人類のターン
——バーンッ!!
スライド式のリンクポッドが、内側から思い切り蹴り飛ばされた。
「ノア!! 鮫島はどうなった!!」
(……残念ながら。まだ動いてます)
「マジか……」
リンク切断の瞬間、自爆の熱と衝撃を和樹は身をもって受けた。
その余韻がまだ体に残っているだけに、あれほどの爆発を生き延びた鮫島の異常性に背筋が冷える。
胸の奥に沈んでいく不快感を振り払うように、和樹は深く息を吸った。
「……トドメを刺しに行く。ノア、ナビを頼む」
(はい。ただし和樹——)
「行くぞ!!」
勢いよくポッドから飛び出した、その瞬間。
——ガッシャーン!!
床に豪快に転んだ。
「〜〜〜ッ!!? いっっっってぇぇ!!」
(……警告しましたよ)
「な、なんかフラつくんだがッ!?」
(覚醒して“30秒”しか経ってません。運動神経の信号伝達がまだ遅延しています)
「つまり……?」
(簡単に言うと、“寝ぼけながら全力ダッシュするアホ”と同じです)
「ノア、最近、俺に厳しくない!?!」
(事実を述べているだけです)
和樹はよろよろと起き上がり、壁に手をつきながら深呼吸。
「……そういえば、ここどこだ……?」
問いながら、ゆっくりと周囲を見渡す。
そこは——見知らぬ金属光沢のフロアが広がる広い空間だった。
壁面には無数の光学パネルが浮かび、宙には青白いホログラムの図面が漂っている。
中央には司令卓。周囲を囲むのは、管制AIたちの立体窓と操作フレーム。
天井のラインライトが淡く明滅し、かすかに振動する低音が艦内に響いていた。
(ここは——移動式中枢司令艦“ヴァルキリオン”。セクター9上空で待機中です)
「ヴァル……キリオン……?」
ナノリンク・データフィードで一気に情報が流れ込み、和樹の脳内で情報と記憶が噛み合わさる。
ここがどこかなど、説明されるまでもない——自分の艦だ。
「ノア、メイン・スキャナー、モニターC-12に鮫島を映してくれ」
(了解。監視ドローンのカメラとリンクします)
司令室左側の大型モニターが点灯し、瓦礫の中心で立ち上がる鮫島の姿が映し出される。
「……しぶといな……。ヴァルキリオン、姿勢制御。第3姿勢ブースター作動、艦を鮫島の真上へ移動」
(姿勢制御了解。重力波ジェネレーター起動——軌道変更)
艦全体が低く唸り、ゆっくりと角度を変えていく。
和樹はこれまで何度も経験してきたかのように司令卓へ歩いた。
「ヴァルキリオン、主砲起動。ターゲット、モニターC-12の座標点」
(主砲チャージ開始——照準同期します)
艦内が淡い青で染まり、空間が“唸り”始めた。
キィィィィィィ……ン……。
主砲チャージ特有の重圧が艦全体に満ちる。
「ノア、近くにサラがいる。鮫島だけに集束しろ」
(既に照準完了。エネルギー出力……70%突破)
「十分だ——撃て」
(主砲、収束モード——発射)
——キィィィィィィィィィン……!!
光が“面”ではなく、“一本の極細の槍”に圧縮される。
次の瞬間。
——ドオオオッッ!!!
艦腹から放たれた蒼白の光線は、空気を焼き裂きながら一直線に落下した。
それは爆発ではなく——
“貫通”だった。
直径わずか2メートルの深い穿孔を、瞬時に形成する。
完璧なまでの一点集中照射だった。
(着弾確認。……鮫島の反応は、かろうじて……あります)
「続けて、第7ハッチを開けろ。“落下軌道”そのままでいい」
(ハッチ7、開放。降下ルート確保)
天井のルーバーがスライドし、降下用通路が姿を現す。
和樹はそのまま通路を駆け抜け、先端にある第7ハッチへ向かう。
ハッチ脇の小型格納庫には、黒いホバーバイクが静かに待機していた。
和樹はバイクのフレームに手をかざす。
「——レイヴンスピア、起動」
低い唸りと共に、バイクのエンジンコアが蒼く点火した。
和樹はひと息で跨がり、ハンドルを握る。
「ノア、降下ルートを同期。鮫島まで一直線で頼む」
(ルート同期完了。……和樹、加速Gに備えてください)
「了解!」
ふわりとバイクが浮上する。
和樹は一気にスロットルを開いた。
——ゴォッ!!
レイヴンスピアは開かれたハッチを抜け、夜空と地上の闇へと一直線に飛び出した。
***
熱で歪む金属臭。蒸気のような白煙。
穿孔の底には、鮫島の破壊された身体が散乱していた。
そして——
頭部だけが、まだ微弱に光っていた。
「……っは……は……いったい……何……が……?!」
和樹は無言で歩み寄り、鮫島の頭部を片手でつかむ。
「……ぁ……ぅ……」
そのまま地上へ、一直線に跳躍した。
その手には——機械の頭。
和樹は、頭をそのままポイと投げ、地面に転がす。
コロ……コロロ……ガンッ。
鮫島の視覚ユニットがかすかに光り、和樹を見た。
「……お……前は……荒野に……現れた……あの……人間……?」
その声には、恐怖にも似た震えがあった。
和樹はゆっくり歩きながら、プラズマブレードを展開した。
「——仲間に伝えとけ」
鮫島の瞳孔が、恐怖の色に染まる。
「ここから先は……“人類のターン”だ」
「……お前はいったい……何……」
和樹は鮫島の言葉を最後まで言わせなかった。
——ズバァッ!!
