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第十二章  満月

 

 目の前の光景に驚きすぎて声も出なかったルーナだが、不安そうな顔で覗き込んでいるフォルハントに気づくと、体をくるりと反転させて彼の手をとった。


「すごい。すごいわ、フォル! これ全部、フォルが一人で作ったの? えー、ちょっと、すごいんだけど!」


 返事も聞かずに、その場でぴょんぴょん飛び跳ねるルーナにやっと安堵の息を吐く。


「そうだよ、気に入ってくれた?」

「気に入った、なんてものじゃないわ。とっても素敵よ! ありがとう、フォル!」

「よかった。じゃあ、冷めないうちに座って食べよう?」



 家の前の平らなスペースに敷かれた暖かそうなラグは、ルーナが見たことのないものだった。この日のために、フォルハントが買ってきておいたのだろう。


 座ってからあらためて近くでよく見てみると、トレーの上にはシチューとサラダ、揚げたパンが二つずつのっていた。


 いずれも珍しい料理ではなかったけれど、お肉がゴロゴロと入っているブラウンシチューには生クリームの花びらが浮かび、グリーンサラダには色とりどりのエディブルフラワーで華やかさを添え、揚げたパンの半分はかわいい柄のワックスペーバーで包んである。

少しおしゃれなレストランで、ハーフコースとして出せそうな出来栄えだった。


 これまでにも、フォルハントの手料理は幾度となく食べさせてもらっていたが、ザ・男の料理! みたいなものばかりで、こんなにおしゃれでかわいらしい手料理を見るのは初めてのこと。



「本当にすごいわ……これからはフォルに料理を作ってもらおうかしら?」

「それはダメだよ。たまにならいいけど、僕はルーナの作った料理が食べたいからね。それに僕はパンを焼けないからパンは買ってきたものなんだ。中身は僕が作ったけどね。そんなことより、早く食べようよ。朝から死にものぐるいで作ってたからお昼を食べそこねて、お腹がぺこぺこなんだ」

「死にものぐるいって──ふふ。死なれたら困るから、いただきましょうか」

「いただきまーす!」


 照れ隠しもあったのか、少し早口で話し終えると揚げたパンに勢いよくかぶりつくフォルハントを、ルーナは感慨深い表情で見つめていた。




 とても美味しい食事と、デザートにクレアとルーナが焼いたりんごとくるみのケーキも食べ終わったころ、あたりは夕闇に包まれ始めていた。


「そろそろ家に戻りましょうか」


 ラグの四隅から少し離れて置かれた四角い缶に期待を寄せつつも、気づかぬ素振りでそう言ったルーナにくすりと笑うフォルハント。


「そんなこと言って、本当はあれが気になってるんでしょう? パーティーはまだまだ終わらないよ。でも、ここは片付けようか」



 二人でトレーやラグを家の中まで運び入れるとまた外に出て、ルーナを四つの缶の中央に立たせる。


「もう一度、目をつむっておいてね」

「はーい」


 ルーナがしっかりと目をつむったことを確認すると、フォルハントは缶の蓋を開け次々に火をつけて回った。


 その間ルーナは、間違えようのない想像を少しでも頭から追い出すため、開けっ放しにしてある玄関の扉のことを考える。



 最初は両手がトレーでふさがっていたから、目隠し状態の私を外に連れ出すために開けておいたんでしょうけど、今も開けたままなのはなぜかしら? 閉め忘れ?

それとも、よく煮込んであったシチューのこもった匂いを逃がすためかしら?


