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第3話 異国との対話

衛兵たちは依然として槍を構えたままだが、彼らの目には明らかな安堵が浮かんでいる。勇者と呼ばれる青年が現れたことで、未知の来訪者への恐怖が少し和らいだのだろう。

外務大臣は、堪えきれず一歩前に進んだ。

「日本語を話すことが出来るのですか?」

異世界に日本語を話す人物がいた。

その事実に声が震える。

だがレオンは冷ややかに、それでいて堂々と答えた。

「いや、日本語とやらは分からない。だが、スキル「相互理解」により意思疎通ぐらいはできる」

通訳を介するように、彼の声は日本語として派遣隊の全員に伝わっていた。

(スキル相互理解…。ステータス欄の1番下に書かれてあった項目のことか。…とんでもないな、スキルってやつは。)

言語の壁を意に介さないスキルの異常さと、彼が日本人ではないことに緊張を深める。

外交官は深く息を吸い、胸に抱えてきた使命を思い出す。

「私たちは、日本国から来た者です。戦うために来たのではありません。話をしたいのです」

慎重に、しかしはっきりと告げる。

レオンは短く思考した。

「……ふむ。新興国か。」

そうつぶやき、勇者は顎に手を当てる。

少しして、

「外交目的ということで間違えないか?」

と質問してきた。

外務大臣は真剣に答える。

「はい、間違えありません。」

そう答えるのを見た勇者は、しばらく悩む素振りを見せた後、振り返って街の方角を指さす。

その指した方向には城のようなものがあった。

「王ならあの城にいる。案内をしてやるから着いてこい。」

あまりの展開の早さに驚くが、外務大臣には従う以外の選択肢はなかった。

「……ありがとうございます。ぜひよろしくお願いいたします。」

勇者は外務大臣が頷くのを見るやいなや、衛兵たちに向き直り、短く命じた。

「槍を下ろせ。ここで血を流すのは、俺の望むところではない」

衛兵たちが槍を下げ、群衆の緊張がようやく解け始める。

勇者は手で着いてこいと我々に合図した。

その合図を見た第1調査隊メンバーは少し話し合い、数名の自衛隊を船に残してから、勇者達について行くことにした。




石畳の道を進む馬車の揺れに、外務大臣の背筋は自然と強張っていた。

なぜ馬車に乗っているかというと、勇者が手配してくれたからに他ならない。

勇者は親切なようだ。他に何か目的があるのかもしれないが。

街の方に視点を向けると、想像以上に活気に満ちた風景が広がっていた。

狭い路地には屋台が並び、干し肉や果実が積まれている。鍛冶場からは火花が飛び、子どもたちが裸足で駆け回る。

「……まるで小説の世界に迷い込んだ気分だな」

小声で呟いた自衛官に、外務大臣が苦笑する。

「ええ。まさか小説の世界を五感で感じられる時が来るとは。」

通訳者も頷く。

「同感です。中世ヨーロッパの風景なんて、実際に見れるとは思っても居ませんでした。…ですが、」

突然、通訳者の歯切れが悪くなる。

外務大臣は通訳者が言いたいことを察し、代弁する。

「我々の世界の中世ヨーロッパとは、明らかに違う点もありますね」

そう。実は、我々の想像する中世ヨーロッパとは違う明らかに不自然な光景がいくつかあった。

1つ、木製の魔法の杖のようなものを持った少年少女がいること。

2つ、剣や槍、弓を携えた、兵士ではない者たちが街を歩いていること。

3つ、人の特徴を有しているが、耳が尖っていたり、動物性の耳が頭のてっぺんから生えていたりする者たちをたまに見かけること。

外務大臣は頭を搔く。

「まぁ、異世界だからと言えばそれまでなんでしょうが、やっぱりおかしいものはおかしいですね」

自衛官は少し興奮気味に話す。

「実に面白いですよね。我々が空想で思い描いていた世界が実際に実在しているんですよ?魔法もあるし、おそらく冒険者という枠組みもあるし、ホモサピエンス以外の人種と思われるものがいるんですよ?」

