溢れる赤い眼
「お前がその声で喋るなァァァッ!!」
サラの絶叫に呼応するように、体内のナノマシンが一斉に活性化する。
血流は沸騰するように加速し、筋繊維がきしむ。
踏み込んだ床は轟音と共にひび割れ、振り抜かれるエナジーブレードは衝撃波をともない低い唸りを上げた。
——ゴウッ!
上段からの斬撃、その瞬間——
目の前にステルスモードを解除したクアッドハウンドが現れ、プラズマバーストが放たれる。
サラの振り下ろした剣閃は、迫りくる灼熱のプラズマごとクアッドハウンドを一刀両断した。
——ズバァッ!!
火花と黒煙を撒き散らし、断末魔の電子音を響かせながら機体は爆発。
「……仕留め損なった!!」
爆炎の向こう、カインはすでにバク宙で高所へ飛び退き、軽やかに着地していた。
パチ、パチ、パチ……。
溶けた皮膚を持つアンドロイドの顔に、余裕の笑みが浮かんでいた。
「やるじゃないか……正直、驚いたよ。いったいどうしたんだい? その動きは……悪魔の血でも啜ったのか?」
その声に呼応するように——闇が揺らいだ。
カインの周囲に、赤い光点が次々と浮かび上がる。
ステルスモードを解除しながら姿を現したのは、数えきれぬほどのクアッドハウンド。
そして、カインの足が着地した先を見た瞬間、誰もが息を呑んだ。
そこには——闇を押しのけるように姿を現した、黒光りする巨躯。
ナノカーボンセラミックの複合装甲は黒く輝き、胸部のコアが不気味な光を脈動させている。
その圧倒的存在感に、ホアンもラドも無意識に後ずさる。
カインはその肩に悠然と座り込み、まるで王座に腰かける王のようにサラを見下ろした。
そして、その背後——闇の中から、さらに四体の巨影が姿を現した。
低い振動と共に黒光する装甲が光を反射し、まるで地獄の門から歩み出る守護者のように、ナイトメアセンチネルが揃い踏む。
「……ッ」
サラは悔しさに唇をギリリと噛み締めた。
「ひっ……!」
カレンは恐怖に駆られてホアンの腕にしがみつく。ホアンは彼女を抱き寄せながら、信じられないものを見たという顔で叫んだ。
「ナイトメアセンチネルが……五体も!? なんでだよ!ここは都市の中だぞ……どっから入って来やがった!?」
隣のラドが吐き捨てるように言う。
「そんなこと今さらどうでもいい! なんとかしなきゃ、この都市そのものが壊滅的なダメージを受けるぞ!」
テグは喉を鳴らし、ゴクリと唾を飲み込む。
その中で、ただ一人カインは余裕の笑みを浮かべ、まるで観客に語りかける役者のように両腕を大袈裟に広げた。
「どうだい? 多少やるようになったみたいだけど……流石にコイツらの相手は無理だろう? 精鋭の部隊ですら、まともに挑めば余裕で蹂躙される。君たちに勝ち目があるとでも?」
カインは首をかしげ、巨人たちを見回した。
「そうなんだよ……ありえないんだ……人間ごときがたった一人で敵う存在じゃないんだ。きっと何かの間違いさ……機体に不具合でも起きたのか? もしくは——」
ぶつぶつと呟きながら、サラたちを見ていない。
「……おっと、ごめん。こっちの話しだ…」
「悪いが、私にもやらなくてはならないことがあってね。先にそれを済ませたいんだ。そのあとで——ゆっくりと遊ばせてもらうよ。私は楽しみは後に取っておくタイプなんだ」
カインは両腕を大げさに広げ、地下空間の天井にある立体ホログラムを指し示す。
「まずは、そこでゆっくりショーを観ているといい。特等席だ!」
サラは——記憶を辿る。いや、正確には自分の記憶ではない。
ナノリンク・データフィードを通して得た、和樹の記録。
平和な時代から来たばかりの和樹は、戦闘技術に関しては未熟に見えた。
けれど、ノアの補助とサイヴァートレックスの装備を得た彼は——ナイトメアセンチネルを相手に、圧倒的な戦いを繰り広げていた。
(……今の私で、あれに勝てる?)
