チビエコー
「こ、これは……?」
和樹は、いつもより目線が低いことに違和感を覚えつつ、シャワールームの鏡の前に立った。
ふと背伸びして自分の姿を確認すると――
「えっ!?これが『HN-07』……な、のか!?」
そこに映っていたのは、小学生ぐらいの生意気そうな女の子。
真っ赤なショートヘアーに、頭にはゴーグル。まるでエコーをそのまま小さくしたような姿だった。
「な、なんだこれ……嘘だろ……!なんでエコーなんだ…」
震える手でぺったんこの胸元を確認する和樹。その華奢な体に改めてショックを受け、鏡越しに呆然とつぶやいた。
「いやいやいや……綺麗なお姉さんとか期待してたのにぃ!!」
その場で天を仰ぎ、両手を突き上げながら叫ぶ。
「俺、子供型とか聞いてないからぁぁぁ!!!」
和樹の絶叫がシャワールーム中に響き渡り、朝の静けさを無残に打ち破った。
——ガチャ。
シャワールームのドアが開き、エコーが顔を出す。
「何、何、朝から元気だね!何か問題でもあった?」
「大問題だよ!!俺はてっきりカッコいい大人のお姉さんが来ると思ってたんだよ!なのに……なんでエコーなんだよ!!」
鏡の中では、赤いショートヘアーの子供型アンドロイドが自分を見返している。ショートパンツの裾を引っ張りながら、和樹は嘆き続けた。
「これじゃ俺、『マスコットキャラ』扱いされるだろうがぁぁ!!」
すると突然、ノアの声が頭の中に響く。
(HN-07は機動力とステルス性に特化した近接戦闘モデルです。形状に対する不満は性能でカバーしてください)
「いや、性能がどうとかじゃない!俺の心の問題なんだよ!!」
(それは個人の問題です)
和樹はぐぬぬと口を歪め、鏡の前でくるりと一回転してみる。
「こんな可愛い見た目で敵と戦うとか、俺のキャラに合わないだろ……せめて声だけは渋く設定できないの?」
(子供型に渋い声では余計不審に思われる可能性がありますが)
「……くそっ!俺の楽しみを返せぇぇ!!」
和樹の魂の叫びは、虚しくシャワールームの壁を震わせるだけだった。
和樹は、一階のノクターナルに向かうため、エコーとともにエレベーターに乗り込んだ。
「なぁ、なんで『HN-07』がエコーそっくりなんだよ?」
和樹がジト目で問い詰めると、エコーは悪びれた様子もなく、満面の笑みを浮かべながら答えた。
「えっ?だって、妹欲しかったんだもん!」
「はぁ?」
「『HN-07』が来るって聞いたから、博士に頼んで無理やり仕様を変えてもらったの。かわいいでしょ?」
誇らしげに胸を張るエコーに、和樹の眉間に青筋が立った。
「コラァ、エコー!犯人はテメェかー!」
和樹はエコーの後頭部を平手で軽くはたく。
「ちょ、ちょっと!やめてよー!」
エコーは慌てて頭を押さえながら、少し涙目になって訴えた。
「『HN-07』って力がすごく強いんだから…!」
「いや、悪いのはお前だろうが!」
和樹とエコーがエレベーターを降りてバー「ノクターナル」のドアを開けると、営業前の店内でノクトがデイブの左腕を直している最中だった。
「おっ、起きたか?」
「プッ、なんだよそのチビエコーは?ここはガキの来る場所じゃねえんだぜ!」
「なによ、デイブのクセに!?」
エコーが腕を組みながら睨みつける。
「エコーの妹に文句あるの?舐めた口聞いてると、この子にバラバラにされるよ?強いんだから!」
「おい、エコー、勝手に俺を使うな!」
和樹が止める間もなく、デイブは挑発的な笑みを浮かべて反撃する。
「…あァ? そのちんちくりんのクソガキがか? やれるもんならやってみせてもらおうじゃねえか! これでも俺はネオンセクター代表の拳闘士だぜ!」
デイブが胸を叩きながら挑発する。和樹は眉をひそめ、深々と溜息をついた。
「お前、本当に懲りない奴だな…。見た目で判断するなって、昨日、身にしみたはずだろ?いいのか、本当にやるぞ?」
「何ブツブツ言ってやがる!やれるもんならやってみろってんだ!」
「おいおい、デイブ、さっき直したばかりだぞ。また壊しても今度は直してやらんからな!」
ノクトは作業を止めて呆れたようにデイブを見やった。その横で、和樹はゆっくりとゴーグルを調整しながら一言。
「……じゃあ、遠慮なく――やらせてもらう」
言葉が終わるや否や、和樹は一瞬でデイブの懐に飛び込む。小柄な体から繰り出される俊敏な動きに、デイブは一瞬反応が遅れる。
「なっ、速ぇ――っ!」
しかしその言葉が終わる前に、和樹の片手が修理したばかりのデイブの腕をしっかりと掴む。そして――
———バキッ!!!
鈍い音が響いた瞬間、デイブの新しい腕が無惨にも引きちぎられた。
「ぎゃあああぁぁぁ!!痛ぇぇぇぇ!!!」
デイブが地面に転がり、断末魔の叫びを上げる。修理したばかりの腕を手に持ちながら、和樹はデイブを踏みつける。
「おい、やってみろって言うから、やってみたぜ。満足したか?」
「うわあぁぁぁ! 痛えよぉぉぉ!! うぅぅ…今日拳闘士の大会だったんだよ! こ、これじゃ出られないじゃないかぁ!」
床に転がりながら号泣するデイブを見て、和樹は頭を抱えた。
「はぁ……お前、そんなこと言うなら最初から挑発するんじゃねえよ……」
「ほら見て!だから言ったでしょ、この子、強いんだから♪」
「お前が余計なことを煽るからだろ!」
和樹がエコーに怒鳴るが、彼女はケロッとしている。
修理されたばかりの腕を抱えたデイブが、床に座り込んで大声で泣き叫ぶ。
「ノクトの兄貴ぃぃ! 俺、今日大会に出れなかったら……罰金だよぉぉぉ! 50万クレッドなんて払えねぇってばぁぁぁ!!」
「馬鹿野郎!せっかく腕を直してやったのに、何やってんだよ……自業自得だろ」
「そんなこと言わないでぇぇ!頼むよノクト兄貴!俺の代わりに出てくれ!!」
「はぁ? なんで俺が出なきゃなんねぇんだよ。お前が撒いた種だろ? それに、開店準備もしなきゃなんねぇんだぞ。無理に決まってるだろ!」
ノクトの声が店内に響く中、和樹はカウンターの隅でジュースを飲みながら、そのやり取りをぼんやり聞き流していた。
(ノア、『HN-07』でアストを今度どこか遊びに誘ってやるか、見た目も同じくらいの年齢だ。おかしくないだろ)
(了解しました)
(『IS-21』に戻って、今日はギルドに行こう、肩慣らしに通常の依頼も受けてみたい)
和樹はジュースの最後の一口を飲み干し、カウンターに空いたグラスを置いた。




