20 エルフでも肉は食べます ★
アズリナとの摸擬戦の後は夕食の時間となった。
俺とファナは日帰りで家に戻る予定だったので大した食料を持っておらず、アンディ様が率いる分隊が用意する食事を頂くこととなった。
「ほら、お前の分だ」
俺に食事が盛られた皿を突き出してきたのはアズリナである。
彼女は他の兵士が鍋で作った料理を皿に盛ってみんなに配っている。
さっき炎に派手に巻かれたのに傷一つなく元気そうで何よりだ。
彼女が俺の魔法をまともに喰らったのに平気なのは『障壁』を張っていたからである。
障壁を展開すると受けたダメージを魔力を消費して無効化することができる。
受けた攻撃の威力が大きくなればなるほど比例して消費する魔力は大きくはなるが、魔力が尽きさえしなければケガを負うことはない。
これは後からファナから教えてもらったことだが、以前に俺がルーチェを誘拐しようとした奴を馬から蹴り飛ばしたり、火達磨にしても死なずに生きていたのも、あの男が障壁を張っていたからとのこと。
障壁も身体強化も冒険者や兵士のような戦闘職の者は最低でもどちらか一方は習得している。
でないと戦力に数えることができないからである。
それだけ基本であり重要な技術なのだ。
「ありがとう」
アズリナから皿を受け取って盛られた料理を見る。
鳥のような肉、ニンジン、玉ねぎに豆が入ったトマトベースのスープだ。
ニンニクとトマトの匂いが食欲を刺激する。
「美味しそうだな」
「黙ってさっさと喰え」
摸擬戦で俺の実力をわからせたのに態度がキツイままである。
ツンデレキャラのデレ的な態度を少し期待したのだが、そんな素振りは全く見せてくれなかった。
しかし敵対的な感じは無くなったので、もともと彼女はあんな性格なのだろう。
「アズリナちゃ~ん。もう少しデレを見せないとさ、キミのファンは増えないよ? 今時ツンツンキャラなんて流行らないんだよ」
「そのリビングデッドのような匂いがする口を閉じてください」
「うわぁアズリナちゃんが普段より辛辣だ」
からかう口調のアンディ様に対し、冷たく返すアズリナ。
リビングデッド――いわゆるゾンビもこの世界にはいるんだな。
食事時に想像したくない外見だから、これ以上は考えるのはやめよう。
「ヒカルさん、冷めちゃいますよ。これおいしい♪」
隣では俺より先にスープを受け取っていたファナが食べ始めていた。
大き目の肉を口の中に入れて、幸せそうに味わっている。
「そういえばファナって普通に肉とか食べるよな」
「なんでですか? 当たり前じゃないですか」
「いや、エルフって果物とか野菜、あとは綺麗な水だけ摂ってるイメージがだな」
「森の集落に住んでる者はそうですね。人間の街で生活しているのはみんな私のような感じです」
「へぇ~。やっぱり菜食主義者なんだ」
「私が人間の街から出てきてからわかったんですが、森のみんなって体調崩しやすいし、体力もないんですよ。それはお肉とか魚を食べないからなんだって。ただでさえ人間の街より森の中は過酷ですし、生活環境も良くないんだから、食べ物もそんなんじゃ元気でないのも当たり前ですよね」
おお……中々厳しい見解を語りやがる。
「そのエルフの集落もそのうち行ってみたいもんだな」
俺が持つファンタジー世界での森のエルフの集落のイメージは、大きな樹が何本もそびえたち、その太い枝の上に足場が有り、住居が建っている。地上と木の上の足場、また足場と足場が縄梯子や吊り橋で繋がっている感じである。
「あんまり面白くないですよ。住んでるのはみんな意識高いのを気取ってリベラルな個人主義に突き進んでるのに閉鎖的ですし」
「ファナさん?」
「それに身体が綺麗になるし汚れるからって理由で、肉を食べないで野菜と果物ばかり食べてますけど、なんかみんなイライラしがちなんですよね。リベラル思想なのに他の人の異論を許さないという矛盾した人も珍しくないですし」
「ファ、ファナさん!」
「そのうちに森に火を付けてられて炎上して焼け出されちゃえばいいんですよね。話し合いの場とかで異なる意見に火を付けてみんなで炎上させるのが好きなんだから」
「ファナさんストップ! わかった! もういい!」
ハーフエルフだし、この感じだと何か里で苦労したことがあるんだろうな。
「よくわかったから、今はスープを食べよう。……な?」
「でも…………もがっ!」
まだ話し足りなそうなファナを黙らせるべく、俺のスープから具が乗ったスプーンを彼女の口に突っ込む。
「……もぐもぐ」
再び口に入った料理を嬉しそうに味わうファナを見て、俺も食べることにする。
うん、美味い。
……美味いがファナの黒い所を垣間見て、微妙に穏やかに味わえないぞ。
「……間接キス」
