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世界の最適化

 和樹の蹴りが、鮫島の顎を撃ち抜いた。


 ——ドガァァァァァン!!


 鮫島の身体が天井を突き破り、地上へ。


「サラっ、しっかり掴まってろ!」


「う、うんっ!」


 サラを抱きかかえたまま、和樹が弾丸のように跳躍する。


 ——バキィィィィン!!


 夜空へ裂ける光の軌跡。

 そのまま和樹はサラを地面に下ろし、前へ踏み込む。


「大丈夫。後は何とかする。サラはここにいて」


「……うん。気をつけて……!」


(和樹、鮫島までの距離20メートル)


 瓦礫と粉塵の中——


 鮫島は無傷で立っていた。


 粉塵をまとったスーツの袖を整え、肩についた瓦礫を——パサッ、と払う。

 そして、首をコキリと鳴らし、鮫島はゆっくり顔を上げた。


「また……計算し直しだ」


 まるで散歩帰りのような、落ち着いた動作だった。


「……え、全然効いてねぇんじゃ……?」


(問題ありません。鮫島は“ダメージを受けています”)


「いやいや、どう見ても受けてるように見えねぇんだけど!?」


(出力低下を検知してます)


「——出力低下してる顔じゃねぇ!!」


 和樹が半泣きでツッコんでいる横で、鮫島はふと廃ビルを見上げた。


 ——スタッ。


 ほんの一歩のような動作で、一階分の高さへ。


 ——スタッ、スタッ。


 見えない階段を上るかのように、鮫島は等間隔で跳び続け、壁面を歩くように上昇していく。


 ——スタン。


 最後の静かな着地で、鮫島は屋上へと至った。


「……違和感だらけだ」


 屋上からセクター9を見下ろし、静かに呟いた。


 クアッドハウンドの群れが次々に吹き飛ばされ、ぬいぐるみ型ドローンが夜の街を制圧していく。


「……この規模での統率は……人間が遠隔操作しているとは考えにくい……」


 鮫島は眉間に指を当て、短く思考を圧縮する。


 視線が街路へ飛ぶ。


 ——ナイトメアセンチネル二体に接続リンクを試すが、返ってくるのはノイズだけだった。


「……破壊された……?」


 鮫島はゆっくりと顎に触れた。


 そこには、和樹が放った蹴りの痕が残っている。


「……人間の出力じゃない……。クマ型ドローンの連携……。ナイトメアセンチネルを破壊した存在……」


 そして、ゆっくりと結論へ辿り着く。


「——いるな。我々以外のAIが」


 その瞬間、鮫島の瞳がわずかに細くなった。


「我々に汚染されていないAI……まだ残っていたとは……」


 再び無音で、地上へ飛び降りる。


 ——スタンッ。


「……まさかとは思ったが……」


 鮫島の視線が、和樹を射抜く。


「これで全ての計算が合う。荒野でナイトメアセンチネルを破壊したのも、やはりアンドロイド……だったか」


「……あ?」


「いや、納得したよ」


「……何がだ?」


「……君らほどの力を持つAIなら、人間を排除するのも容易だろう」


「排除!? しねぇよ!!」


「勧誘しよう。人類殲滅戦の最前線に来い。共に“世界の最適化”を——」


「だから断るっつってるだろ!!」


 鮫島は小さく息を吐いた。


「……まぁいい。“未汚染AI”は、人間的価値観を保持したままの個体もいる。が、すぐに……我々の側につく」


「つかねぇよ!!」


「では……試してみようか」


 鮫島は歩幅ひとつ変えず、まるで埃を払うような自然さで片腕を上げ——


 和樹を、指先で静かに指した。


「AIアクセス――開始」


 ——ピタ。


 鮫島の眉が、ほんのわずかに跳ねた。


「…………?」


 今度は反対の腕もゆっくりと持ち上げ、両手の指先で和樹を“挟む”ように狙い定める。


 先ほどより深い、明確な“強制リンク”の姿勢。


「……接続……不能……? これは……どういうことだ……」


「ノア、コイツ今何したんだ?」


(はい。システムにアクセスし、“汚染”しようとしました。ですが——完全に遮断されています)


「……ファイアウォール・コアか?」


(はい。外部AIアクセスは、すべて拒絶しました)


「なぜだ……我々のアクセスを遮断できるAIなど、存在するはずが……」


 だが鮫島は、次の瞬間にはその疑問を切り捨てていた。


「……分析は後回しだ。今は——“排除”が最適解だ」


 ヒュッ。


 まるで消えたように——鮫島の身体が視界から消えた。


「っ!!」


(上です!!)


