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4 ハーフエルフの少女

 巨大なサイから放たれた激しい稲妻の奔流はドラゴンに直撃してはいなかった。

 ドラゴンの直前の空間で何らかの壁で防がれているようだ。

 どうやら壁そのものの形は透明で見えないが、弾かれた稲妻が散らばる形で円形の力場が発生しているように思える。

 有名ロボットアニメでビームだけを弾くバリアがあるが、そのシーンを想起した。

 そして、円形で稲妻が弾かれているということは、後方のこちら側にもある程度流れてくるということだ。

 小さくなったいくつかの稲妻が俺が立っている左右近くに着弾していく。

 着弾場所の全ての場所ではないのだろうが、小さな火が点いていくのが視界の端に入った。

 人間が喰らったら即死の威力なんだろう。


「じょ、冗談じゃ……」


 地面を伝わって感電しなかったのだけ運が良かったのかも知れない。

 容易く死にそうなこのような危険な場所には一秒たりとも長居してはならない。


 放電が終わったので電撃の流れ弾も止まる。

 今だ――と振り向いて全力で走り出す。

 今まで歩いてきた所には少なくともコイツラのような生物は居なかった。

 目的地も何もかも不明な状況ではあるが、ここから離れることが最優先である。


「グルオオオォォォ!」


 背後から先ほど聞いたドラゴンとは少し違う唸り声が聞こえたかと思うと、ズシンズシンとちょっとした振動が伝わってくる。

 後ろを振り返る余裕は無いので推測でしかないが、電撃が効かなかったから突進に切り替えたのだろう。

 自分がターゲットになっているわけでもないのに、超大型トレーラーに追いかけられているような圧力を感じる。


 走り出して僅か数歩。

 自分の周囲が急激に暗くなった。

 不思議に思う暇も無く、先ほどの振動とは比べ物にならない揺れを感じた後、身体が浮くのを感じた。

 一瞬の無重力の状態で視界に入るのはドラゴンの横顔。

 そしてそのドラゴンの両手で角を抑えられているサイ。

 どうやらサイの突進を受け止めたドラゴンが背後にあった崖に激突したのだろう。

 子供の頃、恐竜図鑑でティラノサウルスとトリケラトプスが戦ってる想像図を良く見ていた。

 いつかこの戦いを実際に見てみたいと思っていたが、それが叶ってもまったく嬉しさを感じることは無かった。

 そして、俺の身体は落下し始めた。


 高さにして15メートルくらいだろうか。

 下はさっきまでいた所と変わらず土と草しかないが、マットレスの代わりにはならないだろう。

 最悪死亡、運が良かったら骨折で済むかもしれないが、すぐそばで怪獣大戦争が繰り広げているところで動けなくなったら、それは実質的に死を意味するだろう。


「<停止(サスペンド)!>」


 女性の声が響いた瞬間、落下の速度が弱まり地面に激突する瞬間には完全停止する。

 その停止も一瞬ですぐに地面に足が着いた。


「そこの人! こっち!」


 何が起きたが把握する暇も無いまま声のする方を探してみれば、少し離れた所に手を振る女性の姿が確認できる。

 この状況で迷うことはない。慌ててそちらに向かって走り出す。


「グオオオオオッ!」


 目の前に壁が突如として出現した。

 ドラゴンに投げ飛ばされた巨大なサイだった。

 このサイはゾウを上回るサイズからして20~30tはあると思われるが、それを投げることのできる力をドラゴンは持っているということだ。


「大丈夫ですか!?」


 サイの向こうから声が聞こえる。


「大丈夫だ!」


 邪魔な岩のようなサイの身体を迂回して移動しようとしたところ、サイは立ち上がる。

 この巨体からは信じられない速度だ。まるで前の世界の犬や猫のような速さである。

 危うく踏まれるところだった。

 踏まれたら内蔵が飛び出してやはり即死だろう。

 さっきから死が間近に有りすぎる。


 幸いなことに(?)サイは俺のことを気にしてはいないようだった。

 自分の巨体を投げ飛ばすような相手が目の前にいるのに、足元をうろちょろする小さな生き物を気にする余裕なんて無いのだろう。

 俺だってもしも大きなプロレスラーに絡まれてる時に、足元にねずみが居たとしても気にすることはないだろう。

 サイの足を避け、腹部の下をくぐり、誘導してくれた女性の所までの短距離を一気に走り切る。


「良かった。無事ですね!」

「ぜいぜい……はぁはぁ……」


 全力で走ったのは何時ぶりだろう。

 曜子の不倫が発覚――そして陽向の連れ去りにあってからは皆無だった。

 とてもそんな気力は無かったし、理不尽に要求される養育費の支払いの為に仕事を仕方なく再開した後も、生活と仕事以外の事に時間を割く余裕なんてなかった。

 家に居る時はただ横になっている時間がほとんどだったのだ。


「もう少し走れますか?」


 肩で息をして少しでも多くの酸素を取り込もうとしている俺に、無情の問いかけをしてくる女性。

 俺は返事をしようと顔を上げてるとその姿が目に映る。


 髪は色が薄い金髪、白い肌、緑の目――翠眼であり、造形は美少女と言う他になかった。

 『千年に一度の美少女』なんていう形容はこの子に相応しいんではないかと呆気に取られる。

 そして何より目が行く部分は耳である。

 尖って横に長い耳。

 

