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第4話 初戦闘

王との会合を果たした外交官は、自衛隊や通訳者と合流し、勇者レオンと数人の兵士をつけ街中を歩いていた。

通訳者は、帰ってきた外交官がすぐに自衛隊に渡した、豪華絢爛な箱について気になり、外交官に質問した。

「さっき、渡してた豪華そうなものって一体なんなんですか?」

外交官は、少し困ったように頭を指で搔く。

「我々は日本から土産品を持ってきましたよね?一体何が魅力的にうつるか分からなかったものですから、色々な物を持ってきたら思いの外気に入ってくださって」

他言無用でお願いしますよと釘を刺す。

「攻撃力が200、体力が100上がる指輪をいただきました。」

「攻撃力が200…?200!?」

通訳者は思わず声を漏らしてしまった。

その声が大きかったからか、兵士たちが通訳者を睨みつける。

「あはは、声の大きさには気をつけてくださいね。あと、日本に帰国してもこのことは話さないでくださいね」

すみませんと通訳者は頭を下げた。

「でも、驚く気持ちも分かります。ステータスオープン。」

そう言うと、外交官にはステータス画面が表示される。

《名前:佐藤寛

職業:NA

 レベル:1

 体力(HP):11

 魔力(MP):0

 攻撃力:8

 知力:21

 敏捷:7

 幸運:11

 スキル:NA》

「攻撃力200、体力100は私たちのステータスで考えると明らかに異常値です。」

まぁ、あんまりこのステータスの意味も分かっていないのですがねと笑う。

通訳者は深刻そうな顔をする。

「仮に、人間の攻撃力の平均を10とすると、その指輪だけで約20倍。人間20人分の攻撃力が出せることになってしまう…」

そうですねと外交官は肯定する。

「そして、あともうひとつ指輪をいただいていて、それは風の魔法が出せる指輪らしいてますよ」

「魔法…」

あまりにもファンタジーな内容に、通訳者は沈黙してしまう。

「もしかしたら、私たちはこの世界では圧倒的弱者なのかもしれません。実際のところどうなのでしょうか?勇者レオンさん」

突然、名前を呼ばれ困惑する勇者レオン。

「私たちのステータスは弱いですか?」

勇者レオンはしばし思考して淡々と答えた。

「弱い」

「ですよね…」

あははと外交官は笑う。

「ちなみに、勇者レオンさんはやはりお強いんですか?」

その質問に勇者は首を振って答えた。

「いや、強くはない。先日、俺は四大魔王幹部に敗北したばかりだからな。」

「四大魔王幹部に敗北…?」

突然の情報に唖然とする。

「我々はこの世界のことを本当に何も知らないようですね」

思わずそう呟かずにはいられなかった。



第1調査隊が帰還した。

その報告を聞いた時、内閣総理大臣である朝倉悠真はほっと胸を撫で下ろした。

未知の海の航海、未知の存在との接触。どれもリスクが高い調査だったが、無事に帰ってきてくれたことに心から安堵したのだ。

しばらくして、外務大臣を踏まえた閣僚会議が始まる。

「それでは、第1調査隊隊長兼外務大臣佐藤寛、調査の報告をお願いいたします。」

朝倉が真剣な面持ちで、佐藤に指示した。

「はい。それでは、第1調査隊の調査結果の報告をさせていただきます。まず、手元にある報告書をご覧下さい。」

各閣僚並びに関係者が報告書を手に取る。

──まずはこちらをご覧下さい。これらは異世界の…

──勇者レオンという存在はスキル…

──日本の王を寄越せと…

──魔物とダンジョン…

──四大魔王幹部と呼ばれる…

どれぐらい時間が経っただろうか。

「…以上です。」

その言葉で、外務大臣は第1調査隊の報告を終えた。

あまりにも濃密な情報に朝倉の脳は処理することを諦めたようだ。理解しようとしても、理解できない。とりあえず、情報を頭の中に留めるだけにした。

防衛大臣が頭を抱えながら、外務大臣に質問する。

「日本の王を呼び出す件だが、もし日本の王は誰なのかを議論するなら、真っ先に上がるのは内閣総理大臣ではなく、天皇ではないのか?」

もっともな指摘だと悠真も思う。

「アンファング王国が求める『王』とは、国の意思を決定し、責任を負う全権大使のことと解釈致しました。我が国の法体系において、実質的な行政の全権を握り、国を代表して決断を下せるのは総理大臣のみです。ゆえに、貴国の定義における『王』は総理が務めるのが最も誠実な対応であります」

