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さようなら、愛した人たち

 舞い上がった粉塵と、爆光が収まると——地下空間がゆっくりと露わになる。


 まず視界に入ったのは、巨大な鉄塊。

 先ほどまで猛威を振るっていたナイトメアセンチネル——巨体の装甲は抉れ、内部ユニットは火花を散らしながら沈黙していた。


 ——さらに異様な姿があった。


 カインの身体は、肩口から腹にかけて深々と斬り裂かれ、上半身は垂れ下がり、剥き出しの断面からジッ……ジ……ッと火花が走った。


「……が……ぁ……」


 カインの口から、音声エラーのような歪んだノイズが漏れた。


「……ん……げ……ん……ごと……き……が……」


 その声は、憎悪とも困惑ともつかない、壊れた機械の呻きだった。


 サラは静止したまま、刃を下ろし、そっと息を吐いた。


(……これで、終わったのよね……?)


 胸の奥で、十年間燃え続けてきた焔が、ゆっくりと薄れていく。


(エリオ……お父さん……お母さん……これで、やっと)


 ふと、自分の身体に意識を向けた瞬間——


 サラの胸から腕へ、皮膚の下を青白い光の粒子が流れるのが見えた。


「……これって、ナノマシン……でも……なんで……? ここまでの力……私には……」


 息を吸うたび、肌がほんのりと熱を帯びる。


(……まるで、血が……燃えてるみたい……)


 インディペンデントAIに完全適合した和樹は、自らの意識でナノマシンを制御できる。


 でも、私の適合率なら、本来は“生命維持と基本強化”が限界。ここまでの力を引き出すことなど、できるはずがない——。


(……感情に応じた……?)


 サラは光る掌を見ていると、星屑のようにゆっくり流れていた粒子が、次第に消えていった。


 すると、沈黙していた空間に——


「……ァ……」


「…………………ィ……」


 垂れ下がったままのカインの上半身が、ビクリと震えた。


「…………ゆる、さ……」


 千切れかけた上半身をぎりぎりと動かし、搾り出すように声を漏らす。


「ニ……ン……ゲ……ン……フゼ……ェ……ガ……ァァ……」


 その声は怨嗟でも、痛みでもない——屈辱だった。


「……ワタシ……ガ……あそんで……ヤ……ってイタ……のに……!」


 次の瞬間、断面から突如、鋭い金属の束が生えた。



 ——ブチィッ! 



 ——ギャギャギャギャギッ!!



 本来伸びるはずのない人工筋繊維と金属骨格が、膨れ上がり——裂けた断面から、細い機械束がにじみ出した。


 ——チリ…チリチリ…


 それらは生き物のように蠢き、触手群は地を這い、周囲の残骸へ一斉に伸びる。


「コロス……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスッッ!!」


 触手の先端が、センチネルの砕けた装甲や油圧アームへと巻き付き——


 ——キュルルルルル!!


 喰っている。


「……すべて……取り込んでやるッ……! あそびは……もう、オワリだ……!」


 サラが目を見開く。


「……なっ……取り込んで……変質してる……?!」


 金属が咀嚼されるような音が響き、カインの身体が形を変えていく。



 ——ボゴォッ



 ——ギチギチ……ギュウウウッ!



 骨格の上に骨格が重なり、触手のようなケーブルが生え、次第に人型という概念が崩れていく。


「う……ぐ……ァァァ……ッッ!!」


 裂けた面が歪み、そこに狂気じみた笑みが浮かぶ。


「人間ごときに……やられた……? 違うッ……!!」


 再構築された喉が振動し、地鳴りのような声を吐いた。


「——完璧になるための、ただの過程だッ!」


 壁面のケーブルが引きちぎられ、蛇の群れのようにカインへ吸い寄せられる。

 制御盤のパネルが爆ぜ、内部回路と冷却ユニットが浮かび上がり、ボルト、ナット、補強鉄骨、防護シャッター……


 地下施設そのものが砕けながら、喰われていった。


「ギ……ギギ……ギチ、ギチチ……!」


 人の形を残したのは、狂気に歪んだ顔だけ。


「クダいてッ……シズめてッ……コロしてやるッ!!」


 地下空間が震え、その巨躯から、爆発的な殺意が噴き上がる。


 サラは息を飲む。


(……まだ、終わってなかった……!)