「……エルフ?」

「ハーフですけどね」


 とてもこんな非常時に聞くような質問ではないが、ポロっと口から零れてしまった質問にとても可愛らしい笑顔を向けて答えてくれた。


「あっ、いけないっ!」


 可愛い笑顔も束の間、エルフの注意が横に逸れる。

 つられて俺も顔を同じ方向に向けると、さっきの場所からさほど動いていないサイと、その向こうに口を大きく開けたドラゴンが目に入る。


火炎息(ブレス)が来ます!」

「ブ……ブレス?」


 息のことだろうかと想像する間もなく、正解がわかる。

 ドラゴンの口の中に燃え盛る炎が見えたからだ。

 間違いなくこちら――正確にはサイに無かって吐きかけるつもりだろう。


「逃げないと!」


 先ほどのサイの雷撃と同じ規模だとしたら、今から逃げて間に合うのは疑問だが。


「もう間に合いません」


 絶望的な事をさらっというエルフ。


「なので……あれを利用します。私に後ろから掴まってくれますか?」

「あ……えっ?」


 緊急時といえど初対面かつ芸能人と並べてもトップランクに入りそうな美少女に掴まれというのだ。

 逡巡しない方が無理である。


「早くしてください!」

「すまん」


 意を決して背後から手を回す。

 胸元はさすがに避けたので、膝を曲げてエルフの背中に顔を付け、彼女のみぞおちの高さくらいで腕をがっしりと組んだ。

 思ったより腕が回ったのでかなり細身なのが伝わるが、かといって骨ばかりでガリガリでもないようだ。


「<風の盾(ウインド・シールド)>!!」


 エルフが両手を突き出して叫ぶと俺たちを包むようにぼんやりとした緑色の膜のようなものが出現した。

 これはいわゆる魔法というやつなのだろう。

 ドラゴン、雷を放つ巨大なサイ、エルフとくれば魔法があってもおかしくはない。

 他にも異世界で定番なものがたくさんあるのかも知れない。

 後でそれらに触れる機会もあるかもしれない。

 ここを生き残ることができればな。 


 ドラゴンが口に溜めていた炎を解放する。

 動画サイトで見た火炎放射器の炎のようにあまり拡散せずに指向性を持ってサイに向った。

 サイは一瞬で炎に包まれたが、その炎はサイの背後にいるこちらにも迫ってきた。


「熱くない……」


 一瞬で丸焦げになりそうな炎に周囲ものとも包まれてはいるが、エルフが張った力場に阻まれているせいか熱は感じない。


「普通のシールドでは蒸し焼きになっちゃうんですが、圧縮した空気の層を挟んでいるんで大丈夫なんです」

「断熱効果か」

「矢とかにも効果あるんですよ」


 エルフが『ふふん』と得意げに説明してくれる。

 その説明でブレスの中に居ても大丈夫なのは理解できた。

 しかし、そのブレスは止まる気配がない。


「長いな」

アレ(サンダライノス)には火が効き辛いんですよね」


 あのサイ――サンダライノスというらしい――には火が効き辛いということは、あの炎の中で生きているということなのだろうか。

 俄かには信じられないが炎に包まれている巨体を見ていると、ゆっくりと体が動いているのがわかる。

 苦しんでもがいている様子も無い。


「もともと厚い皮膚と皮下脂肪に加えて泥や皮膚で湿らせています。しばらくの間ならあの炎にも耐えちゃうんです」

「マジかよ……」

「あの火竜は長くブレスを吐いて窒息を狙っていますね。炎で囲まれていると生き物が死ぬ空気になるって知ってます?」

「ああ」


 炎が効かない相手の周囲を燃やして酸欠状態を狙う。

 巨体にブレスにバリアが使えて知能も高い。

 元の世界で山でクマにあったら絶望的というのがあるが、それより比べ物にならないくらいに危険度が高い。

 そしてある事に気付く。 


「待て、ここも炎に巻かれているが……」

「そうです。このままだと私達も危ないんです。だから飛びますね」

「飛ぶ?」

「ちゃんと掴まっててくださいね。<浮遊(レビテーション)>!」

  

 足から接地の感覚が消える。

 下を見ると大した高さではなかったが浮いていた。

 そして質量が無くなったかのように俺たちを包んでいる炎の奔流に流され始める。


「この勢いのままここから離脱しちゃいましょう」


 端から見たらおそらく縁日の屋台で見かけるスーパーボール掬いのボールのように俺たちは流されていく。

 巨大怪獣2体からの距離が離れていくにつれて緊張感が無くなってくると、その入れ替わりに疲労感がどっと襲ってきた。

 森の中で目が覚めてから緊張の連続で、慣れない山道を何時間も歩き、加えてついさっきまでの怪獣大戦争である。

 そもそも元の世界では不眠気味でもあった。


「魔法の同時発動って始めてみたんじゃないですか? 高等技術なんですよ……ってあれれ?」


 『ふふーん』と誇らしげに話すエルフに返答する余裕も無いまま、重い瞼が閉じられて俺の意識は深く落ちていった。 

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