通訳者は自衛官の興奮につられ、興奮を隠せなくなった。

「ホモサピエンス科じゃない人類は非常に興味があります。彼らの祖先は一体なんなのでしょうか。また、どの程度生態の違いがあるのか」

そのように話し合っていると、馬車の前に座るレオンはその会話に興味を持ったのか、風景を眺めるのを辞めて口を開く。

「お前らは人族以外を見たこと無かったのか?」

外務大臣は勇者の方に振り返り答える。

「はい。私達の国では、人類は1種類だけですり」

その言葉に勇者は首をかしげる。

そして、さも当然のように言う。

「それはそうだろう。そもそも人類は1種類しかいない。」

人類は1種類しかいない…。

外務大臣はその言葉の意味を吟味した。

そして、少しして1つの結論にたどり着く。

「耳とかの特徴がある方は、人ではないんですか?」

その発言に勇者は呆れたような様子で返した。

「そりゃそうだろう。どっからどう見たって人じゃない」

「では、何者なのでしょうか?」

「尖った耳が特徴的なのは、エルフと呼ばれる種族だ。毛の濃い耳が頭の上に付いているのが、猫族とか犬族とかその辺だ。」

勇者は淡々と言い放った。

外務大臣は勇者から得た情報から、ここは元いた世界の常識は通用しないこと、我々はこの世界についてあまりにも無知であることを察した。

そのため、城につくまでの間、とにかく情報収集に努めようとした。

「話は変わるんですが、なぜここの方達は、剣や槍を携えた人が多いのですか?」

勇者は何かを察したのか、表情をひとつも変えずに丁寧に答えた。

「彼らは冒険者だ。魔物を討伐するため、またはダンジョンを攻略するためにパーティを組んでいる。」

魔物…、ダンジョン…。

RPGでは定番である。

「魔物とダンジョンについて質問しても?」

外務大臣がそう尋ねると、勇者は、あぁとは返したが、

「だが、もうそろそろ城についてしまう。そのことはまた後で話そう。」

そう言って、最後に俺から質問させてくれと勇者が頼んできた。

「お前らの住んでいる国の文化は、この国の文化と全く違うのか?」

外務大臣は町の風景を見渡しながら答える。

「そうですね。何もかも。」

「そうか」レオンは短く答えた。

では、私からも最後にと外務大臣が尋ねる。

「この国の名称はなんでしょうか?」

勇者は感慨深そうに答えた。

「アンファング王国。始まりの国だ。」

そう勇者が答えた時には、もう城門が目の前だった。

灰色の巨石で築かれた城は、街全体を見下ろすようにそびえている。旗にはドラゴンらしき生物と剣が重なった紋章が描かれていて、城門の前には衛兵たちが槍を携え、整然と並んでいた。

「これが……この国の中心か」

外務大臣は深呼吸した。

背後に控える自衛官たちも、表情を引き締め直す。

レオンは振り向き、真剣な眼差しを日本人たちに向けた。

「いいか。ここから先は一つ一つの言葉が重みを持つ。お前たちの一言でお前らの国の運命が決定づけられるからな」

外交官はこくりと頷き、胸元のネクタイを整えた。

「……ご忠告ありがとうございます。」

レオンが城門に向かっていく。

「俺は先に話をつけに行ってくる。しばらくここで待っとけ。」

「承知いたしました。ありがとうございます。」

手際が良い。そう感じずつ、外交官は深くお辞儀した。そして、思考する。

(この会合で成すべき第一目標は友好関係を築くこと。決して、敵対関係にならぬように配慮しなければ。)

