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38 抱きしめる、ということ(ロイ視点)

「ロイ、リラはハグ、してみたいの」

 放たれた一言に一瞬時が止まる。えっ、今なんて言った?ハグしたい、だって?は?


「んん?……リラ、ハグってどういうことかわかってるか?」

「知ってる、両手を広げて、お互いの体を密着させるの」

 いや、それはそうなんだけど、マジでわかってるのか?ただでさえコミュニケーションをとるのに不自由なリラにとっては相当難しいことなんじゃ……。


「セシル、もうランスとハグもキスも、したって」

 あ、ランスはもうキスしたのか、へぇ。それはそれは羨ましいことで……ってそうじゃなくて。何いつの間にちゃっかり聞いて影響受けてるんだよこの子は。


「今度、討伐祭があるの。その時、きっといつも以上に、力を使う。たぶん、手を繋ぐだけじゃ足りないと思うの」

 確かに、ユーズ団長の話だと任務的に力の消費は多そうだ。俺とリラは救護班だから前衛班よりは全然力は使わないだろう。それでも、いつもみたいな簡単な任務とは訳が違う。


「ちゃんと、ロイとジュインに、力を分けたい。そのために、ハグ、必要なの」

 確かに手を繋ぐだけでは足りないだろう。抱きしめるだけでも果たして足りるかどうか現時点ではわからない。だが、だからと言って急に抱きしめるのはやっぱりリラにとってハードルが高すぎる。


「いやそうかもしれないけど、リラは大丈夫なのか?そんなことでリラに無理させるつもりはねぇぞ、俺は」

 そう言うと、リラが悲しそうな表情でこちらを見る。どうしてそんなに悲しそうなんだ、リラ。


「ロイは、リラとハグするの、嫌?」

「え、別に嫌じゃねぇけど……でもだからってそんなに慌てたり無理したりする必要ないだろ。俺はリラのためを思って……」

「リラは、ちゃんとロイの役に、立ちたいの。ロイはリラを助けてくれた、大切な、人だから」

 俺の言葉を遮って、震える声で小さく、でも必死にそう訴えてくる。


「それに、リラは、ロイと、ハグしてみたい。ロイなら、きっと、大丈夫。怖くない」

 リラを見ると、いつもはすぐに目を逸らすのに必死に目を合わせている。どれだけ頑張って伝えようとしてくれているのか。


「リラ……」

 リラをじっと見つめると、絶対に目を逸らさないという強い意志を感じる。リラは本気だ。何より、リラが自分から願いを告げてくれたんだ。それに答えてあげないなんて間違っている。


「……わかった。でも、怖くなったり無理だと思ったらちゃんと言うんだぞ、すぐに止めるから」

 そう言うとリラはうんうんと大きく首を縦に振り、両手を静かに広げた。


「ん」

 俺も両手を広げて静かに、優しくそっとリラを抱きしめる。ゆっくり、怖がらせないように。一瞬だけリラの体がビクッと揺れたが、すぐに治った。


「……大丈夫か?」

「うん、大丈夫。怖く、ない」

 そっとリラの両手が俺の背中に届く。

 あぁ、小せぇな。それに細い。いつも緩めのワンピースなどを着ているからそれほど目立たなかったが、抱きしめてみてよくわかった。あまりにも細すぎる。教会ではろくなものを食べさせてもらえなかったのだろう。屋敷に来てからは栄養価の高いものを食べさせているが、初めは食べる量も少なかった。食べるという行為さえままならなかったのだろう。


 こんなに小さな体で、この子はずっと耐えてきたんだ。耐えて耐えて、ようやく死ねると思ったのに生かされてしまった。どれほど絶望だっただろうか。それなのに、俺を助けてくれた大切な人だと言ってくれた。


「リラ、俺がお前のことを守る。どんなことからも絶対に。幸せにしてやるから、安心しろよ」

 怖がらせないように、静かに優しくそういうと、腕の中でリラが小さく笑ったのがわかる。


「ロイ、とても暖かい。安心、する。今でもじゅうぶん、幸せ。ありがとう、ロイ……」

 いつの間にかすー、すー、と寝息が聞こえてきた。まさかリラが俺の腕の中で安心して眠ってくれるなんて。


 起こさないようにそっとリラの顔を覗き込むと、安心しきった顔ですやすやと眠っている。なんて可愛らしいんだ。胸の中にじんわりと暖かく優しい何かが広がっていく。


 この気持ちは、果たして保護欲なのか庇護欲なのか。今はまだわからないが、リラを大切にする気持ちだけは何よりも絶対だ。


 ゆっくりとリラをソファに寝かせて上にブランケットを静かにかけ、俺は机の上に残ったままの仕事を再開した。




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