第2話 決断の時
悠真は目の前のステータスに釘付けになっていた。
「総理……?」千秋が訝しむ声をかける。
どうやら千秋さんには俺のステータスが見えていないらしい。
悠真は小さく頷いた。
「少なくとも、私には見えます。数字で示された……ステータスが」
会議室が騒然となる。
朝倉悠真がステータスを見れたという事実は、日本がゲームのような異世界に来てしまったか、我々が集団催眠にかかり見えないものが見えてしまっているかの2択を我々に押し付けることとなった。
悠真がステータスオープンを口ずさんだ事を皮切りに、ステータスオープンと小声で試してみるものが後を絶たなくなる。
そして、ステータスを見た者はゲームのようなステータス表記に空いた口を塞ぐことは出来なかった。
その中でも、外務大臣は早めの段階で「ステータスオープン」と口ずさんでいたようで、誰よりも早くステータスに表示される数字の意味について吟味していた。
だが、やはり推測しか出来なかったようで、この議論を進めようと発言し始める。
「総理、我々が全員ステータスを見ることができたということは、国民全員に同じことができると考えて良いでしょう」
防衛大臣は顔をしかめる。
「だとすれば……健康情報や体力の数値化は軍事的にも悪用されかねません。公開されれば社会的混乱は避けられない。もしかしたら、異世界転移したことを悟ってしまう市民が現れてしまうかも知れません。このことは秘密事にした方がいいかもしれません」
外務大臣がその意見に疑問を呈する。
「すでに噂は広まりつつあります。 いずれ国民の大半が自分で確かめるでしょう。政府が黙っていても意味はありません。」
千秋が冷静にまとめた。
「……えぇ。リスクはあれど、今は政府の信頼が1番重要です。今の政府が有能である事実を示せれば、国民はより政府の指示に従ってくれるでしょう。よって、公表する方が得策でしょう。」
悠真は深く息を吐いた。
「そうですね、政府として、このステータスの存在を事実として認めましょう。混乱を抑えるには、情報を独占せず、共有するしかない。記者会見でそのことについて話します。」
悠真は思う。
恐らくだが、このステータスの存在は混乱の種ではあるが、希望の種でもあるのではないかと。だからこそ、公表すべきではないかと。
この中で唯一、悠真だけがこのステータスの存在を肯定的に見ていた。
官邸の記者会見室は緊張と熱気に包まれていた。テレビカメラが赤いランプを灯し、各社の記者がペンを握りしめる。壇上に立った朝倉悠真は、国民に向け深く一礼した。
「国民の皆さん。まず現状を率直に申し上げます」
国外との通信断絶、衛星信号の消失、周辺海域の観測不能。悠真は現状を淡々と説明する。
「我々がどこにいるのか断定はできません。しかし、日本は確かに存在し、政府は機能しています」
そして声を落とす。
「一方で、奇妙な現象が確認されています。「ステータスオープン」という言葉を唱えると、自身の情報が数値として表示される──そんな報告です。これは私自身も確認しました」
その告白に記者たちがざわめき始め、会場が異様な空気に包まれる。
バカにしながらも、実際に「ステータスオープン」と唱え驚愕する記者たちや、その反応をカメラに収める記者、全く信じてない記者などが入り乱れ混沌とした時間が流れたのだ。
しばらくすると、記者たちが次々と質問を投げかけ始めてくる。
女性の記者は問う。
「総理! それは国民全員に起きる現象なのですか?」
「断定できませんが、確認されている限り、誰にでも起こり得る可能性があります。」
メガネをした男性の記者は悠真を皮肉る。
「アニメの見すぎなのではないのですか?」
「現実です。自身でお確かめ下さい。」
誠実そうな男は堅実に質問する。
「どのような情報が得れるのですか?」