そう思い、自身の秘書官と方針を話し合うのだった。




10分程度で勇者が戻ってきた。

戻ってきた勇者は外務大臣を見つめる。

「許可は得た。大使のみで来てもらう。いいな?」

大使とは私のことだろう。そう思った外務大臣は、

「ではここで待っていてください」

と自衛隊と通訳者、秘書官に告げ勇者について行った。

──王城・謁見の間。

高い天井に巨大なステンドグラス。光が差し込み、床の赤い絨毯に色とりどりの影を落としていた。

両脇には鎧をまとった兵士たちがずらりと並び、視線は一様に外交官へ向けられている。

その奥、黄金の玉座に腰かけた初老の男がいた。白い髭を整え、紫の外套をまとっている。

この国の王だ。

勇者レオンが片膝をつき、恭しく頭を下げた。

「陛下。彼らが、例の者たちです。俺のスキルで対話を可能にしています。」

王はゆっくりと頷き、深い皺の間から鋭い眼差しを覗かせた。

「……顔を上げよ。異邦の者たちよ、汝の名を名乗れ」

外務大臣は、一歩前に出て深く礼をした。

「私は日本国外務省より派遣された、佐藤誠と申します。海の向こうにある日本国の外交官として参りました。」

王は自身の髭を触る。

「ほう?海の向こうとは、我が領土の面する始まりの海のことを指しておるのか?」

「申し訳ございません。知識に疎く、始まりの海という名称は存じ上げておりません。しかし、我々の国の東の海を超えた先にこの国と出会いました。」

「ふむ。その事実が誠ならばおかしなことになるぞ?始まりの海に隣接する国に日本国という国は存在しないのだからな」

外交官はその王の発言を聞き、日本国の置かれた状態についての確信がもてた。我々の推測は正しかったのだ。

「実は、我々も同様の感想を持っております。」

その発言に王の顔が強ばる。

「私たちの東の海を超えた先にはアメリカ合衆国という国がありました。アンファング王国という国は存在致しませんでした。」

その発言に王の顔が更に強ばった。

外交官は大きく息を吸う。

「ここから先の発言は推測に過ぎないのですが…、」

その推測を述べることがアンファング王国にどのような影響を与えるかは未知数ではあるが、さっさと伝えるべきであるというのが外務大臣の結論だった。

「我々日本国は、国ごと違う世界に転移してしまったと推測しております。」

玉座の間にざわめきが広がる。

王は眉をひそめ、重く険しい声で問う。

「国ごとの転移……それも、異なる世界から来たと。すなわち、神々の領域に踏み入ったというのか。汝らは神の使いか、それとも災いの兆しか?」

外交官は静かに首を振る。

「我々は神ではありません。異なる世界から来た、ただの人間です。転移に関しましては、突然発生したものであり、我々日本国が意図して起こした現象ではありません。そのため、日本国も動揺しています。また、これが本当に転移なのかも分かっていません。しかし、敵意はありません。貴国と対話をし、互いを知るために参りました」

勇者レオンが王の耳元に何かを囁く。

王はしばし沈黙し、やがてゆっくりと口を開いた。

「ふむ……言葉を尽くす姿勢は悪くない。だが、この国を導く者として、軽々に異邦人を信じるわけにはいかぬ」

その声音には、疑念よりも慎重な理性が宿っていた。

「問おう。おぬしらの国はどれほどの力を持つ?どれ程の魔法が扱えるのだ?」

佐藤は言葉を選びながら答えた。

「我々の国は、魔法を持ちません。」

その言葉に、重臣たちがざわついた。

「魔法を持たぬ?」

「では、どうやってあの鉄の船を動かしているのだ」

鉄…?

鉄がこの世界にもある可能性が示唆されたが、一旦無視する。

「我々の国は魔法ではなく、科学で発展してきました。」

王の視線が鋭くなる。

 「科学…。それはどういうものなのだ?」

――科学の意味を知らない…。魔法が当たり前の世界では科学という概念すらないのか。

外交官は驚きを隠しながら答える。

「世界のルール、法則の研究を科学と我々は読んでいます。法則を研究しながら、活用し技術として応用してきました。鉄の船も科学の結晶の1つです。」

謁見の間に静寂が落ちる。

王はしばらく沈黙したのち、やがて重々しく頷いた。

「……おぬしらの技は、世界の禁忌に触れているように感じる」

外務大臣はその言葉を正面から受け止め、静かに頭を下げた。

「我々もまた、貴国の魔法に同じ畏れを抱いています。だからこそ、争うのではなく、理解し合いたいのです」

勇者が王を見た。

王はわずかに目を細め、口元にかすかな笑みを浮かべる。

「……良い目だ。恐怖の中にも理がある。ならば、まずは客として迎えよう。滞在の間、我が国の法に従うこと。約束できるか?」

佐藤は即座に頷いた。

「はい、約束いたします。しかし、大変無知で申し訳ないことに、この国の法を私は知りません。ぜひご教授いただけると幸いです。」

王は頷いた。

「もちろんだ。この国を案内させてもらおう。」

王の命で日本代表の滞在が許可され、場の緊張がようやく緩みかけた――その時だった。

「……だが、一つだけ確認しておきたい」

王の低い声が、静まり返った空気を再び引き締めた。

「おぬしらは大使だったな?」

外交官は姿勢を正し、真剣な眼差しで頷いた。

「はい。私は日本国から派遣された外交官でございます。」

では、と王は続ける。

「そなたの国の王をここへ呼べ」

思わず困惑の声が漏れそうになった。

「我が国は、王の言葉を“国”の言葉とする。ならば、そなたらも同じであろう?国の運命を語るならば、その“頂点”が来るべきだ」

「我々は王政ではなく民主制を採用しています。よって、王は居ません。」

「国を指導する者がいるだろう?」

「はい。国を指導する者として内閣総理大臣がいます。国民から選ばれた国の代表です。」

「では、その内閣総理大臣とやらをここへ連れてこい。」

 佐藤は言葉を失った。

 (……いきなり過ぎる。通常の国家間の外交ならもっと手続きを踏まなければならないことを、随分と安安言ってくれる。)

