24 地方行政官としてのお仕事 ★
※アズリナ視点
既に日中の業務が終わった後ではあるが、アズリナ・フォーリャはイリニの街の行政館兼アンディ・エルクグローブ邸宅の廊下を歩いていた。
アンディに『屋敷の件で話があるから執務室に来い』と呼び出されたからだ。
すれ違うここで働くメイドや使用人たちと軽く挨拶を交わしながら廊下を進み、やがてアンディの執務室の前に辿り着く。
服装に乱れは無いか簡単にセルフチェックした後、ドアを軽くノックする。
「アンディ様、アズリナ・フォーリャです」
「どうぞ」
「失礼いたします」
応答がすぐにあったので、ドアを開けて中に入る。
手前には応接用のソファとローテーブルが有り、その奥にアンディの大き目な机がこちら側に向けられて置かれている。
彼は書類の処理中だったようで、書類をさっと確認しては何らかを書き込んでいる。
アンディがこなす業務量は多量である。
イリニの街の直接の地方行政官として様々な仕事を担っている。
全体的な街の統治に関する業務はもちろん、司法の管理、税務関係、公共事業、治安維持、そして軍事。
これに加えて冒険者ギルドのイリニの街の支部の理事長に、アンディの父が管轄するエルクグローブ辺境領の副官としての顔もある。
その捌く量は膨大過ぎて、アズリナはもし自分がアンディの立場だとしたら、とても手に負えないだろうと思っている。
「これで普段のふざけた態度さえなければ……」
「ん? なんか言った?」
「い、いえ何でも有りません。独り言です」
つい、ボソッと口から出た言葉を拾われて慌ててしまう。
「もうこれに署名したら終わるから、ソファに座って待っててくれよ」
「承知しました」
アンディは周囲の目が有る公的な場所でなければフランクに接してくれ、礼儀作法にもさほどうるさくは無い。
他の貴族からここで言われるままにソファに座ったりしたら、無礼な事になる場合もあるので注意が必要だが、アンディにはその心配が無いので気楽である。
ソファに座って棚に置かれている小型の水槽を眺める。
中には小さな魚が数匹と、同じく小さなエビが魚よりは少し多い数で泳いでいた。
エビは水槽の至るところで前足を動かし、水中内のゴミを一生懸命に食べている。
そのまま水槽を見ながらしばらく待っていると、書類仕事を片付けたアンディが対面の席に腰を下ろした。
「呼び出しておいて待たせて悪かったね」
「滅相も無いです」
地位の差ももちろん、業務上でも上官で有るし、何しろアズリナは内心では人間としてもアンディの事を尊敬している。
そのアンディに『待て』と命令されたら何日でも待つだろう。たかが数分なんて大したこともない。
「要件は屋敷の件とのことでしたが」
「そうそう、やっと屋敷の後始末と調査が終わったんだよ。二週間もかかってしまった」
「何か見つかりましたか?」
「撤収時のファナの助言通り、やはり凄く大きな魔石が見つかった」
魔石とは文字通り魔力を帯びた石である。
大きな特徴が2つあり、ひとつめが魔力の蓄積と放出に利用ができ、ふたつめが魔法の構成を記憶することができることである。
この性質により魔法士までのレベルに至らない者でも、構成を記憶している魔石を利用すれば、その魔法を行使することができる。
もっとも両特徴の保持できる魔力量およびに魔法構成は魔石の大きさに依存しているし、記憶されている魔法構成の実行環境は魔石の使用者のを利用されるため、何の魔法でも発動できるというわけではないが。
なお、魔石を利用しやすいように道具に加工した物を、通常の道具と区別して『魔道具』と呼ばれる。
「どれほどの大きさだったのですか?」
灯りで室内を照らしたり、料理をするのに火を起こす程度のような日常生活で利用するレベルであれば魔石の大きさは小指の先ぐらいで事足りる。
屋敷の周囲にまで及ぶ広範囲の魔物避けの結界を張り、人を状況に合わせて不自然に屋敷内に誘おうとする現象を作り出す複雑な効果ならばどれほどのサイズになるのだろうか。
「私も報告を聞いただけだけど、すごく大きいみたいで笑ってしまったよ。今、運搬のために馬車の荷台を連結させた物を用意させている。数日もしたらここに届くと思うから、見てみると良い」
「それほどですか」
「切り出して小分けにしていろいろな魔道具に利用してもいいし、魔石そのものを市場に流してもいいし、父上の所や王都にそのまま送って戦略魔法実行用の魔石として利用してもらってもよい」
