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21 なんとしても古い屋敷に入ってもらうという意思を感じる

 野営地から馬で移動を始めて数時間、目的地である古い屋敷が遠くに見えるようになった。 

 屋敷のすぐ後ろには『森』が広がっており、その手前でも屋敷に続く一本道を挟んで林となっている。

 『森』と隣接というより、少し中に入り込んでいるという形容の方が正しそうだ。


「よし、総員止まれ!」


 先頭を行くアズリナが号令をかける。


「腰が痛いし、気持ち悪い……」


 俺とファナは急遽この任務に参加したので、移動用の馬は無い。

 だから馬に引かれる輜重用の荷車の空いてるスペースに乗せられてきたのだが、これがまた乗り心地が悪い。

 ゴムは無いので車輪は木製だし、当然サスペンションなんて物も無いので振動はまったく軽減されない。

 道も舗装されてるわけでもないので、不規則な大小の揺れに常に晒されていたのだ。

 以前に乗ったことがある深夜の長距離バスは、実は乗り心地が良かったのだと思い知らされた。


「やっと着きましたね」 


 荷車から降り、『う~ん』と腰を伸ばすファナ。

 今夜寝たらケツの肉が取れる夢を見そうな俺とは反対に随分余裕そうである。


「あんなに乗り心地悪かったのに、腰は痛く無いのか? 」

浮遊(レビテーション)でほんの少し浮いてたから全然平気です」


 まじかよ。そんな手があったなんて。

 だから乗ってる時に荷物にやけに寄りかかっていたのか。

 浮いてるだけだとその場から動かないので、荷物に押される形になっていたというわけだ。


「そういうのもっと早く教えて……」


 一種の生活の知恵と言えるのだろうか、他の魔法士もそうなのかはわからないが、ファナは魔法で利便性を図るのをごく自然に行う。

 それらは半分無意識でやってるらしいので、こちらから都度『教えて欲しい』と意思表示をしないと共有されないのだ。


「では、出立前の打ち合わせどおり調査班と待機班に分かれるぞ。調査班はこちらへ来い!」


 アズリナが次なる指示を出す。

 調査班はアズリナをリーダーとして他に8人の兵士。

 待機班はアンディ様と俺とファナ、そして輜重係を担当してるリックの4人である。

 リックは16歳で、全体的に経験の浅い兵が多いこの分隊の中でも、彼が一番浅いとのこと。

 確かに初々しさがある。


「ではアンディ様、行ってまいります」

「情報によると既に奴らは撤退してもぬけの殻とはいえ、気を付けてね」

「はっ! 兵達も気を抜かぬようにしっかりと言い含めます」


 アズリナはアンディ様に敬礼すると兵を率いて屋敷に向かって行った。

 俺達はここで待機なのでやる事が無く、暇である。


「ねぇねぇヒカルくん、暇だから棒倒しでもやらない?」


 小学生かよ。

 いくら暇でもそんな事して時間潰す気はねぇよ。


「やりません」

「え~つまんない。ヒカルくんの股間の棒倒しでもいいからさぁ」

「もっとやりません!」


 中学生かよ。


「ノリ悪いなぁ」


 この人は自分が隊の最高責任者だということを忘れているんではないだろうか。


「リック、お茶を用意してくれ」


 俺が相手をしないので、アンディ様がリックに指示を出す。


「はっ!」

「私、手伝いますね」

「あ、ありがとうっス」


 ファナにお手伝いの申し出をかけられて照れるリック。

 見た目が美少女でさらに気さくな態度だからな。照れるのも仕方無いだろう。

 お茶の支度をする様子があからさまにギクシャクしてて、少し微笑ましく感じた。


 *** 


「あ、皆さん中に入りだしましたね」


 ファナの知らせで屋敷の方に目を向けると、調査班がまさに扉を開けて中に入っていく所だった。


「どれくらい時間がかかりますかね」

「狭い屋敷では無いけど、広大ってわけでもないから小1時間くらいじゃないかなぁ」


 アンディ様の推測時間にファナが反応する。


「皆さん、私達も屋敷の方に向かいませんか?」

「なんで?」


 待機班の俺達まで屋敷に向かったら班を分けた理由が無いだろう。


「急に空気が湿っぽくなってきてますし、さっきまで晴れていたのに急に雲がかってきました。これは雨が降りますね」


 ファナの天気予報は当たる。

 さすがハーフとはいえ森の民と呼ばれ自然と共に生きて来た種族である。

 空を見上げてみると、確かに雲が空を覆ってきている。

 薄暗くもなっているので大雨になるかもしれない。 


「勝手に動くとアズリナが後でうるさいんだよな。どうしようかな」


 小考するアンディ様だがその間にすぐぽつり、ぽつりと雨粒が落ちてきた。