「もう開けていいよ」


 フォルハントの声に、扉の謎解きは中断してルーナはそーっと目を開けた。


「わぁぁ! きれい……とってもすてきだわ!」



 そこには想像どおりの光景が広がっていたけれど、その美しさは想像を遥かに超えていて、四つの缶から立ち上る炎はなんと、すべて違う色だった。


「どうしたら炎をこんな色にできるの? フォルは魔法が使えるの?」

「フフ、ルーナ限定でね」


 笑いながらルーナに近づいたフォルハントはその足元にひざまずくと、彼女の左手をとった。


「えっ──な、なに?」



 想像もつかなかった展開に、胸の鼓動は高まり全身がカーッと熱くなる。



「ルーナ。僕はルーナのことを心から愛しています。ルーナを誰よりも幸せにしたいし、僕のことも誰よりも幸せにしてほしい。僕と、結婚してくれますか」



 返事より先に涙が溢れ出す。


 魔物討伐へ旅立つ前に──それよりもずっと前から──なんなら、子供のころから──結婚の約束はしていたが、改まったプロポーズをされたのは初めてのこと。

フォルハントの目にも、少しだけ涙が滲んでいるように見えた。



「……はい、喜んで。二人で幸せになるために、フォルと結婚します」



 震える指先に、新しい指輪がはめられる。


 最初の指輪はシルバーに蔦の模様が施されただけのシンプルなものだったが、今回の指輪には半透明の丸い石がついていた。



「どこかの遠い国ではね、月の女神様の名前はルナっていうんだって」


 上を向いたフォルハントにつられて、ルーナもいつの間にか暗くなっていた空を見上げる。そこには、白く輝くまぁるい大きな月が浮かんでいた。


「月の女神様はたぶんきれいな方なんだろうし、今日の満月もきれいだけど──」


 手を引かれて下を向くと、フォルハントの澄んだ眼差しにとらえられた。



「女神様よりもお月様よりも、ルーナが一番きれいだよ」



 恥ずかしくて、返す言葉も見つからなくて、つい、


「指輪は……もう貰ってるのに」


 と、かわいくないことを言ってしまう。それでも、


「まだまだ足りないよ? 指は全部で十本あるんだから。あと八個、買って贈るね」


 その優しい言葉と笑顔に、また涙が溢れ出す。


 が──立ち上がったフォルハントの言葉に、一瞬引っ込む。



「それでは──誓いのキスを」



 驚いている間にサッと触れて離れていったフォルハントから、愛おしくて、愛おしくてたまらないといった表情を読み取ったルーナの蜜柑色の瞳から、大粒の涙があとからあとからこぼれ落ちる。


 ああ、フォルは……あの日をやり直そうとしてくれているのだわ。



 呪いのせいで、形式的なことはなにもできなかった結婚式。

ルーナ以上に、フォルハントは悲しくて悔しくて、ずっと引きずっていた。


 そんな気持ちも、今日で全部終わりにするんだ!


 感動しているルーナは置き去りにして、フォルハントはにこやかに笑う。


「早く泣き止まないと、もう一度しちゃうよ?」



 二度目のキスは長く、長く、いつまでも──



 くっ、苦しい!!


 バンバンと背中を叩くと、フォルハントは名残惜しそうに離れていった。

がしかし! 息を整える間もくれず、


「それでは奥様。愛しの旦那様と、一曲踊っていただけますか」


 ときた。



 な、なんて慌ただしいの! 余韻も何もあったもんじゃないわ!


 そう思ったルーナだけれど、結婚式って大体こんなものかしら? と思い直し、

愛しの旦那様の腕に抱かれて、クルクルと楽しく踊った。



 結婚式というものは、得てして慌ただしくなりがちなものではあるが、フォルハントが多少慌ただしく進めていたのにはわけがある。

我慢の限界に達していたのだ。


 ルーナと離れ離れになっていた五年間、結婚したのに触れ合えなかった半年余り。触れ合えるようになってからも、ルーナの体調を最優先にした数週間。

ただ抱きしめて眠るだけ、という苦行に耐えただけでも褒めてもらいたい。

限界に達するどころか、とっくのとうに超えていた。



 踊り終わってうれしそうな笑顔を見せるルーナをキュッと抱きしめてから、横向きに抱えあげると、家へ向かって歩き出す。


「ルーナ、分かる? あの日、こうしてルーナを抱えあげることができなかった僕の悔しさを。ルーナと結婚式をあげたその日に、こうして二人で暮らすことになる家に入るのが夢だったのに。それができず、ルーナに悲しい思いをさせた僕の不甲斐ない気持ちを」