 「総理を、我が国の最高代表を、この場に呼ぶことは容易ではありません。まず通信を確立し、正式な外交手続きを。」

「手続き、だと?」

 王はゆっくりと立ち上がった。

 その圧だけで、場の空気が凍りつく。

「貴国のルールなど知らぬ。我が国に言葉を届けたいのならば――その王自ら、我が前に来るがよい」

 その瞬間、ステンドグラスを通して陽光が差し込んだ。

 王の背後で光が爆ぜ、彼の姿が神話の中の存在のように見えた。

 勇者レオンが小さく息を吐き、佐藤に視線を送る。

 「……陛下は本気だ。この国では王と王が言葉を交わして初めて、国交が始まる。お前の国の王が来ない限り、真の対話は成立しない」

 佐藤は無言で思考する。

(恐らく、王を自国に連れてこさせるという行為は、アンファング王国の方が格上の国であることを分からせる儀式の一環だろう。総理をここに呼び出すのは容易いことじゃない。しかし、今後のことも考慮して拒否する訳にはいかない)

 「少し時間をいただけませんか?我々の王にも確認しなければなりません」

王は微笑む。

「待ってやろうではないか。ただし早急に頼むぞ。我々も忙しいのでな。」

「ありがとうございます。」

外務大臣は深く頭を下げた。




──外務大臣が王と対面する少し前。

陽は傾き、黄金の光が玉座の間の赤絨毯を鈍く照らしていた。

王ヴァイセ・ヴァイル三世は、肘掛けに指を置き、静かに前を見据えている。

その前に、勇者レオンが跪いていた。

鋼の胸甲に赤の外套、腰の聖剣。

平民出身ながら神に選ばれた青年だ。

「陛下。日本国から来たと主張している者が対話を求めております」

王の眉がわずかに動く。

「日本……聞いたことのない名だ。」

「同じくです。彼らの言によれば、海の向こうに国土があり、我らの国とは文化がちがうようです。」

それと…と勇者は続ける。

「驚くべきことに、その人間たちにまったく魔力反応がありませんでした。鑑定したところ、全員が魔力値ゼロです」

レオンの言葉に、宰相や重臣たちがざわついた。

「ゼロだと……? そんなもの、生きておられるのか?」

「体力は確認しました。ですが、彼らは魔力というものを持ちません。更に攻撃力や敏捷などの全てのステータスが貧弱でした。」

「その鑑定結果は本当に正しいのか?鑑定詐称の魔法がかけられているのではないか?」

そんなことはありえない、王は当然の疑問をぶつける。

「俺の鑑定スキルは熟練度が最高。さらに魔力感知も反応なし。間違えるはずがありません。」

王はその報告を聞き、顎を撫でる。

静寂。重臣たちの息づかいすら遠のく。

王は目を細め、わずかに口角を上げた。

「だが、魔力なき者が海を越えて現れた。船は鉄でできていると申したな?」

「厳密には鉄かは分かりませんが、鉄のような色合いと硬さでした。また、その船にも魔力感知は引っかかりませんでした。」

「魔法を使わず海を渡る……面白い」

さらにと勇者は続ける。

「魔力がないため魔法使いが居ないのは百歩譲って理解できますが、アーチャーすら同行していませんでした。剣士もおらず、いくら始まりの海であっても、海を渡るにはあまりにも不用心すぎます。」

王は笑う。

「つまりだ。そやつらは、とんでもないバカか、実力を隠し持っているかだ」

そして、身を乗り出した。

「レオン。彼らの意図はどう見た?」

「敵意は感じません。ただ……恐怖と警戒と好奇心。彼ら自身も、この国に戸惑っている様子でした。ただ単に、対話を望んでいるようです。」

「対話とは、己が利益を求める行為だ。我らに何の益をもたらすのか、見極めねばなるまい」

重々しい沈黙。

そして、王は玉座から立ち上がり、命じた。

「よかろう。話を聞こう。そして、彼らの王をここに呼び寄せよう」

「……王、でございますか?」宰相が問う。

「彼らが“国”を名乗るならば、必ず主がいるはずだ。王を見ればその国の格式も知れたものだ。直接、我が眼で見る」

王の声には揺るぎがなかった。

謁見の間を出るとき、レオンは一度だけ振り返った。

王の瞳には、興味と計算、そしてほんの僅かな期待が宿っていた。

──日本。

この世界で魔法を使わずに独自の文化を築いてきたのなら

王は静かに呟いた。

「…魔王のやつをついに出し抜けるかもしれぬ」

と。

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