6話 外交と情報
「私達には、それらを鑑定する手段を持ちません」
その発言にヴァイセ国王は顎髭を撫で続ける。
「つまりだ。日本国は、鑑定スキルを使わずに発展してきた国ということか」
悠真は頷く。
「はい。我が国にはスキルも魔法もございませんので」
王は「そうか」と言って、豪華な椅子の背もたれにもたれかかった。
顎に手を当て熟考していた勇者が口を開く。
「魔法がないことは既に聞き及んでいた。まさか、スキルまでも使えないとは。文化の違いとは恐ろしいものだ。」
しかしだ、と勇者は続ける。
「ステータスについては知っているようだが、今まで生活してきてスキル欄がずっとNAである事に疑問を持っていなかったのか?」
今まで生活してきてか。
確か、外務大臣から聞いた話によれば、既に異なる世界から転移した可能性は伝えてあったはずである。
それなのに、ステータスがある世界を前提に話をするのは、私達の世界とこの世界の常識が異なっているからに過ぎない。
そのことを踏まえ、口を開く。
「私達の国、いや、私達の元いた世界では、そもそもステータスというものが存在しませんでした。」
その事実に、王は目を見開く。
勇者は少し早口になった。
「ステータスがないとは、一体元はどんな世界なのだ?魔法もスキルもステータスもない、そんな世界が実在するのか?」
世界の理がここまで違うのだから、驚くのも無理はないのか。
そう悠真は納得した。
しかし、いつまでも両者の世界の違いを話し合っていては時間がいくらあっても足りない。
そんなことは後で話し合えばいいので、話の本筋に戻させていただく。
「私達自身がその証明でしょう。更には、私達は、魔物という存在すらも知らなかった。そのため、初めて海で魔物と遭遇した際には死ぬかと思いました。」
クラーケンの話を強引に持ち出す。
とりあえず、あの魔物の話の責任をアンファング王国に押し付け、外交を有利に進めたい。
悠真にはそんな思惑があった。
そして、以外にも簡単に悠真の思惑通りにことが進む。
王は重い腰を上げて謝罪したのだ。
「日本国の者達に、そのような危険な目に合わせてすまなかった。」
めちゃくちゃ容易に謝罪した。
その事実に日本側の人間全員が動揺する。
外交の基本は、誤りを認めないこと。
誤りを認める事は、自国の非を認める事と道着であり、決して安易にしては行けないことであった。
つまり、この時点で日本は第1外交目標を達成したことになる。
王は続ける。
「ヌシ魔物の強襲という予想外な事が起きたとはいえ、異なる世界の者たちに忠告もぜずに王を呼び寄せてしまった。心より謝罪する。」
王は、椅子に座ったままではあるが頭を下げた。
その様子を見た悠真は、少しだが、いや、確実に何か裏、良く言えば何か事情があると察した。
なぜそう思ったかと言えば、単純に頭を軽く下げすぎだからである。
そう考察している悠真を他所に、勇者からも謝罪が入る。
「俺からも謝罪させてくれ。この様な事態は想定していなかった。俺がもう少しでも頭が回るのならば、冒険者を護衛につかせるなどのやりようがあった。すまなかった。」
それらの謝罪を1回受け入れ、悠真は口を開く。
「死人は1人も出ませんでしたし、戦艦も軽傷です。あまり気になさらないでください」
まぁ、あの指輪がなかったら敗北していたかもしれないが。
「それに、私達が助かった理由は、私達の力だけではございません。この指輪の力をお借りいたしました。」
そして、王と勇者に向け指輪を見せる。
王は目を見開いた。
「それは絢爛な指輪ではないか。まさか、貴殿がつけてくださるとは。」
王の反応を見るに、俺が装着することは意図してなかった可能性があるな。
単純に観賞用の指輪だったのか?
