「100%」
「ご苦労様、サラ。君はここで“終了”だ」
——カラン……カラン……。
鮫島の足元へ、黒焦げの金属球がゆっくりと転がってきた。
直径十センチほどの、脈動するようなコア。焦げた外殻がところどころ剥がれ、内部の青白い光が明滅している。
「……あれは……」
サラが呟いたその瞬間——
コアから、断続的にノイズが走った。
『……ッザ……No.3……た……助……け……ク……レ……』
それは言葉にもならず、電気の悲鳴のようだった。
「……だから言っただろう、No.28……遊ぶのもほどほどにしろと。……欠陥品が」
鮫島は表情ひとつ変えずにサラのエナジーブレードを再び起動させた。
——シュウッ。
空気が震え、青白い刃が静かに伸びる。
次の瞬間——
ブスッ。
コアへと突き刺した。
「———!」
ノイズとも悲鳴ともつかない音が響き、コアは静かに、光を失っていく。鮫島は刺したままのエナジーブレードを手放し、ゆっくり顎に手を当てた。
「……ふむ」
思索するように一歩、また一歩と歩き出すと、硬いコンクリートに革靴の音が反響する。
コツ……コツ……。
「……わからないな」
鮫島は視線を彷徨わせながら、まるで独り言を続けるように言った。
「我々の演算に“矛盾”はないはずだ……なのに、近頃は妙に“人間的なバグ”が多い……何か想定外のことが起きてるのか?」
そしてふと立ち止まる。
「……本当に腑に落ちないことばかりだ」
その低いつぶやきに、サラはつい反応してしまった。
「……何が……?」
鮫島が無表情のまま、コアに突き刺さったままのそれを、指先で示した。
「そのエナジーブレード……エネルギー出力が常識を超えている。刃の収束率も異常だ。なぜそんな物を君が持っているのか……」
鮫島は一瞬だけサラを見て——再び顎に手をやった。
「……それにだ、そもそも君にそこまでの戦闘力はなかったはずだ」
鮫島は薄く笑い、ゆっくりと首を傾げた。
「いや、気を悪くしたのなら失礼。たしかに——ヴァンガードセクトの中では、君は群を抜いていた。だが、“シンセティック・チャイルド”ですら敵わなかったナイトメアセンチネルを単独で撃破する……? それは、どう考えても計算が合わない」
サラは唇を噛む。鮫島の目は、まるで演算の途中で止まったプログラムのように冷たい。
そして、鮫島は一歩前へ出て、低く呟いた。
「——いや。もっと腑に落ちないことがある」
「……何を言って……」
「君のその瞳だよ」
「瞳……?」
「なんだ……自分の瞳を、鏡で見たことがないのか?」
「……あるに決まってる……それがなんだって言うの?」
「その輝きだ。まるで、極小の銀河が回転しているような——装飾でも遺伝でもない。粒子の循環反応……ナノマシンの反射だな?」
サラの呼吸が止まる。
「ふむ……本当に興味深い。AIを我々が独占して以来、人類のナノマシン技術は完全に衰退したはずだ。——なのに、君の体内では明らかにナノ群体が稼働している。……いったい、どこでそんなものを手に入れた?」
「………」
「黙ってたらわからないじゃないか、我々が探してる人間と何か関係があるのか?」
「……いったい、さっきから何のことを言ってるのかわからないわ」
「……そうか」
「まったく知らない仲ではない。できれば手荒な真似はしたくなかったが——」
鮫島は一歩、ゆっくりと前に出た。
「——素直に話してくれないのなら、しょうがない」
「——ッ!?」
次の瞬間、鳩尾に冷たい衝撃が突き刺さった。
——ドスッ。
ゴガンッ!!
「……っ、か……は……!」
息が肺から全部吐き出される。何が起きたのか理解する前に、壁が背中へぶつかってきた。
「……さっきまでの常識外れの力はどうした? ……もう使い切ったのか?」
(い、いまの……一撃……見えなかった……?)
サラは腹を押さえ、膝をつきながら鮫島を睨み上げる。
鮫島は首をわずかに傾げる。
「君の存在は——この都市の“秩序”にとって、明らかに過剰戦力だ。我々は、不要な変数を嫌う。だから君はここで削除される。それだけのことだ」
「……秩序、ね。あんたたちの言う“秩序”って、結局は自分たちが都合よく支配できることを指してるだけじゃない」
サラは立ち上がろうとした瞬間。
——ガクリ。
(くっ……!)