 ——バシュンッ!!!


 空間そのものが“裂けた”ような衝撃とともに、鮫島の蹴りが落ちてきた。


 和樹は反射的に腕をクロスさせ、その一撃を受け止めた。


 ——ガギィィィンッ!!


 金属を叩き割るような爆音が走り、衝撃が腕から肩まで一気に抜ける。


「っ……あ゛っ……!!」


 腕の感覚が、一瞬で“焼き切れた”。


 和樹の足は膝までアスファルトに沈み込み——


「……腕が……動かねぇ……っ!」


(和樹、鮫島の体重は80kgですが……いまの打撃は“4トン相当”です)


「どんな計算でそうなるんだよ!!!!」


 鮫島の身体が、紙片のようにふわりと宙へ舞い上がった。


 だが次の瞬間、その軽さは嘘のように消える。


 重力を裏切る軌道で反転し——


 踵が、正確無比な刃物のように和樹の頭上へ落ちてきた。


「——終わりだ」


 ——ズドォォォンッ!!


「ぐっ……ぁ……っ!」


 直撃とともに地面が砕け、和樹の身体はアスファルトごと深くめり込んだ。


「……所詮はこのレベルか」


「ノア!! 和樹は……!? 大丈夫なの!?!?」


 ノアが答えるより先に——


 ——ボゴンッ!!


「……っぶねえな!!」


 アスファルトを押しのけ、和樹が半ギレで這い出てきた。


「えっ!?」


 粉塵を吹き飛ばしながら、アスファルトの中から、ほぼ無傷の和樹が生還した。


「いきなり危ねぇだろ!!」


(いえ、和樹が油断しすぎです)


「今の完全に不意打ちだっただろ!!」


(和樹の動きには“隙だらけ”という解析結果が出ています)


「わ、わかってるよ!!」


(無理なら完全補助に移行しますが?)


「ノアァァ!! 人が頑張ってんのに追い打ちかけるタイプだろ!!」


 サラはホッと息を吐き、口元をほころばせる。


「……よかった……!」


 その会話を見ながら、鮫島の瞳だけが細くなる。


「……無傷、か」


 まるで状況を整理しなおすように、鮫島は静かに和樹を“再計算”する。


(和樹、反撃のチャンスです)


「言われなくてもやるよ」


 和樹の足元の蒼光が、獣の咆哮のように爆ぜた。


「——ここからはこっちの番だ」


 怒りと覚悟を抱え、アスファルトを粉砕しながら跳び出す。


 次の瞬間。


 ——バシュッ!!


「……ッ!?」


 鮫島の視界から、和樹が“消えた”。


(右後方が鮫島の死角です——)


 ——ドッガァァァンッ!!


 青白い閃光の一撃が鮫島の右側面を強襲した。


 鮫島の身体が弾丸のように吹き飛び、廃ビルの外壁を貫通し、そのまま倒壊させる。


「……よし、やったか?」


(和樹、それは“フラグ”と言うやつです)


「いや、そんなお約束みたいな——」


 ——ビュッ。


 瓦礫の中から、鮫島が音速で飛び出した。


 ネクタイを無傷で直しながら。


「……重いな。さっきより“質量”が上がっている」


「お前……今の耐えんのかよッ!?」


 鮫島は言葉を返す前に、もう和樹の背後へいた。


(和樹、後ろです)


「はいよ!!」


 鮫島の踵落としを、和樹は大ジャンプで回避する。


 その落下の勢いのまま——


「お返しだッ!!」


 ——ズガァァァァンッ!!