外務大臣ははっきりと言い切る。

「そうは言ってもだがな…」

防衛大臣は口ごもる。

今の日本の希望は、若き内閣総理大臣に向けられている。その希望が一時的に離脱するとなるだけでも大なり小なり混乱が起こるのは避けきれないというのは誰もが理解していた。

官房長官は話題を移した。

「指輪の攻撃力+200体力+100の効果は試したのか?」

「いいえ。誰も指輪には手を出していません」

そうか、と一言挟み、

「第1調査隊が持ってきた中で、効果を持つ異世界の道具が2個。異世界の仕組みについて分かるきっかけになるものかもしれん。大事に扱わなくてはな」

期待と恐怖が混ざりあった面持ちで語った。

官房長官の質問を皮切りに、異世界についての様々な質疑が飛び交った。

そんな中、朝倉悠真だけはアンファング王国へ赴くべきか、そして、異世界はどれほど過酷なものなのかについて思考を巡らせていた。

(アンファング王国はその名の通り王政。そして、報告書から察するに、ヴァイゼ・ヴァイル国王は高い権威と柔軟性を持ち合わせている。未知の国に対しての対応があまりに出際よく感じるのは、王の高い柔軟性と好奇心のおかげだろう。臆病な王であれば、見たこともない服を着た、魔力の持たない奇妙な人間なんてすぐに監禁してしまうだろう。)

つまり…

誰もが、日本存続のための次の一手を考え沈黙が続く中、朝倉悠真は顔を上げ力強く声を発した。

「迅速に政府代表団を設立し、私と外務大臣とでアンファング王国に乗り込みましょう。」

朝倉悠真の目には覚悟が映っていた。




───イージス艦が横浜の港から出航した。

港には内閣総理大臣が異世界に行くことを聞きつけた人々が集まっていて、皆一様に離れていくイージス艦を見つめていた。

デッキに出た朝倉悠真はその光景を見ながら、あまりにも厳戒態勢でアンファング王国に赴いていることに思いを馳せていた。

「イージス艦まで出して航海する必要ってあるんですかね?ただでさえ、石油、電力不足が深刻なのに…」

もっと小型の船で赴けばガソリンの消費も少なくてすんだはず…

「なぜって、ここが異世界だからに決まっているじゃありませんか」

いつの間にか隣にいた外務大臣がその疑問に答えてくれる。

「報告書にある通りです。本当にここはファンタジーのような異世界で、魔法も魔物も魔王もいるらしいです。つまり、この海に魔物が潜んでいたっておかしくない。しかも、その魔物が魔法を使うことは珍しくないそうですよ」

はははと乾いた笑いをする外務大臣。

悠真はしかしと反論する。

「ここは魔王の生息地の真反対側の始まりの海。強い魔物はいないって話でしたよね?」

外務大臣の報告書によると、この世界はだいぶ狂っているが、法則は存在するらしいとのことだ。

魔物の強さの法則は勇者曰く、

「魔王の生息地からどれほど近いかだ」

だそうだ。

それは、魔王の生息地ほど魔素が濃く、魔王の生息地から離れるほど魔素が薄くなるらしい。

ちなみに、魔素とは何かと聞いたら

「魔素は、…魔素だな」

と返されたらしい。

どうやら異世界人にとって魔素とは当たり前に存在するため、魔素とは何かと疑問を持つことがないのだろう。

魔物の強さの話に戻るが、魔物は外部の魔素に依存して行動している変魔動物に分類されるため、ここ、魔王の生息地の反対側の魔素が薄い始まりの海では弱い魔物しか居ないというわけだ。

