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シンクロ率

 「ノ、ノア、ちょっと待って!いきなりこれって……?」


 「はい、まずは実践あるのみです。サポートはいたしますのでご安心ください」


 (マジか?これってライオンが子供を崖から突き落とすってやつ?それとも、寝坊した罰……?)


 リビングキャビンの居心地があまりに良く、うっかり寝過ごしてしまった和樹は、ノアに急かされるように起こされ、訓練のためにTSRタクティカル・シミュレーションルームへと連れて来られていた。


 何か丁寧な説明でもあるのかと思いきや、ノアはさっとエナジーブレードを一本手渡し、無情にも「はいどうぞ、いってらっしゃい」と送り出す。


 和樹は反論しても無駄だと悟り、しぶしぶ訓練エリアへと歩を進めた。


 「では、和樹、始めます。意識を集中させてください」


 和樹はノアの指示に従い、意識を鋭く集中させた。インディペンデントAIと深くリンクし、意識が次第に溶け合っていくのがわかる。


 まるで自分とノアが一体化したかのような感覚だ——これが「シンクロ率」というやつか。


 その瞬間、クアッドハウンドが視界に現れた。


 ナノリンク・データフィードを通じて、和樹の頭にその特徴と戦術が鮮明に送り込まれる。


 凶悪な獣型ドローンが一瞬で姿を消し、ステルスモードに入る——だが、ノアの解析で、消えたはずのクアッドハウンドがまるで透明な影のように浮かび上がって見え続けている。


 和樹はあえて攻撃せず、クアッドハウンドが先に動くのを待つ。すると、ドローンが高エネルギーをチャージし、プラズマバーストを発射——空間が歪むほどの熱波と閃光が放たれ、視界が一瞬にして白く染まる。


 凄まじい衝撃波が和樹に迫るが、その時、ノアのサポートで、まるで未来が見えるように自分の動きが予測できる。


 和樹はその軌道にトレースするように体を動かし、プラズマバーストの攻撃をギリギリでかわした。


 そしてエナジーブレードを一閃——エネルギーを高密度に圧縮し、実体化した刃が、姿を現したクアッドハウンドを綺麗な断面を残しつつ正確に両断した。


 ふぅ…どうなることかと思ってけど…思った通りの動きを、そのまま身体が反映してくれるって感じだな…


 和樹は深呼吸し、インディペンデントAIと、それを支えるナノマシンの性能に改めて驚きを覚えた。


 「ノア、どうだった?なかなか良い動きだったんじゃないか?」自信満々にノアに顔を向けた。


 「シンクロ率、6%です」


 「…えっと、それって良い方?悪い方?」


 「はい、最低数値です」


 和樹は思わずズッコケそうになり、「なんでやねん!」と、ついノアにツッコミを入れた。


 (…嘘だろ? あんな圧倒したのに最低数値…?)


 和樹が信じられない思いでいると、ノアの冷静な声が響いた。


 「確かに数値は低めですが、初回としては上出来です。心配はいりません。訓練を重ねることでシンクロ率は確実に上昇します」


 和樹はさっさっと砂を払いながら、ちらりとノアに視線を向けた。


 「でもさ、かなり上手く倒せたと思ったんだけど…?」


 「確かに、クアッドハウンド程度であれば現状でも十分対処可能です。しかし、オーバーマインドのドローンの中では、オーバーマインドとリンクしていないただの自律型——いわば雑魚にすぎません」


 「ざ、雑魚……」


 「はい、TSR (タクティカル・シミュレーションルーム)で自立型ドローンとの訓練を行いましょう。その後、外部に出てオーバーマインドとリンクしたドローンを相手に実戦訓練を行います。それで数値も上がるはずです」