「まずはお礼を言わせていただきたい。絢爛な指輪のお陰で危機を脱しました。ご貴重な物を贈呈していただき、誠にありがとうございます。」
自身が贈呈した指輪が役に立ったのを喜んだのか、王の口角が少し上がった。
「ワシらも、そちらから貴重な品々を頂いたからな。互いに利があっての事。」
めちゃくちゃいい王様じゃねぇか、と心の中でつぶやく。
だいたいの国の王様っていうのは偉ぶってるもんだと思っていた。
まぁ、一旦それはいいとして。
これの外し方を聞かなければ。
別に圧迫感とかがある訳では無いが、流石にずっとつけっぱなしは嫌なので、早く外して欲しかった。
「指輪はとても重宝させて頂いているのですが、ひとつお聞きしたいことがあって」
王は「なんだ?」と耳を傾ける。
「どうやって外すのでしょうか、これ」
悠真は何気なく質問した。この世界には、何か指輪を外すには必要な条件があると思って。
しかし、予想とは裏腹に王様は首を傾げた。
首を傾げたまま何も答えない。
その王の様子を見た勇者が、その疑問に対してごくごく真っ当に返した。
「上に引っ張ると抜ける」
いや、そりゃそうなんだけど。
少し焦る。
「いえ、指輪を上に引っ張ると抜けることは重々承知なのですが、引っ張っても何故か抜けないのです。」
そう指摘した。
「なるほど。…確認させてもらう」
そう言って勇者は、悠真の前まで歩いてきて、指輪に触る。
そして聞きづてならない言葉を発したのだった。
「呪い…!?」
その漏れた言葉が、日本側の人間のみならずヴァイセ国王にまで届き、動揺が広がった。
勇者は睨みをきかしながら低い声で王に問うた。
「なぜ、この指輪に装着の呪いがかけられている?」
王も動揺していた。
だから、ただこう返すしかなかった。
「分からない」
そして側近に命令する。
「聖職者を呼んでこい。」
はっ!と勢い良く返事を返した側近達は即座に行動に移し始めた。
その間、悠真はずっと困惑していた。
呪いなんて言葉は不吉すぎる。
思わず質問する。
「呪いとはなんでしょうか?」
それに勇者が真剣な表情で答えた。
「デバフを与える魔法の一種だ。デバフ魔法と違う点は、呪いは永続的に効果が続く点にある。」
つまり…。
「え、抜けないんですかこの指輪」
これから一生抜けないと思うとちょっと嫌だな。
そこだけ臭くなりそう。
そんな戸惑う悠真の姿を見て、王は再び頭を下げた。
「大変申し訳ない。まさか、宝物殿にしまってあるものに呪い持ちが含まれているとは。」
流石の悠真でも、呪いと言われてしまったら苦笑いしか出来なかった。
そこに、王の側近に呼ばれた聖職者が走ってやって来た。
そして、悠真の前に到着する。
「朝倉悠真様、その指輪を見せてください」
言われた通りに指輪を見せた。
聖職者は広げた両手を指輪に向け、何か力を込めるような動作をした。
少しして口を開き始める。
「勇者様の言う通り、これは装着の呪いですね。1度装備すると二度と外れなくなる呪いです。」
なんて厄介な。まぁ、死に至るみたいな実害はないのか?
「二度と外せなくなる以外に何か害はあるのですか?」
その問に聖職者は首を振って答えた。
「ありません。ただ外せなくなるだけです。」
じゃあぎりぎり許容か…。
勇者が聖職者に問う。
「解呪できそうか?」
聖職者は首を横に振った。
「汎用解呪魔法スペルキラーでは解呪できませんでした。」
「対装着の呪い用の解呪魔法はないのか?」
「はい。装着の呪いは危険度が低いので研究が進んでおらず、現状どうすることもできません。」
そうか…、と低い声で勇者は呟いた。
城内の空気が非常に重くなる。
立て続けの不幸は日頃の行いのせいだろうか。
なんか善行でも積んでみようかなぁなんて呑気なことを考えていたが、すぐ正気に戻り、
一先ずは現状の不幸を解決せねばならないと言葉をつむぎ始めた。
「装着の呪いの件は承知いたしました。基本的に害がないのならば大丈夫です。むしろ、このまま私のステータスの体力と攻撃力に好影響があるのならば好都合です。」
此度の外交目標は、友好関係を築くこと、異世界の情報を得ること、日本の食料不足や燃料不足などの解決策を模索することである。
王と勇者の友好的な態度を見て、必要以上に責め立てる必要はないと判断した。
王は再び深く頭を下げる。
「日本国に多くの無礼を働いたこと、深く謝罪する。」
王は下げた頭を上げて話を続ける。
「謝意を込め、幾つか貴国の望みを叶えたいと思う。なにか、アンファング王国が貴国の一助となるために出来ることはないか?」
望みを叶える…?