隣から小さい声でなにか聞こえたような気がするが、俺は気が付かなかったことにした。
***
食事が済んだ後、俺とファナはアンディ様のテントに呼び出された。
他に建てられている一般兵士用のテントと違い、外から見ても明らかに大きい。
「アンディ様、ヒカルです」
「どーぞ」
「失礼します」
中に入るとちょっとしたテーブルが目の前にあり、その上には地図らしきものが広がっていた。
それを眺めるアンディ様とアズリナ。
呼ばれた件は明日の任務のことだろうか。
「食後なのに悪いね。早速だけど明日の件なんだ」
「はい」
なし崩し的にアンディ様に付いていくことになってしまったが、俺達は未だにその『任務』の内容とやらを知らない。
「アズリナ、頼む」
「承知しました」
指示されたアズリナが木製の指示棒を持って地図の一点を指す。
俺はまだここらの位置関係が感覚的に馴染んでいないから多少のズレがあるかもしれないが、指された地点はイリニの街から北に徒歩で1日くらいの場所で、隣国との国境側のエリアに近くなっている。
こうしてみると本当にイリニの街は国境に近い所にあるんだな。
「今、私達が野営をしている所がここだ。見ての通り街からは大した距離でもない。そして、目的地はここだ」
アズリナが指示棒を地図上では西側にスライドさせる。
イリニの街の北西から西にまで広がるATSU森、その端に隣接している地点が目的地のようだ。
ここから数時間程度だろう。
「何があるんだ?」
「古い屋敷だ。もう人は住んでいないはずなんだが」
「何の用で?」
「調査だ」
今回の分隊の規模は10人程度。
何かを討伐したり、戦闘を行うのであれば少ない気もするので、目的が調査なら妥当なんだろう。
あんまり危険は無さそうだ。
「ここの屋敷にマフィアまではいかないが犯罪集団が根城にしていた可能性があり、立ち入り調査を行う」
やっぱりきな臭かった。
「そんなとこに立ち入り行うのに人数少なくない?」
当然のごとく武装しているだろうし、この世界の犯罪集団といったら躊躇なく人を殺してくるだろう。
そんな奴らを相手にするのに、アンディ様とアズリナという貴族が二人もいるのに戦力が少なすぎるのではないだろうか。
「ここの情報を入手してからしばらく間が経ってしまってな。十中八九引き揚げられた後だと予想されている。斥候の情報でもそうだった」
「なるほど」
「それでも放置しておくわけにもいかないのでな。念のために確認を行う必要があるので分隊を結成したというわけだ」
「それならアンディ様がわざわざ行くほどでも無いのでは?」
そんな任務なら他の者に指示すればいいし、わざわざイリニの街のトップが出向かなくてもいいだろうに。
「今回は兵の訓練も兼ねているし、アンディ様が率いた理由はだな――」
「それはね、公務行うストレスが溜まっていたからだよ。はっはっは!」
「と、いうわけだ」
自らのこめかみを押さえながら目を伏せるアズリナ。
うん、苦労してそうだな、
「人生息抜きが大事!」
「あっ、わかります♪」
アンディ様に同調するファナ。
「あなたは息抜きの合間に仕事しているだけでしょう?」
「ひどいっ! いつも身を粉にして民の為に働いているのに!」
この人、おそらく悪い人ではないし、民の為に働いているのも嘘じゃないんだろうけど、ノリが軽すぎて困惑する。
気さくで話しやすくはあるんだけど。
「状況は理解しました。俺達は後方で控えてて良いとのことですし、トラブルなく終わると良いですね」
日帰りの予定だったが今日は戻れなくなってしまったので、セザールとルーチェも心配しているかもしれない。
明日の任務が終わるまで付き合ったら、早めに家に戻ろう。
「いや~、今回はヒカルくんと偶然会えてよかったよ」
「と、いうと?」
「今回の目的地の場所の情報、誰が教えてくれたと思う?」
まだ知り合いは少ないし、犯罪集団と関係がありそうな者など心当たりもない。
困惑している表情を浮かべる俺を見て、アンディ様は続けた。
「ヒカルくんが捕まえた人攫いから吐かせたんだよ」
穏やかな口調ではあったが、妙な迫力に俺は背筋が凍るような感覚を覚え、思わず唾を飲み込んだ。
■基本魔法について
・身体強化
冒険者や兵士などの戦闘職はほぼ必須の身体能力を強化する基本魔法その①。
能力向上率は10~50%くらいがほとんど。
2倍(100%)以上強化できる者は稀少。
基礎となる身体を鍛えるか、倍率を上げれるように魔法を練習するかは好みが分かれる。
・障壁
基本魔法その②。
自分の身体に纏うような形で展開する。
展開中は受けた攻撃の衝撃に対し、魔力を消費して相殺する。
自分の障壁を過信して貫通されたり、相殺しきれない威力の攻撃を喰らって亡くなる者も珍しくない。
前衛職、とくに壁役は無いと話にならない。