噂の由兵衛
由兵衛と言えば、最近有名な義賊である。この間、横領をしていた店の旦那を成敗したとかで街で話題になっていたのだが、今日はそれの比ではなかった。噂は夜まで続き、当然この丘上の茶屋でもそうだった。
「由兵衛が捕まったらしいぞ」
「知ってる知ってる。応援してたんだがなぁ俺」
「馬鹿言えよ、お前はただの娯楽の一つだろ。しかし今まで華麗に逃げてたってのに、何で捕まっちまったかなぁ」
「人間なんだ。捕まる時にゃ捕まるだろう。だが、俺は見た目がどうしても気になるんだ。どう見たってありゃあ偽物なんでねぇか」
聞こえてくる話に溜め息を吐いた美人な青年は、端の席で向かいに掛けている店主にぼやく。
「よく飽きないですね。分かりきっているでしょうに」
「そうは言いつつ、お前ぇも本当は心配なんじゃねぇか? 何しろ、捕まっちまったんだからよ」
店主は声を落とし不気味に笑った。
「私が五体満足でここにいるのを分かっていながら、それを言うんですか。本当に冗談がお好きですね」
「何のことだか。由兵衛は捕まったんだ。ちっとは噂話でもしてやらなきゃ可哀想ってもんだろ? お前ぇを捕まえる為の罠だってこともな」
「馬鹿馬鹿しい。それに私が彼を助けに行くとでも?」
「行くんだろ、このお人好しが」
店主は言うと、持っていた団子をかじる。青年も茶を飲むと、懐から一枚の紙を出した。そこには、山賊のような見た目でありながら所々絶対に美化されたであろう小太りの中年男が描かれている。
「こんな由兵衛が本当にいるのなら助けに行きますが」
それを見た店主は詰まらせそうになった団子を何とか飲み込むと大声で笑い出した。
「こりゃ傑作だなぁ! 由兵衛は狸だったか!」
「酷すぎて腹が立ちますよ、全く」
そう言うと、お茶代を机の上に置いた青年は立ち上がった。
「やっぱり行くんじゃねぇか」
「助ける訳じゃありませんよ。嘘を暴きに行くんです」
「まぁ、あんな由兵衛じゃ町娘もがっかりだもんな。報告楽しみにしてるぜぇ」
「ええ。ではまた」
店を出た青年は小高い丘から、照る三日月を見上げる。
「彼らは運が悪いですね。由兵衛を相手にするのなら、満月の日だって足りやしない」
青年は薄ら笑いを浮かべ、腰の刀にするりと触れた。
「狸よりずっと強いんですから」
口笛を吹くと由兵衛は城下へと下りていく。翌朝には、またお馴染みの彼の噂が飛び交っていることだろう。