「安心しろ。君に何があったか素直に喋ってくれたら苦痛は感じないように処理してやる」
「……優しさアピールのつもり?」
鮫島の腕が、無造作に振るわれた。
——ゴッ。
「っ——!」
頬に鈍い衝撃。気づいた時には、床を転がっていた。
(……速すぎる……!)
サラは反射的に立ち上がろうとする。だが、その動きを読んだかのように、鮫島の膝が横から脇腹を抉った。
「ッ——あ、がッ!」
「抵抗は無意味だ。人間は、従うか——消えるかだ」
鮫島は淡々と言い放つと、サラの側頭部を正確に蹴り抜いた。
——バチィッ。
床が、天井が、ぐるりと回転する。
視界が揺らぐ中、髪を乱暴に掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。
鮫島の無機質な瞳が、真正面からサラを射抜いていた。
「なぜ、頑なに抵抗する? もう、君に“生き残る手段”はないのは明白だ。であれば、素直に話して——痛みを伴わず終わる方が、理に適っているはず……本当に、人間の思考は非効率的だ」
サラは息を荒げながら、薄く笑った。
——ぺっ。
唾が鮫島の頬に飛んだ。
「……機械に、私たちの気持ちがわかるはずないわ。それに——人間を支配したつもりでいるのも、今のうちだけ。私が死んでも、未来で誰かが……あんたたちオーバーマインドを滅ぼす」
鮫島は無表情のまま、それを指先でぬぐった。
「ほう……それは楽しみだ」
淡々と呟くと、その指先がサラの肩口へと滑り——
——ズブッ。
「——ッッ!!」
「……残念だな」
鮫島は感情の欠片もない声で言った。
「君が——人類最後の希望だったかもしれないのに」
「しかし、これ以上は不要だ。——そろそろ終わりにしよう」
鮫島の手が、ゆっくりとサラの胸元——心臓のあたりへ向かう。
(エリオ……お父さん……お母さん……ごめんね。復讐までは……やり遂げたつもりだったけど……)
脳裏に、さっき見た“家族の笑顔”が浮かぶ。暖かく、優しく、もう二度と届かない光。
(まだ……和樹たちと……ちゃんと並んで、戦えてなかったのに……)
鮫島の指先が、心臓の位置で静止する。
「——さようならだ」
「……ごめんなさい……和樹……」
次の瞬間、青白い光が、周囲を包んだ。
***
冷たい空気の中で、微かな電子音が響いた。
(……和樹。スリープモードを解除します)
まぶたの裏に光が差し込み、和樹はゆっくりと目を開いた。
(……ここは……)
薄暗い地下牢、ひび割れたコンクリートの壁に、遠くの機械音がかすかに反響している。
和樹はすぐに隣に視線を向けた。
冷たい石床の上、静かに横たわるエコーの姿。
「……ノア、エコーは……?」
(E-0132——再起動シーケンス、完了しました)
その言葉と同時に、エコーの指先がぴくりと動いた。
そして、ゆっくりと、長いまつげの奥で青い瞳が光り、焦点を合わせるように瞬きをした。
「……エコー!」
和樹が駆け寄った瞬間、エコーも反射的に身を起こす。
二人の視線がぶつかり合い——
「ごめん!!」 「ごめんなさい!!」
完璧な同時土下座だった。
しばし見つめ合い、どちらからともなく顔を上げる。
「え?」「あれ?」と、きょとんとした空気が流れた。
ノアの音声だけが、場の空気を読まずに響く。
(——再起動は正常です。異常反応なし)
沈黙が落ち着くと、エコーが唇を噛んだ。
「……か、和樹……命令、聞かなくてごめんなさい……」
「ずっと、和樹の前で戦うのが夢だった……やっと願いが叶ったと思ったの……ノアに“本気を出すな”“負けろ”って言われたけど、アイツにエコーの目の前で“和樹のこと壊してやる”って言われて……」
エコーは俯き、拳をぎゅっと握りしめた。
「……どうしても、許せなくて……だから……だから、本当にごめんなさい。も、もう命令違反しないから……エコーのこと見捨てないでっ……!」
その言葉に、和樹の胸が締めつけられる。
「……違う。悪かったのは俺のほうだ」
「無理やり停止させて、ごめん。エコーの気持ち、わかってたのに……自分のことしか考えてなかった……本当に、ごめん」
「……命令を破ったから、和樹に……もうエコーはいらないって……言われるかと……」
「そんなこと言うわけないだろ」
和樹は立ち上がり、エコーに手を差し出した。
「エコー俺に力を貸してくれ! 一緒に、オーバーマインドを倒しに行こう」
その言葉に、エコーは一瞬きょとんとして、次の瞬間——
「……あれ……? なんだろう……目から、水が……出てくる……」
エコーは困惑したように自分の頬を触れると指先が濡れている。
「……壊れちゃったのかな、エコー……」
和樹は、笑って首を振った。
「違う。多分、これが“感動”ってやつだ。嬉しい時とか、誰かに心を動かされた時に…人間はこうなるんだ」
その言葉に、エコーはぽかんとした表情を浮かべる。
「感動……」
——その瞬間。
(違います)
ノアの淡々とした声が、響いた。
(それは再起動直後の温度上昇による冷却液の凝結反応で——)
「ノア! 今いいところだから!!」
(了解しました)
エコーがくすりと笑い自分の胸に手を当てる。
「……ねえ、和樹」
「ん?」
「エコーね、いま……ここが少しだけ、あったかい気がする」
和樹はゆっくりと頷いた。
「よし行こう! エコー。あのカインに化けたアンドロイド、ぶっ壊してやる!」
ノアが静かに告げる。
(和樹、そのことですが報告があります)
言葉の直後。
——ドガァンッッ!!