「体力や魔力といった、まさにゲームのような情報です」
こんな風に、ステータスについての質問は留まることがなかった。
ここを現実と認識して生きていたのに、急にゲームみたいな現象を体験出来ると言われれば、混乱してしまうのも無理わないだろう。
しかし、しばらくして、ステータスに熱狂していた記者たちは正気を取り戻し始めたようで、少しづつ国家の行く末についての質問が増えていった。
ステータスの話だけで終わるほど、記者は頭を働かしていない訳ではないようだった。
「食料の供給はどうなりますか? 輸入が止まっていますよね?」
「政府は備蓄米の放出を開始します。さらに国内農業の生産を強化し、都市近郊の休耕地を活用する計画です」
「石油はどうするのですか! 備蓄が尽きれば国は麻痺します」
「備蓄石油は半年から一年分あります。その間に新たな資源調査を進め、代替エネルギーの利用拡大を図ります」
「結局、我々は異世界に来たということなのですか?」
悠真は一拍置き、記者をまっすぐに見据えた。
「現時点では断定できません。ただし、我々は確かにこの世界に存在し、国民の暮らしを守るために政府は全力を尽くします」
ここで、悠真は言葉を強めた。
「今後の方針をお伝えします。政府は三つの柱を立てます。
第一に、国民生活の安定。食料・医薬品・燃料の確保を最優先にします。
第二に、現象の解明。ステータスの仕組みを含め、科学者・専門家を集めた研究機関を設置します。
第三に、防衛と外交。もし我々が未知の世界にいるのだとすれば、新たな隣人との接触が避けられません。自衛隊と外務省が中心となり、国を守りつつ、対話の道を探ります」
悠真は最後に国民へ呼びかけた。
「我々は突然の変化に直面しています。しかし、この国には技術があり、人がいます。恐れるのではなく、冷静に、新しい現実を共に歩んでいきましょう。政府は必ず、その先頭に立ちます」
フラッシュがひときわ強く瞬き、会場は騒然となった。
記者会見後も、政府が休まることはなかった。
食糧問題や燃料問題など、生活に直結する問題の解決策を考えなければならなかったからだ。
そんな中、自衛隊から未知の島に関する情報が流れてきた。
スクリーン上に映像が流れ始める。
その映像は、誰の目にも信じがたいものだった。
──城壁に囲まれた街並み。
──港に停泊する木造の帆船。
──煙を上げる市場と、人々の賑わい。
まるで歴史の絵画の中に迷い込んだような光景に、誰もが言葉を失っていた。
「……間違いありません。街です。人口は数千から、もしかすれば一万を超える規模かと」
偵察機からの写真を広げながら幕僚が報告する。
悠真も官邸で同じ映像を見つめていた。
「中世……まさか、夢でも見ているんじゃないのか」
彼は思わず呟く。だが、隣に立つ千秋が冷静に返した。
「現実です、総理。しかし、これはチャンスかもしれません。外交が可能になれば、今の日本の課題をいくつか解決できます」
あまりにもポジティブな千秋に呆気にとられつつも、悠真はその意見に同意する。
「そうですね。このまま国内に籠っていても、徐々に疲弊していくだけです。接触を測った方が良いかもしれません。」
ステータスの欄には魔力の表示があった。てことは、おそらく魔法が実在する世界ということになる。だからもし、異世界人と外交出来れば、食料不足や医療不足、他の問題を解決できるだけの可能性が十分にある。
例え魔法が存在しなかったとしても、新しい市場としては十分だろう。
しかし、経産大臣はその考えに疑問を呈した。
「流石に、接触は早すぎるのではないですか?まだ、国内の混乱も収まっていないのですよ?」
厚労大臣もその意見に賛成なようで首を縦に振る。
「このような状況下で未知の存在と接触を測るのは些か早急すぎやしませんか?」
確かに、その不安もある。だが、