 「そ、そうなんだ…じゃあ、どのくらいまで数値を上げればいいんだ?」


 「シンクロ率を20%まで引き上げることを目標にしましょう」


 「了解!」



 ***



 「ハァハァハァ…つ、疲れたぁ…」


 「和樹、お疲れさまです。今日の訓練はここまでとしましょう。半日でクアッドハウンド十体を相手にここまで対応できれば上出来です」


 「ふぅ…上手く出来たかわかんないけど…それならよかった…」


 「では、インディペンデントAIを使って体力を回復させるよう、意識を集中させてみてください。ナノマシンが働き、全身の疲労や負傷があれば即座に治癒されます」


 和樹は言われた通り意識を集中させた。すると体中に爽快感が巡り、一気に疲労が洗い流されていくような感覚が広がる。


 「和樹、いかがですか?」


 「うん、すごく不思議な感じだけど、これはクセになるかも。疲れてなくてもやっちゃいそうだ」


 「安心してください、疲労がなければインディペンデントAIに指示を出しても、ナノマシンは活動をしません」


 「そ、そうなんだ……ちょっと残念かも」


 それでは昼食の後、SOCストラテジック・オペレーションセンターに向かいます。そちらの司令ルームでリアルタイム・サバイバンスを行います。



 リビングキャビンで昼食のカレーを食べながら、和樹は日本の両親や友達、穏やかだった生活を思い出す。記憶の片隅にある温かい日常が、今は遠い夢のように感じられた。


 「ノア、ここって……日本なのか?」


 「いいえ、違います。現在、国という概念はありませんが、和樹がいた時代の地図でいうと、ここはかつての中国、上海付近に相当します」


 「……じゃあ、日本はもう、ないんだ?」


 「はい。『日本』という国家はすでに消失しています。現在、その地域は数社の企業が協力し合って、かつての政府のような役割を担っています。企業同士が唯一協力し合うエリアとして、オーバーマインドに対抗しながら治安維持や行政を行っています」


 「代表的な企業には、未来工学研究所、東亜電機システムズ、新星テクノロジー、双葉バイオメカニクスなどが含まれます」


 和樹は黙ってノアの言葉に耳を傾け、ふと日本の風景が頭をよぎった。ここは遠い未来、かつての「日本」はもはや形を変えてしまっている。それでも、その土地を踏むことで過去の自分に触れられる気がした。


 「いつか……行ってみたいな」


 「……………」


 昼食を終え、SOCストラテジック・オペレーションセンターへと足を踏み入れる。


 ドアが静かに閉じると、まるで溶け込むように繋ぎ目が完全に消え、周囲の壁がすべてモニターに変わる。


 和樹は視線を一巡させ、その圧倒的な光景に息を呑んだ。壁一面、全方向に映し出される映像が、彼をまるで荒廃した世界の中心に引き込むようだった。


 「和樹、こちらへどうぞ」


 ノアの案内で、和樹は中央に据えられたコントロールパネルに向かい、無音で浮かび上がる椅子に腰を下ろした。


 目の前のモニターには外部の様子が映し出されている。朽ち果てた高層ビルが倒壊し、その影となった吹き溜まりには砂が山のように積もり、地面は赤茶けた砂に覆われ、腐食しきった車両が廃墟に埋もれている。


 それと同じような光景が遠くまで広がり、世界が崩壊してからの長い年月が静かに映し出されていた。


 和樹は、かつての文明の遺跡ともいえるその光景に、言葉を失った。


 「……………」


 「どうかしましたか?」


 「………い、いや……わかってはいたけど…本当に世界は崩壊してしまったんだな……」


 和樹の胸に、言葉にしがたい悲しみが渦巻き、込み上げてきた感情に涙が止まらなくなった。その涙には、かつての平和な日々を失った現実への悲しみが詰まっていた。


 その間、ノアは何も言わず、ただ和樹を見つめていた。慰めの言葉はなく、母親のような穏やかな眼差しで、和樹の悲しみが落ち着くのを静かに待っている。


 やがて、和樹は腕で涙を拭い取り、少し息をつくと小さく笑った。


 「ごめん……急に悲しくなってしまって。でも、もう大丈夫」


 「いえ、問題ありません。心が解放される時間も、和樹にとって必要なものです」


 「———それでは、近隣で行われる戦闘シーンをリアルタイムでお見せします」


 モニターの映像が切り替わり、倒壊したビル内部の様子が映し出される。


 暗闇に包まれているはずの廃墟だが、最新のフィルター機能によって男女の姿がはっきりと見える。


 彼らは物陰に潜みながら、缶詰らしき食料をスプーンでつついている様子だ。


 和樹は興味津々で画面を凝視した。


 「ノア、何を話してるか聞こえる?」


 「音声を増幅します」


 「クソッ、俺は絶対に企業に入って、腹一杯ハンバーグを食ってやる!」


 「…………」


 突っ込んだ方がいいのか迷ったが、モニターに突っ込む痛い奴的な自分を想像して、スルーすることにした。


 モニターの中の男女はホアンとカレンという名前らしい。


 彼らは暗がりで肩を寄せ合い、カレンが端末を操作して周囲の状況を頻繁にチェックしている様子が映し出されている。


 その瞬間、ノアが解析したステルスモードのクアッドハウンドが、ナノリンク・データフィードを通じて和樹の視界に浮かび上がった。


 「ノア、彼らにはクアッドハウンドが見えてないのか?」


 「はい。彼らの装備では、クアッドハウンドが姿を現した瞬間でないと視認が困難です」


 「……マズイぞ…おい、もうすぐそこまで来てるんだって!気付けよ!」


 和樹はモニター越しだということも忘れ、思わず声を張り上げた。


 その瞬間、クアッドハウンドがエネルギーチャージを完了し、プラズマバーストを発射。


 閃光が周囲を覆い尽くし、和樹の目には青白いスパークがホアンとカレンに直撃するのが映し出された。


 「クソッ、や、やられた!頼む、早く…早く起き上がってくれ!」


 和樹は息を飲みながら、無意識に身を乗り出してモニターに向かって叫び続けた。

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