第七章 晦
グフフ。感じる、感じるぞ。やつの気が弱まっていくのを。
あの女と別れたんだな?
ギヒ匕。ざまあみろ、俺様のおもちゃを横取りしたりするからだ。
おまけにあんな目にあわせてやった俺様の墓まで建てるなんてな。
ギヒ。墓さえあれば俺様は何度だって復活できるってのに。
とんだお人好しの大バカ野郎。思ったとおりだったぜ。
今度は、俺様の女になることを拒み続けたあの女も使って──
「バカな男だよ。成れの果てに墓なんか建ててやって、どういうつもりさね?」
あん? 誰か知らんが、やつをバカ呼ばわりするのは気に入ったぞ。
おかしな力もありそうだし、俺様が復活したあかつきには手下にして──
バッガァァァン!
え゙っ?
「あの男はどうなってもいいけどさ、またあの娘が巻き込まれたりしたらたまったもんじゃないってんだぁ、よっ!」
ズッガァァァン!
バッ、やめろ!! 俺様がせっかく手下に、
「はっ!」
ドッ、ゴォォォン!!
ゃ、ゃめ……て────
「フン。これであんたは二度と復活できないし、生まれ変わることもできないよ。あの娘を傷つけ、あたしの手を煩わせたバツさ」
フォルハントとジュリアンが建てた墓を──といっても、大きめの石を立てて置いただけのものだったが──木っ端微塵に砕け散らしたマザーは冷たい声で吐き捨てるとパッと身を翻し、
「さて、そろそろあの娘も目覚めるころだろうから、晩ごはんにコ──鳥の串焼きでも買って帰るとするかね」
楽しそうに笑いながら姿を消した。
◇◇◇
マザーの家は、高い山の頂上と中腹のちょうど中間辺りに《なっている》
これまた高い木と木の間に、その実のようにしてぶら下がっているのだ。
こんな家、人間の世界ではまず見ることはないだろう。それなのに──
家に連れてきたルーナに簡単に間取りだけを説明した彼女は、出かけようとした自分を追い越して外へ飛び出そうとしたルーナの首根っこをつかんで怒鳴りつけてしまった。
瞬間移動で家の中へ連れてこられたルーナは、家の周りはどうなっているのか見てみようとしただけだったのだが。
「何やってんだい! 空も飛べないくせに、落っこったら死んじまうよ!」
「だ、大丈夫よ。家の段差くらいで大げさ──」
「段差どころの騒ぎじゃないよ。ほら、見てみな」
首根っこをつかまれたまま、開けられた家の扉から外を眺め回したルーナは驚く。
「わっ! こ、この家、空に浮かんでるの!?」
「まあ、似たようなもんだね。だから落っこったら怪我どころじゃ済まないのは分かるだろう? 子供じゃあるまいし」
「それは分かるけど……だったら最初に教えておいてほしかったわ」
「魔女の家だよ? だいたい分かるだろ」
「分からないわ」
「へっ? そ、そうなのかい?──な、ならこれでも飲んでゆっくりしてな。あたしゃちょいと出かけてくるからさ」
逃げるように消えられて、家に一人残されたルーナはつぶやく。
「ならこれでも飲んでって、会話も繋がってないし意味も分からないんだけど?」
そうつぶやきながらも、焦った様子の彼女の姿を思い出しておかしくなったルーナはくすりと笑うと、渡されたカップの中身──甘い香りのするお茶をひと口飲んで「ほぅ」っと息を吐く。
「美味しい……」
たくさん走ってのどが渇いていたルーナは、お茶をすべて飲み干すとソファに座り──そのまま眠ってしまった。
音も立てずに戻ってきたマザーは、ソファで眠るルーナを確認するとまた外に出て、家の周りに網を張った。
「やれやれ。魔女の家の周りに網を張るなんて前代未聞だよ。だけどあの娘に怪我させたりしたら、あたしが怒られちまうからね」
空をちらっと見上げてから部屋に戻った彼女は、ルーナのために晩ごはんを作り始めた。
「う〜ん……いい匂い……」
「おや、お目覚めかい? ちょうど晩ごはんができたとこだよ。食べるかい?」
「はい、いただきます」
どんなに悲しくても、家出中でも、お腹は空く。
フォルはどうしてるかな? パンは食べたかな?