プラズマの刃が頭部の中央を貫き、蒼白い光が脳機ユニットを焼却する。
「うるせぇんだよ……分析だの最適化だの……」
鮫島の視覚ユニットが——暗転し、機械の頭部は、ただの鉄屑と化した。
「その前にまず……人の口に舌を突っ込んでくんな!!」
和樹は震える手で、口元をぬぐった。
「……本当っ気持ち悪いんだよ!!!」
怒りと羞恥が、限界を超えて爆発する。
「なんだよあの舌!! 口の中まで突っ込んできて!! あれ絶対ファーストキス扱いだろ! ふざけんな化け物!!!」
(厳密には、和樹本人の身体ではなかったので——セーフ判定です)
「……せ、セーフ……なのか……?」
和樹が放心していると——
トテ……と軽い足音が聞こえた。
「……ファーストキス……奪われたの……?」
「え? あ、いやサラ——」
そこには、ボロボロのワインレッドのドレス姿のサラが立っていた。
そして、ふらりと和樹へ近づく。
「……ねぇ……奪われたの……? ひっく……」
「さ、サラ!? なんかおかしくない!?!?」
サラは胸元を押さえながら、ゆらゆらと歩み寄る。
「だってぇ……ファーストキス……って……大事なんだよ……? ひっ……」
「ちょ、ちょっと近い近い近い!!」
(和樹、落ち着いてください。サラはナノマシンの急速回復による脳のストレスを抑えるために、鎮静物質が過剰分泌されてます)
「つまり……?」
(軽い酩酊状態にあります)
「軽く酔ってるってレベルじゃねぇぞこれ!!」
サラは和樹の胸に手を添え、うっとりと見上げてきた。
「……じゃあ……もし、よければ……私が……上書き、してあげよっか……?」
「…………はあああああ!?!?」
「……“本物の”……和樹の……ファーストキス……欲しい……な……」
黒目が潤んで大きく揺れ、吐息は甘く、動きはどこかとろりとしている。
そして和樹は——
その姿に、息を呑んだ。
破れたワインレッドのドレス。
裂け目からこぼれる白い肌。
肩のライン、艶めく鎖骨、揺れる胸元。
顔が、近い。近すぎる。
——ごくり。
和樹は、生唾を飲み込んでいた。
(和樹、視線が胸元に固定されてますよ)
「う、うるさい!! いや、でもこれはその……! 見えちゃうもんは見えるんだよ!!」
サラはふわりと両腕を和樹の肩に絡め、身体を預けてきた。
「……ねぇ……和樹……」
上目遣いで、吐息がかかる距離。
「……目、閉じて……?」
サラはそっと、唇を少し尖らせた。
完全に“キスを要求する顔”だ。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
和樹の理性は崩壊寸前だった。
(和樹、決断を迫られてますね。どうするんです?)
「ノア……どうすればいいんだ……? 男として……断るわけにはいかないよな……?」
(私に振らないでください。……ですがシラフでない女性にキスするのは、男としていかがなものかと思います)
「うっ……その正論は……今つらい……!」
それでもサラは、和樹の胸に両手を置き、そっと顔を近づけてくる。
「……ん……」
完全に“受け入れ態勢”に入っていた。
和樹は意を決し、ゆっくりと顔を近づけ——
あと数センチ。
サラの吐息が唇に触れそうな距離。
(和樹、心拍数上昇。完全に舞い上がってますね)
「黙れノア!!!」
そして和樹の唇がサラへ触れようとした——その瞬間。
「——やめろッ!!」
「えっ!?」
鋭い声に、和樹はビクッと振り返った。
そこには——
プラズマガンを構えたカレンと、その横でテグを背負ったまま青ざめて叫ぶホアンが並んでいた。
「サ、サラさんから……は、離れないと……カレンが撃つぞ!!」
「え、私が撃つのッ!?」
——パシンっ!
後ろからエコーがホアンの頭を軽く叩いた。
「コラァ! 誰に銃口向けてんの!」
「ひぃっ!!」
エコーはそのまま和樹へ向き直り、大きく手を振る。
「おーい、和樹! こっちは終わったよー! サラと一緒にいた人間も連れてきた!」
和樹が視線を向けると——
エコー、ホアン、カレン、そして和樹の知らない子供が二人。
そのさらに後ろに——
数え切れないぬいぐるみ型ドローン部隊『イグナイト』が整列。
まるで軍隊のように、一斉に頭へ手を当て——
ビシィィィッ!!
完璧な敬礼をそろえてきた。
月光の下、クマの群れがぴしっと敬礼している光景は……
戦場の緊張を台無しにするほど、壮観でシュールだった。