自分はまだナノマシンの力を満足に使いこなせていない。
ガビル隊長の部屋に入る時も、認証装置を壊してしまった。
アンダーハイブで、グリードというクズを相手にした時も——思った以上の破壊をしてしまった。
制御できない力。
そして何より——ここにいるのは自分だけじゃない。
もしこの場で激しい戦闘になれば、ホアンも、カレンも、テグも……確実に巻き込まれ、死ぬだろう。
(和樹……ノア……私、どうしたらいい?)
刃を握る手が震える。だがその震えは恐怖ではなく、覚悟を迫られる重圧から来るものだった。
***
カチリ、カチリ。
油に染みた分厚い指先が、義手の関節に極細のドライバーをねじ込んでいく。
リュー老人は目元にルーペ型のレンズを装着し、まるで聴診器のような検査用センサーを金属部品に当てながら、集中して音を聞き分けていた。
「……よし、軸受けはまだ死んどらん」
かすかに呟き、再び工具を持ち替える。
その時だった。
——ガンッ!
ドアが乱暴に開かれ、誰かが転がり込んできた。
「——親父っ!!」
「なんじゃ……? 人が集中しとる時に……ドアくらいノックせんか、バカ者」
駆け込んできたのは近所に住む顔見知り、日雇い労働で食いつないでいる若い男だった。
「そ、そんな場合じゃねえ! おい、今すぐ逃げろ! みんな家を捨ててる、ここに居たら死ぬぞ!」
「何を大げさに……またギャングどもが暴れとるだけじゃろ。慌てふためきおって」
「ち、違うんだ! ドローンだ! 黒くてデカいのが……クソみてえにでかいのが三体! それに四脚の化け物まで一緒に出てきやがった!」
リューは無言で立ち上がり、ゆっくりとドアへ歩いていく。
「お前の言うことなんぞ信じられんが……そこまで言うなら、この目で確かめてやる」
ドアを押し開けた瞬間、鼻先を焦げ臭い風が撫でた。
視線の先、滴る雨の中、遠くの廃ビル群から黒煙が立ち上り、赤い光が閃いている。
「……」
耳を澄ませば、湿った風に乗って悲鳴と泣き叫ぶ声が混じって届いた。
「な……んじゃ、ありゃあ……」
老いた目が驚愕に見開かれる。
すると、いつもの路地の入り口に、数人のガキどもがたむろしながら指を差した。
「へっ、どうせギャングの仕込みだろ!」
「黒煙だって爆竹の演出だっての!」
「ほら、次は人形芝居でも始まんじゃねーの?」
怯えをごまかすように、声を張り上げて笑う。だがその笑いはすぐに掻き消された。
——カシャン、カシャン……。
四脚の機械が瓦礫を踏み砕きながら現れる。
赤いセンサーがギラリと光り、喉の奥から不気味な電子音が響いた。
「グルルルルルゥゥゥン……!」
「ひっ……な、なんだよアレ……!?」
強がっていた悪ガキたちは、瞬く間に顔を真っ青にし、足を震わせて後ずさった。
「下がっとれ!」
リュー老人が作業台の奥に駆け寄り、布を払う。
そこに横たえられていたのは、今しがた特注の依頼で仕上げたばかりの義腕。
磨き抜かれた金属表面に青いラインが走り、複数のギミックが内蔵された高価な品だ。
「まったく……納品前に使う羽目になるとはのう」
渋面を浮かべながらも、老人は迷いなくロックを外し、解放スイッチを捻った。
——ガチャッ!