「あっ……覚えて、いたの?」


 ルーナの瞳が再び潤み始める。


「もちろんだよ。約束したでしょう? ルーナとの約束を忘れるわけないよ」

「うん、うん。ありがと──うん?」


 ゴロンと石の転がる音がして、バタンと玄関の扉が閉まった。


 ああ、このために開けておいたのね?

そういえば、大きな石で扉をおさえてあったわ。


 涙を拭いながら、謎解きの答えにたどり着いて納得していたルーナに、フォルハントは甘く微笑みかける。



「ところでルーナ。子供は何人ほしい?」

「えっ──こ、子供!?」


 二人きりの結婚式が終わりフォルハントに抱きかかえられているという状況を、石のせいで忘れていたルーナは一瞬焦った。


 ま、まあそうよね。結婚してるんだから遅いくらいだけど、急に聞かれて──


「五人? 十人?」

「え゙っ!? ごっ、じゅ……ま、まずは二、三人から聞くのが」

「分かった! できるだけたくさん。だね? 僕、がんばるよ!」

「い゙っ!? 言ってない。そんなこと、ひとっ言も言ってないわ!」

「大丈夫、大丈夫。僕に任せて!」

「い、いいえ、任せられないわ! フォ、フォル、いったん落ち着こう。ねっ? ちょっ、落ち着いてくださーーい!!」


 フンフフフ〜ン♪



 ごきげんなフォルハントの鼻歌を最後に、寝室の扉はパタリと閉まった。







 なんだかんだで、ルーナとフォルハントが初めての甘い甘い夜を過ごしていたころ──とある山の《麓》と言っても差し支えないくらいの山中では──



「ちょっと、ハァ、まだ着かないのかい? あたしの家は一体どこに行っちまったのさ。フゥ、まったく、あんな高い山の上に家を建てちまったのは誰だよ! あたしゃもうクタクタなんだ。いい加減にしとくれよー!」



 一人の魔女──元魔女が、道に迷って叫んでいた。



 ついでに言っておこう。

この山はマザーの家がある山ではないことを、彼女が知るのはもう少し先の話になることを。



                              ── 完 ──


「最後までお読みいただいたみなさまへ」

「おはようございます。こんにちは。こんばんは!」

「……フォル、どんな挨拶してるのよ」

「だって、このページを開いてくれている時間が分からないから」

「それはそうだけど──あっ、少しは楽しんでいただけましたか」

「僕はずーっと楽しいよ。毎晩ルー」

「ちょっ!? ちょっ、ストーップ! 余計なことは言わないの! やめないと」

「分かりました!」

「でもそうね。余計なことじゃなくて気になるあれこれは、ちらほらあるわよね」

「たとえば?」

「う〜ん……たとえば、通りすがりの嘘つき旅人とか、マザーのその後とか──」

「コウモリの串焼きの味と」

「ないわね。とにかく、それ以外のことをいつかまた書いてくれるといいわね」

「いやぁ、しばら〜くは厳しいんじゃない? どこかの王子様が『俺たちも早く結婚させろー!』って騒いでるらしいから」

「どこかの王子様って?」 

「そこまでは知らないよ」

「そう。じゃあまあ、気長〜に」

「寝て待ってようか♡」

「……」

「ほら、声も出ないほどルーナも疲れてるでしょ?」

「フォルのせいでしょ!」

「そこの二人。イチャイチャしてないで、あたしの家をさがしとくれよ」

「でた、パン泥棒だ」

「何いってんだい! あたしゃ命の恩人だろ! このガ」

「それではみなさん! またいつの日か、お会いしましょうね〜」

「ありがとうございました!」

「あたしの家はーー!!」


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