ちなみに、外部の魔素に依存しない動物は恒魔動物に分類されるらしく、これは人族などに当てはまるらしい。

「イージス艦だとやっぱり過剰戦力な気がしますが…」

と、どうしても納得できない朝倉悠真に対し、外務大臣はふふと笑い

「自身を過小評価しすぎなようですね。史上最年少の総理大臣は今、日本の希望そのものなのですよ。万が一でも死なれてもらっては困るんです。」

「そんなもんですかね。でも…」

と悠真は自身の指を外務大臣に見せる。

「体力+100ですよ?そう簡単には死ななそうです」

その指には絢爛な指輪がはめられていた。

その指輪を見て、外務大臣が苦そうな顔をする。

「やっぱり、外せないんですか?」

「えぇ」

悠真は頷いた。

実は、出航前こんな出来事があった。


───


書類が溢れている執務室の中、悠真の前で千秋と外務大臣が話し合っていた。

千秋が質問する。

「始まりの海に魔物が潜んでいることは間違いないんですか?」

外務大臣は頷く。

「勇者からの情報になってしまいますが、魔物はいるらしいです。」

その事実に千秋は苦い顔をした。

「ですが、大丈夫です。弱い魔物しかいないらしく、我々の小型艇を破壊できるほどの魔物はいないらしいです。イージス艦ならもってのほかだと思われます。」

外務大臣は航海の安全性を主張するが、やはり千秋は苦い顔をしたままだ。

その時、外務大臣はふと呟く。

「絢爛な指輪…。」

外務大臣は思いついてしまった。

「絢爛な指輪があるではないですか!効果は攻撃力+200、体力+100。この指輪を着用すれば、大抵のことで死ななくなりませんか?」

千秋はその考えにハッとした。

「確かに、それならアリかもしれませんね。研究室から持ってきましょうか?」

千秋と外務大臣が楽しそうに話している。

悠真は自分の前で勝手に進む話にツッコミを入れた。

「勝手に話を進めないでください。そもそも、貴重な研究材料なんですから、持っていかない方が日本のためではないですか?」

千秋は首を振る。

「いえ、風の魔法を使える指輪の方がインパクトが強く、主に研究されているのは風の指輪の方ですよ。信頼できる所にしか研究が頼めないため、指輪を2つに同時に解析することは叶っていません。指輪以外の異世界の物も研究しないといけない事情もありますし」

そんな風に話していると、

いつの間にか居なくなっていた外務大臣が、絢爛な指輪が入った箱を持ってきていた。

「なんでそんなすぐ持ってこれるんですか!?」

悠真はその速さに驚いた。

「そんな細かいことは気にしないでください。」

と外務大臣は言い、悠真の机の前に箱を置いてきた。

「既に許可は取りました。この指輪は正直、研究するよりも身につける方が有益です。ヴァイセ国王も、我々の身の安全のために指輪を提供してくれたという理由もありそうですし」

「だとしても」

「まぁ、つけることは確定させましたので。安心してください。」

外務大臣がそう言うと千秋は急に

「では、私は一旦これで。失礼いたします」

とそそくさと出ていってしまった。

悠真は怪訝で不敵された顔をしながらも、箱をそっと開ける。

「これが…」

そこには、豪華な装飾が備えられた絢爛な指輪があった。

外務大臣はその指輪について解説し始める。

「実は、絢爛の指輪の解析をしたら、金の成分が検出されたそうですよ。異世界なのに不思議ですよね。あと、王の側近が「鉄」と言葉を漏らしていました。もしかしたら、物質の構成は我々の世界と変わらない可能性があります。また、指輪の研究は指輪を装着せずに行われたらしいです。装着したら何が起こるか分かりませんからね。なので、総理にはめてもらう前に、千秋さんが指輪を嵌める代わりの者を探してくれていますので…」