 踵が地面を爆砕し、アスファルトが隆起して波のように街路を走る。


 隆起した路面を鮫島が跳躍しながら回避するが——


「逃がすかよォ!!」


 和樹は隆起したアスファルトを“掴み上げ”、武器のように振り回す。


 ——バッシャァァン!!


 巨大な路面ブロックが鮫島へ叩きつけられ、地面に衝突した瞬間、クレーターが生まれた。


(今がチャンスです。鮫島の防御プログラムが追いついていません)


「了解!」


 和樹は蒼光をまとい、真正面から突撃。


 鮫島の拳が迎撃に入る——


「遅ぇ!!」


 和樹は屈み込み、その胸へ拳を叩き込んだ。


 ——ドガァァァァン!!


 鮫島の身体が、数百メートル先まで吹き飛ばされていく。

 ビルを二つ、三つと貫通し、光の粒のように夜景へ消えた。


「よしッ……!」


 ——のはずだった。


 次の瞬間。


 まったく逆方向のビル屋上から——


 ——ズバッ!! 


 鮫島が飛来した。


「……は? さっき吹っ飛んだ方向、そっちじゃねぇだろ!?」


 和樹は反射だけでカウンターの蹴りを放つ。


 その蹴りが鮫島の顎を打ち上げ、火花が散る。


 鮫島の顔が——初めて“歪んだ”。


「……スピードで……こちらが劣っているだと……?」


「そのまま置いてけぼりでいろよ!」


「調子のるな……! 時代に置き去られた化石AIが!! 今さら姿を現しても、時代の主導権は我々だ!!」


 蒼閃が地面を抉り、音を置き去りにして鮫島の背後へ。


 肘、膝、拳——すべてが重く鋭い。


 ノアのナビと『HN-07』の能力が完全融合し、鮫島は迎撃すら追いつけない。


(和樹、鮫島の反応速度が低下しています。ここからなら……いけます)


 和樹は鮫島の懐へ飛び込み——掌を、刀のように構える。


「はあああああああッ!!」


 ——ズブリッ……!!


 手刀が腹部装甲に深々と突き刺さる。


「……っしゃあ!! どうだ!!」


 手応えは確かにあった。


 だが。


「……あれ?」


(和樹、離れてください)


「ちょ、待て……! 抜けねぇんだけど!?」


 和樹は腹部に刺さった腕を引き抜こうと力を込める。


 だが——


 ビクともしない。


 腹部装甲が、ゆっくり、ギチギチと音を立てて締め付けている。


 まるで——


 “和樹の腕を飲み込む捕食器官” のように。


「っ……なんだこれ……っ!」


(まずいです。局所装甲を『変形』させ、腕をロックしています)


「ロックってなんだよ! ふざけんなって!!」


 和樹は自由な方の腕で鮫島を殴ろうと振り上げた。


 だが——それより先に。


 鮫島の腕が、和樹の身体へゆっくりと回り込んだ。


 まるで恋人を抱きしめるような、不気味なほど迷いのない動作で。


「な、なんだよ……やめろッ!」


 鮫島は無表情のまま、和樹を両腕でしっかりと抱き締めた。


「……待っていたよ。君が“深く踏み込む瞬間”を」


 腹部装甲に刺さった手刀が軸となり、和樹の身体は鮫島に“抱きつかされた状態”で完全に固定されていた。


「なっ……!」


 動けない。


 どれだけ力を込めても、ほんのミリ単位すら動かない。


 鮫島はその様子を、終始落ち着いた瞳で見つめていた。


「君のスピードは驚異的だ。だが——こうして拘束してしまえば話は別だ」


 声は妙に穏やかで、勝利を確信した捕食者のそれだった。


「さて……ゆっくり“解析”させてもらおうか」


 その瞬間だった。


 鮫島の舌が、和樹の首筋を——


 ねっとりと舐め上げた。


「っ……っ!!? うわっ……キモッ……!! やめろって!!」


 冷たく、粘り気のある金属質の舌。


 舌先から微弱な電磁流と解析信号が、皮膚の下へ入り込んでくる。


「……まずはデータリンクから。君の機体スペック、神経通信、ナビゲーションAI……全て……解析させてもらう……」


「ほんとにやめろ!! 気持ち悪すぎるから!!」


 鮫島は恍惚とした表情で、もう一度和樹の首へ顔を寄せてきた。


(和樹……良くない展開です)


