23 疑似演算装置 ★
ルーチェ:
ヒカルが人攫いから助けたホームレスだった半獣人の少女。
引き取って家で保護している。
俺が維持している炎の壁から抜けてくるゾンビ犬。
それをファナが遠距離魔法で叩くだけの簡単なお仕事。
「ふぁあ……」
単調な作業でゾンビ犬が残りわずかになったころ、能天気エルフがあくびを隠さないようになってきた。
緊張感が無いなぁ。
ファナの様子だと噛まれたらゾンビ化する恐れとかないのかな。
それとも気が抜けてるのはファナだからなのか?
アンディ様の様子はどうだろう。
「むぅ……こうか?」
リックを助けた時に抜いた剣を鞘に納めずに、二刀流の構えのポーズの研究をしていた。
ニコッ!
様子を伺ってた俺と目が合うと、もの凄く眩しい笑顔を向けてきた。
歯並びが綺麗で漂白されているかのような白さの歯にイラっとした。
一方、リックはどうだろうか。
「よっ! やっ!」
本当に投げてはいないが、手持ちの槍をゾンビ犬の方に向けて投擲する動作を繰り返している。
「練習?」
「犬はファナさんが抑えちゃってますけど、万が一抜けてきた時を想定してます」
「それって投げ槍なんだな」
「これは専用ではないですけど、ボクが尊敬するお伽噺の騎士が槍投げの名手なので、それをイメージしてます」
リックの話を聞いていたファナがノールックでゾンビ犬を魔法で叩き落としながら反応する。
「それってバラバラになるのと引き換えにどんな攻撃でも1撃だけ無効にする特殊な鎧を装備している人のこと?」
「そうです! カッコいいですよね!」
「うんうん! 序盤から空飛ぶ赤い悪魔と死闘を繰り広げるしワクワクするよね」
う~ん。
なんかみんな緊張感が無いな。
魔物に襲われている最中とはいえ、対応がもう作業になっちゃってるもんな。
こんなこと考えてる間にまた一匹倒したし……というが今のが最後かも。
もしかしたら屋敷の中の調査班は大変なことになっているかもしれないが、俺達はここでのんびりと待たせてもらうか。
それで終わったらさっさと家に戻って、セザールの料理を食べてルーチェの話でもゆっくりと聞こうかな。
「うわああああああ!」
脳内でもう帰宅後の算段をしていた俺は屋敷の中から聞こえてきた悲鳴で中断する。
「攻撃が効かない!」
「無理に交戦するな! 出口まで引け!」
アズリナの撤退を指示する声。
扉越しだから多少は聞こえにくかったが、言ってることは聞き取ることができる。
出口に近い所にいるのだろう。
「アズリナは何かと戦っているみたいだね」
「そうみたいですね」
「アズリナと数人の兵がいるのに苦戦する相手か。ヒカルくん、ファナ。悪いけどまた出番だね」
「最初の話と違って出番多すぎじゃないですか?」
「まぁまぁ。ちゃんと報酬弾むからさぁ」
「わ~い、頑張ります!」
報酬の話で張り切るファナ。
「リックくんは下がっていてね」
同僚の悲鳴で再び怯えだしたリックを下がらせ、玄関扉から少し離れた場所でアンディ様とファナ俺は警戒しながら立つ。
さて、何が出てくるか。
緩んだ気を引き締めていると、玄関扉から音が聞こえてくる。
誰か中から開けようとしているようだ。
ガチャガチャ! ガタガタッ!