悠真は王の言葉に頭を悩ませた。
流石にここまで優遇されると裏を勘ぐってしまう。
もしかしたら、呪いの付与というのが、この世界では望みをなんでも叶えなければならない程の無礼な行為である可能性もあるが、おそらく違う。
悠真は、そう言ったアンファング王国の裏の意図を考慮しながら発言しなければならないのだから、大いに頭を悩ませた。
時間にして5秒ぐらいだろうか。
悠真は口を開いた。
「それでは…、」
その言葉を皮切りに、アンファング王国と日本国のこれからについての話し合いが始まったのだ。
───木製の本棚がどこまでも広がるアンファング王国の国立図書館。
そこには、いつもと違う光景が広がっていた。
本棚を漁る自衛官、現地の人とメモを取りながら話し合う第1調査隊に抜擢された通訳者、絵本をじっくりと眺める外務大臣などの、異国の民がいたのだ。
とりわけ目立っていたのは、迷彩服を着た自衛隊であり、異世界人はこれがあの噂の異世界人かと自衛隊を眺めていた。
次に目立っていたのが、図書館という静寂が求められる空間で、長机に座りながら誰かと喋っている通訳者だった。
「これはなんと読むのですか?」
通訳者の問に、隣に座っている王に命令され付き添っている案内人が答える。
「パン、です、これは。日常的に、食べます、これを。」
拙い日本語が返ってきた。
なぜこの異世界人が日本語を喋れるのか。
それはスキル「相互理解」を持っているからに他ならない。
勇者以外が持っているとは驚きである。
しかし、勇者ほど精度は高くは無い。
「なるほど。このパンは小麦と呼ばれるものから作られていることは間違いありませんか?」
「です、そう」
だが、通訳者にとってはとてもありがたい存在であった。
本来なら細かいニュアンスや、常識の相違により言語の解析とは非常に難しいものであったが、この異世界人のお陰でありえないほど迅速に翻訳が進んでいる。
今回の通訳者の任務は、言語の解析及び、文化の解明である。
その仕事が案外楽に終わりそうなことに安堵していた。
そんな心の余裕があったからだろうか。
通訳者は仕事に集中せずに、勇者と一緒にある所へと赴いた朝倉悠真についてに思いを巡らせてしまっていた。
そんな様子の通訳者を心配そうに見つめた案内人は、通訳者の肩を叩いた。
「あぁ。すみません、少々考え事を」
上の空になってしまっていたことに対して謝罪をする。
「全然、です、大丈夫」
案内人は謝らなくて大丈夫だと言う。
それは、案内人は通訳者が気にしている事柄についてある程度察しがついているためであった。
「あのダンジョンは、ないです、危なく」
そう。朝倉悠真が訪れた場所とは、ダンジョンのことであったのだ。
通訳者は前の世界で使われている意味合いのダンジョンのを知っていた。
だからこそ、恐れていた。
「ダンジョンってのは、魔物がうじゃうじゃいるところのことですよね?それにトラップや罠なんてのもありますよね?」
RPGゲームでダンジョンに潜った経験がある。
そこで何度も死んだ経験もある。
通訳者は過剰にダンジョンを恐れていた。
「否定は、しない」
案内人は続ける。
「だが、勇者がいる限り、である、安全。更に、反対、である、魔王の生息地と。強い魔物、居ない」
それらの異世界人の発言に、通訳者は我に返った。
なぜなら、この世界は前の世界と常識が全く違うことを思い出したからだ。
前提条件のすり合わせをせねばならぬと、根本的なところからの質問を始める。
「そもそもダンジョンとはなんですか?」
「魔物の巣、である」
「つまり、魔物が作った住処がダンジョンであるということですか?」
「その通り」
「魔物が穴を掘ったりして、そこに住み着くということですか?」