装甲が展開し、組み込まれた銃管が姿を現す。
次の瞬間、閃光と轟音が狭い路地を覆い尽くした。
連射される弾幕は雨のように弾丸を撒き散らし、クアッドハウンドを足を止めさせる。
「今じゃ! 走れぇッ!!」
リューの怒声に、一斉に駆け出した。
義腕から吐き出される薬莢がカラカラと地面を転がり、硝煙が路地を白く覆っていく。
「……人の命にゃ替えられん…」
リューの掌には、熱を帯びたオートマトンが残されていた。
***
轟音と共に、廃ビルの角に突っ込んできたクアッドハウンドが爆散した。
焦げた破片が雨のように降り注ぎ、チームは一瞬だけ息をつく。
「……倒した、のか?」
タカシが肩で息をしながら呟く。
だが、エリオットの表情は険しいまま、狙撃銃を下げ、振り返るとデイブに冷たい視線を突き刺す。
「説明しろ。なんで都市の中に、オーバーマインドのドローンがいる?」
「お、俺だって知らねぇよ!」
デイブは血相を変えて首を振った。
「それに……! ナイトメアセンチネルもいたんだ! おまけに……アンドロイドも……」
スヨンは声を張り上げて叫ぶ。
「まだ……もっと来ます! 地下から、いっぱい……!」
「……はぁ? おいリーダー、聞いたか? “ナイトメアセンチネルにアンドロイド”だとよ。こりゃ厄日ってレベルじゃねぇな」
「笑ってる場合? もしそれが本当なら、ここはもう——」
「……チッ」
エリオットは舌打ちし、無線を握りしめた。
「こちらヴァンガードセクト01! セクター9にて交戦中! 至急応援を寄越せ! 繰り返す、敵はオーバーマインド軍用級のドローンだ、我々での制圧は不可能——」
——ザーッ……。
耳に返ってくるのはノイズばかり。
相手の声は途切れ途切れで聞き取れない。
こちらの呼びかけが届いているのかどうかも分からない。
(頼む……届いていろ……!)
祈るように歯を噛み締めたその瞬間——
——メキメキッ!
舗装路が裂け、地下から突き破るように、次々と這い出してくる。
「……クアッドハウンド!」
三体、五体……十体。赤い光点は瞬きのように増え続け、もはや数えることが意味を失っていた。
「っ、散開! 建物を使え!」
エリオットの号令と同時に、廃ビルの割れた窓ガラスを蹴破り、チームは中へと飛び込んだ。
イザベラのドローン群が天井に沿って散開し、即席のセンサー網を展開する。
タカシは背負っていた爆薬ケースを投げ出し、壁際に即席の障害物を作りながら銃座を構えた。
「こっから先は通すな……!」
——カシャンッ!
クアッドハウンドが瓦礫を飛び越え突撃してくる。
「まとめてぶっ飛べッ!!」
タカシの榴弾が火を吹き、正面の廊下を爆炎が覆う。
吹き飛ばされた数体のクアッドハウンドが悲鳴のような電子音を発しながら黒煙に飲まれた。
だが、その爆炎を割ってさらに三体、四体と湧き上がってくる。
「チッ……キリがねぇ!」
イザベラの視界に赤点が次々と浮かび上がる。
リンク率を無理やり上げ、三機の“ブルリッツ”が同時に火線を張った。
ガトリングの回転音が廃墟に反響し、銃弾の雨がクアッドハウンドの装甲を削り取っていく。
「下がってろ!」
デイブは必死にスヨンを壁の陰に押し込むが、彼女は怯むことなく叫んだ。
「……早く止めないと!」
「わかってる! けど、俺たちに出来ることには限界があるんだよ!」
エリオットはスコープを構え、冷たい汗を流していた。
「くそ……セクター全域に広がる前に押し止めないと……! イザベラ、神経接続座席を載せたトラックは無事か?」
「こっちはまだ敵影は確認されてない。だからドローン制御は続行可能」
「……そうか」
エリオットは険しい目を閉じ、一瞬だけ安堵を吐き出す。
「だが——もし危なくなったら即離脱しろ。俺が指示する前でも構わない」
「……了解。でも応援要請はこっちからも上げてる。届いているはずよ」
「助かる……よし……なんとかこの場を乗り切るぞ!!」