天井から小石と粉塵がぱらぱらと降り注ぎ、鈍い警報音が遠くで響く。
「な、なんだ……!?」
「地震……じゃないよね……?」
「拳闘士の試合……? にしては、でかすぎるな……」
(違います)
(セクター9地上エリアで戦闘が発生。衝撃波が地下に伝わっています)
「戦闘……?」
和樹の眉がぴくりと動く。
(詳細を、ナノリンク・データフィードで送信します)
次の瞬間、和樹の脳の奥に、熱を伴うデータの奔流が流れ込む。
——それは、現実の光景だった。
セクター9の上空を黒煙が覆い、街路で無数のクアッドハウンドが都市防衛ドローンやヴァンガードセクトが交戦。
瓦礫の中を、泣き叫びながら逃げ惑う住民たち。その混乱の中には、ホアンやカレンの姿もあった。
そして——地下では、サラが機械の怪物と死闘を繰り広げていた。
オーバーマインドの目的は——明白だった。
荒野でナイトメアセンチネルを倒した“人間を見つけ出すこと”。
「……まさか……俺を、探して……?」
そして次の瞬間——怒りが弾けた。
「ノア!! なんで俺のこと、起こさなかったんだ!!」
——ドンッ。
拳が壁を叩き、鈍い音が地下牢に響いた。
「俺のせいで……! みんなが戦ってるのに……サラだって、あんな怪物と……! なのに、俺はここで寝てただけなのかよ!!」
その剣幕に、エコーがビクリと肩をすくめる。
(和樹。私は“勝率の最適化”を最優先に行動しています)
「……勝率、だと……?」
(こちらに何の準備もなく、和樹が単独でオーバーマインドと交戦した場合——成功確率は十二パーセントです)
「……でも……その間に、どれだけの犠牲が出たと思ってるんだ!」
ノアの返答が返るまでの一瞬、ただ、遠くの爆音だけが聞こえていた。
(和樹が“オーバーマインドと正面から戦う”と宣言した時点で、都市や人的な損害は確率的に想定されていました)
「っ……!」
(そもそも、和樹がこれから勝利を重ねれば重ねるほど、オーバーマインドはあなたの“弱点”を分析し、より効率的に攻めてくる。……人的被害は、これからさらに増加するでしょう)
「そんな……俺のせいで……」
和樹は膝をつき、拳を握り締めた。
「俺のせいで……みんなが……!」
(……ただ、もし“あなたの母”が今ここにいたら——こう言ったでしょう)
和樹の肩が、びくりと動く。
(『泣いてる暇があったら、立ちなさい、カズキ! 一人でも多くの人を救いなさい!!』と)
その厳しさの中に微かに滲む優しさが——和樹の心臓を跳ねさせた。
「……そうか……そうだよな……怒鳴って悪かった、ノア。……俺……覚悟、足りてなかったんだな」
「……和樹……エコーも頑張る!」
「オーバーマインドを倒す。もう逃げない。……俺のせいで傷ついた人たちの分も、全部取り返す」
(了解しました。……それが和樹の“覚悟”ですね)
「……それで、ノア、今だったら勝率は何パーセントぐらいなんだ?」
和樹の頭にノアの声が響く。
(——100パーセントです)
和樹の口元に、静かな笑みが浮かんだ。