「いずれにせよ、かなりの有益な結果になりそうで何よりです」
「本当だよ。コボラードの息がかかっていたとはいえ、たかが孤児を狙った人攫いからこんなお宝が入ることに繋がるなんてさ」
アンディとて孤児とはいえ自国の民が悲惨な目に遭っている現状は問題としては認識はしている。
だが敵対国と隣接しているこの辺境、その中でも最前線であるこの街にはもっと大きな問題が山積しており、どうしても優先順位としては低くなってしまっている。
街や国を守るのが最優先であるのだ。
なぜならば街や国を守れないと、もっと多くの国民が犠牲になるのだから。
その論理をアズリナも理解はしているが、アンディほどそれを飲み込めてはいない。
「あの屋敷だけどさ……昔に居た転移者か転生者の仕業だよね」
「そこらの魔法士ではあの仕組みを作るのは難しいと思いますので、その可能性は高いと思います」
転移者・転生者は広く知られており、それに関する研究記録も書物も残した技術も多く残ってはいるが、世界的に見てもとにかく存在が稀である。
まさか自分の現在の居住地の範囲にそれの名残が有るとは思わなかった。
「アズリナもやっぱりそう思うよね」
「はい」
「転移者は凄いよね。面白い存在だと思うし様々な視点で見ても価値があるよ。見つけたら是非ともこの国、いやこの街に保有しておきたい」
「そうですね」
人に対して『保有』というニュアンスはどうなのだろうか――とアズリナは思ったが、アンディの言わんとしていることは理解できるし、他に良い表現の仕方も浮かばなかったので肯定するだけにしておく。
「少し話がズレるんだけどさ。ヒカルくん、面白いよね」
「面白いかは別として、かなりの魔法の実力でした」
摸擬戦にて自らの身で体験したし、屋敷で間近で見た光熱波の威力も相当なものだった。
今まで自分が見た中の魔法士では一番の高威力かもしれない。
「彼はファナの家に住んでるんだっけ?」
「最近住み着いたようです」
「あそこはドワーフの名工・セザールの工房でもあるよね」
「はい。そうです」
「もともと面白い者達が住んでた所に、面白い人が追加されたわけか……フフッ」
そう言ってアンディは少し声を出して笑う。
「ファナもセザールはここらにずっと住んでいてくれればいいけれど、イリニの街どころから国からも出ていく恐れが有るんだよね」
ファナはハーフエルフ、セザールはドワーフなので元々ピオリア国民ではない。
たまたま現在はイリニの街の郊外に長めに住んでいるだけだ。
彼らの気分次第では他の場所に流れていく可能性は十分にある。
「そうするとヒカルくんも一緒に付いていくよね」
「それもそうでしょうね」
どうのような経緯でヒカルが彼らと一緒に住んでいるかまでは知らないが、アンディの予想も否定はできない。
「ヒカルを手元に置いておきたいので?」
アンディの今の話題の要点が掴めなかったので、アズリナは確認の為に尋ねる。
「まぁ、そうなんだよ。それで彼をあそこに引き留めておくための案を考えていたんだ」
そう言ってアンディはソファから立ち上がると、彼の執務机の引出しから一枚の書類を出す。
このヒカルに関するアズリナとの会話はゼロベースでの相談のように見えて、実は『何が目的で、その為には何をするか』をまとめた計画は、既に彼の手で組まれ終わっている。
今回、執務室に呼び出された要件は、屋敷のことではなくコレが本命なのだろう。
「なるほど……」
アズリナは手渡された書類を一読して、頷く。
「彼の希望で孤児の子を引き取ったんだよね? それに屋敷で子供のリビングデッドを彼が見た時に様子が少しおかしかったんだ。だから何かそこを突けば効果が有るかなって」
案の内容は現在の彼の情報からすると引き留めの効果が有りそうだし、仮に失敗したとしても不興を買うような内容でも無いので、試すのに問題は無いだろう。
「ヒカルの魔法士としての実力は認めますが、なぜそこまで彼を?」
「話を転移者のことに戻すけどさ」
「はい」
「ヒカルくん――彼もたぶんそうだよね」
■魔石
イメージとしてはUSBメモリなどの媒体とパソコンの関係に近い。
USBメモリに処理の重いプログラムが保存されているとしても、それを挿しているパソコンのスペックが貧弱だと実行しても満足に動作はしない。