「あ! 開かない! なんでだっ!?」
どうやら中から兵が開けようとしているようだが扉は開かないようだ。閉じ込められる系のギミックね。
扉一枚隔てるだけですぐ外なのに、その扉が開かなくで脱出できない。
すごい絶望感だろうな。
「さっきは扉の方から勝手に開きましたよね?」
ファナが不思議そうにする。
「アンディ様、すみませんが扉を開けてみてくれませんか?」
危険があるので部隊の指揮官にさせることではないだろうが、俺とファナは役目的には後衛職だし、それにアンディ様なら多分大丈夫だろう。
「構わないが何かの魔法で閉じられているのでは?」
「外からなら開く可能があるので、試してみる価値はあります」
「……へぇ?」
アンディ様は俺の返答には特に何も言わず、感心したような表情の後に笑みをこぼすと、扉の取っ手に手をかける。
「じゃあ、開けてみるよ」
「お願いします」
ギィーーー
アンディ様が特に力を入れた様子も無く手を引くと、扉はスムーズに開いていく。
「おお、本当だ。開いた。」
「え~どうしてですか?」
「構成の優先度の問題かな」
開くと確証があったわけではない。
①中に入った者を逃がさないように扉をロックする
②外にいる者を中に誘う為に扉を開く
この2つの条件を比較した時に、②の方の優先度が高かったら開くかもと推測しただけだ。
反対に①の方が優先度が高かったら閉ざされたままだっただろう。
この屋敷にこの仕掛けを施した奴の設計思想では『屋敷に外に出ようとする人を閉じ込める』よりも『屋敷の中に人を入れる』の方が優先度が高かったということだろう。
「扉が開いたっ! みんな出れるぞっ!」
「こっちだ! 急げっ!!」
開いた扉から飛び出すように兵士たちがどんどん中から逃げ出してくる。
みんな必死の形相である。
経験を積ますための任務だったみたいだが、トラウマにならなければいいなと心配してしまう。
「ひいふうみい…………ん、アズリナ以外はみんないるね」
致命傷を負ってる者はいないから無事といえば無事なんだろうけど、心にけっこうなダメージ受けてると思う。
「はぁはぁ……ア、アズリナ様は殿を引き受けてくださいました。中に大きな化け物がいて足止めをしてくださっています」
息を切らしながら兵がアンディ様に報告を行う。
予想通りだから驚きもしないが、やはり中に何かいたね。
アンディ様が兵に問いかける。
「化け物?」
「はい。中に動く死体が十数体おりまして、中でもひときわ大きい個体が強過ぎまして――でっ、出てきました!」
玄関の扉に注意を向けると二人の人影が出てくる所だった。その奥にもう一人小柄の影もいる。
アズリナが足止めしている大きい個体ではない奴らか。
ゾンビたちは顔色は随分悪いが、先ほどのゾンビ犬のように身体や衣服に損傷は見られない。
まだ新しい死体なんだろうか。
「うん? あの顔つきはコボラード人か?」
コボラード共和国とはピオリア国の西側に隣接している敵対中の国である。
隣接といっても間に山脈とATSU森があるので気軽に行き来できる陸地は限られており、そこの中継地にあるのがイリニの街というわけだ。
このコボラードからの侵略とATSU森の魔物を抑える重大な役目を担っているのが、アンディ様の父親であるエルクグローブ辺境伯である。
「やはりコボラードが手を引いていたか」
「手を引いていた?」
「この国、そしてイリニの街でも色々あってね。国や行政への過度な批判を焚きつけたり、親共和国派を増やそうとしたり、コボラードに色々と工作活動をされているんだけれど、人さらいや薬物など違法な物の売買とか直接的な犯罪集団も結成したりするんだ」
普段のおちゃらけた雰囲気は無くなり、苦々しい顔つきで返答するアンディ様。
自分が治めているイリニの街、そしてそれが属するエルクグローブ領、ピオリア国のことを想っており、それを害する存在に対して怒りを露わにしているのだろう。
「なるほど。ルーチェのように孤児を攫うのも、金稼ぎとこの国の国力低下を狙った2つの目的でコボラード人がやってるということですね」
「理解が早いな。ただ犯罪集団の全員がコボラード人なわけではない。資金を提供したり裏で指示を出しているだけで、残念ながら構成員は我が国の市民の場合がほとんどだ」
どこの世界も国家間の工作って同じなんだな。
「ここを根城にしていた犯罪集団は引き払ったのではなく、屋敷のトラップで全滅していたってわけだな。ざまあみろだ」
「あなたの管轄地にこんな危ない屋敷が有る事も問題かと思うんですが」
「だってぇ、知らなかったんだもん」
てへぺろって顔をやめろ。
「<風の刃>!」
ファナが出した風の刃はゆっくりと近付いてきていた前にゾンビ二体の首を切断した。
身体と切り離された首はゴトン――とボーリングの玉が落ちたような重い音を鳴らして地面に落ちる。
それと同時に身体の方も崩れ落ちて動かなくなった。
ちゃんと頭を破壊すれば動かなくなるタイプで良かった。
トライオキシンで作られたタイプだったら細切れにしても動くからな。
「なんで悠長に話しているんですが? 緊張感が無いですよ」
お前がそれを言う?