「その通り、概ね。しかし、ダンジョンに、ない、だけでは、外部から来た魔物」
つまり、ダンジョンにいる魔物は外部から来た魔物だけではないということか。
しかし、それが意味することとは、
「魔物は赤ちゃんを産むということですか?」
そういうことになる。
だが、案内人は首を横に振る。
「正確、じゃない」
「正確じゃないということは、赤ちゃんを産まずに増えることができるということですか?クローンとか?」
「違う。魔物が、出現する。」
「出現する…。湧いて出てくるということですか?」
「その通り。魔物は、湧く、自然に、魔素が、比較的、濃い、ところに」
魔素が比較的濃いところに魔物が湧く。
つまり、魔素の溜まりやすい所があるということか。
「人が住む場所は魔素が溜まりずらいから魔物は湧かず、森や洞窟に魔物がいるのは魔素が溜まりやすからってことですか?」
「その通り。さらに言うと、魔物は、続けている、魔素を、生み出し」
「なるほど、つまり、魔物は魔素を生み出し続ける訳だから、魔物のいるところに魔物が湧きやすいってことですね。」
魔物の生態は非常に興味深いと感じた。
だが、肝心のところを通訳者は聞くのを忘れていた。
「えぇと、朝倉総理が行くダンジョンってのは、もちろんダンジョンですから、魔素が溜まりやすくい魔物が湧きやすいため、更に魔物が増えている魔境ですよね?いくら、魔王の生息地から離れた場所といえど、強い敵も現れるんでは無いですか?それこそ、クラーケンレベルの。」
通訳者もイージス艦に乗っていた。そのため、魔物の脅威を十分に知っていた。
だが、案内人は優しい目で諭してくれた。
「あのダンジョンは、である、レベリング用。定期的に、狩られる、魔物。最初に、行く、誰もが、経験を積むために」
「…なるほど。管理された初心者用のダンジョンという訳ですか。まぁ確かにそれなら安心ですかね。」
そう納得することにした。
ひと段落着いたところで、おもむろに時計を見る。
そして、少し話しすぎたことを反省した。
その様子を見ていた案内人が話しかけてくる。
「何、着いている、腕に」
おそらく、腕に着いているものは何かと聞いているのだろう。
「これは時計です。時間を測れる精密機器です。」
中世ならギリ腕時計ぐらいあるんじゃないかなと思い、異世界人の腕と手を見る。
そこで、異世界人の指に指輪が嵌められていることに気がついた。
思わず質問する。
「その指輪はなんですか?」
これ?と異世界人が指輪を見せてくる。
「魔鉱石の指輪」
魔鉱石の指輪…。おそらくは、異世界特有の指輪であろう。
「絢爛な指輪と同じようなものですよね。それの効果って一体なんなんですか?」
案内人が自慢げに答える。
「魔力を、蓄える。すごいだろ?」
あまり凄さが分からず思わず聞き返す。
「それって凄いんですか?」
「今まで、なかった。以前から、あった、魔力を、高める、指輪。だが、指輪、なかった、魔力を、蓄える。」
イマイチピンと来ないが、魔力のステータスを高めることは以前から出来ていたが、指輪自体に魔力を蓄えさせられるのは最近出来たということか。
その様に、案内人の発言を吟味していたら、ふと装備の条件についてのあることが気になり始めてしまった。
なぜこの様な発想に至ったか分からないが、通訳者はどうしても気になってしまった。
「魔物にも装備の効果は有効なのですか?」
と。
すなわち、人間以外の生物は装備の恩恵を与れるのかという質問だ。
その問に返ってきた答えは
「分からない」
だった。
案内人が不思議そうな顔をするを
「どうして、きになる、そんなこと」
その質問の答えを通訳者は持ち合わせていなかった。
ただただ、気になっただけなのだ。
そして、ただただ、朝倉総理が無事に帰ってこれるようにと願っただけだった。