 異形へと変貌したカインは、天井に届くほどの巨体になっていた。

 人工筋繊維の束が脈打ち、金属骨格が膨れ上がり、複数の腕と呼べぬ鞭のような“触手”が四方八方へ伸びている。


「……さァ……らァァァァァ……!」


 その声はもう、言葉とは言い難い。

 怒りと憎悪だけが粒子化したような、獣じみた咆哮だった。


 サラは足を踏み込み、エナジーブレードを構える。


 次の瞬間——床が裂けた。


「ッ!」


 膨れ上がった腕が、柱のように叩き込まれる。

 サラは転がるように回避し、刃で迫るケーブルの触手を切り払った。



 ——ギャチチッ!



 だが同時に、破片が彼女の肩を抉り取り、血が飛散する。


「ぐ……っ……!」


 右肩を押さえた瞬間、ナノマシンが作動し、血が引き、肉が閉じていく。


 だが——その速度は明らかに鈍い。


(……さっきの力の反動? 修復が……遅い……)


 さっきの戦いで見せた超反応は、もうなかった。光は消え、弱々しい熱が体内に残るだけ。


 対して、カインは加速する。


 床に散らばる鉄骨、破れた隔壁、配管、ケーブル、制御端末……全てが渦を巻き、吸い込まれ、再度血肉へと変わる。


「ニンゲンどもはァァ、ミナ、殺ス……ミンナダァァァァ……!」


 サラは踏み込み、刃を横薙ぎに振るう。

 青白い光の軌跡が、巨大な装甲を裂いた。


「——ッ!」


 カインの胴部から金属片が雨のように飛び散る。


 だが、直後——


 複数の触手が、サラの足元を掴みにかかってきた。


「くっ……!」


 跳ね退けようとした瞬間——足首に、氷のように冷たい金属が巻きついた。


「ッ——!」


 次いで、強引に引きずられる力。


 ——バチィン!!


 身体が宙に舞い、壁へ叩きつけられる。


 ドガンッ! ドガンッ! ドガンッ! ドガンッ! ドガァンッ!!


「がっ……ぅ……!」


 足首を締め上げていた触手が、「ぬるり」と音を立てながら離れる。


 サラの身体は力なく地面へ転がり落ちた。


「——ッ……ッ、は……!」


 肺から一気に空気が絞り出され、痛みで呼吸が詰まった、その刹那。


 巨大な鋼鉄の触手が、容赦なく振り下ろされた。


 ——ガァン!!


 刃で受け止めた腕が痺れ、骨がきしむ。


「ハァ……ッ、ハァ……!」


 それでもサラは叫び返すように、刃を押し返した。


「まだ……これぐらいッ……!」


 刃を滑り込ませ、金属の“隙間”へ深々と突き立てる。

 触手が断ち切られ、火花と油が飛び散った。


 ——ズバァッ!


 切り離された金属束が地面に叩きつけられ、痙攣するように蠢く。


「……ッた……!」


 だが次の瞬間。


 しかし次の瞬間、崩れた壁の向こうから鉄骨と配線を絡み取り、再び吸収されて修復が始まる。


「フ……フフ……! 無駄ダ……無駄ダァァ!! キサマ、もう限界……! オレ、無限……無限……無限……!!」


「……うるさいッ……黙れ……!」


 サラは握りしめた刃に力を込め、もう一度刃が閃く。



 ——ザンッ!!



 かろうじて触手を斬り落とすが、即座に周囲の残骸が吸い込まれ、同じように触手が再生する。


「ハァ……ハァ……この死に損ないっ!」


「フフ……ドゥダァ……ザマァミロ……サラァ……オマエハ……敗者……ダ……!」


 次の瞬間、壁が裂け、鉄骨と配線が悲鳴を上げながら引きちぎられる。

 天井、床、さらに遠方の基礎梁までもが槍のように伸び、カインの肉体へ突き刺さっていく。


「モットダ、補強……補強……完璧ニ……ナル……! ワタシハ……!」


 吸い寄せられた鋼材が骨格を引き裂き、黒い油が血のように噴き出す。


 ——ブチィィィィ!!


「グ……ア……? イ……タ……イ……やめ……ロ……!」


 カインの瞳孔の奥に、“恐怖”が宿る。


「マ……マテ……制御……ハ……完璧……完璧のハズ……!」


 吸収が、増強ではなく“崩壊”へ向かって暴走する。


「もうヤメロォォォォ!!! コレハ補強ジャナイ……潰レル……潰レルゥゥゥ!!」


 鋼材が内部から爆ぜ、胴体が歪んだ音を立てる。


 ——ボゴォォォンッ!!