ちゃんとゾンビにも注意を払っていたよ。
動きが遅いタイプだし、魔法も有るから焦りは少ないのは確かだけど。
映画だって万全な準備で完全武装してる人は作業のようにゾンビ処理してたもんな。
外に出てきてゾンビだって合計で3体でしょ?
あと1体残って――
「うっ……」
思考が止まる。
残り一体のゾンビは身長がおそらく120センチ前後、小学校低学年くらいの子供だった。
おそらく生前に付けられた傷だらけの身体に、ボロボロの衣装を纏ってゆっくりとこちらに向かってくる。
目も開いてこちらに視線を向けてはいるが、当然意思のようなものは宿ってるようには思えない。
「攫われた孤児か」
「ひどい……」
――ああダメだ。
普段は強固な蓋で心の奥底に閉じ込めている暗いモヤモヤが溢れ出しそうになる。
切れることのない墨汁よりも黒い液体を振りまいて、視界に入るものを全て黒く塗りつぶしたくなる。
あの子はまだ6~7歳程度だろう。
楽しい事も本来ならまだまだ沢山経験だってできたはずだ。
それが孤児だってことはまともな生活はしていなかっただろうし、親の愛情だってまともに受けたことも無いかも知れない。
そもそもここに連れてこられた時の心情はどうだったのだろうか。
日々の生活ですら必死だっただろうに、攫われて無理やり連れてこられ、そして何らか屋敷の罠でゾンビにされてしまった。
さぞかし怖かっただろう。
心臓の鼓動が早くなり、呼吸か浅く早くなるのを感じる。
胸が痛い。俺はちゃんと立っているのだろうか。
「――カルさんっ! ヒカルさんっ!」
気付くとファナの顔が目の前にあった。
両腕で俺の肩を掴み、心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
「ファナ」
「大丈夫ですか? 顔が真っ青です」
「……すまない。大丈夫だ」
顔を上げ、まだ十分に距離がある子供ゾンビを見据える。
「あの子を楽にしてあげないとな」
「ヒカルさん……」
「ルーチェもああなっていた可能性もあるんだ。せめて遺体だけでも安らかに眠らせてあげたい」
呼吸を整えて魔法の構成を組み始める。
俺が魔法の仕組みを理解してから実行した魔法の中で、これが一番の威力になるだろう。
構成も長く複雑になるし、重い処理なので実行後も効果の発動までに時間がかかるかもしれない。
それの対策も組み込まないといけない。
「アズリナに屋敷の外に出るように指示してください」
俺の指示にアンディ様や兵士が即座に大声を上げ、アズリナに退避するように呼び掛ける。
「兵たちは全員出てきた! 中にいると巻き込まれるぞ、アズリナ!」
声をかけ出してから十数秒後、アズリナが勢いよく飛び出してきた。
一人で足止めを担っていたのに、特に傷どころか汚れもあるように見えない。
「無事で何より」
「普通のリビングデッドはともかく、2メートルを超す大型の個体がおりまして、そいつが動きは遅いのですがパワーも頑丈さも異常でした。トロールやオーガに匹敵するかもしれません」
「そんなの相手に良く足止めしてくれた。流石だ」
「ありがとうございます。危険なので野放しにはできませんが、トドメを刺す決定打になる有効な攻撃がありません」
「それは心配いらないと思うよ」
アンディ様が俺の方を指差し、アズリナもそれに従って俺の方に顔を向ける。
さて、構成は完成したので展開を始めよう。