悠真は話を遮る。

「待ってください。誰も装着したことがなかったんですか?」

外務大臣は、何故そこに疑問を持ったかを疑問に思い、総理の指を見て察した。

外務大臣は頭を抱えた。

「判断が早いことは利点ですが、人の話はしっかり聞きましょうね?」

悠真は既に指に指輪をはめてしまっていたのだ。

「しょうがない人ですね…。まぁ、国から渡されたものなので害はないとは思いますが」

そう外務大臣は呟いた。



───



海を見ながら悠真は微笑む。

「正直、異世界のアイテムにワクワクしていて、あまり話を聞かずに、そそくさとつけてしまいました」

外務大臣は呆れる。

「笑い事では無いですからね?外せなくなってしまったんですよ?」

1番の問題はそこだった。

何故か、この指輪を装着した後、悠真は指輪を外すことができなくなってしまっていたのだ。

外務大臣は少し悠真を睨んだ。

「まぁ、結局総理が装着される予定のものだから良かったんですけどね…」

と、ため息を吐く。

「日本の希望なんですから、もっと慎重にいきましょうね」

そう言い残し、外務大臣は控え室へ戻って行った。

「希望と言われてもな…」

あくまで日本の移り変わりの象徴として内閣総理大臣になった俺が、内閣総理大臣としては実力不足の俺が、日本の希望となれているのかは少々疑問に残る。

実際に、俺を批判する声も少なくは無い。

潮風と日差しが身体を包み込み、むわむわと独特に揺れる船によって眠気が誘われた。

「ここからアンファング王国まで3時間。仮眠を取りたい」

今までの激務がどっと疲れに出たこともあり、交渉対策前に寝ておきたかった。

ドアを開け、彩りのない階段を降りる。

カンカンカンと足音が響き渡っていく。

しかし、よくよく耳を傾けると、自分の足音だけでなく、反対側から同様の音が近づいていることに気がついた。

「朝倉さん、ここにいらしたのですね。」

そこには千秋がいた。彼女もまた今回の代表団の一員だ。

悠真は少し頭を下げる。

「お疲れ様です。千秋さん。突然ですが、仮眠を取りたいのですがどの程度いけますかね?」

千秋はそうですねと、人差し指を頬に当てる。

「今回はとても重要な任務ですからね。頭が回ってくれなければ困ります。相当疲労も溜まっていることでしょうし、1時間程度の休憩を取りましょうか。」

「ありがとうございます」

悠真はしっかり頭を下げた。

ところでと悠真は千秋に聞く。

「何か私に用事がありましたか?」

その質問に千秋は首を横に振って答えた。

「いえ、何も無いですよ。」

では、寝室へ向かいましょうかと千秋は階段を降りていった。

恐らくは何か話したいことがあったのだろうが、俺の疲労度を察してくれて、睡眠を優先してくれたってことだろう。

そう、悠真は納得した。




──出航から1時間後。

イージス艦の操縦室には、未だなお緊張状態を崩せない乗組員たちの姿があった。

「隊長。画像の解像度を最大にいたしました」

隊長と呼ばれた強面の男はありがとうとだけ返し、画像を睨みつけた。

「やはり、魔物ということか」

初めて見る魔物に眉をひそめる。

その画像に映っていたのは、筋肉質な腕も持ったオレンジ色の平べったい魚、細長く口がギザギザした銀色の魚の2匹だった。

「海の魔物のモチーフは、地球の海の生物を参考にしているらしいな」

隊長と呼ばれた男はそう言って豪快に笑った。

そこに、隊長の笑いに突っ込める唯一の人間が現れた。

「モチーフって。ここはゲームの世界の話ではないんですよ?海将の後藤さん」

突然の久しい声の登場に男は笑みを浮かべる。

「千秋、来たか」

こちらに座ってくれと後藤は、手前の椅子に座るよう指示した。

千秋はそそくさと歩き、椅子に座ってすぐに本題へと移行した。

「では、早速そちらの画像を確認させていただいてよろしいですか?」

千秋は画像を催促する。

へいよと言いながら、後藤は自身が見ていた画像が印刷されたファイルを千秋の方に向けた。

「出航から52分32秒後に水中カメラで撮った映像の切り取りだ。それまでにも怪しい魚はちょくちょく映っては居たが、ここまで明確に映ったのは今回の画像が初だ。」

明らかに異質な魚。いや、魔物か。

初めての魔物の撮影の成功は乗組員達を騒然とさせるには十分だった。

「まさに、異世界ですね」