彼のことはもちろん気になるが、これからどうするかも考えなくてはならない。
がその前に、寝起きや疲れにより回らない頭に栄養を補給する必要がある。
まずはお腹を満たさないとね。
「わあ! ごちそうがいっぱい。大好きな串焼きまであるわ。鳥かしら?」
「そうさ、買ってきたんだ。心配しなくても、もうコウモリの串焼きを食べさようなんて思わないから安心して食べな」
「え゙っ──コ、コウモリ!? というか『もう』って……まさか、私に食べさせようとしたことがあったの? 覚えてないんだけど……」
「そりゃそうさ。あんたはまだ小さかったからね。泣いてたからお腹が空いてんだと思って食べさせようとしてたら、ヘレンが大慌てで飛んできてさ」
「ヘレンって、私のお母さん?」
「そう、そのヘレンだよ『赤ん坊に何やってんのー!』って」
えっ?
「あ、赤ん坊!? 赤ん坊だった私にそんなものを……」
「い、いや、赤ん坊ったって、もう歯が生えてたからさ、いけると思うだろ?」
「歯──もしかして、だけど、まさか下の前歯が二本だけ。とかじゃないよね?」
「おや? よく分かったね。とにかく歯が生えてんなら食べられる」
「わけないでしょう! 信じられない。そんなことも知らないなんて……」
驚くルーナから呆れた視線を投げられたマザーは急いで話題を変える。
「い、今は知ってるさ! そ、そんなことよりさ、これからはここで一緒に暮らすだろう?」
「それは……しばらくは置いてもらえるなら助かるけど、ずっとというわけには」
「どうしてだい? ここにいればいつだってなんだって好きなものを出してあげるし、串焼きだって毎日買ってきてあげるよ。あんたの望みはなんでも叶えてあげると約束したしね」
「だけど、今後どうするかはフォルとちゃんと話し合ってから決めたいの」
大好きだと言っていた串焼きが毎日食べられると分かったら、喜んでここにいるだろうと思っていたマザー。
あては外れたが、なんとか説得しようと開いた口がつるりとすべる。
「何言ってんだい。呪いをかけられた男と話し合ったって、どうにもなりゃしない……よ」
「えっ……呪い?」
さすがの彼女もこのしくじりには気づいたようで、強引に修正をはじめた。
「そうさ、女の足にも追いつけないほどのろい男と話し合ったって」
「かけられた。と言ったわ」
「のろいかけっこ男と言ったんだよ!」
無理がありすぎる。
とうぜんルーナものってこない。
「私の望みはなんでも叶えてあげると約束したのよね? 相手が誰かは知らないけれど」
なんだい、ちゃんと聞いてたのかい。聞き逃してくれりゃあよかったのにさ。
「通りすがりの旅の男さ。これがまあとんでもない嘘つき男でさぁ」
「私の望みは、フォルにかけられた呪いがどういうものか知ることよ」
「……嘘つき男の話のほうが面白いと思うけど……」
「ウィッチ・ゴッドマザー。お願いよ、私の望みを叶えて?」
ちょっ、ずるいよ! なんだい、そのキラキラお目々のお願いポーズは!
「だぁぁもう! あの男には、心から愛する者には一生触れることのできない呪いがかけられてんだよ。おまけにそのことは誰にも打ち明けられないし、愛の言葉さえ紡げないのさ。そんな男と一緒にいたって未来なんか見えないだろう?」
心から、愛する?…………あぁ、私はなんて愚かなのかしら。
《あの》フォルを疑うなんて。
「呪いを解く魔法はないの?」
……あの男は耳が聞こえなかったけど、この娘は聞く耳を持たない娘だね。
まったく!
「魔法はない。けど、あんたの命と引き換えなら、呪いは解けるよ」
「それは、困るわ。フォルと一緒に生きていきたいもの。だから帰るね。私が気をつけてさえいれば、フォルに痛い思いをさせることもないでしょう? それに、年をとればいろいろな感覚が鈍くなってくるそうだから、もしかしたら」
「ないね。あの男は一年もたないよ。あんたはね、あの男にとって薬にも毒にもなるんだ。激痛に耐えながら触れ合って命をながらえるか、触れられない苦しみに体を蝕まれて命を落とすか──まったくもって、底意地の悪すぎる呪いだよ!」
…………フォル、が、死ぬ? このままだと、フォルは──
「私、やっぱり帰るわ。だけどね、時が来たら叶えてもらいたい望みがあるの。
もちろん、叶えてくれるよね? ウィッチ・ゴッドマザー」
有無を言わさない──否、イヤとは言えないマザーは、すべてを諦めたのではなく、すべてを受け入れ、柔らかく微笑むルーナを家の前まで送り届けて帰ってきた。
「まったく、大嘘つき男と約束なんかしなきゃよかったよ。あんな望みまで叶えなくっちゃいけないなんて、聞いてないよ! ちょっと、聞いてんのかい!」
高い山のてっぺんでは、空に向かって吠える彼女の声だけがこだましていた。




