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第一章  十六夜


「魔物を倒したら帰ってくる。必ず生きてルーナのもとへ。そしたら結婚しよう」

「うん。待ってるから、必ず、必ず帰ってきてね。約束よ?」

「うん、約束する。這ってでも戻って、結婚して、幸せにすると誓うよ」


 最後は精一杯の笑顔で送り出そうとするルーナの震える体を抱きしめて、フォルハントは固く心に誓う。


 どんなことが起こっても、必ずルーナのもとへ帰ってくる。

たった一人の、心から愛するルーナのもとへ!



 月の光に照らされた二人の想いは影に乗り、永遠の先にまで届くかのように、長く、細く、伸びていった。



 ◇◇◇



 ずる賢くて残忍な魔物が、国の西側に位置する大きな町で暴れまわっていた。

隣国との国境にもあたる山脈を根城としていることは分かっているが、範囲があまりにも広すぎて、国は手立てを講じることもできずにいたのだが。


「フォルハントとジュリウスを連れてこい。やつらの弓と剣なら、俺様を倒せるかもしれんぞ? 一万年先にはな!」


 ギャァハッハッハッ!



 今回の討伐隊で最後に生き残った騎士にそう告げた魔物は、耳をふさぎたくなるような気味の悪い笑い声を響かせながら消えていった。




 フォルハントとジュリウス。


 二人の捜索はすぐさま始められ、ジュリウスは難なく見つかったが、フォルハントは騎士見習いの者も含めくまなくさがしても見つからない。

しかも、魔物の言葉からおそらく二人は弓と剣の扱いに秀でた者だと思われたのだが、見つけたジュリウスは騎士一年目の若者で、騎士団長の話ではどちらの腕もまだまだだと──こちらも振り出しに戻ってしまったのだった。


 ところが、明日には国中に触れを出すという段階になって、先のジュリウスが思い詰めた表情で騎士団長のもとへとやってくると、重い口を開いた。

さがしている二人に心当たりがあると。

そうして長い時間をかけ涙ながらに語った彼は、そのまま辞職を願い出て騎士団を去っていった。


 ことは一刻を争う。とはいえ、入団一年目の騎士には志願しても許可がおりず、村の仲間を売っただけに終わった彼は、自分を許すことができなかったのだ。



 そうとは知らずに、国王から呼び出されたフォルハントとジュリウスは王宮の謁見の間で膝をついていた。


 ここに来るまで、二人でいろいろと理由を考えてみたものの、わけなど分かるはずもなく。しまいにはいつものように互いのせいにしあって笑っていたことが、つい先ほどのことだったような気もするし、遠い昔のことだったような気もする。


「国のため、家族のため、愛する者のため。どうか、二人で力を合わせて魔物を倒してほしい」


 今となっては国王から頭を下げられたことなど、もう夢だったとしか思えない。

それでも、


「魔物から指名されてるんじゃ、逃げ出すわけにもいかないな」

「うん。騎士じゃないから無理だとか言ってる場合じゃない。指名された以上、僕たちの村だっていつ襲われるか分からないんだ。僕は、ルーナのために戦うよ」




 決意を固めた二人が、第三次魔物討伐隊を率いて旅立ってから五年後。

かろうじて魔物を倒すことに成功した彼らは、半分以下にまでその数を減らした討伐隊とともに帰ってきた。


 心と体に、たくさんの傷を残して。



 ◇◇◇



「おめでとう!」

「おめでとう、お幸せに!」

「五年間も待っていてくれたルーナを、大切にするんだぞー!」



 中心となって魔物を倒した二人には報奨金のほかに、フォルハントへは例外的に騎士団への入団が認められ、ジュリアンには準男爵位が授与されることになっていたが、二人はこれを辞退して村へ帰ってきていた。


 村から生まれた英雄に興奮冷めやらぬまま、晴れ渡った空の下、ルーナとフォルハントの結婚式は行われ、誰もが笑顔で喜びを分かち合うその片隅で、一人晴れない表情を浮かべているジュリウス。


 子供のころから惹かれ合っていた二人が晴れて夫婦になることは、本来ならジュリウスにとっても喜ばしいことなのだが──ルーナのこれからを思うと、とてもじゃないけれど喜ぶ気持ちになどなれなかった。