千秋はため息を吐いた。

後藤はそうだろそうだろと笑う。

「面白いだろ?魔物というのは、俺らが理解できないような見た目の化け物ではなく、かろうじて理解できる見た目をしているようだ」

面白いかはどうかは分からないが、後藤さんの言わんとしようとしている事は分かる。

「我々が普段見る魚は、何千万年という長い年月をかけ海という環境に適応するために魚というあの見た目になりました。」

つまり、と千秋は続ける。

「海の生物が異世界でも同じような見た目をしているということは、地球という環境と限りなく近く、同じような物理現象が働いているということですね」

後藤の目が僅かに輝く。

「あぁ、この世界にもしっかりとルールがさざめられている。もしかしたら、俺の昔からの夢が叶えられるかもしれない」

「昔の夢?」

もとの世界では叶えられなかった夢ということだろうか。疑問に思う千秋に、後藤は力強く返した。

「子供の頃に夢見た内容だ。誰が聞いたって笑っちまうが、男なら誰でも考えたことがある。魔法を使って…」

その直後だった。

ダン!!!

扉の大きな開閉音が室内を響かせた。

2人は即座にドアの方向に顔を向ける。

そこには血相を変えた乗組員の1人が息を切らして立っていたのだ。

「何があった!!!伊藤!」

後藤は即座に警戒体制に入る。

伊藤と呼ばれた男は震えた口を大きく開けて言い切った。

「巨大生物が急接近してきています!!!」

その発言の直後、

ドゴォォ!!

イージス艦が大きくその体を揺らし、重く鈍い音が船内に響き渡った。




──船内に鳴り響く大きな鈍い音。

体が投げ飛ばされるほどの大きな揺れが、朝倉悠真の背中を壁に強打させた。

「ぐっはっ」

その衝撃で頭が覚醒する。

「何が…。」

タイタニック号が氷山にぶつかった時もこんな感じだったのだろうか。

そんな余分なことを考えたが、すぐに修正して思考を巡らせた悠真は最悪の結論へと行き着いた。

「魔物…!!かもしれない…」

ここは始まりの海。強い魔物は存在しないという話だ。だが、何事にも例外は付き物。特にここが異世界なら。

「とにかく状況を確認しないと」

そう思い、悠真は駆け足で司令室に向かおうとした。

その時、チリリリリリー!とベルが鳴り響く。

同時に、緊急放送が流れた。

「現在、巨大生物と交戦中。非戦闘員はライフジャケットの着用後、控え室に集まり頭を覆うなどして、身の安全を確保せよ。繰り返す。現在…」

予想は的中したようだ。悠真は高校の体育以来の全力ダッシュで司令室に向かった。

艦内は騒然としていた。無理もない。巨大生物に襲われるなんて、アニメや小説の世界の話だった。それが現実となった今、落ち着いていられるものか。

急いで司令室の扉を開けた。

そこには、いつにも増して怖い顔をしながら無線で指示する海将の後藤さんと、珍しく汗ばむ千秋さんの姿があった。

「総理…!?」

悠真が司令室に入ってきた事に気づいた千秋が声を荒らげる。

「早く安全な所へ避難してください!最悪、この船は沈没します!」

えぇ、分かっていますとだけ悠真は返す。そして問う。

「巨大生物の形状と現状の交戦体制を教えてください」

その言葉に千秋はため息を吐く。

「仕方の無い方ですね…」

どうやら千秋さんは俺がここに滞在してくれることを許してくれたようだ。

千秋は口早に説明をする。

「巨大生物は、イカのような見た目をしています。クラーケンとでも言うのでしょうか。この戦艦と同じくらい大きさしています」

あまりの大きさに悠真の目は見開いた。

「そんな化け物相手によく持ちこたえていますね」

「イージス艦ですしね。だてに戦争で生き抜いていません。ですが時間の問題です。クラーケンの触手がイージス艦に巻き付いています。おそらく、イージス艦そのものを潰そうとしています。」

なるほど、と悠真は思考する。

「さっき聞こえた銃声は、クラーケンの巻き付こうとしてる触手を打っているということですか?」

その通りですと千秋は頷く。

「流石に魔物といえど銃は痛いみたいで触手が離れていきました。しかし、クラーケンが海面から顔を出してから、触手の攻撃が的確で激しくなり、まともに銃を向けて打つことが難しい状態になりました。また、イージス艦の砲弾もクラーケンに密着され打つことは出来ません」