 油と火花が混じり、巨大な影は――“崩れながら”膝をついた。


「……ワタシが……ま……け……る、ワケ……な……」


 最後に零れた言葉は、怒りではなく、呟きだった。


「……変態野郎にピッタリの最後ね……」


 サラはゆっくりと立ち上がろうとしたが——


 ——ガクン。


(マズイ、体が……もう動かない……)


 最後の力を振り絞った後の反動か、疲労、痛み、衝撃が一度に押し寄せる。


 サラは火花を散らし、崩れていく異形を見つめながら——膝をついた。


(……これで、やっと……本当に終わった……)


 そのときだった。


 薄闇の中に——小さな背中が浮かんだ。


 エリオ。その隣には、父と母。

 

 皆、優しく微笑んでいた。


(エリオ……? お父さん、お母さん……)


『お姉ちゃん。がんばったね』


(……エリオ)


 涙は出なかった。でも胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


『サラ、あなたを一人きりにしてしまって本当にごめんなさい』


(……お母さん)


『つらい時も、よく頑張ったな。私の自慢の娘だ。……ありがとう、サラ』


(……お父さん)


 サラの指先が震えた。


『ねぇ……お姉ちゃん。もう、僕たちのために戦わなくていいんだよ』


 エリオは、サラにそっくりな、照れた笑顔を向ける。


『だってお姉ちゃんは、これから、和樹さんたちと“誰かの未来”を守る人なんだから』


(……エリオ……)


『バイバイ、お姉ちゃん。大好き』


 サラは手を伸ばす。けれど、その指先は光に触れる前に空を切った。


「……エリオ……お父さん、お母さん……ありがとう」


 胸の奥が、温かく満たされていく。


(うん。もう泣かない……バイバイ……みんな……)


 サラはそっと目を閉じ、微かに笑った。


 ——その瞬間


 コツ。コツ。コツ。


 暗闇の奥から、規則正しく刻まれる靴音が響いた。


 薄闇を裂いて現れたのは、黒いスーツに身を包んだ男と、その後ろに控える二名の部下だった。


 鮫島孝宏——アークライト・インダストリー社、常務執行役員。


「……状況を確認する」


 鮫島は足を止めると、まず残骸を見渡し、一瞬たりとも感情を漏らさず、淡々と分析を始めた。


「センチネル完全停止。内部炉心破断。……燃料漏れだ、地下を封鎖する」


「はい、鮫島常務!」


 続けて鮫島は、天井の破断部を見上げ、指先で空気を探るように揺らした。


「換気フィルターは、まだ稼働しているな。……二次爆発のリスクは低い。一緒に封鎖準備に入れ」


「了解しました!」


「サラ。よくやってくれた」


 サラの前に屈み込み、視線を合わせる。


「君のおかげで、セクター9の住民たちは救われる。……誇っていい」


 それは、戦場帰りの部下をあたたかく迎える指揮官の声だった。


「……ありがとうございます」


「地上のドローン群はすべて無力化した。避難者も全員保護済みだ。上は安全だ、もう安心していい」


 体は限界を迎え、ナノマシンの修復も未だ追いつかない。


(……今は、とにかくやり過ごす。気づいていないフリを……)


「ナイトメアセンチネルをまさか単独で破壊するとは……驚いた……素晴らしい働きだ」


「……恐縮です」


「医療ドローンを呼んである。君はもう休め。搬送を——」


 そこで、ふと鮫島の視線が、サラの手元にあるエナジーブレードに止まった。


「……そのエナジーブレード、見せてもらえるかい?」


(……まずい……でも……ここで拒めば、不自然になる)


 サラは握りしめていた刃をゆっくりと渡す。


「……はい」


 鮫島は穏やかに受け取り——


 ——ヒュンッ


 次の瞬間、鮫島の後ろで二つの首が、ふっと宙に浮いた。


 ゴトリ。ゴトリ。


 部下の身体がゆっくりと崩れ落ちる。


 鮫島は刃を眺め、満足げに頷いた。


「……ふむ。なかなかの切れ味だな。ナイトメアセンチネルの装甲を切り裂いたのも納得だ」


 そして、微笑みながらサラへ問いかける。


「これを、どこで手に入れた? 弊社の支給品ではないが?」


「さ、鮫島常務……いったい、何をっ——」


 鮫島は軽く笑った。


「もう演じなくていい。……どうして気づいたかは知らないが、君は私のことを知っている」


 その不気味な笑顔が、ゆっくりと溶けていく。目の温度が消え、声から抑揚が消える。


 緊張が、その場を支配した。


「体温上昇、脈拍変動、瞳孔収縮——ストレス指標、臨界。対象、危険度再分類」


 鮫島の視線が、獲物を分析する機械のそれへ変わる。


「ご苦労様、サラ。君はここで“終了”だ」

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