「リスクよりもメリットの方が大きいです。正直、今から食料生産に全力を注いでも、作物が育ちきるには時間がかかるので、どうしても食料不足には陥ってしまうでしょう。また、この異世界の環境で作物がいつも通り育ちきってくれるかも分かりません。」
(まぁもし、完璧な管理と配分が出来れば、食料不足とかは解決できそうだけど、人間そんな完璧じゃないからね。)
「人は絶望的な状況にいる時こそ、希望を求めます。異世界人の情報や魔法なんてまさにその希望になり得る存在です。つまり、現在の不安しか広がらない状況下を変えて、国家に安定をもたらせるのは異世界人との交流しかないわけです。」
俺の考えを聞き、異世界人との接触に反対だった者たちは少し不満げながらも、その意見に同意してくれたようだ。
防衛大臣は話を進める。
「下手に軍を動かせば威圧と受け取られます。まずは小規模の調査隊を派遣すべきです」
外務大臣からも提案が出された。
「言語が違う可能性を考慮して、民族学の専門家も同行させましょう。」
議論の末、派遣隊は十数名に絞られた。
重火器の携行は禁止。
出来るだけ武力的圧が出ないような装備をさせた。
そして、手土産としては、清潔な布や酒、簡単な工具、機械製品などが用意された。
──接触を決定した会議の数日後。
自衛隊の小型艇が、城壁都市の港に近づいていく。
港ではすでに多くの人々が集まり、こちらを指さし、口々に叫んでいる。
鎧を着た兵士らしき者たちが槍を構え、船を見張っていた。
「……完全に、異世界ですね」
外務大臣が小声で呟いた。
今回の第1調査隊は、外務大臣、外務大臣補佐、民族学を専攻する通訳者、自衛隊員7名という編成になっている。
未知の国との外交を任せられるのは外務大臣しか居ないというで、外務大臣は今回の部隊に選ばれた。
外務大臣は自身に大きな重荷がかかっていることを十二分に感じながら、周りを見渡す。
港町にはボロボロな服を来た人々や、リンゴのようなものを売っている屋台、弓を携わえた少年、魔法の杖のようなものを持つ女性、ガチガチの鎧の兵士などが生活を営んでいた。
まさに、異世界である。
船から降り、他国の港に降り立った外務大臣は胸の鼓動を押さえつけながら、まず初めに両手を上げて敵意がないことを示す。
「我々に敵意はありません」
言葉でも示したけれど、全く警戒心が解かれることはなく、更には、知らない言葉で怯えられていたため、異世界では日本語が通じていないと悟った。
そのため、即座に通訳者にバトンタッチする。通訳者は言語を介さないコミュニケーションに慣れているため、この状況をどうにかできるだろう。
通訳者はジェスチャーを使い意思疎通を図る。
流石に通訳者はプロなようで、多少ではあるが異世界の人は我々を敵では無いと認識し始めているようだった。
それでも空気は張り詰めたままだった。兵士たちは槍を下ろさず、住民たちも不安げにざわめいている。
そんな中、兵士でもない、住民でもないような、異質な青年が姿を現した。
背は高く、鋼の胸甲に赤い外套を羽織り、腰には剣を佩いている。
髪色は黄色で、例えるならゲームの勇者のような人物であった。
立ち姿だけで周囲の視線を集める、圧倒的な存在感。
彼を見た住民たちは口々に同じ言葉を囁いた。
おそらく、名前的なものを呼んでいるのだろう。
青年は群衆を割り、静かに日本人たちの前に立った。
青い瞳が鋭く光り、唇が開かれる。そして、我々は驚愕することになる。
「……聞こえるか?」
日本語が聞こえてきたのだ。
外務大臣と通訳者は互いに顔を見合わせる。
もしかしたら、日本人かもしれない。
そんな予想が頭によぎる。
青年は目を細めながらも、胸を張って名乗った。
「俺は勇者レオン。貴様らは何者だ?」
港に広がる静寂の中、日本と異世界の最初の会話が始まろうとしていた。