悠真は思考を加速させる。

クラーケンさえ離れさすことが出来れば、魚雷やら大砲やらでクラーケンに大ダメージを与えられる。

つまり、離れさすことさえ出来れば事態は好転する。

離れさすためには何が必要だろうか。

それには、触手を解き、本体をぶっ飛ばす必要がある。

ぶっ飛ばす…。

そう考え、悠真は突然笑みを見せた。

「もしかしたらこの勝負、勝てるかもしれません」

悠真の頭の中では勝利の方程式が浮かんでいた。




──「全戦闘員に告ぐ。海将だ」

イージス艦の全スピーカーから、地鳴りのような号令が響き渡る。

「各班、作戦通り正面及び後方の触手を破壊、内閣総理大臣の突撃を補佐せよ。――日本国の運命は諸君らの引き金にかかっている。」

悠真は肺の奥まで空気を吸い込み、跳ね上がる鼓動を抑えつけた。

「……無謀すぎます。総理が自ら肉弾戦など」

隣で千秋が、青ざめた顔で反対を口にする。だが、悠真は不敵に笑ってみせた。

「賭けなのは承知の上です。でも、今の俺にはこれしかない。……見ていてください、これでも一応、日本のトップですから」

正直怖い。

だが、これが出来るのは俺しかいない。

俺がやんなきゃイージス艦は沈んでしまう。

俺はいつだってピンチをチャンスに変えてきた男だ。

俺ならできる!やってやる…!!

そう悠真が意気込んだ瞬間、無線から後藤の野太い怒号が爆ぜた。

「作戦開始!!!」

重厚なハッチが蹴破られ、自衛官たちが一斉に甲板へと躍り出た。

「撃て、撃てぇッ!」

無数の小銃が火を吹き、イージス艦の艦体に絡みついていた粘着質な触手へ、鉄の雨を浴びせる。肉を焼く臭いと怪物の悲鳴が海上に充満した。

「今だ!」

触手の結束が緩んだ一瞬の隙を突き、悠真は正面ドアから飛び出した。滑りやすい濡れたデッキを、全速力で駆け抜ける。

「ブォォォォォ!!」

クラーケンが怒りに震え、銃弾に削られた触腕を一本、ムチのようにしならせて振り下ろした。

ドゴォォォン!!

鋼鉄の甲板が歪み、火花が散る。凄まじい衝撃波。

「……っ!」

かろうじて回避した自衛官たちだったが、一人が爆風に煽られ、受け身も取れずに転倒した。その目の前に、死神の鎌のごとき二本目の触腕が振り上げられる。

「あ……」

死を覚悟し、目を閉じる自衛官。

しかし、その絶望を切り裂いたのは、戦場には不釣り合いなほどに真っ直ぐな、熱い咆哮だった。

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

悠真だ。既にクラーケンの眼前、十メートルまで肉薄していた彼は、自らの気迫をぶつけるように叫んだ。

標的が悠真へと移る。クラーケンの巨大な複眼が彼を捉え、二本の触腕が空を裂いて殺到した。

───そんな事はさせない!!

それが自衛隊の総意である。

悠真の背後から、耳を劈くような連続射撃音が鳴り響く。

自衛隊の集中砲火が、悠真の左右を通り抜けて触腕をハチの巣に変えた。肉片が飛び散り、重力に従って触腕が落ちる。

悠真はただ我武者羅に駆ける。

そして、デッキの柵を蹴り、空を飛ぶ。重力から解き放たれた彼の拳が、クラーケンへと向かう。

「いっけぇぇぇぇぇ!!!」

渾身のアッパーカットが、クラーケンの巨大な顔面にめり込む。

ボキッ、という巨大な軟骨が砕ける音が響き渡った。

「ブォッ!?」

信じがたい光景だった。イージス艦をも凌駕するその巨躯が、たった一人の男の拳によって、海面から引きずり出されたのだ。

数十メートルに及ぶ深海の主が、宙を舞い、背後へと吹き飛んでいく。

「全門、開けッ!!」

海将の鋭い声が響く。

宙に浮き、無防備にその白い腹をさらけ出した怪物へ、イージス艦に搭載されたあらゆる火器――VLSから放たれるミサイル、主砲、機関砲が、死の祝福を贈るべく一斉に牙を剥いたのだった。

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