「<疑似演算装置>」
疑似的に魔法の処理速度を向上する効果。
「<仮想領域>」
疑似的に魔法の実行環境を広げる効果。
「ファナ、ヒカルくんのコレはなんだい?」
「ヒカルさんが規模の大きな魔法を使う時の準備ですね。一度発動すればしばらく効果が持続する強化魔法の一種……なんでしょうね」
「なんで自信無いの?」
「教えてもらったんですが、悔しいことに私も原理がさっぱりなんですよ」
「ファナも理解できない構成か」
魔法の実行環境の準備が完了したので、メインの攻撃魔法用の構成を展開する。
左手を補助に添えた右手を伸ばし、手の平を屋敷に向ける。
俺の手の平から屋敷への射線上には子供のゾンビ。
今、楽にしてやるからな。
「<光線>」
本命の魔法を実行し、特にエラーも無く処理が開始される。
本来ならば即時に効果が発生するけれど、威力と効果を上げるために重い処理を入れているので、数秒はラグが出るのは想定済みである。
これで『疑似演算装置』と『仮想領域』を合わせてなかったら、発生までもっと時間がかかっていたことだろう。
「うわぁ! 出たっ!」
「あ、あいつです!」
兵士たちの悲鳴の後、アズリナが声を上げる。
子供ゾンビの背後、玄関の入口から同じようなサイズの巨体のゾンビがゆっくりと姿を現している。
確かに大きいしパワーも有りそうだ。
天然物(?)のゾンビというより、ある意図を持って人工的に作り出されたタイプでは無いだろうか。
生物兵器的な印象を受ける。
屋敷から完全に外に出てきたそいつはきょろきょろを周囲を見渡した後、俺達を標的に決めたのかこちらに向かい出す。
「来るぞ! 構えろ!」
「待たせたな。もう終わる」
アズリナが臨戦態勢を取ろうとするところを、俺は止める為に声をかけた。
屋敷に向けてかざしたままの右腕の手の平の前に熱と光が収束して光球を作り出していく。
直径30センチ大の大きさとなって形状が安定した直後、それは射出された。
熱と光の奔流となった光線は子供ゾンビの身体を消し飛ばし、背後にいた巨体ゾンビの身体にも大穴を開けて貫通し、屋敷の中に着弾する。
その瞬間屋敷は大爆発を起こした。
「うわあああああ!」
「おわっ!」
「<風の盾>!」
ファナが防御壁を広範囲に展開し、爆風と破片物からみんなを守ってくれる。
正直、そこまで考えていなかったから助かる。
「…………」
おそらく俺の放った魔法の威力が想像以上だったのだろ。
アズリナや兵士達はもちろん、余裕を常に感じさせるアンディ様まで驚いた顔をしているのが少し面白かった。
「今回の任務はこれで終了ですね」
「なんでだい、ヒカルくん?」
「屋敷物の最後は爆発炎上するって決まりが有るからです」
■国について
・ピオリア国
ヒカルたちがいる国。王政。
東側が広く海に面しており全体的に国力は高い方。
北西から西側にかけてATSU森とその向こうに山脈が広がっており、それを越えるとコボラード共和国の領地となる。
・コボラード共和国
民主主義の国ではあるが、長年の一党独裁政権となっており、その与党の代表は絶大な権力を誇る。
国是として世界制覇があり、何百年かけててもそれを達成しようと動いている。
領土で海に面した部分が少なく、特に東側にかけてはピオリア国に抑えられてる形になっており、優先目標に『ピオリア国を属国にする』というのが立てられている。