 わ、振り始めた――と思う暇もなく、あっと言う空を雲が覆って暗くなり、本降りになる。


「<巨大楯(ラージシールド)>!!」


 ファナが頭上に手をかざして広めの範囲の防御壁を展開する。

 強くなる雨足は俺たちの頭上で透明な壁にぶつかり弾かれる。

 そしてその弾かれた雨水はひとつになって水流に――


 ドドドドドドドドドドドドド


 いや、もはや滝だねこれ。

 土砂降り過ぎるし、頭上のシールドの範囲外はもう雨でまったく見えない。


「ふむ、これだけの雨は珍しいな」


 ここらの領土を治める辺境伯の息子であるアンディ様の感想ならば、こんな雨は滅多にないことなんだろう。


「屋敷の方が全然見えなくなっちゃいましたね。調査班に何かあった時に困るので、もう少しあちらに移動します?」

「スコールみたいな勢いで降ってるから、少し待ってれば収まるんじゃないか?」

「ヒカルくんの言う通りだね。これだけの雨量ならそんなに降り続けるような地域じゃないよ、ここは」


 ファナの移動するかどうかの提案に対し、却下の流れになった瞬間、雷鳴が轟き、そう遠くない所に雷が落ちる。


「きゃあああ! 私、雷嫌いなんですよ」

「うごっ!」


 雷に怖がり全力でファナが身を寄せてきた。

 不意打ちだったのでファナの肘が緩んだ腹部に突き刺さってとても痛い。


「う~ん、ファナも怖がっているようだしやっぱりあっちに行こうか。何も無かったら屋敷で雨宿りもできるしね」

「賛成ですアンディ様~。早く行きましょうよ」

「わかったわかった。ヒカルくん、リック、行くよ」

「はいはい」


 俺達も屋敷に向かい出したタイミングで雨足がわずかに弱まってきた。

 それどころか屋敷の前の左右に林が広がる所まで来たら、ほとんど雨が降っていない。

 後を振り返ると壁のように雨がいまだに降っている。

 はっきりと降ってる所と降っていない所の認識ができる。


「もう離れてもいいだろ」


 俺の腕にしっかりと抱き着きながら歩いていたファナに言う。


「まだいいじゃないですか」

「歩きにくいんだよ」


 頬を膨らますファナをひっぺ剥がす。


「ヒカルさんのケチ~」 

「まぁまぁファナさん。ほら、綺麗な花がいっぱい咲いていますね」


 リックがむくれるファナを宥めるために、屋敷に続く道の左右に群生している花に話題を変える。

 その花は細長い茎に細かい葉が群生し、その上に小さく華奢な薄黄色な花を咲かせている。

 綺麗だけどどこか儚げさを感じさせた。


「リックくん、綺麗だけどそのお花の花言葉って怖いんだよ」

「なんていうんすか?」

「オークギリ草の花言葉は『復讐』なの」

「不吉っすね」


 弟切草じゃないのかよ。


「なんだよオークギリ草って」

「その昔、オークのある一族に伝わる秘伝の精力剤の存在を外部にバラしたオークがいて、怒った長に切り殺されたって伝説が由来になっているの」

「オークの秘伝の精力剤……気になるね。ねぇヒカルくん」


 こっち見るな。


 オークギリ草の説明でアホらしくなってしまったので緊張感が皆無になりつつあるが、先ほどから嫌な予感がしている。

 なんかこういう展開に心当たりがあるんだよな。


「あっ、なんか落ちてるっす。なんだこれ? 兜っすかね?」


 リックが何かを見つけて拾っている。

 それは薄汚れているが顔を覆う白いマスクで、目の部分とは別に呼吸がしやすいように細かい通気口のような穴が多く空いている。

 まるでホッケーマスクのようだ。


「<ちょおおおおお!!!>」


 反射的に言葉にならない叫び声で魔法を発動し、そのマスクをリックから弾き飛ばす。


「わっ! いきなりなんすか!?」

「いいか今見たマスクはもう忘れろ! 特に絶対に被るんじゃねーぞ!」

「??? はいっす、わかりましたっす???」


 釈然としないリックをよそに嫌な予感だけがどんどんと膨らんでいく。


「アンディ様。ここの屋敷は誰も住んでいないって言ってましたよね?」

「ああ、そうとも」

「いわくつきの話とかありません?」

「う~ん? 特に事情があるような報告は受けていないけどねぇ。無人になってから長いみたいだし」

「最後の家主の情報は?」

「えっと確か……錬金術を研究しながら製薬業をしてた医者だったかな」

「…………」


 ①森の中――正確には森のすぐ入口だが――に建っている古い屋敷

 ②屋敷に誘導するかのように突然降ってきた大雨と雷

 ③屋敷までに続く道に群生している不吉な花

 ④落ちてるホッケーマスク

 ⑤最後の家主は錬金術と薬に詳しい


 もうこんだけお約束な条件揃えば確定じゃないの?

 絶対俺は屋敷の中に入らないからな!

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