「ルーナの細くてきれいな指に、ほかの男の視線が集まるのはいやだ!」


 指輪の交換を断固拒否するフォルハントに呆れつつ「では誓いのキスを」と神父が言えば、


「人前では恥ずかしい!」


 と真っ赤な顔で逃げ回り、つられたルーナも、もともと恥ずかしがり屋という性格も手伝って拒否派にまわり「前代未聞だ!」と天を仰ぐ神父を皆でなだめて、誓いのキスも取りやめとなった。

が、お祝いのダンスでさえも、


「僕は五年もの間ルーナと離れ離れになっていたんだ。今彼女に少しでも触れてしまったら、この場で押し倒してしまう自信がある!」


 などと、聞いてる側も恥ずかしくなるようなことを、これまた真っ赤な顔で言い放ち、とうとうルーナは泣き出してしまった。

悲しいのではなく、うれしくて。


 心配で心配で、怖くて怖くて、不安に押しつぶされそうだった長い年月(としつき)がやっと終わり、愛する彼が五年前と同じ想いのまま元気で帰ってきてくれた。

今はそれだけで幸せ。


 様子のおかしいジュリウスのことは気になっていたけれど、この幸せな時間にもう少しだけ浸っていたかった。



 熱気がいくらか落ち着いてきたころ、声をかけようとさがしてみたけれど、彼の姿はどこにも見当たらない。

フォルハントに尋ねてみても、


「ジュリウスは歳で、まだ疲れが取れてないから先に帰ったんじゃないかな?」


 と笑顔で返されて終わる。

誰もが「そうに違いない!」と明るく笑って言うので、


 そういうことなら、近いうちに挨拶も兼ねて遊びに行けばいいわね。

腰を痛めているクレアの容態も気になるし。


 そう考えていたルーナは、笑顔の裏に隠されたフォルハントの陰には気づかなかった。



 笑顔の花が咲き乱れた賑やかな宴が終わりを告げたあと、ルーナはフォルハントと並んで歩きながら、今度は積もる話に花を咲かせていた。

共通の友人のこと、村で話題になった出来事、絢爛豪華な王宮の話や王都民の暮らしぶりに驚いたり笑ったり。


 二人の楽しそうな様子は傍から見れば、寄り添い歩く仲睦まじい恋人同士に見えただろう。けれど……


 フォルは、どうして手を繋いでくれないのかしら?


 互いの半身をぴったりとくっつけ合い、指と指を絡ませて歩いていたあのころと比べると、拳ひとつ半ほど開いた距離はルーナにとって淋しさを感じさせるものだった。

付き合い始めのころのように、手の甲がコツンとあたってしまうこともない。


 今だけじゃない。帰ってきてからまだ一度もフォルは──あっ!

も、もしかして、さっき言ってたことは本当のことだったのかしら!?

だ、だったらこんな道端で押し倒されても困る──


「ルーナ?」

「だ、だめよ。まだだめ!」

「なにが?」

「えっ? な、なにって……」


 言えるわけないじゃなーい!


「疲れたの? だったら今晩は、ゆっくり休むといいよ」

「う、うん。そうする!」


 赤面妄想を知られたくなくて、深く考えずに即答したルーナ。

ここでも、少し複雑な表情を浮かべるフォルハントに気づくことはなかった。




 二人の目の前には、森の中にぽつんと建つ小さな一軒家。

もともとはフォルハントが一人で住んでいた家なのだが、今日からは二人で暮らす新居となる。彼がいない間もルーナが度々訪れて掃除をしていたためきれいに保たれていた。


 今日からここでフォルと、


「おーい、ルーナ。早くおいでよ」


 再びドキドキし始めた心臓にカァァッと上り始めた体温が、戸惑いに下がる。

視線の先には、家の扉を片手でおさえて待つフォルハント。


 そうよね、何年も前の話だもの。忘れていても仕方がないわ……これからよ!


「はーい」


 この五年間、自分以上に辛いこともたくさんあっただろうフォルハントを支えていくために、気持ちを切り替えて明るい笑顔を見せたルーナだったが……

それから一週間経っても、フォルハントを支えるどころかどことなくよそよそしい彼の態度に戸惑いと不安だけが募る一方で、笑顔もだんだんと消えていった。


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