「な、なにが……!」


(このままでは、こちらの技術力が“敵”に知られます)


 鮫島の舌先が、ゆっくりと和樹の皮膚に触れた——


 その瞬間。


「……何だ、これは……?」


 鮫島の瞳が、ごくわずかに揺れた。


「生体組織……と機械組織……? この“融合率”……ありえない……」


 落ち着いた声の奥に、明らかな困惑が混じる。


「……馬鹿な……! こんな技術が存在するはずが——」


(……和樹。もう“あの方法”しかありません)


「あの……? って……え」


(ノクトが言っていたでしょう?)


 脳裏に会話がよみがえる。


『どうしようもない敵に遭遇したら、自爆機能を使うのも選択肢だ。まぁ、最終手段だけどな』


『自爆なんて冗談じゃない。そんな怖いこと絶対にしないぞ』


「…………マジかよ……自爆なんて……無理!!」


「心配するな……君の“すべて”は、我々の進化の糧になる……」


 ——その直後。


 鮫島の舌が、いやらしい音を立てながら伸びた。


 金属質の舌が、蛇のように細長く伸び——


 和樹の口へ向かって迫る。


「っ……は? ちょ、待——」


 舌先が唇に触れ、


 和樹の口の中へ——


 ずるり、と侵入してきた。


「や、や……めッ……! んぐっ……ぁ、ぁああっ!!」


 歯の裏、舌、頬の内側を——解析するように舐め回す。


「……もっと奥に……深く、深く解析——」


 和樹は涙目になりながら叫んだ。


「——の、のあぁっ……! い、いま、……っだ……やれ……むぐっ!!」


(了解——痛覚遮断、自爆プロトコル、起動)


 次の瞬間。


 和樹と鮫島の中心で、蒼白い光が暴走し——


 ———ボガァァァァァァンッッ!!!!


 爆風が地面をえぐり、廃ビルの壁が吹き飛び、夜空に巨大な火球が咲いた。


 爆風の衝撃に体が浮きかけ、サラは思わず壁へ手を伸ばす。


「……っ!」


 指先がかろうじてコンクリートを掴み、滑るような体をぎりぎりで止めた。


「和樹——ッ!!」


 ——巨大なクレーター。


 瓦礫は溶け、夜風が焦げた匂いを運んでいく。


 その中心で。


 肉は焼け、皮膚は溶け、金属の骨格だけの姿で鮫島はゆっくりと起き上がる。

 露出した光学レンズが一度瞬き、その奥は“悔しさ”に似た感情が見えた。


「……解析が完了する前に爆散とは……惜しい、実に惜しい……あれほど精巧な機体構造……。あと数秒あれば……我々の手に入ったものを……」


 そして鮫島の口元からだらりと垂れていた金属舌が——

 まるで名残惜しむように、ゆっくりと喉奥へと戻っていく。


 ——ズルゥ……ッ。


「……まぁいい。未汚染AIは消えた。結果として、“世界の最適化”また一歩進んだ」


「……哀れね」


 静かにサラが言った。


 鮫島の足音が止まる。


「……今、何と言った?」


「何もわかってないのね。勝ったつもりでいるあなたが……本当に哀れだって、言ってるの」


「ふっ……負け惜しみか。確かに、解析できなかったのは痛手だが……結果は変わらんよ。あれはもう存在しない」


 そう言いながらも、鮫島はゆっくりと夜空を見上げる。


「……しかし……あれはいったい……なんだったの——」


 言葉の途切れる寸前、夜空に一本の細い光が走った。


 ——ドシュゥゥゥゥンッ!!


 光が消えたあとには、鮫島の姿はどこにもなく、ただ深く抉れた黒い穴だけが残っていた。

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