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26 意味不明な辞令

 本日はイリニの街にあるアンディ様の邸宅に向かう予定である。

 用件は先日届いた手紙に記載されていた『屋敷』の件の報酬と、こっちが本命の唐突過ぎてまったく意味がわからなかった孤児院の院長任命の件である。


 俺も日本で生活していた時は数年とはいえサラリーマンをやっていたので、会社や上司の意図のわからない指示を受けたことはあるけれど、さすがにこんな人事辞令は出されたことは無い。

 俺はピオリア国の国民では無いし、アンディ様の部下でもない。

 例えば日本から貴族がいる外国の支社に転勤して、そこで知り合った貴族からいきなり関係ない組織の責任者に任命されるようなものだ。

 少なくとも俺の常識では有りえない。

 とはいえ、ここは異世界。

 俺の物差しで測ったところで現実的ではない。


 まず、アンディ様の父親は辺境伯とのことなので、たしか侯爵相当だったよな。

 身分的にはかなり偉いはずだし、敵対国や危険な『森』から国を守る防波堤の役目を負ってることから、実力も権力も相当な物と思っていてもさほどズレは無いだろう。

 と、いうことはアンディ様も直接では無いかもしれないが、エルクグローブ家としてそれなりの権力を行使できるはず。

 そういう立場の人から指示をされたら、組織の所属の有無や指揮系統とか関係なく従うものなのかもしれない。

 もし断って不興でも買ったら、投獄とかされたりするのだろうか。

 アンディ様のあの雰囲気ではそんなのは有りえなそうな気はするけれど。


「と、いうわけで、改めてどう思う?」


 俺は朝食が終わり、食後の時間で各々ゆっくりしているみんなに意見を求めてみる。


「ワシと遊ぶ時間が無くなりそうなので反対」


 遊ばねーよ。

 セザールは反対ね。


「ヒカルさんが院長なら、私が副院長ですかね」

 

 ファナは賛成ってことでいいのかな?

 ファナが副院長なんてアンディ様の手紙にはどこにも書いてなかったけどな。


「私は保護されてる身なので何か言う立場では……」


 ルーチェは無回答ってことか。

 まぁ立場的には仕方無いか。


「ワシらに意見を求める前にお前さんはどう思ってるんじゃ?」

「受ける、受けない以前に情報が不足し過ぎてるしな。孤児院の場所すら不明だし」

「じゃ、まずは話を聞いてきてからじゃな。今日行く予定なんじゃろ?」

 

 手紙に訪れても良い日時の候補がいくつか書かれており、その中で今日が一番早い日なのだ。


「ああ。セザールも行くか?」

「なんでワシも行くんじゃい。ワシは今日も工房に籠る予定じゃな」


 セザールは普段は離れの工房でギルドや街の店から依頼された武具の作成や、趣味で何やら怪しげな魔道具を開発したりしている。

 依頼品の納品がある場合は街に行く時もあるが、それ以外はあまり家の範囲から出ることは少ない。


「ファナは?」

「面白そうなので行きたいのですが、今日からしばらくロックフォールドのギルドに行かないといけないんです」


 ロックフォールドとはここエルクグローブ辺境領の中で最大の規模を誇る最大都市である。

 イリニの街と違い、周囲を城塞で囲み守備力を高くした城塞都市であり、人も店もかなり栄えているらしい。


「それはいいなぁ。俺はまだ行ったことないし」

「ふふ、また別の機会に行きましょうね」

「数日留守になる感じ?」

「そうですね。一週間くらいですかね」

「わかった」

「…………」


 特に何も考えずに返事をした後、ファナが俺の顔をじっと見つめたままな事に気付く。


「まだ他に何か?」

「一週間も私が留守になるんですよ? 寂しいとかないんですかぁ?」

「頬を膨らますな」

「もぎゅ!」


 両手を挙げて謎の抗議をしてきたファナの膨らんだ頬を片手で掴んでやさしく潰すと、『ぷぅ』と空気が小さい口から抜けた。

 一瞬で顔が赤くなって反応が妙に鈍くなったファナから無造作に手を放すと、俺はルーチェに顔を向ける。


「じゃあ、行くのは俺とルーチェだけだな」

「はい……ええっ!?」


 耳と尻尾が逆立って驚くルーチェ。

 感情が外から見て丸分かりで微笑ましいな。

 

「なんじゃ、ルーチェを連れていくのか?」

「手紙に『獣人の少女も連れてこい』って書いてあったんだよ。ルーチェのことだろ」

「まぁそうじゃろなぁ。ヒカルも夜になればベッドの上で獣のようになるみたいじゃが、少女じゃないしのぅ」

「いや、いつも俺は大人しく寝てるだろ」

「ヒカルさんも獣人だったんですか?」

「バリバリ人間だ」

「ベッドの上だけ獣人化するんですか?」

「いいかルーチェ、セザールの言うことは真に受けるな。いいね?」

「は、はい……」


 今度は耳が伏せて尻尾が丸まってしまった。

 そんなに怖がるほど強く言ったつもりもないんだが。


「じゃあルーチェ。支度が終わり次第出るぞ」

「二人だけでお出かけですかね?」

「そうなるな」

「はいっ! 支度してきます!」


 さっきまで怖がっていたのに、今度はやけに嬉しそうだな。

 久々に街に戻るからだろうか。

 何にせよ、明るい顔をしてくれるのならば、それはいい事だ。


 こうして俺とルーチェはイリニの街に向かうために家を出たのだった。

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